緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

93 / 114
どうも皆さん、霧ちゃんカワイイ。

前半は前の話のキンジ視点。
あとは……ちょっとした幕間的な感じです。


92:家族のために

 

 ……霧の言うとおりだった。

 まさか、かなめがあんなにもヤバいとは思いもしなかった。

 まあ、そうなった原因は俺自身にあるんだが……正直かなめがここまでとは。

 早急に対策をたてる必要がある。

 俺の身の安全の為にもな。

 と、俺は翌日――

 土曜日の朝、かなめの目を盗んで台場の海浜(かいひん)公園へ出た。

 前は海、後ろには広い芝生の広場の間にあるベンチで……人を待つ。

 俺には全く似合わない、バラの花束を抱えてな。

 まあ、花束は包まれてるから別に持ってても恥ずかしくはないんだけどな。

 こんなものを持ってるのは割と入り組んだ理由があるのだが。

 単純に俺の『護衛』を雇うための依頼料、ということになる。

 かなめは、俺の部屋に『誰も一緒に住んではいけない』と言った訳ではない。

 ――『家族なら一緒に住んでもいい』。

 そう言ってるのだ。最初から。

 つまり、信頼のおけるヤツを俺の『家族』という事にして、俺の部屋に常駐させれば――

 かなめという恐ろしいイベントが起きても、バッドエンド寸前で助けて貰えるだろう。

 そこで『師団(ディーン)』の中でリストアップしたのだが……正直選択肢は1つしかなかった。

 "霧"だ。アイツしかいない。

 まず俺の家族とするからには、純日本人じゃないとおかしい。

 アリア、理子、ワトソンは家庭的に無理がある。ジャンヌもダメだ。

 しかも演技ができて、俺の話に合わせられそうなのがアイツしかいない。

 白雪も考えたが演技力に難アリだ。

 となれば、霧しかいない。

 霧は白雪程ではないが黒髪ロングで、黙っていればいかにも日本人って感じの見た目をしている。

 それに身長も小さめで『妹』っていう設定が不自然じゃない。

 名字が違うのは母さんが亡くなったあと、生活費の関係で仕方なく養子で行っていて、実は遠山家だったから戻ってきたという事にする。

 正直無理がある。色々と苦しいのは重々承知だ。

 これでも必死に考えて矛盾がないだろう程度の設定に持ち込んだつもりなんだよ。

 霧は、引き受けてくれるだろう……多分。

 いや、微妙かもしれない。

 俺はアイツの警告を無視……した訳じゃないが、それでも半分くらい気にしてなかったしな。

 霧の言うとおりあの時は情報を得るのに必要なこととは言え、女子の接触を控えれば良かったぜ。

 まあ、そんな訳で理由を聞けば自業自得だとバッサリ切られるかもしれん。

 仮に引き受けるなら、この貸しは間違いなくデカイ。

 なので俺は依頼を受けて貰えるようにと、あとは貸しを軽減するためにプレゼントでご機嫌を取ろうというわけだ。

 自分で思ってて悲しくなるな……

 ともかく、霧が何をプレゼントすれば喜ぶのかよく分からんので女子のカスタマーサポートセンターことジャンヌに電話をしたところ『花だ。花を贈られて喜ばない女性はいない。これは世界の法則だ』と、自信満々の回答を頂いた。

 霧は……花とかより紅茶の方が喜びそうな気もするが、紅茶の種類とか分からんしな。

 それにジャンヌも少女漫画とか読んでるみたいだし、そこだけは一般的な価値観があるだろう。

 なので俺はアドバイス通りに花を選択し、今朝早くに外出して台場の一度も入ったことのない花屋に入ったのだ。花なんて菊やチューリップしか知らない俺だったが、花屋のお姉さんが『花を贈るならバラに限ります』と自信満々に言うので……それを購入して霧を待っているわけだ。

 花屋のお姉さんが『サプライズで出してあげて下さいね』と言ってたが。タイミングが分からん。

 そもそも霧を相手にサプライズなんてあんまり成功するイメージがない。

 アリアの勘とは別に、霧は察しが良いからな。

 もしかしたら、俺のやろうとしてることも話してる内に気付かれるかもしれない。

 その時は開き直ろう。

 しかし、にしてもデカイなこの花束。花束の相場なんて分からなかったからなけなしの最後の万札を(はた)いたんだが……重たいくらいだ。半分くらいにしときゃよかったよ。

 などと今朝のあれこれを思い出しつつ、俺は右膝を少し触る。

 昨日、かなめに撃たれた部分だが……靭帯(じんたい)までいってるかもな。

 手当てしたから、動けるには動けるのだが……

 強襲科(アサルト)でのサポーターの巻き方がウロ覚えだったせいか、痛みが抜けないな。

 チクショウ、余計に動きづらいから外しちまおう。

 右裾を上げてサポーターを外して少し後に、

「お待たせ。珍しく花束なんて持ってどうしたの?」

 待ち人が背後の芝生の方から近付いてきた。

「尾行は……聞くまでもないな」

 霧はそこまで迂闊じゃないし、かなめをアリア達とは別の角度で警戒してくれてるしな。

 本人も呆れた顔で、

「あのね、素人じゃないから分かってるよ。だから、尾行対策のセオリー通り広い場所に呼んだんでしょ?」

 そう言ってくる。

 まあ、聞くだけ野暮だったな。

 実際に誰かと密談する時にはこうして、一度広い場所を集合場所にするといい。

 周りに遮蔽物がなく身を潜める場所がなければ、尾行者を確認出来るからな。

 そして、遠方からの監視を警戒して話をする時は建物の中へ行く。

 ここまでが密談のセオリーだ。

 やっぱり、霧で正解だな。

「まあな。流石、元パートナー」

「今は現チームだけどね」 

「それもそうだな」

「で、重要な話の前に右足を診せて貰える? さっきから右足を変に動かしてるし、意識がそっちを向いてるから気になるんだけど」

「お見通しだよなあ……」

 そこまで気付かれるとは……

 まあ、自分でも多少気にしてた自覚はあるが。

 ここで変に意地を張っても仕方ないので右足を見せる。

 それから霧は観察するように見て、軽く触ったりする。

 それから1つ息を吐いて、

「サポーター外したでしょ? 出してよ、巻き直すから」

 と呆れたように言った。

 そこまで分かる、よな。

 医療知識は兄さんの話についてけてるぐらいだし。

 渋々俺は外したサポーターを霧に渡すと、それから慣れた手つきで巻き直してくれた。

「はい、終わり。違和感は?」

 ベンチから軽く立ち上がって、動かしてみれば。

 自分で巻いたのより断然に動きやすく、違和感がなかった。

 痛みがあるにはあるが、これならしばらくはもちそうだ。

「大丈夫みたいだ。自分でやるより大分マシになったな」

「ようやく本題に入れるね。で、やらかしたんでしょ?」

 ズバッと聞いてきやがる。

 俺はつい誤魔化した。

「何でやらかした前提なんだよ」

「え、違うの? 膝を撃たれたみたいな打撲してるくせに?」

 その一言で詰みです。

 撃たれた理由の言い訳が1つも思い浮かばない。

 というか、誤魔化しきれる予感がしない。

「すみません、そのとおりです」

 なので素直に認めざるを得ない。

 こいつ、変に意地を張ろうとすると見捨てるからな。

 それから霧は切り替えて本題に入ってきた。

「で、私を呼び出した理由は? その花束と関係あり?」

「まあな、ただ適当に話せる内容じゃないんだ。場所を移そう」

 俺は花束を持ったまま周囲を見渡し、芝生の先の白いチャペルが目についた。

 あれは新しく建てられた、別館のチャペルだ。

 流石のかなめも神聖な場所を襲撃したりしないだろう。

「あの教会?」「そこの教会だ」

 奇しくも霧も同じ考えだったらしく、言葉が被る。

 そして、お互いに少し笑う。

 そのまま俺達はチャペルへと向かう。

 チャペルは教会と同じように一般開放されているらしく、中には誰もいない。

 天窓から覗く光が白い壁を反射し、明るく、暖かい。不思議な空間だ。

 それから霧は、

「私には縁遠いと思ってたんだけどね」

 どこか遠いものを見る感じで語った。

「なにがだよ?」

「いや、教会に入ることなんてないと思ってたって話」

「その、俺にはよく分からんが……女子って教会とか憧れるものじゃないのか?」

「普通はね。私は家族のことがあるし、それにあんまり興味もないんだよね」

 相変わらず、家族が好きだな。

 いや、良いことだと思う。

 それにこれからする話も『家族』に関する話だしな。

 きっと霧なら分かってくれる。

 ただ下手に追及されると困るから、少し押し気味で行こう。

 自分でも無理のある作戦だとは思う。

 だが、あのかなめの事を考えると一人の方が危険だ。

 最早、多少の貸し借りなどと言ってられない。

 理子で言うところのバッドエンドを回避するには、致し方ないんだ。

「それで重大な話ってなに? 単刀直入にお願いね」

 教会の奥、神父が立つ台の前で俺に向き合った霧が腰に手を当てて言う。

 大丈夫だ、霧。俺も単刀直入に言うつもりだよ。

「ああ、そうだな」

 花束を使うのはここだ!

 

「――霧。遠山 霧になってくれ」

 

 俺は依頼料金であるバラの花束を差し出して、単刀直入に伝えた。

 そして、その言葉と同時に教会の鐘が。

 リーンゴーン……リン、ゴーン……

 と、鳴り始めた。

 時報だろうか、ともかくこれで会話の内容は聞かれなくてすみそうだ。

 聞かれたとしても鐘の音が誤魔化してくれるだろう。

「…………………………え?」

 霧はというと、いかにも予想外と言った感じだ。

 珍しいな、お前がそんな豆鉄砲を喰らったような顔をするなんて。

 なんて珍しがってる場合じゃない、俺もここで引き下がる訳にはいかないんだ。

 俺の安全の為にも、ここで霧を押しきるしかない。

 真剣になるに決まってる。

 霧はその日本人らしい黒目をパチクリさせて、手を落ち着かない感じで微妙に動かしてる。

「……あー……キンジ、説明して貰える? いきなり遠山 霧になってって言われても。流石の私も……」

 霧は困惑してるみたいだ。

 チャンスだ、畳み掛けるしかない。

 今回ばかりは理由を話せば受けて貰えないかもしれないからな。

「お前しか頼れないんだよ」

 俺のその言葉に霧はさらに目を大きく見開いた。

 それに気のせいか言葉を詰まらせてるように見える。

 いける、いけるぞ。

 いつもならのらりくらりでボロを出させられるが、今回はそんな感じはなさそうだ。

 だが霧は持ち前の察しの良さからか、

「それって家族になって欲しいってこと、だよね?」

 とカウンターをしてきた。

 やっぱり分かるか。

 霧はテープレコーダーを聞いてたんだ、抜け道に気付いてもおかしくはない。

「ああ、そうだ」

 ここは素直に認めるしかないだろう。

 霧は胸に手をやって(うつむ)く。

 呆れるよな、そりゃ。

 俺ですら無理があると思うほどだ。

 アリアのゴリ押し気味な作戦を笑えないな。

 霧はあまりのショックか、少しふらふらし始めた。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないよ……いきなり、すぎるよ」

 だよな。

 だが、お前以外にこの依頼を達成出来るヤツがいない。

「突然過ぎたよな……この花束じゃ足りないのも分かってる。だけど、今の俺に出来る精一杯なんだ」

 俺のなけなしの依頼料だからな。

 あとはいつもの貸しにするしかない。

 命には代えられん。

 それから霧は、いつもより少しだけ熱っぽい息を吐いて、

「うん……分かった。いいよ、家族になっても」

 何故か少しだけ赤い顔を上げた。

 その少し目を細めた笑顔は不覚にも妖しさと恐ろしさを同時に持っていて、一番魅力的に見えた。

 しかし、何だろうな……この寒気は。

 霧の笑顔はいつも見てる筈なのに、どうしてか胸騒ぎがする。

 安心感の裏返しか?

「安心したよ。本当にありがとう」

「お礼なんていいよ、家族……なんだし」

 霧は俺から花束を受け取ると、静かに匂いを嗅ぎ始める。

 それから霧は、ふふ、と少しだけ嬉しそうに微笑んだ。

 ……花束がそんなに嬉しいのか。

 ジャンヌもたまには役に立つな。

 しかし、珍しい霧だらけだったな……

 驚き顔もそうだし、いつもは楽しそうな笑顔しかしない霧が嬉しそうな顔をするなんて。

「それで? 私はどうすればいいの? 随分前にお姉ちゃんって呼んでもいい、みたいな話をしてたし……それでもいいけど」

「ああ、その話なんだが……」

 内容をどう話したものか。

 俺が思案してる間に霧は花束を抱えながら、アドバイスをしてくる。

「簡単に言えば、かなめちゃんから守って欲しいでしょ? なら簡単だよ」

「そうなのか? 俺としてはお前がいてくれるのが安全策だと思うんだが……」

「うん、簡単。キンジがこう言えば良いんだよ"お前なんか妹じゃない"って」

 それは何度か言った気がするが、どうもそれは気が進まない。

 っていうか、霧……結構な辛口だな。

「案外、拒絶の言葉って傷付くもんだよ。特にキンジみたいに普段はキツイ言葉を使わない人の言葉はね」

 まあ、それは何となく分かる気がする。

「だからさ、ここは心を鬼にして拒絶しちゃいなよ。私も一緒に手伝うよ。せっかくの情報源だけど、命の危険があるなら仕方ないよね?」

 時に情報は命より重いって話だが、命の危機以上のものをかなめから感じたしな。

 確かにこれは、考えどころかもしれん。

 しかし、俺が拒絶したらかなめが暴走する可能性が大きい。

 俺を理由にアリア達を殺そうとするからな。

 危険かもしれないが、俺が結局はストッパーなんだよな……

 今更ながら会議に遅れなければよかったよ、本当に。

「いや、流石にそれはやめておこう。俺が傍にいなかったら逆に何をやらかすか分からないしな」

「邪魔なら消せば良いのに」

「……あの……霧さん?」

 思わず敬語になる。

 今、さらっと物騒な事を聞いたような。

「……なんてね、冗談だよ。いきなり過ぎて驚いた?」

 霧はいつもみたいに笑顔だ。

 相変わらずあれこれ驚かせにきやがる。

「流石の私も、かなめちゃん相手に正面で戦える気がしないよ。って考えると、キンジのプランでしばらく様子を見るしかないね」

「やっぱりそうなるよな……」

「問題はかなめちゃん、だね。認めるかな?」

「そこは多分、大丈夫だとは思う、が……」

 何度も思うが、ゴリ押しな設定だしな。

 しかし、本当に霧に頼んでよかった。

 話が早くて助かる。

 他の連中だとこうは上手くいかないからな。

 詳細を話す前に暴走したり、引っ掻き回したりするし。

 主にアリアと理子だが。

「取り敢えず……私が行くまで生きててよ」

 霧はそのまま準備があると、バラを持って微笑みながら去っていった。

 まあ、かなめ相手だしな……それなりに武装とか着替えを持ってくるつもりだろう。

 霧は俺の部屋に私物を置いてないからな。

 まあ、女物は俺にとって爆弾みたいなものだからそこら辺配慮して貰ってるのはありがたい。

 さて、あんまり遅いと怪しまれそうだし……腹を括って部屋に戻るか。

 ……そもそも、何で自分の部屋に戻るのに覚悟がいるんだろうな?

 

 ◆       ◆       ◆

 

 ……リリヤ、上手くやってるかな~

 そんな心配をするりこりんではあるが、それとは別にこっちの問題もある。

 そう、ヒルダだ。

「それで? 高貴な私をどうするつもり――」

「虚勢張るのやめたら?」

「虚勢なんかじゃ……」

「あ、ジャック」

「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいもう二度とあなたの所有物を取りません二度と触れませんからお願い赦して」

 あー……キャラ崩壊もいいところだよ。

 暗闇の隅っこに隠れるコウモリキャラが定着してるじゃん。

 実際に影の中に沈んで隠れてるし。

 一応、比率的に人格は8割取り戻した感じ。

 ただ、2割はトラウマで歪んだ。

 最初は幼児退行気味だったしね。

 3日でマジで何したの、お姉ちゃん……

 そう何度も考えずにいられなかった。

 考えるだけで聞く勇気なんてある訳ない。

 ともかく、お姉ちゃんが絡まなければ私の知ってるヒルダには戻ってきてる。

「ハイハイ、悪かったよ。理子の冗談だってば」

「……本当でしょうね?」

 影の中から顔だけ覗かせてヒルダが聞いてくる。

 お姉ちゃんの一件以来、サディスティック成分が抜けてきてる……

「それで、私に何の用かしら? もうお前と関わるのはイヤなんだけれど」

 言いながらヒルダはソファーに脚を組んで座る。

「面倒見たの誰だと思ってるの?」

「まあ、それには感謝してるわ。それで、さっきも聞いたけど高貴な私をどうするつもりでここに来たのかしら、理子?」

「正直、気が進まないけど……家族になって欲しいんだよ。その為に面倒を見たんだしね」

 わざわざホテルの一室を借りてまで同居して、怪しまれないように夾竹桃こと夾ちゃんの手も少し借りながら、学校へ行って、戻って面倒を見る。

 その繰り返しの日々。

 そこまで日にち経ってないけど。

「"家族"? この高貴な私に対してお前が対等だとでも?」

 分かってはいたけど……人格戻ったら流石にウザいね。

 あたしは仕方な~くソファーから立ち上がる。

「いいよ~だ。理子が家族にしなかったらヒルダはそのまま永遠に解体人形にされるだけだろうし、ジャックからしてみればオモチャが増える認識程度なんだから。それはどうかと思って何とかしようと思ったのに、理子の親切心は余計なお世話だったね。さようならヒルダ、今度は串刺しのままバーベキューにならないことを祈るよ」

「ちょっと待って下さらない? 私は別に実際に釣り合いが取れないとは言ってないわよ?」

「素直じゃないのが嫌いな人が多いからね~、あたしの家族。あーあ、残念だな~。今なら仲良く出来そうなのに」

 そこまで言ったところでチラリとヒルダを見ると、背中の小さなコウモリの羽をパタパタさせてる。

 犬の尻尾的な何かにしか見えない。

 面倒を見たのは良いけど……変になつかれちゃったな。

「ま、まあ……お前がそこまで言うのならば特別に家族とやらになってやってもいいわ。それに人間ごときに貸しがあるのも(しゃく)だし。ただ、アレの話は別よ」

 ヒルダの言うアレっていうのは、あたしの血の事……

 ヒルダはあたしと同じ血液型で、好みでもあるらしい。

 それで精神崩壊してた最初の時は安定剤みたいにあたしの血を与えてたんだけど……

 思ったよりも依存してしまったみたい。

 デザートみたいに要求してくるのは勘弁して欲しいんだけど。

 最近は貧血気味だし。

 でも理不尽な程に吸われる訳ではないし、問題はないかな……今のところ。

「いいよ、別にそれぐらいなら」

「ええ、分かったわ。あと1つだけ誤解して欲しくないから言っておくけど、(わたくし)はお父様みたいに契約を違える程に不誠実ではないわよ。あの時の言葉は全て真実。それだけは理解して貰いたいわ」

 などとヒルダは真っ直ぐに言ってくる。

 お姉ちゃんを殺した相手だから、ただ利用するだけのために引き込むつもりだったけど……あたしも甘いよね……

 別に同情とかじゃなくて非情になりきれない。

「その信用を得るのはこれからだね。それじゃ、あたしは戻るよ」

 それだけ言ってあたしはホテルを離れる。

 ヒルダはお姉ちゃんの正体に気付いてるし、引き込むのは悪い手ではないはず。

 そんなことを考えながら帰っていると、まさかのお姉ちゃんを歩道で発見。

 バラの花束を胸に抱えて、いつもと何やら雰囲気が違う。

 楽しそう、っていう感じじゃない。

 いつも見てきたから楽しそうかそうじゃないかの区別は出来る。

 だから……何だろう……? 嬉しそう、に見える気がする。

 なんとなくだけど。

 交差点で合流できそうだね。

 お姉ちゃんの進行方向の横断歩道の信号が赤色になって、あたしの方が青になる。

 そうして信号を渡ってお姉ちゃんに合流。

「キーちゃん、こんなところで会うなんて奇遇だね」

「ん? 理子、いつの間に隣にいたの?」

 ……あれ? 何か今の違和感が……

 いつもはお姉ちゃん、知り合いが近付く前に気付くのに……今のはあたしが隣に行くまで気付いてなかった?

 思わず聞いてみる。

「理子に気付いてなかったの?」

「まあ、恥ずかしながらね」

「珍しいね、キーちゃんが周りに気付かないなんて」

「うん、自分でも思ったより浮かれてるのかもね」

 少しだけ照れ臭そうに笑った。

 うわーお、お姉ちゃんの照れ笑いとかレアな表情ゲット。

 しかし、浮かれてる?

 信号が青になって、横断歩道を渡りながらあたしは何気なく聞く。

「何か良いことでもあったの?」

「キンジがね、"家族"になってくれって言ってくれたんだよ」

 と、お姉ちゃんは弾んだ声で言う。

 へー、キンジがね……

 ……………………。

 ……はい?

 何かとんでもない文章をしれっと聞いた気がするんだけど……貧血気味で疲れてるのかな?

「ねえ、お姉ちゃん……誰が家族になってくれって?」

「キンジだけど?」

「誰を?」

「私を」

「お姉ちゃんを?」

「そうだよ?」

 ………………。

 思考放棄……したいなあ……

 もう帰って寝たい。

 でも、それでも聞きたいことはある。

「何でそうなったの?」

「かなめちゃんが恐ろしい子だって気付いたんでしょ。それで私に助けを求めてきたんじゃないかな?」

「なんだ……そういうことね」

 安心したようなそうでないような。

 恋する前に家族とか順序が逆だしね。

「まあ、でもキンジの誘いだし……熱烈に告白されちゃったから……仕方ないよね」

 あれ? お姉ちゃんの様子が……

 なに、その表情。

 頬を染めてバラに少しだけ顔を埋もれさせちゃって。

 何か理子の方がドキリとしちゃうんだけど。

「それじゃあ、私は用事があるから先に帰るね」

 そう言ってお姉ちゃんは歩いてるあたしを置いてトタトタと小走りで去っていった。

 完全にこれって、まあそういうこと……だよね?

 勘違いかと途中で思ったけど、どうもそうではないらしい。

「あー……」

 思わず頭を軽く抱える。

 素直に喜んでいいのやら……

 これで少しは衝動とかマシになるといいけど。

 それとファミキチ(○イ)なお姉ちゃんだから、なんとなく嫌な予感がするんだよね……

 

 ◆       ◆       ◆

 

 バラを部屋に飾って、私は準備をする。

 このまま枯れさせたくはないし、ドライフラワーの作り方でも学んでおこう。

 それとかなめは私を排除するつもりだろうし、先手は打っておかないと。

 私は家族で、向こうは自称妹。

 家族じゃないならキンジの部屋にいる資格はないよねえ?

 まあ、せめて人としては殺してあげよう。

 その前にリリヤだね。

 理子の件の落とし前はつけたいだろうし、リリヤが失敗したら私が機会を見て()ろう。

 なので、シンプルな内容を伝えるためにリリヤに電話する。

 すぐに電話は繋がった。

『……なに?』

「ああ、リリヤかい。機会があったらジーフォース、殺していいよ」

 軽く声を男性に変えてゴーサイン。

『……分かった』

 リリヤは何の疑問もなく承諾してくれた。

 そして通話は切れる。

 んー、楽しみだね。

 久々にテンションが上がってきたよ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。