緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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色々と端折ってる。
あんまり変化はない日常回です。

実に平和だな……

冒頭はダークだけど、仕方ないよね。


85:文化祭1日目

 二本立てのイベントは日を置いて数日。

 文化祭の前に理子を紅鳴館に呼び出した。

 もうそろそろ来る頃だろう。

「お邪魔しまーす」

 なんて、勢いで押し気味な理子には珍しい控えめな入りだね。

 それにどうやら制服ではなく私服で来たみたい。

 私は出迎えに行こうとエントランスに向かっていて、ちょうど着いた時に出くわしたらしい。

 ちなみに今はハウスキーパーっぽい感じで金髪碧眼メイドで出迎え。

 という訳で軽いお辞儀で挨拶をする。

「お帰りなさいませ、お嬢様」

「いきなり呼び出して、なに?」

 以前に"約束"をしなかったから拗ねてるのか、理子は少しトゲがある感じで聞いてきた。

 顔もちょっとだけ斜めに向けてる。

「機嫌直して欲しいと思って、ちょっとしたサプライズをね」

 あんまり遠回しに言うと帰りかねないから演技をやめて、仕方ないので単刀直入に私はそう伝える。

 それに、持ち主が失脚したとはいえ紅鳴館に呼んだのは微妙だったかな?

「まあまあ、見ていってよ」

 と、半ば強引に私は理子の背中を押す。

 そのまま案内したのは例の秘密の部屋。

 拷問部屋か監禁部屋とも言い換えてもいい。

 気味の悪い無骨な鉄の扉の前に理子を立たせ、私はその脇から見えるように扉を開ける。

「…………!」

 まあ、驚くよね。

 扉を開けた先の光景。それは檻の中にいる奴隷のようなぼろ布を着せられ、手枷を掛けられているヒルダの姿。

 髪は乱れ、高貴とはかけ離れた姿になってる。

 いつぞやに聞いてた理子の状況にそっくり。

 私はニコニコしてるけど、理子は息を一つ吐いて続ける。

「……いつもだけど、悪趣味だよね」

「機嫌は?」

「よくなると思う?」

「どうしろ、とは考えると思ってた」

「じゃあ、あえて聞くけど。どうしろって言うの?」

 ちょっとうんざりした感じで理子は聞いてくる。

「状況としては、ヒルダは現在進行形で衰弱してる。血液も不足していてそれには理子の血液が必要」

 そこまで言ったところで理子は再びヒルダを見る。

 ちなみに精神状態はほぼ擦り切れてる。

 修復は可能か不可能かで言えばまだ可能。

 人格はどうなのかって? それは保証できないし、どうでもいい。

 私の興味としては理子がどういう選択を取るかだけ。

「…………」

 理子は私の考えを察したのかそれ以上は何も言ってこない。

 理子が檻に近付いたところでヒルダは気付く。

 だが、すぐに視線を逸らし始めた。

 何も見ていない。

 そんな雰囲気だね。

 私はそこまで追い詰めたつもりはない――いや、リリヤのせいか。

 特殊部隊仕込みみたいな拷問してたし。

 アメリカのロスアラモス・エリートの天才とは違う。

 あっちは兵士、ロシアは工作員と殲滅兵器を兼ねた複合兵器。

 そんな感じだからね。

 ともかく、このままではヒルダは衰弱死するだけ。

「どうするかは理子に任せるよ。私にとっては生きてようが死んでようがどうでもいいからね」

 それに丈夫な素材だって言ってもやっぱり繰り返していれば新鮮味に欠ける。

 反応も鈍くなるし。

 実際のところヒルダの扱いについては本当にどうでもいい。

 私の意識と興味は戦役に向かってるからね。

 "謎"は深まりつつある。

 あとはイギリスの方だね。

 "アリス"を探すために穴に飛び込まないといけないかもしれない。

 私はそのまま一旦、その場を離れる。

 

 

 実はこの紅鳴館、既に所有者は私のお姉ちゃんもといモランに変わっている。

 それに警察や武偵の調査は既に終わってるから、なおさら好きに使っても問題ない。

 部屋の一室は私の資料室になってる。

 調べてるのはイギリスの怪事件。

 事件の中心はオックスフォード周辺。

 そこでは時折、失踪者が出るらしい。それも10歳周辺の少女ばかり。

 そういう性的倒錯者の仕業か、それとも組織的な犯行なのか……

 失踪者の所有物くらいしか現場に残されていないので事件解決の進展はない。

 犯人を"アリス"と名付けたくらい。

 どちらかというと犯人の通称は"白ウサギ"の方がしっくりくるんじゃないかな、って思ったけど。

 最近、ようやく入った目撃情報として失踪する前のある少女の近くにエプロンドレスを着た少女がいたらしい。

 それからその少女がエプロンドレスを着た少女を追い掛けた直後、少女は消えた。

 まるでどこかに連れていかれたかのように。

 なので、アリスという通称もつい最近名付けられたらしい。

 子供の犯行にしては鮮やか過ぎる。

 もちろんオカルト的な捜査もしてるようだが……それも難航してるらしい。

 原因は深く調べてないけど、現地にいるワイズが言うには『よくない気配が満ちてる。それも冒涜(ぼうとく)的な、何かに背いてるような気配だよ』とのこと。

 かなり得体がしれない存在がオックスフォードにはいるらしい。

 そして、それが超能力的な捜査を阻んでいることも。

 気になるね~

 念のためお姉ちゃんにアドバイスを頂いたら『ウサギの穴を探しなさい。犯人がアリスだと言うなら不思議の国に行く入口があるわ』と、半ば確信めいた感じで言ってきた。

 答えは分かった。

 問題はその道筋。

 答えから問題と解答方法を考えるってもなかなかに難しいね。

 殺人鬼が言えた義理じゃないけど。

 ウサギの足跡は少し見えた。

 だけど不思議の国に行くには色々と足りないね。

 

 ◆       ◆       ◆   

 

 お姉ちゃんは部屋を去り、残されたのは檻を隔てたあたしとヒルダ。

 この構図は子供の時のあたしの立場と逆だね。

 滑稽……と言えば滑稽かな。

 実際、少しだけ(あざけ)るような笑いがこみ上げる。

 どうするかはあたしに任せるってお姉ちゃんは言ったけど……正直なところ困っちゃうよね。

 思い起こせば色々とヤられたもんだよ。

 純潔は奪われなくても色々と(もてあそ)ばれたし。

 復讐心がないと言えば嘘になる。

 あたしは檻を開け、ヒルダに近付く。

「ヒッ……」

 開けた瞬間、捨てられた小動物のように怯え始めた。

 高貴を(うた)って、スカイツリーであたし達を追い詰めていたヒルダの面影はない。

 金色の髪はボサボサで乱れ、赤い瞳は濁っている。ぼろ布しか与えられず、(かせ)につながれたまま檻の中で一人。

 本当にあの時のあたしみたいだよ。

 ヒルダとの戦いから1週間も経ってない筈なんだけど……よくここまで心を折ったよね。

 何をしたかを聞く勇気はない。

 どうせ、えげつない事しかやってないだろうし。

 それこそ聞いただけで寒気や吐き気を催すような感じのね。

 ともかく、どうしよう……正直なところ復讐心以前にヒルダのこの状態を見てると過去の自分をいたぶるみたいでやりにくい。

 やっぱり中途半端だね、あたし。

 お姉ちゃんがコイツのせいで一度は死んだっていうのに、憎み切れない。

 復讐心に身を任せる事も出来ない。

 いっそのこと戦闘による高揚状態のままでいられれば、すんなり殺せたかもしれない。

 本当にどうしよう。

 サプライズなんてお姉ちゃんは言ったけど、面倒なプレゼントをしてくれたもんだよ。

 その時、また扉が開く。

 戻ってきたのかな、と思ったらそこにいたのはリリヤ。

「…………」

 すっかりメイド服が板についたね。

 ただ、妖精的な可憐な見た目とは別にその目はどこまでも機械的で冷ややか。

 もちろんあたしに向けられた視線じゃなく、ヒルダに向けてるっぽいけど。

「どうしたの?」

「……殺さないの?」

 ストレートに聞いてくるね。

 まあ、強化人間で工作員兼兵器的な感じで育てられてるからそういうのに抵抗がないのは当然だけど。

 そのままリリヤは黙って檻の中に入ってくる。

 そして、おもむろにスカートに隠れてたレッグホルスターから拳銃を抜いた。

 MP-443――ロシアの結構新しい拳銃だね、いつの間にそんなの……って――

「ちょちょ、何してるの?!」

 あたしが突っ込むとリリヤは少しだけ不思議そうな目をする。

「……代わりに殺そうと」

 そして、淡々と告げた。

 余計な気遣いだよ。

 ヒルダに向けていた拳銃の上から手で押さえ、下ろさせる。

「……どうして? お姉ちゃん、酷いことされた」

「まあ、そうなんだけど」

「……なら、用はない敵は殺すべき」

 ヤバい、うちの妹が思ったより無慈悲な件。

 殺すことに躊躇(ちゅうちょ)がない。

 まだ色々と整理がついてないのに!

 どうしよう、ここで殺されても正直なんて言うか……後味が悪い。

 マジでどうしようッ。

 なんか良い感じの言い訳……口実、なんでもいい。

「あー、ほら……色々と便利な能力があるし、殺すには惜しいかなって」

「……精神、壊れてる。使い物にならない」

 再び銃口を上げ始めるリリヤ。

 ちょっと?! お姉ちゃんの話をもう少し聞いて!?

 あー……もうッ!

「"家族"にしようと思ってるからちょっと待って!」

 ぴたりと銃口は止まり、代わりにリリヤの顔があたしへと向く。

「……正気?」

 正気なのかどうかは今まさに殺そうとしたリリヤの方……いや、もういいや……

「お姉ちゃんは正気です。だから、しばらくはヒルダの面倒を見る」

「……分かった。もし、お姉ちゃんに何かあったら……シベリアで赤い雪にする」

 それだけ言って、リリヤは部屋を出て行った。

 なんでわざわざシベリアなの……

 ロシア生まれだから?

 リリヤが時折、従順なのかどうなのかよく分からない。

 逆にそれだけ機械的じゃなくなったって事なんだろうけども。

 しかし、あたしも随分なことを口走ったね。

 コイツを家族に、なんて。

 でも、今はお姉ちゃんを救うのに力が必要。

 そう思えば利用するだけの価値はあるはず……

 あたしは、少しだけ自分にそう言い聞かせる。

 

 ◆       ◆       ◆   

 

 10月30日。

 文化祭が始まった。

「~~♪」

 そして私は絶好調。

 久々に解体できて楽しかった。

 ロングスカートのメイド服を着て、華麗に廊下でターンをする。

 テンションもそれなりに高いのが自分でも分かる。

 色金を使用した副作用とかあるかと思ったらそうでもない。

 代償は支払ってるかもしれないけど、今が良いならそれで問題なし。

「ご機嫌だな」

 食堂に到着早々に遠山巡査がお出迎え。

 ふーむ、気怠そうな見た目と雰囲気からしてどうも頼りのない警官。

「おや、ネクラ警官のご登場だね」

「いきなり嫌味か」

「だったらもうちょっとキリっとしてみたら? いい男なんだし」

「いい男ならネクラだったりしないだろ」

 キンジは頭を掻きながらそう反論する。

 それ、自分でネクラだって認めてるようなもんだよ。

「お前、随分と機嫌がいいな?」

 何かに気付いたのかキンジは唐突に言ってきた。

「そう見える?」

「ああ……ここ最近は少しだけ空元気に見えたからな。良い事でもあったか?」

「ちょっとね。機嫌がいいから、今なら私に良い事をするとお礼があるかもしれないな~」

 なんて言ってみる。

 女子を忌避してるから、女子からのお礼なんて欲しがらないだろうけど。

「なんだそれ」

 そもそもキンジのことだしお礼なんて別に興味はないだろう。

 と言うより、平穏な生活以外にあんまり欲がないもんね。

 今だってそんな感じだし。

「別に、恩を売るなら今の内って話」

 もう少し私に構ってもいいのにね。

 と、なんだかんだ話してる内に『変装食堂(リストランテ・マスケ)』の開始時間が迫っている。

 その前に蘭豹の事前点検を受け、充分な変装が出来てるかを判定される。

 蘭豹がズカズカと食堂に入り、

「ようし、お前ら仕上がりを見たる。中途半端な奴は裏に回すからな!」

 開口一番にそう宣言した。

 裏って、つまり厨房?

 厨房係がいるなんて話は聞いてない。

 まあ、今更だけど……武偵高は任務以外は基本的に無計画だよね。

 この間の修学旅行の計画もA4のプリント一枚で時程と課題と提出期限くらいしか書いてないものだし。

 なんて考えてる内にも蘭豹はジロジロとその獣みたいな眼を光らせている。

 そして、私に目が合ったので私は手を腰前で組み優雅に一礼する。

 それから私に近付いたかと思うと、

「よし、遠山。お前は厨房に行け」

 隣にいたキンジにそう告げた。

 ああ……ご愁傷様。

「何でですか……?」

「そんなネクラそうな目つきのポリ公はおらんやろッ!」

 叫びながら同時にゲンコツを一発。

 わーお、痛そうな鈍い音。

 レンガをグーで割るって話だし、シャレにはならないだろうね。

「おごお、頭が……割れる」

 そのままキンジは沈んだ。

「それと、武藤!」

 次はシルバーの消防服に身を包んだ武藤がターゲットに。

「消防士は命懸けの仕事やぞ! そんなヘラヘラ奴がおるか!」

「ごはあ~~!!」

 そのまま鋭い横蹴り。

 武藤が食堂の出入り口へ吹き飛ばされ、叫びながらそのまま食堂の外へ。

 3メートルってところかな。

 早くも退屈のしないイベントの幕開けを予感させるよ。

 

 ◆       ◆       ◆   

 

 『変装食堂(リストランテ・マスケ)』のシフトが終わり、自信がないジャンヌの背中を押して、進軍をさせたあとにようやく武偵高の制服に着替える事が出来た。

 そして、夕焼けの中を帰る。

 この文化祭の期間中はバスが運行しないので、徒歩で寮に帰る。

 霧と一緒に帰ればよかったか?

 ついでに送ってもらえるし。

「遠山の」

 戦闘訓練用の廃墟ビルから声がかけられた。

 戦場みたいで見た目が悪いので今は青いビニールシートが外壁に掛けられ、今は立ち入り禁止区域になっている。

 今の声。聞き覚えがあるぞ。

 謎の狐耳少女――キツネの妖怪だか化生だかの『師団(ディーン)』の味方である玉藻(たまも)だ。

「玉藻、帰って来たのか。よりによってこんな日に」

 青いシートをめくって廃ビルに入ると……

 弾痕だらけの壁に、割れた窓から入り込む風でホコリが立ついかにも紛争地域の廃墟って感じの部屋だ。

 シートや窓の隙間から差し込む光がサーチライトのように薄明るく部屋を照らす。

「――今日は友引じゃからの、仲間を増やすには良い日じゃ」

 玉藻の声がする方へと薬莢(やっきょう)やガラス片を踏みながら向かう。

「今日はテレビも来てるんだぞ。捕まって『珍獣ハンター』で放送されても知らないからな?」

 などと言いながら見上げると、高い所に横向きにされた鉄骨の上にいた。

 武偵高のミニサイズ・セーラー服を着た、玉藻が。

(わし)とて、民に興味本位で引っ張られたりしとうないわ。じゃから、ほれ。生徒に見えるような服を着てきたぞ」

 光の筋の中で言う玉藻だが……

 頭にフリルつきのベビーキャップみたいな帽子をかぶってて、帽子にキツネの耳型の突起が上に出てるのはいいのか?

 帽子の一種で通せるだろうけど。

「ときに遠山の。ヒルダを追い払ったようじゃな、でかした」

「追い払ったのは俺じゃないけどな。あの殺人鬼がおいしいところを全部持って行ったよ」

「ふむ、"切り裂きじゃっく"とか呼ばれる人間か……人間かどうかは怪しいところじゃがな」

 などと不穏な事を言いながら玉藻が動物的な身のこなしで降りてくる。

 ふわっとした感じに降りるまでの途中で見えたが、スカートの中の尻尾は隠せないんだな。

 言ったらなんか怒りそうだから言わないけど。

「なんにせよ、『眷属(グレナダ)』との戦闘は一つ勝ち星じゃ。納得はせんでもな。リバティー・メイソンの長からも『師団(ディーン)』への帰属を連絡してきた。充分な吉報じゃ」

 リバティー・メイソン……

 なるほど。ヒルダのあとすぐにワトソンが連絡したのか。

「ヒルダが生きてるかどうかは分からなんだ。東京近辺には少なくともおらぬじゃろう」

 ジャックはヒルダと共に姿を消した。

 その行方は誰も分からない。

 理子なら、あるいは――

 

 

 あのあと厄介な事態になりかけたが、無事なんと切り抜けることが出来た。

 少女誘拐説で通報されるかと思ったぞ。

 その後で玉藻が「白雪の所へ連れていけ」と言うので仕方なく連絡を取ったところ……どうやら超能力捜査研究科・略称SSRにいるようだ。

 『変装食堂(リストランテ・マスケ)』の仕事のあとで自習をしてたらしい。

 相変わらずの優等生だよ。

「……苦手なんだよな、ここ……」

 と言うのもカオスな空間が広がってるからな。

 まずビルの入口までトンネルのように続く朱色の鳥居。

 そして、入口付近をみると右は狛犬で左は小さなスフィンクス。

 文化を統一しろよ……

 おまけにその周辺にはトーテムポールやら人間大のモアイまである始末だ。

 中はさらに異文化のテーマパークになっている。

 それも悪い意味で。調和も何もない。

 ――「無用の物 立ち入りを禁ず 超能力捜査研究科(S S R)」――

 という立て看板があるが、俺は用があっても来たくはなかったぜ。こんな所。

 なにせここは、俺の苦手なオカルト・魔術の研究科。その巣窟(そうくつ)だからな。

「何をしかめっ面をしておる。良い雰囲気ではないか」

 玉藻が化けたボールというか(まり)がそう言ってくるので、

「神様同士ケンカしそうだろ、これ見たら。冒涜だとか思わないのか?」

「そんな時代でもない。どの神も真に目指すところは一緒じゃ。それに『みんな仲良く』を人に説いておいて神同士でケンカしておっては示しがつかんからな」

「そういうもんか……?」

 まあ、神の一種であるこいつが言うならいいか。

 と、俺はステンドグラスが()められたドアを開け、SSRに入る。

 このロビーがまた、冷や汗を誘う。

 生徒達がお祈り出来るようになっている広いホールには椅子や座布団が点在している。

 周囲の壁やドーム型の天井に至るまで古今東西の宗教画が密集して飾られている。

 やっぱり俺にはよく分からん世界だ。

「……だからオックスフォードの事件がだね……」

「……"アイ"を探す。アイってなんだ?」

 まどと、ホールの一角で語り合う生徒の声が聞こえる。

 そいつらの服もバラバラ。天狗みたいな格好をして、弓と矢筒を装備した女子。

 ターバンを巻いたインドの留学生はヨガみたいに体を知恵の輪みたいな複雑な体勢のまま話してるし。袈裟(けさ)を着こんでる奴は、何で経典を片手にから揚げを食ってるんだ……

「ほれ見い。みんな仲良くしとるではないか」

 などと尻尾だけを出して生徒達を示す玉藻の毬。

 突っ込むのも疲れる光景に俺は溜息を吐きながら玉藻を片手に階段を上がる。

 

 

 SSRは生徒が少ないので、2階以上にそれぞれの個室が用意されている。

 目的地は5階。

 廊下を歩いて探していると、扉に掛けられた絵馬型のプレートに『星伽白雪』という文字が書いてある扉をようやく見つけた。

 あんまりSSRに来ないから部屋がどこかなんて知る訳がない。

 そもそも女子の部屋自体ダメだからな。

 取りあえずノックをすると――

「は、はーい!」

 声がした後にとたとた、と足音がして扉のロックが解除される。

 扉を開けると白雪、ではなく五芒星(ごぼうせい)に陣笠の星伽の家紋が描かれた(ふすま)が目に入る。

 それを開けると――

「ようこそおいで下さいました。キンちゃん……」

 などと三つ指をついてお出迎えする白雪の姿が。

 相変わらず他人行儀というか、折り目正しいというか……

 奥にある三面鏡をみると、その鏡の前に化粧品らしき小道具。

 化粧を直して出迎える準備をしてたのか?

 そこまでしなくていいのに……

 などと俺が渋い顔をしていると、

「あっ……巫女の服。キンちゃん……あんまり好きじゃなかったよね。SSRではいつも――」

「おっと、そこまでだ。そこまで気を遣わなくていい。ちょっと話があってきた」

 よくない感じがしたので白雪の話の腰を折って俺は靴を脱いで室内へと上がる。

 霧から学んだ白雪対策の一つ――暴走される前に強引に行く。

 こいつ色々と考えて自分ですぐにテンパるからな。

 だから余計な事を考える前にこちらから話を切り出す。

 部屋は十畳(じき)の和室で、漆塗りの棚の上にはダルマが置いてある。

 6つに並べられた竹筒には、妹たちが作ったらしい風車が大切に()してあった。

 いかにも大和撫子っていう感じの部屋だなと、冷静に部屋を見ていると、

「星伽の白雪。大きくなったの」

 俺が持ってきた毬が勝手に俺の腕から落ちてそのまま、ぽんと白い煙と共に元の玉藻に戻った。

 瞬間、白雪が――

「た、たたた、玉藻様?!」

 驚きと同時にぴょん、と正座のまま飛び上がり着地してそのまま土下座へ。

「ご無沙汰しておりますです。いらっしゃるとは露知らず! 何のお出迎えの準備もせず……! 申し訳ありません!」

 上司がいきなり家宅訪問して来たみたいな取り乱しっぷりだな。

 玉藻は「よいよい」と手を振り、

「謝り癖は相変わらずじゃな。ほれ、(おもて)を上げい」

 白雪の膝と胸の間に入って、胸を掴んで上半身を上げさせた。

 鷲掴みじゃねえか、このエロギツネめ……

 そのまま普通の正座体勢になった白雪の膝の上に玉藻が背中を向けてちょこんと座る。

 こうして見ると、子供の相手してるお姉さんにしか見えないな……

 子供の方が年上だけど。

「玉藻様もお変わりなく……」

「うむ、お主は随分大きくなったの」

 さっきの胸を掴んでからその発言は微妙に意味が違って聞こえる。

 やめよう、思い出したらヒス要因になるかもしれん。

「どうやら共学でも通えているようでなによりじゃ。白雪、琴は上達したか? 自転車には乗れるようになったか?」

「そんな。子供の頃の話をされないでください……」

(わし)らからすれば、人間の時などあっという間でな。儂ぐらいの身長だったことなぞ、ついこの間のように思える」

 まあ、そりゃそうだろうな。

 700年も生きてるなら時間の価値観も人間とは当然に違ってくるだろう。

 それに、そんな話をしてるってことは昔からの知り合いだったらしいな。この2人。

 と、俺は食卓の(そば)であぐらをかいて座り、白雪が用意してくれたであろう緑茶を飲む。

「それにしても()いことじゃの、遠山侍と星伽巫女が同い年とは」

 玉藻は言いながら俺を指し――

「それで、星伽よ。こやつの子供は産んだのか?」

 再び飲みかけたお茶を盛大に吹いた。

 そんな明日のお天気みたいに気軽に聞いてきた玉藻に、白雪はへにゃへにゃと顔を赤くしながらタコみたいに軟体化していく。

「そ、そんな、私は……いつでも、どうぞ……」

 またこのパターンか!

「おい、白雪……キツネに化かされてるぞ」 

「儂をそこいらのいたずらキツネと一緒にするでない!」

 と、玉藻は俺に反論してくるが一体どう違うのかよく分からん。

 キツネはキツネだろうに……

「ね、ねえ……どうしよう、あなた。娘が、弟か妹が欲しいって……きゃぁ……」

 上目遣いで畳の上に『の』の字を書きながらボソボソ呟いてる。

 俺も……その仕草に顔が赤くなりつつ、

「し、白雪! 玉藻のトンチンカンな話に一々反応すんな」

「パパ! 子供は、何人、何十人にしましょうか! ああ、そしたら名前は――」

「誰がパパだ! ち、血走った目を向けるな。玉藻、早く本題に入れッ」

「うむ」

 俺がイラっとした感じで言うと、玉藻はそのまま尻尾を立ててハイハイしながら食卓まで移動してくる。

 白雪は俺の隣に思い切り正座をしてきて、肩に触れ合うほどに近いので少し距離を離してもすぐに近寄ってきた。

 さすがに俺が諦めたところでちょうど2人して玉藻と対面する形で話は始まる。

 それから玉藻は……

 まず、白雪に『極東戦役』が始まった話をした。

 そして俺がバスカービルのリーダーとしてそれに巻き込まれた事も。

 さらにヒルダとの戦いについても話し、

「ジャック・ザ・リッパー……あいつは緋々色金の保有者だった」

 俺がそれを告げると白雪はともかく玉藻までもが狐耳を動かして反応した。

「遠山の、それは真か?」

「嘘を言ってどうする」

「ふむ……」

 玉藻が何かを考えるようにそこで黙り込んだ。

 俺はそのまま話を続ける。

「それから、そいつはヒルダによって一度死んだと思ったが生き返った。他にもまるで物理を無視した攻撃もした」

「まさか、儂にも分からん事が起きようとはな……」

 玉藻が先ほどと違い、深刻そうな顔をし始める。

 白雪も……玉藻の表情を見て不安そうな顔になる。

「"切り裂きじゃっく"とやらが人間ではないと半分は冗談で言っておったが……いよいよもって、嘘から出た真になりそうじゃの」 

 などと玉藻は不安が残る言葉を呟いた。

「半分は冗談ってことは半分は何か確信があったのか?」

 俺は引っ掛かった部分を疑問に出すと、玉藻は、

「まあの……"ばんでぃーれ"――自らの陣を決めるあの会議で出逢うた時から奇妙な感じはしておったがな。まさか、保有者とは……しかもどういう訳か色金を使いこなしておる」

 狐耳をピコピコと動かして答える。

「ともあれ、その場でお主らを(あや)めんかったということは少なくとも今すぐに敵対するつもりではないのじゃろう」

 死んでたらそもそも俺はここにいないんだがな……

 などと俺は心の中で突っ込む。

「……鬼払(きばらい)結界は都の湾岸、ほぼ全域に張ったでの。鬼の(たぐい)が中に入れば式神(しき)が儂に(しら)せ、儂の印一つで攻めることができる」

「となると次は打って出る道も考えられますね」

 などと、白雪は参戦に前向きな案を出してくるので……

「おい白雪。お前は怖くないのか? こんな戦いに巻き込まれて」

「……『戦役(せんえき)』に関しては前から星伽で聞いたことがあったし、本当は数年内にそれが来ることも占いで分かってたから」

「随分前向きだな。ヒルダとの戦いからして、この戦いはかなり厳しそうだぞ」

 俺が覚悟はあるのか、再確認するように言うと白雪は――

 ……微笑んだ。

 いつもの穏やかな笑顔で。

「星伽の巫女は守護(まも)り巫女。私達はずっと何かを守って戦ってきたの。国の混乱や、戦争、それと何度かあった『戦役』からも、ずっと、ずっと……それを私達もするだけのことだから。それに――」

 そこで白雪はすこしだけ表情を曇らせ、すぐに何かを決意したように勇ましい顔になった。

「もう、私は"自由"だから」

 自由、か……それは自分の意志で決められるって意味なんだろうな。

 根っこの部分は変わらないが、白雪は前みたいに周りに振り回されたりはしない。

 自分で何をしたいのか、もう決められるだろう。

 ジャンヌの一件以来、成長したな……白雪。

 白雪はいつも通り、味方でいてくれるんだろう。疑っていた訳じゃないが、それが少しだけ嬉しかった。

 

 ◆       ◆       ◆  

 

 久々に気分の良い気持ちで一日を終える事が出来そう。

 そのことに私は望外のハイテンションで気分は上々。

 今すぐにでも誰かをメチャクチャにしたい。解体的な意味で。

 ヒルダで満足? まさかする訳がない。

 私の欲は満たされない。

 穴の開いた容器に延々と欲望を垂れ流してるだけ、だから満たされない。

 とは言え、気分が乗ってるからと無計画に衝動で殺す訳じゃない。

 犯行動機は衝動でも私の犯罪はいつだってエンターテインメント。

 常に謎を残し、それに頭を悩ませる人を楽しく観察してるだけの役者兼観客。

 なんてね……いや、本当に私自身が驚く程に気分が良い。

 気分が良いのでキンジをこれからいじり倒す。

 本人も本気で嫌がってはいないはず、そもそも本当に嫌そうだったら私がそこで止めるし。

 キンジは避ける事はあってもあんまり"拒絶"はしてこないからね。

 なんだかんだ、人が自然に集まる。

 武偵高に入ってから2人の時間が出来ないのが難点だけど、まあそれはそれで面白い人が集まるから退屈しないでいいし。

 考えながら私は男子寮の階段を静かに上がる。

 時間は夜の10時。

 女子が男子の部屋に行く時間じゃない?

 別にピンクなショータイムが始まる訳じゃないし問題ない。

 頭がピンクでも脳内がピンクじゃないピンク頭もいる訳だし。

 私とかね。

 キンジの部屋がある廊下に辿り着いた瞬間に扉が開く音が聞こえた。

 別に隠れる必要はないけど神崎だったら面倒な事になりそうなので、一旦降りて階段の途中にある窓から外へ出てそのまま窓枠に掴まる。

 10月の終わりだから冷える……

 そして、足音が遠ざかったところで再び窓から侵入。

 風で聞き取り辛かったけど、足音からして神崎。

 身長が小さいから足音も軽めなんだよね。

 理子も同じだけど、あの子は落ち着きのない足音だからすぐに分かる。

 などと適当に考えながらもキンジの部屋に到着。

 鍵は……掛かってない。

 不用心な。

 油断してると殺人鬼が侵入しますよ~

 扉を開けてリビングへ向かうと、

「来ないと思ってたが……来たんだな」 

 ソファーに座ってテレビを見ながらも、キンジが待ち構えてた。

「なんだ……この時間なら寝る準備をして、油断してると思ったのに」

「機嫌が良いとお前は何か仕掛けてくると思ったからな」

 読まれてる。

 もしかしたらとは思ってはいたけどね。

「で、どうしたんだよ?」

「いじりに来た」

「……帰れ」

「冷たいな~、明日どうせ暇なんでしょ?」

 言いながら私はキンジの隣に座る。

「悪いが、先約で明日はアリアと文化祭を見て回る予定だ」

 神崎と回る、ね。

 むう……それは少し面白くないな。

 割り込んでもいいけど、私は空気が読めない人じゃないからね。

 せいぜい楽しんでおきなよ、今の内に。

 なんて内心思ってるけど流石に小物臭いかな。

 私はキンジとそのままテレビを静かに見る。

「お前、明日は空いてるのか?」

「空いてるけど……なに?」

 唐突に聞いてきたキンジに私は静かに答える。

「いや、午前中はアリアと回るだろうが……午後なら空いてると思うからどうかと思っただけだ」

 その言葉に私はきょとんとする。

 私から誘うことはよくあっても、キンジからとは意外だね。

「別にいいけど……」

「じゃあ、決定だな。アリアも午後に用事があるって言ってたし、終わったら連絡する」

「楽しみにしてるよ」

 キンジからのお誘いを受けて、そのまま私はシャワーに向かう。

 その途中で後ろから声が掛かる。

「泊まってくのか?」

「今日は何もしないよ」

「本当か?」

 キンジからジト目が返される。

 信用ないな~

 まあ、当然と言えば当然だけど。

 というか女子を泊めるのに抵抗はしないんだ。

 もしくは無駄だと思って諦めてるのか……

 そのまま洗面所に向かい、衣服を脱ぐ。一瞬だけカラーコンタクトを外して鏡に映る瞳の色を確認する。

 片方が神崎みたいな赤紫色、もう片方はまだ紫に近いかな。

 目立つほどじゃないけどオッドアイみたいな感じになってる。

 やっぱり……侵食は進んでる。

 今は調子が良いけどすぐに衝動が襲ってきそう。

 ある程度、見繕っておかないと。

 それは後ででいいとして……

 キンジからの誘い、か。

 出来れば神崎よりも私を先に選んで欲しかったな……

 もしかしたら神崎の方から迫ったのかもしれないけど。

 それでもやっぱりそう思っちゃう。

 流石にキンジに期待するだけ無駄かな?

 むしろ誘うだけ成長したといえば成長したって言えるかもしれない。

 それでも人間は贅沢(ぜいたく)で、やっぱり高望みしちゃう。

 うん、でも悪くはないね。

 明日が楽しみだよ。

 


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