緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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久しぶりです。いつも言ってる気がしますが。
まだだ、まだ終わら(失踪せ)んぞ!


87:師団会議(ディーンカンフ)

 

 さて、打ち上げに行くつもりがとんでもないアフターパーティー(二 次 会)に誘われてしまった訳だけども、どうしよう?

 連絡しようと携帯を開くけど、電波は圏外。

 位置ぐらい分からないかと思ったけど……この奇妙な空間。

 結界的なもの?

 外界と隔絶されてる的な感じかな。

 一応、どこかの一室っぽい感じではあるけども……雰囲気がどうもよろしくない。

 ただまあ、ここで警戒したところで恐らくは何もない。

 目の前の少女は言葉通りに茶会に招待したのだろうし。

 ティーテーブルには紅茶に必要な道具は一通りそろってる。

 ケーキスタンドまであるとは本格的だね。

 私は普通に彼女に向かい合う形で座り、まずは観察。

 ティータイムで使われるセット、紅茶を入れるカップと受け皿のソーサー、ポットにティースプーン。

 ケーキスタンドには下からサンドイッチ、スコーン、ちょっとしたお菓子。

 フルティーと呼ばれるヤツだね。

 このティーセット……彼女が1人で用意したにしては本格的すぎる気がする。

 さて、ほぼ確定的に例のアリスだと思われる少女は既に紅茶を優雅に飲んでる。

 少女とは思えない、美しさを感じる所作だ。

まあ、それは置いといて飲んでるってことは毒とかはないだろう。

「いいカップだね。しかもウェッジウッドのカップなんて」

「まあ! ブランドまで分かるなんて、嬉しいわ」

 カップを褒めると子供のようにキラキラと顔を輝かせた。いや、子供のようにっていうか子供なんだけども。

「じゃあ、カップの名前はご存知かしら?」

「クイーンオブハートだったかな?」

 紅茶を嗜んでるからそれなりにブランドとかの知識もある。

 イギリス出身としてはおさえとかないとね。

 しかし、ものの見事にアリス関連で来てるね。

「素敵だわ、素晴らしいわ♪」

 お茶会にこだわりがあるのか、アリスは私の答えに嬉しそう。

 自分のこだわりを人に理解してもらうのは嬉しいことではあるからね。

 完全に反応は十代の少女のそれ。

 だけど、この違和感はなんだろう。

「イギリスの淑女だからね。ところで、私のことは知ってるような口振りだったけど……」

「ええ、知ってるわ」

 迷いなく言う辺りハッタリではないらしい。

 そもそもそんな風に腹の探りあいが出来るような精神をしてないように見える。

 取り敢えずは紅茶を淹れて、一杯。

 茶葉はアッサム、か。

 イギリス人の好みの茶葉なのは違いない。

 ふうむ、10歳前後の少女が1人でこれだけの物をどこから持ってきたのか……

 保護者がいるわけもない。

「チェシャ猫さんが私を探してるのを知って、我慢できなかったの。今までトランプばっかりで遊んでて飽きちゃって」

 しゅんとした顔で引き続き語るアリス。

 言い回しというか、さっきから不思議の国のアリスになぞらえた単語があるのが気になる。

 私をチェシャ猫って、そう言えば以前にジェームズがチェシャ猫呼ばわりしてたけど、こんなところで伏線回収しなくても……

「こんなところにいたら窮屈でしょうに、国を出てみればいい。"全ての冒険は、最初の一歩が必要"だからね」

「そうなのね! でも、どっちにいけばいいか分からないの」

 私がチェシャ猫のセリフの1つを言ってみると、彼女は食いついてきた。

「それは君がどこに行きたいかによるね」

「どこでもいいのだけれど」

「なら、道を聞く必要はないわけだよ」

 これもアリスとチェシャ猫の問答の一つ。

 この問答にどれ程の意味があるかは知らないけど。

「ふふ、良かったわ――」

 

 ――あなたもマトモじゃないのね。

 

 満足げにアリスがそう言った瞬間、空間が歪む。

 どこかの一室としか分からなかった曖昧な空間の全容が見えてくる。

 ティータイムには似合わない死臭がまず鼻についた。

 どうやら狂ったお茶会は今から始まるらしい。

 周りにはトランプ紙のように引き裂かれた死体がそこかしこにある。

 特に慌てることもなく観察してみれば死体は子供ぐらいの体格に見える。

 私の予想が間違いじゃなければ、十中八九イギリスで行方不明の子供だろう。

 死体は腐敗の具合からして……2ヵ月前後より古いものはないっぽい。

 2ヵ月ぐらい前に何かあったっけ?

 色々あったけどあり過ぎて何が切欠なのかよく分からない。

 しかし、もっとワンダーランドな死に方をしてるかと思えば……思ったより雑だね。

 この時点で彼女が普通の精神状態じゃないのは明白。

 って言っても正気かどうかなんて本人次第だからね。

 チェシャ猫も『俺がおかしいんじゃなくて、ただ俺の現実があんたの現実と違ってるだけなんだ。《I’m not crazy, my reality is just different than yours》』って言ってるし。

 まあ、それは置いておこう。

 この惨状を見て言葉遊びをするなら不"死"議の国ってところかな。

「それで? どんな黒魔法を使ったのかな、アリスちゃん」

「黒魔法だなんて、とんでもないわ。お友達と遊んでただけよ」

 お友達……私が言うのもなんだけどロクな友達ではないだろう。

「そのお友達はどこに?」

「クスクス、いつでも私の傍にいるわ。(うた)で出てきてくれるの」

 詩……アリスになぞらえるなら、簡単に思いつく怪物はいるけども……

 好奇心はあるけど、今呼ぶのは得策じゃないね。

 余計な遊戯に付き合うことになったら面倒だし。

 ここは話題を変える。

「ふーん、なるほどね。ここでいつもお茶会を?」

「そうよ。でも、飽きちゃったの。だから、チェシャ猫さんに道を尋ねてみようかなって思って」

 私がいつ、そんな重要な配役のポジションになったのかは分からない。

 それはともかくとして……彼女の言葉に偽りはないだろう。

 子供らしく純真で、好奇心に身を任せ、そして飽きれば次の興味へ。

 何というか子供のある種の残忍さを具現化したような感じではある。

 向上心、好奇心、復讐心、研究心、探求心、自立心。

 そう言ったものは全て残虐に繋がる。

 まあ、私の勧誘したのってそういうの(こじ)らせた連中ばっかりだし。

「だけど、どの道を通ってもいいのならチェシャ猫さんについていってみようかしら」

 それは願ったりかなったりで案外すんなり。

 拍子抜け、ではある。

 別に苦労をしたい訳ではないんだけどね。

 大分ヤバい予感はしてたんだけど見当違いだったかな?

「それは君の自由だよ。私達の邪魔をしなければそれで」

「邪魔はしないわ。遊びを邪魔するのはマナー違反だもの」

 そこら辺の常識は一応あるのか……

 トランプ遊びに関してはノータッチだけど。

 アリスは引き続き静かに紅茶を飲む。

 そしてカップを置くと、

「それじゃあ。行きましょうか」

 無邪気に言いながらぴょんと、イスから降りる。

「どこに?」

「チェシャ猫さんの遊び場によ」

 と、彼女は笑顔で言うが。

 別の意味で嫌な予感がしてきた。

「ほら、早く行きましょう」

 お茶会はお開きとばかりにアリスは私の手を引いて先程の扉を潜る。

 すると――馴染みのある雰囲気の場所に出た。

 というか私の部屋なんだけど。

「ここがお部屋なのね。飼い主さんのお部屋だと思ってたのだけれど、違うみたい」

 本当に私の部屋に戻ってきたみたい。

 なに、どこでもドア?

 空間を跳躍できちゃう感じか……原理は分からないけど。

 明らかに色金を使った感じじゃないし。

 これには私も驚きを隠せない。

「それで? 私のお部屋に来ても何も提供できないよ」

「そうでもないわ。私、今日からココに住むことにしたもの」

 無邪気な笑顔でとんでもない事を言い始めた。

 ……私でも分かる。

 この子はとんでもない厄ネタだって。

 外から見て愉しむつもりだったのに……

 まあ、話した感じからして精神構造は子供そのもの。

 扱いやすいようで扱いにくい存在なのは間違いない。

 思考を切り替えてこの子をどうするかを考える。

 ダメって言ったところでヘソを曲げそうだし。

 今まで尻尾が掴めていなかったことから考えて、彼女1人でも変に見つかったりはしないだろう。

 見つかったとしてもこんな少女がイギリスの事件の容疑者だとは思わないだろうし、日本にいるなんて誰も想像してはいない。

 機嫌を損ねなかったら私がトランプ兵の代わりになることもないでしょう。

「仕方ないね。あんまり見つからないようにしてくれると嬉しいのだけれど……流石にお城暮らしは退屈するよね?」

「当然よ。ハートの女王にはなりたくないもの」

 そりゃ、好奇心旺盛な子供に閉鎖空間で暮らせと言うのも酷な話だよね。

 私もそういうのは真っ平御免だし。

「もちろん、見つからないようにするわ」

 こうして話してる分には良い子に見えるんだけどね。

「そうしてくれるとチャシャ猫的にもにやにやした笑顔のままでいれるから助かるよ」

 言いながら私が携帯を不意に見ると、外は元に戻ってる。

 それどころか着信が一件来てた事が画面に表示された。

 電話の相手はキンジ。

 私は着信履歴からリダイヤルしてみると、2回コール音がする前にキンジは出た。

『霧、大丈夫か?!』

 携帯を耳に近付けてもしもしを言う間もなく、大声が鳴り響く。

 思わず携帯を耳から少し遠ざけてから、もう一度近付けて用件を聞いてみる。

「大丈夫だけど、その慌てよう……何かあった? 念を押して言っておくと私は部屋にいるから大丈夫」

『あぁ……そうか。……よかった』

 安堵したような息遣い。

 続いて告げられたのは、

『アリア達が襲われた』

 そんな唐突なイベントの話だった。

 退屈しない日々がまた続きそうだね。

 

 

 取り敢えず武偵病院にいるというので、キンジと合流して私がお茶会に参加してる間に起こった事態の詳細を聞いた。

 簡単に言えばロスアラモス・エリートの『人工天才(ジニオン)』であるジーサードとジーフォースがこちらに戦闘を吹っ掛けたらしい。

 主にやったのはジーフォース。

 バスカービル――理子、白雪、レキ、神崎――の4人がやられた。

 その後、ジーフォースは武装解除して何故かこちらの陣営に一時預けられる事になったというのがキンジから聞かされた事態の内容。

 それから愚痴るように「俺の妹なんて名乗りやがる。意味が分からん」と私には(こぼ)した。

 血の繋がりが無い訳じゃないけど、同じ母胎から生まれた訳ではないしね。

 しかし、ジーサードか……ここで関わってくるということはキンジを取り込んで戦力増強を狙ってると見た。

 アメリカも今じゃマッシュルームみたいな頭の人工天才とジーサード陣営で小競り合いしてるみたいだし。

 キャシー達も上手くやってると良いんだけどね。

 アメリカのことは取り敢えず置いておこう。

 お姉ちゃんや私の影響はあっちの方じゃ弱いし、それはあとで考えることだからね。

 で、間も置かずに翌日には招集が掛かった。

 どうやら『師団(ディーン)』による会議が行われるらしい。

 微妙な立場ではあるけど、話を聞かない訳にはいかないよね。

 さて、私の家族に手を出した落とし前をどうしたものか……

 別にジーフォースが死んでも私やお姉ちゃんは困らないし……ジーサードがそれで本気になって私を追い掛けて来るなら、釣りやすいし排除もしやすい。

 ジーフォースの排除はシェースチで充分でしょ。

 理子の件を話せば淡々と処理してくれるに違いはないね。

 その前に仮装をしないと……ハロウィンが休日だったから、振替えで今日はそれっぽい仮装しろって教務科から通達も来てるし。

 仮装はミイラ男ならぬミイラ女で行こう。

 裸に包帯なんて流石に痴女じみた事はしないけど。

 アリスは何か知らないけど、私の部屋で茶会を開き始めたので置いていく。

 集合場所はファミレス・ロキシー。

 今は楓並木の道にオープンテラスを張り出しており、夜風にあたりながらのディナーを楽しめるハロウィンキャンペーンをやってるようだ。

 まあ、今はディナーじゃなくてティータイムな時間帯だけどね。

 そこには『師団(ディーン)』の面々が既に集まってる。

 キンジは……まだ来てないみたい。

 3時の集合にはまだ時間があるから問題ないか。

 私はあるゲームのナースのカクカクした動きを真似しながら近付く。

 実際に格好はナース服。勿論、包帯も顔に巻いてる。

 ハロウィンのミイラ女ではない気がするけど、気にしない。

「何をしている白野……」

 冗談を言うでもなく直球にツッコんでくるジャンヌに私は、少し萎えた。

 普通に近付く。

「もう少し遊び心を持とうよ、ジャンヌさん」

生憎(あいにく)そんな気分ではない」

「その格好と一緒でヒネりがないね」

「余計なお世話だ。ハロウィンと言えば魔女はメジャーだろう?」

 メジャーだけど魔女が魔女の格好をしてもね~

 キンジも同じ感想を抱きそう。

 そのままジャンヌは怪訝そうな顔を私にそのまま向ける。

「ところで、何故貴様がここにいる?」

「何故、って私もバスカービルのメンバーだし。それに君や、あの中華のツインテールのチビッ子に関わってる時点でもう無関係で知らぬふりでいる方が危険だと思うけど?」

「確かにそうだね。ミス・シラノの言うとおりだよ、ジャンヌ」

 ジャックオーランタンを脱いだワトソンが、そう横槍をいれてくる。

 君は仮装の方向性が少し違う気がする。

 下は白い雨ガッパみたいなの着てるから洋風のてるてる坊主かと思った。

「そう言えばミス・シラノは打ち上げに行かなかったのかい?」

 と、ワトソンは聞いてくる。

 当然の疑問ではある。

 私がお茶会をしてる間……つまりは打ち上げの後に襲撃があったみたいだし。

「私は文化祭の時に知り合った少女に気に入られてね。ちょっと拘束されてたんだよ。それで行きそびれちゃって」

「そうなのか。幸運だったね」

 ワトソンは疑いもせずに返してくる。

 嘘は言ってないしね。

「幸運というよりは偶然って感覚だよ。ところで、そこのキツネの仮装の少女は何者かな? ここにいるってことは通りすがりって訳じゃないんでしょ? 多分」

 空き地島――『宣戦会議(バンディーレ)』で見掛けたキツネ耳の少女に目をやる。

 人外なのは間違いない。

 色金関連のアドバイザーだったら、私の中のモノに感づいてしまうかも。

 空き地島の時は接触時間が短かったし、まだ安定してたからね。

 今まで以上に色金は抑え込まないと……

 バレても回避する設定は考えてる。

 だけどバレない方が面倒がなくていい。

「ふむふむ」

 キツネ耳の少女が鼻をスンスンさせながら私を見極めるような視線をしている。

 そう言えば、この子の名前知らないな。

「不思議な感じじゃな。お主、只者ではないな」

 なに、その漠然とした子供の感想みたいな評価。

「ねえ、この子ってジャンヌと同じ(たぐ)いじゃないよね?」

「私と同じとはどういう意味だ?」

 どういう意味って言われても……残念属性というか、パトラっぽいというか。

「お主、そこはかとなく儂をバカにしておらんか?」

「私の方が新参っぽいっけど、正直胡散臭い」

「遠山といい、お主といい! 最近の人間は信心がないのか!」

 キツネ耳の少女はその頭の耳をピコピコ動かしてプンプンしている。

 信心と言うあたり、神仏関係の化生なんだろう。

 などと考えてると、唐突にキツネ耳の少女は冷静になる。

「ふむ、考えてみれば自らを明かしておらぬのに信心を話しても仕方のないことではあったな。儂は玉藻(たまも)。建仁の時より生きとる、いわば年長者じゃ。敬うがよい。白雪から聞いてはおるが白雪と遠山のとは親しい間柄のようじゃの」

 しれっと敬えって言ったけど、そこはスルー。

 化け物関係が自分勝手なのは何となく分かってるし。

「3、4年の付き合いになるしね。私は白野 霧。初めまして、玉藻様……ちなみにキンジとは寝所を共にしたこともあるよ」

「ぶっ!?」

 ジャンヌは私の一言でコーヒーを吹き出す。

 ワトソンもあんぐり。

 新鮮なリアクションをどうもありがとう。

 私は満足だよ。

 ジャンヌは信じられないとばかりの表情。

「寝所を共に……だと?!」

「思春期ってのは怖いよね。でもまあ、キンジは紳士だから」

 ちょっと意味深に視線を逸らす。

「白雪め、先を越されとるではないか……。それとお主……嘘は言っておらぬが、誤解するように言っておるな」

 流石は年の功か、この程度のことはバレるか。

「まあね。まだ手は出されてないし」   

「一緒に寝たのは事実なのかい!?」

 ワトソンも興味はあるらしい。

 身を乗り出して聞いてくる。

「勿論だよ。あれでキンジって結構締まった体をしててね。傍にいると男らしい安心感に包まれる感じで、少しだけ弱い自分を見せちゃいそうになるんだよ。私もちょっと、ね」

 適当に話してるつもりだけど、アレ?

 何かちょっと、頬が熱くなってきたかも。

 変な気分になってきた。

「「………………」」

 想像か妄想か……ジャンヌとワトソンも興味はあるらしく、少しだけ熱に浮かされてる感じだった。

 うん、からかうつもりが変な雰囲気になってしまった。

「ああ、もうこんな時間だ。会議の準備をしないと」

「私もコーヒーのおかわりを頂いてこよう。この席はウェイトレスがなかなか来ないしな」

 ワトソンはノートパソコンの準備をし、ジャンヌは席を離れて現状を離脱した。

 ああ、私でも分かるほどの気まずい感じ。

 こんなつもりじゃなかったのに……

 

 

 そんな事があったとは露知らず、話の中心である本人は遅れてやって来た。

 何か魔法使いっぽいフード付きのローブを着てる。

 魔法使いの男――ウィザードかと思ったけど。

 ワイズのタロット関連で思い出した。

「ハーミットとはね」

「何で分かる……って顔に包帯巻いてるナースは霧か?」

 私が思い当たるのを答えるとドンピシャだったみたい。

 キンジはフードを取りながら答えた。

「そうだよ~。キンジにピッタリだね。占いのカードであるタロット、キンジは知ってる?」

「名前だけはな。カードの意味とかは知らん」

「それはアルカナの9番目、隠者のカードの姿だよ。意味は思いやり、精神、慎重、神出鬼没、思慮深い。まさしく隠れる者って感じ」

「なるほどな」

 特に興味はなさそうに答えながらキンジは丸テーブルの席に座る。

「でも、今のはカードが正位置の意味。逆位置は、閉鎖性、陰湿、消極的、無計画、誤解、邪推」

「ふ……」「くく……」「なんじゃ、遠山のことではないか」

 ジャンヌはバカにするように、ワトソンは堪えて、玉藻に至っては完全に同意。

 キンジは内容に抗議する。

「おい、何で良さそうな意味より悪い意味の例が多いんだよ」

「キンジに当てはまりそうなのを挙げてみた」

「笑顔で言うな」

「遅刻した仕返しだよ」

「それは悪かったよ」

「どうせ衣装の関係で遅れたんでしょ? あと、膝も痛めてる?」

 私の言葉にキンジではなく、ワトソンが驚く。

「ミス・シラノ、よく分かったね。彼は前日の戦闘で膝を痛めてる。もしや医療知識があるのかい?」

「病気持ちの家族のお陰で多少はね」

「お前、ワトソンだったのかよ」

 キンジは膝のことよりもジャックオーランタンをかぶった人物の正体の方にツッコむ。

 ワトソンは話してる途中でカボチャを取る。

『まあ皆さん、禍々しい。でも、かわいらしいですよ。ふふっ』

 私の師匠であるカツェの宿敵であるシスター・メーヤがノートパソコンの画面に映像通信で映っている。

 その視線は子供の世話をする穏やかな母親のような笑顔だ。

「では、メンバーが集まったので性急ではあるが師団会議(ディーン・カンフ)を始める。先日『師団』のバスカービル――1名はウルスの所属でもあるが――その4人が『無所属』だったはずのジーサードと、手下のジーフォースに討たれた」

 相変わらず進行役が板についてるジャンヌが、現状を再確認する。

 キンジが来るまでにジャンヌ達から先日の襲撃の内容については聞いてある。

 ジーサードの事情を知ってる私にはその狙いも想像できた。

「昨日、車で帰りながらジーフォースから聞き出したんだが――ヤツらがジオ品川を拠点にしていたのは、単にそこでレキを発見したからだそうだ。レキを含め、アリア達はそれまでジーサードに一切のコンタクトはされていない。完全な奇襲だよ」

 ワトソンはジャンヌの言葉を補足する。

「――いくら寡兵(かへい)とはいえ許し難いな」

 碧眼を少し鋭くして、ジャンヌはパニエで膨らんだスカートの下の足を組み替えた。

 ジャンヌの策ではめるのとあんまり変わらない気がするけど、話が進まなさそうなので言わないでおく。

「なるほどね。で、そのジーフォースって少女を預けてるってことは交渉の余地はある訳だね」

 私がそう言うとキンジはちょっと待て、とばかりに立ち上がる。

「何でだよ、ジーサードとジーフォースが別れてる今が狙うチャンスだろ?!」

 その言葉に私と玉藻以外の全員が視線を逸らす。画面の向こうのメーヤもだ。

 キンジってば、本当に逆位置の隠者になっちゃうよ。

「キンジってば、実にバカだね」

「今はお前の冗談を聞いてる場合じゃない」

「冗談じゃないよ。冷静に大局を見なよ。私はジャンヌ達から事のあらまししか聞いてないけど、ジーフォースは奇襲とはいえ、Sランク相当の武偵4人をたった1人で無力化した。その上役であるジーサードはそれ以上の実力があるって考えてもいい」

 私の言葉にキンジは黙り込む。

「しかもジーサードの勢力は未だに不明。ジーフォースクラスの配下が何人もいるかもしれない。よしんば、ジーフォースを今倒したとしてもバスカービルの4人を倒した時以上の勢力をこちらに向けられれば……想像は出来るでしょ?」

 私の言葉に玉藻は何かを考えるように目を閉じながらメロンソーダを飲み、

「うむ、そこの小娘の言うとおりじゃ、遠山の。仲間をやられて熱くなるのは分かるがの、冷静に大局を見るのじゃ。現状で勝ち目はあるのか、具体的な方法があるなら申してみよ」

 人外特有の鋭い眼光をキンジに向ける。

「それは……」

 そして、問われたことにキンジは言い淀む。

 なら、それが答えだよ。

 認めたくないかもしれないけどね。

 まあ、私も家族を傷つけられて黙ってるつもりはないんだけど……

 今はまだ、ね。

「それに連中はその場でキンジやワトソンを(ほふ)ることも出来たのにしなかった。それどころか、ジーフォースを武装解除の上でこっちに人質みたいに寄越したってことは、別の狙いがあるんじゃない? 何かわかんないけど」

 私の言葉に玉藻は頷く。

「うむ、なかなかに聡いの、白野とやら。褒美をとらそう」

「じゃあその尻尾をモフモフしても良い?」

「それはダメじゃ!」

 すごい勢いで自分の尻尾を背中に隠した。

 どうやら弱点っぽい。

 それから玉藻はだめ押しとばかりに説明する。

「それにの、遠山の。ヤツらは進んだ科学を御するという。それは儂等、魔性や化生と相性は最悪じゃ。加えて、今は璃々色金の粒子もある」

「璃々色金……?」

 冷静になったキンジは座りながら玉藻の言葉を繰り返す。

 ジャンヌがキンジの方に振り向き、

「――理解しづらい事だろうが、璃々色金は超能力者の能力を弱らせる粒子を撒くことがある。チャフを撒いてレーダーを使用不能にするようにな。問題はその効果範囲だ。これは地球の表面の1/3程度の広範囲に影響する。文化祭の頃にまた粒子の強度が上がって、今も日本はその影響下にある」

 ジャンヌの言葉に全てではないが、キンジは理解した様子だ。

 現状、白雪やジャンヌは戦力ダウン。

 今戦えば負けることは理解できただろう。

「じゃあ……どうしろってんだよ。あいつらの狙いが何にせよ野放しにするのか?」

「じゃから……取り込む」

「……は?」

 玉藻の言葉にキンジは目を丸くする。

「合理的だね。キンジが納得出来るかは別にして」

「霧も何を同意してるんだよ?!」

「あのね……将棋と一緒だよ。相手の駒をそのまま自分の戦力に出来るならこれ以上ない戦果。戦わずして勝つのが最上の勝利だって孫子に書いてあるでしょ?」

「確かにそうかもしれないが、どうやって仲間にするってんだ」

「糸口はあるんでしょ、ワトソンさん」

 私が話題を振ると、ワトソンがカボチャ頭を取った。

「その、えっとだね。ジーフォースという女は……昨日の話を聞く限り、こっちが恥ずかしがるくらいにキミと出会えた事を嬉しく語っていたんだ。キミに心酔して気を許してる雰囲気すらある」

「なんだよ、寝首でもかけってのか?」

「かけるなら寝技にしなよ。まあ、つまりは籠絡(ろうらく)しろって事だね」

「――籠絡?」

 あれー? もしかして、日本人なのに籠絡の意味知らないのか……

 それとも、具体的に何すればいいのか分かってないのか。

「ロメオをしろってことだよ」

「ロメオっ……!?」

 私が具体的な単語を提示するとキンジは絶句した。

 語源はロメオとジュリエットのあのロメオ。

 武偵としての意味は――男版のハニートラップ。

 キンジは得意だろうしね。

「ふざけるな、霧」

「遅刻したツケだよ」

 私がそう答えると、全員が視線を閉じる。

 「コイツら……」とばかりにキンジは辺りを見回す。

 キンジが遅いから空いた時間で方針は既に決まっていた。

 恨むなら要領の悪い自分を恨むんだね♪

「別に実際に色仕掛けをしろって訳じゃない。簡単に言えば情報が欲しいんだよ。戦力でも目的でも、味方になる条件でも何でもいい。遅刻したツケなんて言ったけど……現状、唯一の糸口であるジーフォースと接触して話せるのがキンジしかいないんだよ」

 私の優しげな言葉にキンジは耳を傾ける。

「お願い、キンジ。気は進まないかもしれないけど……私も助けになるから」

 最後に少しだけ包帯を外して素顔で、キンジに迫りながら頼む。

 真っ直ぐにただ見つめて、懇願するように。

「分かった……」

「うん、ありがとう。本当に出来るだけのサポートはするよ」

 諦めたようにキンジは答えた。

 こう頼めば聞いてくれると思ったよ。

『私も遠くではありますが、サポートさせて頂きます。危険な相手には変わりないでしょう。なので聖騎士団(パラディーニ)に許可をいただき、まずはアリアさんとトオヤマさん宛に支援物資の作成・送付を手配しました』

 あまり話してなかったメーヤが私に続くように入ってきた。

 キンジはパソコンに対して聞き返す。

「支援物資……?」

『はい。倒すことはできなくても身を守る程度にはお役に立てるかと』

「良い話も聞けたことだし、方針は決まった。今日は解散だね。このまま夕食でもしようか」

「うむ、そうだな」

 メーヤの言葉から畳み掛けて私のあとにジャンヌが続く。

「はあ、俺は帰る……引き受けちまったし。今日は別の意味で疲れた」

 キンジは足早に女子空間から逃げ出したいのと、疲れたのとでとぼとぼとその場を去った。

 そして、女性陣だけが残されて……

「お主、かなり魔性の女じゃな」

 じと目で玉藻に呆れられた。

「魔性だなんてとんでもない。そんなつもりはないんだけどね」

「じゃが、遠山のがああ頼めば引き受けてくれると知っておったのじゃろう?」

「まあね。キンジってば分かりやすいから」

 私が少しばかり笑うと、他のみんなは何とも言えない表情をしていた。

 そんなに恐ろしいかなぁ、私。

 


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