――翌朝。
さて、文化祭の仕事は昨日で終わった。
ここからはある意味、自由時間。
キンジとの約束まで当然に暇はある。
どうしようか……
と思った矢先にいい
彼(彼女)とは約束もあるし。
「やあ、ワトソン君。こんなところで何してるのかな?」
と、人ごみの中で男子制服でいるワトソンに私は声を掛けた。
「ああ、ミス・シラノ。今日はいい天気だね」
などとイギリス人にありがちな無難な天気の話から入るワトソン。
「そうだね。イギリスだと晴天は珍しいかな?」
「はは、そうでもないよ。イギリス……特にロンドンは曇ってる日が多いのは事実だけどちゃんと晴れる日もあるからね」
ワトソンはそう言いながら接しやすい感じに微笑む。
ふうむ、一部の女子を魅了する笑みだ。
イ・ウーでも中性的な美少年であったのは認めよう。
まあ、一部にはバレてたけどね。
ヒルダは女、というか処女の匂いが分かるし。
変装がデフォルトの私は言わずもがな、同様に理子にもバレてる。
カナ……金一にもバレてたかな?
あっちは男装じゃなくて女装だけど。
「そうなんだ。で、話は変わるんだけど今は特に何もしてない感じ?」
「そうだね。日本の学園行事に出てきてみたはいいけど、よく分からなくて」
なるほど、それは好都合。
少しだけ困った感じのワトソンに対して私は表はニコニコとしながらも、内心ではニヤリとする。
「よければ一緒に回らない? 午後に予定があるけど、それまで時間を持て余しててね。一人で回るのも味気ないかなって思ってたところだったから」
「本当かい? それは助かるよ」
「それにきちんと仕事はやったしね」
「英国紳士として約束はちゃんと守るよ」
それだけで通じたのかワトソンは当然とばかりに返した。
さて、どうしようかな?
自分で催促したみたいな感じだけど、見返りなんて正直どうでもいいんだよね……
「って言っても大したことはしてないけど」
「遠慮はしなくてもいい。先払いの報酬もなしに君はきちんとボクの期待に応えてくれたからね」
などとワトソンは紳士的な返し方をする。
「うーん、これと言って望む報酬はないんだけど……あとでもいいかな?」
「勿論だよ。あまりに度が過ぎるのは用意できないけど、出来る限りのお礼はするよ」
「それじゃあ取りあえずは、先にイギリス紳士をエスコートさせてもらうよ」
「うん、すまないね」
ワトソンを連れて私は文化祭へ。
とは言っても去年は私もいなかったので、特におすすめとか何をやってるとかは知らない。
一応、一般の人向けに配られてるパンフレットを一部貰ってるので案内に困る訳じゃないけど。
「どこから行こうかな……気になる場所はある?」
「パンフレットがあったんだね」
「配ってる子に話しかけたら普通に貰えたよ」
言いながらも私はワトソンに見えるように広げる。
「専門科棟別でも色々とやっているんだね」
ワトソンの言うとおり、パンフレットには武偵高全体の見取り図にどこに何があるか、それからそれぞれのエリアを拡大した詳しい出店の位置などが記されている。
あとはイベントの時程なんかも掲載されてる。
去年私はいなかったから去年はどうだったのか他の生徒に聞いてみたら、話によると人気なのは
銃社会が浸透しつつある日本だけど撃てる機会が多い訳じゃないからね。
他にも――超能力捜査研究科――SSRでは占いをやってたり、何かスピリチュアルな体験コーナーもあるらしい。
たまにそれで超能力の素養のある子が反応したりするとかないとか。
まあ、そんな感じで平和なイベントそのもの。
私は退屈しのぎをさせてもらうから、ワトソンにとっては平和なイベントにならないかもね。
「決めかねてるなら、色々と見て回ってみる?」
「そうだね。まずは甘いものでも売ってるところはあるかい? 食べ歩き、というのをしてみたいんだ」
庶民的な事が気になるのか、ワトソンは楽しみといった感じに少しだけ弾んだ声で言う。
しかし、甘いものとは……
微妙に女子力を感じる。
甘いものと言えば女子が多い学科、CVR――特殊捜査研究科――の近くにあるはず。
パンフレットにもそうあるね。
「うん、それじゃあ案内するよ」
私はそう言って胸を当てるようにワトソンの腕を組む。
「随分と大胆だね、ミス・シラノ」
ちょっと驚いた顔をしたけど、すぐにワトソンはにこやかに対応する。
流石にキンジみたいに取り乱したりはしない、か。こういうのに慣れてる感じすらある。
「こうしておけば悪い虫は寄ってこないからね」
「なるほど。騎士の役目、任されるよ」
私の一言で察したのかワトソンは笑顔で答える。
それから私とワトソンはカップルのように目的地へ。
ほどなくしてCVRの専門科棟近くに到着。
スイーツの出店、カフェっぽい出店。
屋外フードコートみたいな感じになってるね。
それに女性だけでなく男性、カップル、様々な客層に対応してる出店があるのは流石はCVRってところだよ。
汚い話、ある意味これも実践学習みたいなものだし。
客をどれだけ誘惑して金を落とさせるか。
場合によっては業績で単位加点もあるみたい。
さて、そんな話は置いといて……
「なあにやってんのかな? ライカ」
「し、白野先輩!?」
出店の1つに私の
しかも執事服で。
そして、ライカがいるってことは――
「いらっしゃいですの!」
当然、麒麟ちゃんもいるよね。
彼女はフリフリのエプロンドレスで店の奥から出てきた。
金髪によく映える。さながら不思議の国のアリスのよう。
アリスと言えば私の中ではホットな話題。
「知り合いかい?」
勿論、私とライカ、麒麟の関係を知らないワトソンはそう聞いてくる。
「ああ、そっちが私の
「なるほど。しかし珍しいね、戦妹の戦妹なんて」
まあ、そうだろうね。
最近は色々あって面倒を見れてない部分はあるけど、ちゃんとアドバイスはしてあげている。
だから少なくとも成長はしてる。
心境の変化もね。
別に今のところこっちの陣営に引き込むつもりはない。
ただ単に私の個人的な
「まあね。でも、神崎さんの戦妹にも妹がいるし。それはそれとしてライカは随分と――」
「……何ですか?」
私の視線に気恥ずかしそうにライカが頭をかく。
「うん、似合ってるよ。さぞかし人気じゃないの?」
ニヤニヤした感じで出店のカウンターの端の麒麟ちゃんに問い掛ける。
「はいですの。お姉さまのおかげで売り上げは急上昇。ジョナサンの首も長くなる勢いですの」
ジョナサン――ああ、麒麟ちゃんが持ってるデフォルメされたキリンのぬいぐるみの名前か。
っていうか、それ持ちながら接客してるんだ。
「売り上げ、売り上げねえ……」
この店の周辺にいる客層としては幼女、幼女、ロリ、つまりは見た目が小さい女の子が多い気がする。
男もいるけど、狙いとしては……まあそういうフェチの人なんでしょう。
なんて観察してると、私の脇から人影が。
「すみません、スペシャルジョナサンパフェを1つ」
そう言いながら中学1年くらいの少女が足早に店頭で注文する。
そのメニュー考えたの絶対に麒麟ちゃんでしょ。
どんだけそのキリンのぬいぐるみ気に入ってるの……
そして、ライカが注文に対応する。
「はい、お待たせ。こちらお釣りです。またのお越しを」
接客できたんだ。
パフェを受け取った少女は惚けた顔で受け取って、一礼して足早に店頭を去っていった。
流石は王子様タイプ。
小さな姫を初見で魅了とは。
「……先輩、買わないんですか? それと隣の人は、初めて見る人ですね」
私の視線に呆れたようにライカがジト目をしながら聞いてくる。
「はじめまして、紹介がまだだったね。ボクはエル・ワトソン。最近、転校してきたばかりでね」
「え、ワトソンってあのワトソン?!」
「そのワトソンで違いないよ」
隠すことでもないのか、ワトソンはライカに普通に答える。
「まあ! どうりで気品のある方と思いました」
「ハハ、ありがとう」
その手のお世辞は言われ慣れてるのか麒麟ちゃんの言葉をワトソンは素直に受けとる。
おっと、ここでライカが嫉妬の視線ビーム。
「ところで何を注文されますの?」
「そうだね。食べ歩きながら見て回りたいんだけど、手軽でオススメなのはあるかな?」
「こちらのクレープなんてどうでしょう? 今、売れてる逸品ですの」
などと麒麟ちゃんは気付かずに――いや、気付いてるね。
店頭に立て掛けられた看板のメニューを指し示してる時に視線が動いた。
流石は理子の元
「ということだけど、どうだい? ミス・シラノ。君の好きなものでいいよ」
「ありがとう。それじゃあ、そのクレープを2つ貰おうかな?」
ワトソンの様子だと奢ってもらえそうなのでそのまま注文する。
「はい。毎度ありがとう、ですの」
そのまま笑顔で麒麟ちゃんは店の奥へ。
「ライカ、視線があからさまだよ」
「え……な、何がですか?」
私の指摘に自覚はあるのかライカは言葉を詰まらせる。
相変わらず分かりやすいんだから。
「お待たせですの。クレープ2つで400円ですの」
「まとめて払うよ」
そう言ってワトソンは高そうな財布を取り出す。
しかもヴィトンの財布だし。
フランスの商品をステータスにするのはイギリス貴族って感じだね。
しかし、ヴィトンの財布から日本の小銭が出るのはシュールだ。
「ありがとう、麒麟ちゃん。それとライカをあまりイジメないようにね」
「ふふ、相変わらずお見通しですの。流石は理子お姉さまの友人でAランク武偵ですのね」
それから少しだけ麒麟に近付いて小声で話す。
読唇術で言葉が読み取られないように角度を考えて――
「ライカ、CVRに自由履修させてもいいかもね」
と、耳打ちする。
あれだけ王子様気質なら十分に素養はありそう。
長身でスタイルも良いし、磨けば化けるのは間違いない。女性としてもね。
要はどっちでもいけそう。
実は私も密かに誘いを受けてるのは内緒。
「それは素敵な提案ですの」
「やるなら2学期末かな? 体験入科のシーズンだし」
私の提案に麒麟ちゃんは満足そう。
「それじゃあね、二人とも頑張って」
後輩たちと別れて、ワトソンとクレープを片手に再び文化祭へ。
そして、入れ替わるように小さな女の子がまたライカ達の店へ。
本当に人気だね。
「32の王様ゲーム。あなたの王様はイスにすわったお姫様。くるりと回ってチクタクチクタク。遅刻は
などと先程の少女はそんな不思議な事を言いながらライカ達の店へ。
レキ以上に電波な子もいたもんだね。
不意に気になってその少女を見ると、金髪にエプロンドレス。
麒麟ちゃんと同じような格好をした少女。
私の視線に気付いたのか少女が振り返り、小さな碧眼が私を捉える。
「穴の先は不思議な深淵、狂ったお茶会へご招待♪」
最後にそう言って私が瞬きをすると。
――少女は消えた。
「どうしたんだい? ミス・シラノ」
私が呆然としてるとワトソンが声を掛けてくる。
考えるまでもない。
どうやら深淵に魅入られたみたいだね。
しかもどうあれお茶会に招待された。
まあ、願ったり叶ったりなんだけど。
しかし、まあ……正直ビックリした。
お父さん以外の誰かに驚かされるのは久しぶりかもしれない。
「何でもない」
フラグっぽいセリフを言いながら、再び私とワトソンは文化祭へ。
ワトソンをいじるつもりだったけど、さっきの出来事で十分に退屈は紛れた。
好奇心は既に移ってる。
そのあとは普通に文化祭を見て回り――
「いいのかい? あのクレープだけがお礼なんて」
私の予定の時間が近付いてワトソンがお礼はどうすると聞いてきたので、私はあのクレープで十分と答えた。
そして、それに驚いてさっきの言葉。
「いいんだよ、私の望みなんて多くないし。捻り出した願望じゃあ意味がないでしょ?」
「そういうものなのかい……?」
「そういうものなの。だから、さっきので十分。納得がいかないなら貸し1つで」
「分かったよ。今日はありがとう」
と、それだけ言ってワトソンとはあっさり別れる。
さて、お次は――
キンジも神崎とのデートが終わったのか連絡が来た。
場所は
相変わらず屋上が好きなことで。
期待はしてないけど、楽しみに待ってあげよう。
私は一足先に屋上へ。
いつも通り待ち伏せ……いや、たまには普通に待ってあげるか。
折角キンジが珍しく誘ってくれた訳だし。
ちょっとだけは期待してあげよう。
期待を込めて、簡単だけどメイクアップ。
軽い変装道具はいつでも常備、化粧も例に漏れず。
こんなでも専門科は
と、出来た。
コンパクトミラーでチェックして、これで準備よし。
「早いな。まだ集合まで15分あるぞ」
「お互い様でしょ?」
声がして、答えながらコンパクトを閉じて振り返ればキンジがいた。
「神崎さんとのデートは楽しかった?」
「なんでそうなる……ただ単にアリアと文化祭を見て回ってただけだ」
それを世間一般では以下略っと。
「じゃあ私が本命のデートってことでいいの?」
ニンマリと聞いてみると。
「はあ……そういうことにしておいてやる」
疲れたような息を吐きながらキンジは否定はしなかった。
まあ、及第点としておこう。
「それじゃあ、今日はどんな風に楽しませてくれる?」
「難易度が高い注文だな、ってくっつくな‼️」
「もう慣れたでしょ?」
言いながらも私はキンジの腕に肢体を密着させる。
「って言うかお前、それ化粧か? いつもより色々とパッチリしてるぞ」
「意外だね。そういうの気付かないと思ってたのに」
「兄さんの関係で多少はな……」
そういえばそうだった。
金一の女装はガチだからね。
化粧を使ってるのも知ってる。
「うーん、金一さんが金一さんだからキンジも女装の才能ある気がするなー」
「恐ろしいことを言うな」
「文化祭だし、ちょっとくらい羽目を外して――」
「やめろ」
「あー、キンジの女装が気になるなー。見たら貸しが減る気がするなー」
「そういうのはズルいだろ!?」
ちぇ、本気でイヤっぽいから下がるか……
「仕方ないなー」
「あとは離れて歩いてくれないか?」
「それは却下。ちゃんとエスコートして欲しいからね」
私が密着してから目に毒なのか、キンジは必死に現実逃避をしている。
やれやれ、対応は出来てきたけど耐性は相変わらず皆無なんだから。
まあ、いつでも新鮮なリアクションしてくれるのは楽しいからいいんだけどね。
その後は普通に文化祭を見て回った。
主にキンジの財布で。
ただでさえワトソンとの戦い以来から金欠が加速してるキンジには泣きっ面に蜂な訳だけど。
「平和だったね」
「……そうだな」
文化祭の出店が終わる17時、正門の近くで私がそう一言で締めくくる。
キンジは遠い目をしてるけど。
仕方ない、また何か差し入れしてあげよう。
「あとは打ち上げだね」
「なあ……霧」
キンジは少しだけ深刻そうな顔をする。
珍しくキンジから誘うから何かあると思ったけど……ようやく本題か。
「なに?」
「お前はこのまま武偵を続けるのか?」
藪から棒だね。
「それは状況次第かな~」
嘘は言ってない。
それにお父さんの頼みであるパートナーをやめろとは言われてないしね。
最初にお父さんはただ単にパートナーになって欲しいって言った。
武偵としてっていうのは成り行きだし。
まあ、武偵を続ける執着は特にない。
何が言いたいかというと……
「キンジはどうするの?」
「俺は……」
そこまで言ったところでキンジは言葉を詰まらせる。
全く……私の勘違いじゃないなら"一緒に来て欲しい"って素直に言えばいいのに。
言われなくてもついていくけど。
「ま、何となく分かるけどね。だけど、私にも都合があるんだよ」
「……分かったよ。悪いな、霧」
「いいんだよ。それじゃあ、打ち上げの準備をしてくるね」
「ああ、夜の7時にな」
と、私とキンジはそこで別れる。
夜の打ち上げに必要なものは部屋に置いてあるし、このまま部屋に戻ろう。
女子寮の3階にある私の部屋にたどり着き、扉を開ける。
「いらっしゃい、チェシャ猫さん」
そこには客人が、いや……午前に見た"エプロンドレスの少女"がいた。
ここは私の部屋――ではないね。
なら、私の方が客人か。
扉を通ったら"異空間"とは、どういう門を通ってしまったのか……
エプロンドレスの少女は、白く丸いティーテーブルの前の白いイスに座っている。
そして優雅に一人お茶会。
見たところ、私の分も用意はされてる。
「さて、初めましてだね。私は白野 霧」
「本当かしら? あなたの名前は誰もが知ってる。だって名付けたのはみんなだもの」
まあ、その解釈は間違ってないね。
私は
だから、誰もが知ってる。
それはそうと、目の前の少女は無邪気なようでなかなかヤバい存在なのは間違いない。
なかなかどころじゃないね。
私が出会った誰よりもヤバいって感じる。
常人なら冷や汗だらけだろう。
私は危機感よりも好奇心が勝りまくってるけどね。
「ジル、ジル・ザ・リッパー。ジャックの方が通りがいいけど。これでいいかな?」
「ええ、もちろんよ♪ 次は私ね。私はアリス――アリス・I・ウィリアムズ」
――狂ったお茶会へようこそ――