緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

94 / 114
霧ちゃんカワイイ。

前回から遅くなりました。

まあ、半年ぐらい空けてた時期もありますし別にそこまでですかね。
そういう問題じゃないですね、はい。

注意事項

・私も家族だ



93:Welcome to the family

 

 ……。

 ………………。

 …………………………。

 あたしは、やっぱり欠陥品。

 あたしとお兄ちゃんで相互に性的興奮(エレクチオン)によりHSSで強化される双極兄妹(アルカナム・デュオ)は机上の空論。

 HSSで強くなるのはお兄ちゃんだけ……女であるあたしは……弱くなるっ。

 何で、どうして……

 ジーサードの力にもなりたかった。

 それすらも叶わないのッ。

 …………。

 ……もう、どうでもいい。

 でも、せめて……あの女(白野)だけは排除しないと。

 あたしの邪魔ばかりしてくるし、島 麒麟と火野 ライカを仲違いさせるプランも実際に妨害された。

 それにあいつはイヤな感じがする。

 危険を証明する証拠はない。

 ただ、あたしにはどうしても邪悪なものに見える。

 お兄ちゃんの周りにいる女連中の中でも、何か異質に感じる。

 どうしてかは分からない。

 非合理的で感情的な判断。

 お兄ちゃんに本気で嫌われるかもしれない。

 お兄ちゃんはあたしのことを妹だなんて思ってないだろうけど、それでもあたしは家族だって思ってる。

 だから、せめて守らなきゃ。

 もう、アメリカらしく強引に行く。

 あたしの邪魔になる間宮 あかりのグループを八つ当たりに排除して、早々に学校を支配して白野を孤立させて排除する。

 当初の目的が果たせなかった以上、周りのことなんて知ったことか。

 あたしは間宮の携帯をハックしてメールを送る。

 仕返しのチャンス、そう銘打って挑発する。

 何もかもが気にくわない。

 あいつ(間宮)あいつ(白野)も……あたしの邪魔をした連中の全てが。

 回りくどい工作ももうおしまい。

 ここからはあたしが一方的に攻撃してゲームセット。

 本気で潰す、けど全力は出さない。

 あいつら程度に手の内を全部見せるわけにもいかないから。

 

 

 準備を整えて、指定した羽田空港のターミナルに着いた。

 そして、荷物を受け取るバゲージクレームに――

「一人で何しに来た、夾竹桃」

 座っている夾竹桃を見た。

「女子同士の友情を毒する者を毒牙に掛けにきたのよ」

「友情? そんな幻想のために戦うの?」

「それを()でるのが生き甲斐だから」

 淡々と答える夾竹桃。

 そんなもののために首を突っ込んでくるなんて。

 それに元イ・ウーだろうが、お前じゃ相手にならない。

 その事をお前は何となく分かってるはず。

 ボードを入れるようなケースから先端科学刀(ノイエ・エンジェ・エッジ)を一本出して切っ先を向けて構える。

「人と人の間には支配と被支配の関係しか成り立たない。自分より強い者に刃向かうのは――非合理的」

「――毒を以て毒を制す。イ・ウー研鑽派残党(ダイオ・ノマド)魔宮(まきゅう)(さそり)』がお相手するわ」

 スカートの端を上げて挨拶をするカーテシーをする。

 ひざまずくつもりはないクセに。

 まあいい、八つ当たりの相手にはちょうどいい肩慣らし。

 勝敗は見えてる。

 

 

 約束の0時。

 F滑走路のトラックの上であたしは待つ。

 やっぱり相手にならなかった。

 ミニガンを持ってくるとは思わなかったけど……毒を使う虫が毒を使わないならただの虫けら。

 ミニガンなんて室内で使うなんて非合理的。

 取り回しがきかないし。

 ほぼ近距離戦闘するスタイルのあたしに遠距離を挑む選択は合理的だったけど、相手はそれ以上に自分の持ち味を殺していた。

 死人に口なし。

 終わった以上はそれ以外に何もない。

 ――来たか。

 見たところ一人だけど。

「あたし、何人でも連れて来ていいって書いたけど?」

 間宮 あかりは振り返りトラックの上にいるあたしを見上げる。

 あたしは眼中になく、あかりを視界の端に留めるだけで遠くを見つめる。

「そっちこそ……大好きなお兄ちゃんと一緒じゃなくていいの?」

 ……思い出させるな。

「フラれたとこだよ、バーカ」

 聞こえない程度に独り、呟く。

 そして哀しみと怒りが込み上げる。

 ああ、そうだ……あたしはお前が嫌いだ。

 お前みたいにバカなクセに、何も分からないクセに人から好かれる人間が。

「あたしは米軍(アーミー)の施設で育った。お兄ちゃんと組んで最強の兄妹になる計画だった。

 ……でも、それが……うまくいかなかった」

 もう、あたしの感情を合理的に片付けるには壊すしかない。

 お前も……白野も。

「だからもうヤケ。暴力も解禁。八つ当たりさせてよ、こんなザコでもいいから」

 剣の腹で"それ"を足元に寄せて、蹴り落とす。

 あかりの上に落ちて、そのまま"冷たくなった夾竹桃"の下敷きに。

 あかりは夾竹桃を手で触れてどういう状態か分かっただろう。

 お前もそれと同じようにしてやる。

「あたしの剣を避けて遠距離を挑んできたけど、それは選択ミス。毒を使わない蠍は――ただの虫けら」

 レシプロが一機、あたしの頭上を飛び抜ける。

 見上げるあかりは、何かを待ってる感じだ。

 あたしの頭上を見上げて……

 分かりやすい。

 あたしは何かが近付く前に跳び上がる。

 そして同時にあたしのいた場所が抉れた。

 やっぱり、仲間がいたか。

 着地して振り返れば褐色で短髪のボーイッシュなヤツがあたしに迫ってくる。

 武装は右手のガントレットのみ。

 剣の間合いに入ってくるつもり?

 そのままあたしは横薙ぎで迎え斬るッ。

「――ッ!?」

「科学剣破れたりッ」

 肘と膝で白刃取り!?

 そのままあたしの剣を弾いたかと思うと、跳び上がり回転。

 手が切れる。

 スカートにカミソリみたいな刃が付いてるのかッ。

 怯んだところであかりがあたしに向けて背後から撃ってくる。

 すぐに磁気推進繊盾(P・ファイバー)2機を背後に回り込ませて防ぐ。

 そこそこやるヤツみたいだけど……

 ここからはあたしも本気だ。

磁気推進繊盾(P・ファイバー)はあまりの扱いの難しさに不良品とされた次世代UAV」

 次世代のヘッドマウントディスプレイ『テラナ』とヘッドセットみたいな磁気推進繊盾(P・ファイバー)の制御装置を着ける。

「計画通りに運用できなかった兵器(あたし)も不良品……グレてやる」

 今日は兵器らしく無慈悲にただ障害を排除する。

 あたしは褐色の女に目を向ける。

「お前、あかりの親戚あたりか? なんとなく似てるよ。頭の悪そうなところとかさ。

 ……今日はあの時みたいに機嫌が良いわけじゃない……お前を片付けたら別のヤツを片付ける仕事があるんだ」

「また誰かを傷つけるつもり?!」

「これから死人になるヤツに答える必要はない。さあ……気をつけな」

 スカートに潜ませた磁気推進繊盾(P・ファイバー)を出す。

 あたしが同時に操れる限界の7機。

 背中から伸びる手のように切っ先を2人に向ける。

「あかり!」

「うんッ!」

 あかりと褐色の子がこっちに駆け出す。

 タイミングをずらしての波状攻撃か?

 馬鹿正直に正面から来るなんて、非合理的。

 磁気推進繊盾(P・ファイバー)の一本を迎撃に出す。

 そして、あかりは回転しながらその手を槍のように突き出した。

 何が狙いか分からないけど、表情からして目論見が外れたのか強張る。

 すぐにその手を巻き付け、投げ飛ばす。

「わぁっ!?」

 間抜けな声を上げてあかりはそのまま空中へ。

 褐色の子がすぐにブレーキを掛けて、あかりの飛ぶ直線上に方向を変える。

 そして正面であかりを受け止めて勢いを殺せず、タラップ車に背中を打ち付けた。

 打ち所が悪かったのか、気絶した。

「ひか……ちゃん!」

 あかりは褐色の子のおそらく名前を叫んでる。

 だが、あたしにはそんなの関係ない。

触れなば斬れん(レイザー・シャープ)

 剣を構えて、磁気推進繊盾(P・ファイバー)の切っ先を全て2人に向ける。

 8本の剣でお前らを貫く。

「謎の転校生は、学校中に友達を作り強固な軍事基盤を築きました。友達になれなかった主人公ちゃんはケンカの末に命を落としました」

 それでゲームセット。 

 お前らに延長戦なんてない。

 バララララッ!

 あかりは、突然に滑走路の地面に埋め込まれた誘導灯を撃って周りを暗くした。

 どういうつもりだ?

 さてはこの単分子振動刀(ソニック)の発光を目印に撃ってくるつもりか?

 それは非合理的だぞ、あかり。

 あたしのこのヴァイザー……テラナには暗視機能もある。

 そんな小細工は無意味だ。

 いや、違う。

 ……銃を収めた?

 そしてあいつはそのままタラップ車の階段を上がる。

「かなめちゃん」

 ……かなめちゃん?

「何?」

「かなめちゃんは『友達』の意味を間違えて覚えてる。どこかで悪い大人が嘘を教えたんだと思う」

 髪留めを外しながら階段を上がって、何をするつもりだ?

「一つ約束して。この戦い、あたしがもし勝ったら……やりなおそう」

「?」

 どういう意味だ?

「転入してきたかなめちゃんはみんなと本当の友達になるの。友達ってどういうものか分からなければ、まずは……あたしとなろう」

 階段を上がりきり、柔らかい顔であたしに提案をしてくる。

 非合理的。

「友達? 今こうして戦ってるのに?」

 あたしはお前らを殺そうと思ってるのに……

 どうして、そんなことが言える。

「うん、友達って……ぶつかり合う事もあるものだから」

 …………。

 お人好し、だな。

 ますます気に入らない。

「……いいよ。どうせあかりが勝つことはないからね」

 剣を構えて、再び対峙する。

 だけど、もし本当にそんなことが叶うなら。

 あたしは、兵器じゃなくて済むのかな……

 そんな事をつい考えて――

 

「……危ないッ!」

 

 突然に横から声と共に衝撃が走る。

 さっき気絶してた筈の褐色の子があたしを突き飛ばした。

 同時にあたしがいた場所に走る、一筋の閃光。

 それは、延長線にあるあかりのタラップ車を貫いた。

 今のは……

 そして、テラナが異常な熱量を観測した。

 さっきの閃光の熱で、タラップ車の燃料に引火しかけている。

「あかりッ、それから降りろ!」

「えっ?」

 思わず叫んだけど、間に合わない。

 すぐに爆炎と轟音。

 あかりは状況が分からないままに、爆発に巻き込まれた。

 そのまま飛んでいく。

「きゃああっ!?」

磁気推進繊盾(P・ファイバー)ッ!」

 すぐにあたしは磁気推進繊盾(P・ファイバー)を操作して、ネットように交わらせて地面に落ちる前にあかりを確保した。

「あ、ありがとう。かなめちゃん」

 つい助けてしまった。

 爆発の真下だったのに目立った外傷はない。

 しかし、こんな時にお礼なんて……変な気分。

 それよりも今のは、電磁投射砲(レールガン)?

 米軍(アーミー)でも実験段階でしかないはずなのに……

 あたしの計画の失敗が知られたにしても早すぎる。

「かなめちゃん、今のは」

「……あたしにも分からない」

 あかりの疑問に正直に答える。

 色々と水を差された。

 今ので終わり?

 いや、違う。

 テラナにいくつもの反応が、これは……ドローン?

 飛行ドローンがレールガンが飛んできた方向の空からくる。

 20、30……?!

 反応が多いッ。

 しかも速い!

 イヤな予感がして、磁気推進繊盾(P・ファイバー)で先行して飛んでくる一機を迎撃すると――

 ドオォーン!

 車一台は壊せそうな爆発が起きる。

 自爆兵器……あれが、全部ッ。

 あたしの磁気推進繊盾(P・ファイバー)は銃弾は防げるけど、爆発物相手だとどこまでもつか……

 何者の襲撃か分からないけど、今はあかりを排除するとか言ってられる状況ではなくなった。

「あかり、そこの褐色も、勝負はお預けだ」

 吐き捨てるように言って、あたしは駆ける。

 一体、誰だッ。

 標的は確実にあたし。

 ターミナル方面、遠距離から狙撃してきた。

 別に自爆ドローンを利用してあかり達を排除する事も出来る。

 でも、お兄ちゃんと約束した。

 卑怯なことはしないって。

 奇襲は合理的だけど……その卑怯者を片付けて、それからあかりと決着をつける。

 自爆がある以上、斬るのは無理。

 あの数相手に近付けるかは分からない。

 でも、水を差されてあたしは余計にイラついてる。

 だから近付いて確実に始末する。

 距離は1キロ近い、だけど関係ない。

 暗視装置でドローンはハッキリ見える。

 散開した……9時と3時、おまけに背後にも回り込んでる。

 四方からの攻撃。

 あれだけの数を操るには、事前のプログラムがあるはず。

 つまり単純な動きしか出来ない。

 あたしの磁気推進繊盾(P・ファイバー)みたいに複雑には動けない。

 さっき迎撃したときも避けようとしなかった。

 狙撃を考えて左右に避けれるように道を確保する。

 左に2機、右に2機、前方に2機、あたし自身を守るために1機は護衛。

 それぞれUAVを飛ばす。

 演算で少し頭が痛くなるけど、そうも言ってられない。

 左右を優先的に破壊。

 糸を縫うように、ドローンを破壊していく。

 両脇で轟音と閃光が弾ける。

 遅れて前方でも、爆発。

 多少の爆風はあるけど動けなくはない。

 だけど――

『6、5、no signal』

 テラナがUAVからの信号が無くなったのを知らせる。

 やっぱり、無傷とはいかないッ。

 750メートル、距離はまだある。

 だけどドローンに指令を送ってるだろう電波を捉えた。

 確実にいるッ。

『1、7、no signal』

 あと500……もう少し!

『3、no signal』

 数も減った。

 ドローンは背後の残り数機だけ。

 2機の磁気推進繊盾(P・ファイバー)で対処出来る。

 ……いや、テラナにまた反応が。

 ドローンが増えてる。

 前方、数は15。

 Shit……

 用意周到みたいだな。

 確実に仕留めに来てる。

 打開は、無理。

 近付く前に自爆兵器の物量で押しきられる。

 残り2機の磁気推進繊盾(P・ファイバー)じゃあもたない。

 背後からも近付いてる。

 ここまで……なの?

 まだ、あたし……何も成せてないのに。

 こんなところで――終わる?

 

「諦めないでッ!」

 

 あかり……?

「ひかちゃん!」

「当初の目的とは違うけど、行くぞあかり!」

 褐色の子が足場を組んで、それからあかりは飛び上がった。

 そして、どこからかサーチライトが照らされて空中のあかりに光が……集まってる。

 そして、輝き出す。

 眩しいッ……!

 テラナを思わず外して見上げれば、ドローン群の中央をあかりは飛び抜けた。

 同時に何か電磁波……パルス的な何かを放出する。

 完全に通り抜けた瞬間、ドローンはショートを起こしたのか一気に爆発した。

 同時に何かの発砲音が聞こえたかと思うと、背後でも爆発。

 一体、何が。

「あかりッ」

 あたしが呆然としてる間に、褐色の子が落ちてきたあかりを滑るように受け止める。

 あたしも思わず傍に駆け寄る。

「あはは……名付けるなら『鷹落(たかおとし)』、かな」

「土壇場で新技とはね。流石だよ、あかり」

 褐色の子に受け止められて、あかりは少しだけ笑った。

 見たところさっきの技の影響か、消耗してるのが分かる。

「どうして、あたしを助けた……?」

 何もかもがメチャクチャ。

 あたしはお前達の敵で、お前もあたしを敵視してた筈なのに。

「約束、だからね。まだ決着はついてないから」

 あかりは笑顔でそんな事を行ってくる。

 ……とことんバカだな。

「必ず戻る」

「うん、待ってるよ……かなめちゃん。あ、でも相手が誰でも傷つけちゃダメだからね、武偵なんだから」

 それに対してあたしは答えず、磁気推進繊盾(P・ファイバー)を使って建物の屋上を目指す。

 反応はここから出てた。

 近くにいるはず。

 剣を構えて、辺りを警戒。

 磁気推進繊盾(P・ファイバー)も周囲に待機させて迎撃の構えを取る。

 銃撃が暗闇から、来たッ。

 すぐに磁気推進繊盾(P・ファイバー)で防ぐけど、2機とも何故か地面に落ちた。

 バチバチと電気的な音が鳴ってる。

 磁気を乱された……テーザー銃的な何かを撃って来たらしい……

 本当に用意が良いね。

 ともかく、これで盾を失った。

 ここまでの装備……先端科学(ノイエ・エンジェ)なのは間違いない。

 機関があたしを始末しに来たにしては早すぎる。

 あたしの計画がダメだったのは今夜の話。

 サードすら、まだ知らない。

 誰だ?

 考えてる直後、背後から気配。

 大きく横に斬りながら、振り返る。

 相手はしゃがんで回避した。

 そのまま人影に回し蹴り。

 手応え的にガードはされたけど、相手が見えた。

 黒いマスクをして、黒のジャケットみたいなのを着てる。

 銀のような白い髪。

 あたしよりも一回り大きい女だ。

 見たことない相手。

「何者だ……お前?」

 剣を構えながら聞くけど、

「…………」

 何も答えない。

 機械的にこっちを見てるだけ。

 いかにも刺客、って感じ。

 こっちは剣一本。相手は用意周到。

 ここであたしを逃してはくれないだろう。

 相手が動いた。

 銃を抜いて、こっちを狙ってくる。

 銃はMP443――ロシアの銃を使うのは大体コミュニストの影響のある国だ。

 テラナに銃口の向きから予測される弾道が表示される。

 剣しかないけど、それなりに刀身と幅があるんだ。

 謎の女の手で予告もなく放たれる銃弾。だけど、剣の腹で普通に弾ける。

 撃ちながら相手は手榴弾を左手に持つ。

 有効なやり方で容赦がないッ!

 そして、投げた。

 そのままガードしながらすぐに角に隠れるように横に回避。

 近くの空調機を斜め切りにして遮蔽物にする。

 充分に体が隠れる事が出来るサイズ。

 それを盾にしてしゃがむと、すぐに爆発する。

 破片と爆風からは守れたけど、きっとあれは注意を引くためだけ。

 すぐに辺りを警戒すれば、上にいるッ。

 頭上の一段高い段差から飛び降りると同時に回避すれば、機械音と共にあたしのいた場所に左腕が振り下ろされる。

 ……そいつが降り下ろした左手をあげると、硬い石の屋上にヒビが入ってる。

 ただの特殊な訓練を受けた"人間"ってだけじゃない。

 飛び道具がある以上は向こうが有利。

 今は距離を取る。

 すぐに転進して、角を曲がって空調機の配電盤、取っ手がある扉を開いて蝶番(ちょうつがい)の部分を斬る。

 簡易的な盾。

 銃弾は防げなくても貫通力は抑えれるし、格闘でもある程度は防げる。

 使えるものは使う。合理的に。

 それからあたしも有利を取るために室外機を足場に、高所へと上がる。

 相手も同じ事を考えてたのか鉢合わせになった。

 そして、左の拳が振り下ろされる。

 扉の盾で、防ぐ。

 ガイーン、そんな甲高い金属の音と共になんとか防御はした。

 だけど、押しきられるッ。

 このパワー……人の力じゃない。

 油圧を相手にしてるみたい。

 そのまま上から徐々に押し潰されそうになる。

 膝を突いたら……終わるッ……

 苦し紛れに剣を振るって、何とか距離を取らせる。

 そして、体勢を立て直される前にフリスビーのように扉を、投げるッ!

 相手が回避したらその先に剣を叩き込む。

 同時にあたしは間合いを詰めるために駆けた。

 だが刺客は回避せず、左手一つで、止めた。

 結構なスピードがあった……けどそれがいきなり止まった。

 相手があたしと同じようにそれを投げ返してくる。

 速いッ。

 単分子振動刀(ソニック)を正面から振り下ろして両断。

 両断された扉は地面に落ちて音をたてて、さらに後ろへ、そして下へ落ちた。

 さっきのやつがいない。

 今の気が逸れた一瞬で消えた。

 また奇襲?

 …………。

 ……いや、どうやら撤退したみたいだ。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。

 あれだけ爆発音がすれば警備も気付くだろう。

 見逃されたみたいで気に入らない。

 でも、一先ずは退散するのが先決。

 さっき磁気を乱されて動かなかった磁気推進繊盾(P・ファイバー)も復旧してる。

 長居は無用だね。

 あかり達は、何とかするだろう。

 あたしはアメリカの立場もあるから下手に見つかる訳にもいかない。

 磁気推進繊盾(P・ファイバー)を使って屋上から降りる。

「礼は言わないからな」

 そして、背後の建物の陰に隠れてる人物に語り掛ける。

「別に、そんなつもりで助けた訳じゃないから」

 返答が来て、振り返れば死んだと思ってた夾竹桃がいた。

 涼しい顔で煙を(くゆ)らせてる。

「どうやった? 確かに脈はなかったはずだけど」

「ふぐ毒から作った仮死薬よ。その飛ぶ剣には勝てなさそうだったから、死んだフリをしたの。もっとも……間宮から奪った技だからあの子達は気付いてただろうけど」

 そういう小細工か。

 後方の自爆ドローンが破壊されたのも、きっとコイツの仕業だ。

「あっそ、生きててよかったね。あたしは警備に見つかる前に退散するよ」

「あかりとの約束はどうするつもり?」

 背中を向けたところで、夾竹桃は核心を突くように聞いてくる。

 その問いの答えは、決まってる。

「……無理だよ」

 あたしにどの道、未来はない。

 使えない道具は棄てるのが人の常。

「守る気はあるのね」

 夾竹桃に言われて、気付く。

 それでも――

「知ってるんでしょ? あたしは米軍(アーミー)に殺される」

「あなたはどうしたいの?」

「それは……」

 あたしは、選びたい。

 生き続けたい。

 お兄ちゃんの傍にいたい。

 たくさんやりたい事がある。

 支配・被支配の関係じゃない、友達にも……

「かなめ。約束を果たしたいなら、生き続けなさい。あなたにはその権利と義務があると、私は思うわ」

 生き続ける。

 夾竹桃に言われたことは酷く魅力的で、でも同時に残酷だった。

 胸を打たれる言葉には違いない。

 お互いに殺し、殺されのやりとりをしたばかりなのに。

 まさか説教されるとはね。

 非合理的な原因と結果だよ。

 東の地平線へと視線を向けると夜明けが見える。

 色々と思うところはあるけど、悪くない夜明け。

 お兄ちゃんとこんな夜明けを迎えたいな。

 あの女(白野)は抜きにして、だけどね。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 キンジの部屋に行く準備をしてると、リリヤが部屋に入ってきた。

 なんか、黒の防弾ジャケットに黒の鉄製マスクでいかにも刺客って感じの格好をしてる。

 うーん、様子を見る感じ……排除は出来なかったみたいだね。

「期待してたんだけどね」

「……ごめん」

「別に責めてる訳じゃないよ」

 リリヤはしゅん、とした感じ。

 まあ、私が解体する楽しみが残ったとも言えるし。

 結果オーライって訳じゃないけど、問題はない。

「しばらく待機で、用があったら連絡するよ。理子と学校生活を楽しんでね」

「……どうするの?」

「うん? かなめならいずれキンジの傍から消えて貰うよ。アメリカに排除されたって感じでね。人知れず消えるなら大して心の傷にならないでしょ」

 荷物をまとめてこれで準備完了。

 宿泊準備はバッチリ。

「気にしないでよ、リリヤ。お姉ちゃんにお任せってね」

 それだけ言ってあたしは荷物を持ってリリヤの隣を通り抜ける。

 私が一緒に住むことになって、かなめはどんな表情してくれるかな?

 良い反応を期待してるよ。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 部屋に戻ってきて、すっかり陽は昇った。

 ベランダに出て潮風を浴びる。

 爽やかな潮の香り……

 少し肌寒いけど、スッキリした風が頬を撫でる。

 そこへカモメが一羽、ベランダに舞い降りてくる。

「朝から人の傍に来るなんて、物好きだね」

 そう語り掛けると、カモメは返事をするように短く鳴いた。

 ――そうでもない。

 そんな感じに言った気がする。

 動物と会話できる訳じゃないけど、ニュアンスは何故か分かる。

 驚いてるのか、警戒してるのか……その程度。

 すると他のカモメも、次々とベランダに降りてくる。

 確かに物好きはこの一羽だけじゃないらしい。

「おはよう、かなめ」

 お兄ちゃんがベランダに来て、驚いて飛び立とうとするカモメを宥める。

「大丈夫、怖い人じゃないよ」

 そう言うと、カモメ達は飛び立とうとした翼を畳んだ。

 その様子に――

「お前、鳥と話せるのか?」

 と、お兄ちゃんは話せること自体を変に思わず素直に聞いてきた。

「何となくだよ」

 答えながら振り返って、朝日を背にお兄ちゃんを見る。

 その顔は心配そうな色だった。

「落ち着いたか?」

「うん。お兄ちゃんは押しきられると断り切れない性格だと思ってたけど、しっかりしてたんだね」

「……何がだ?」

「実は、昨日の事、途中からほとんど覚えてないんだけど――お兄ちゃん、あたしに何もしなかったみたいだから。自分の体を調べて……すぐ分かったよ」

 そう、あたしは昨日のお兄ちゃんとHSSになろうとして……なった直後の出来事を覚えてない。

 ただ、望んでない形で発現したのは分かった。

 だからこそ(いきどお)ったし、ヤケにもなった。

 それも今は落ち着いたけど。

「――ヒステリアモード時には、大脳皮質が二重人格みたいに使い分けられることがある。程度は人によるみたいだけど、あたしはハッキリ分かれるタイプみたい」

 それを言うと、お兄ちゃんは何か思い当たるところがあるのか、考える表情をする。

 お兄ちゃん、顔に結構出るから分かりやすいね。

 あかりとの一件であたしは頭が冷えて……分かったことがある。

「……お兄ちゃん、ごめんね」

 あたしは結局、本当の妹にはなれなかった。

 目の前に見える母なる海からって訳じゃないけど、実際私は母親から生まれた訳じゃない。

 ただ遺伝子を使って創造されたまがい物。

「気持ち悪かったよね、きっと。あたしみたいなのが突然現れて――好き、好き、なんて言われたら」

 HSSは確かに不発に終わった。

 でもそれは、肉体的な面での話。

 思考速度は確かに加速していた。

 何かを見通せる予知に近い事象にまで。

 それであたしは……お兄ちゃんのことも考えると同時に、あの白野っていう女がやっぱり危険だって事がなんとなく分かった。

 屋上で話したときは危険な予感、程度だったけど……

 HSSになった時にそれは危険が予測出来る程度にまで上がった。

 どう危険かまではまだ正直分からない。

 お兄ちゃんが白野を信頼していて、きっとあたしの話を聞いてくれないことも分かってる。

 下手に動けばあたしは殺されるってことも。

 そんな予測が、あの時には出来た。

 ……今考えることじゃないね。

「昨日、初めてHSSになって……あの数十分で思考が何年分も進んだようになった。それでお兄ちゃんのことを考えてる内に分かったの。あたしは、お兄ちゃんにとっていらない子だったんだなぁ……って」

 白野の言葉通り、あたしは周りの女を遠ざければ……自分だけを愛してくれると、思い込んでた。

 あいつはあたしが無意識に思ってたことをそこまで見透かしてた。

 それが何よりも……

「うん、あたしは間違ってた。恋愛なんてどうすればいいか分からなくて……自分だけを見てくれるには、他の女を排除すればいいと思ってた。でも、お兄ちゃんの心にはいつも誰かがいた」

「……かなめ」

「ねえ、お兄ちゃん。あたしは何のために生きればいいのかな? あたしは優秀な兵士になるために創られた。でも、結局は失敗作だった。サードの力になりたいとも思ってたのに、こんな……」

「生きる理由なんて、ただ生きたいから。それで充分だろ」

「それじゃあダメなんだよ!」

 あたしが叫ぶと、カモメ達は驚いて飛び去っていく。

「お兄ちゃん、『ロスアラモス・エリート』って知ってる?」

「ああ、知ってる。俺の方でも少しは調べた。科学的な方法で育成された天才だろ? 確か、人工天才(ジニオン)とかいう……」

「それは表向きの名称だよ。ロスアラモスが作ろうとしてたのは――人間兵器(ヒューム・アモ)……新しい、最終兵器の一つだよ」

「……最終兵器……?」

「超人的な戦闘力を持つ人間。1人で1個大隊を相手に出来るような人間を何人も敵国に送り付けて、破壊工作、要人暗殺を繰り返してその国を滅ぼす。土地をダメにするような戦略兵器はその国の生産能力を低下させるから、併合や管理下に置く際には非合理的だと思って考えられたのがそんな生きた兵器。それが人工天才(ジニオン)の実態だよ」

 お兄ちゃんは軽く言葉を失ってる。

 そんな目的で作られた人間なんて、気持ち悪いに決まってるよね。

「核軍縮や軍備費の切迫、政治的な煽りもあって、アメリカでは色んな新兵器の開発が盛んなんだよ。ロスアラモス・エリートはそんな新兵器の開発に関わる92ある研究機関の1つに過ぎないの」

 虚空を蹴りながらあたしは続ける。

「あたしはその機関で遺伝子から造られた『G』ってシリーズのⅣ号(フォース)……兵器、製品(モノ)なの。物心ついた頃には、もうナイフを握らせられてた。戦争映画がお遊戯に思えるくらいのこともしたよ。それこそ物の性能テストをするみたいに、毎日、毎日……」

「そこから……逃げ出してきたのか」

「サードが逃がしてくれたんだよ。他の人工天才(ジニオン)と一緒にね。逃げた人工天才は、開発に失敗した故障品ってことになって……所外で『破棄』か、連れ戻して『修理』する事になってる」

 だから、私に未来はない。

 夾竹桃に生き続けなさい、なんて言われたけど……それも叶いそうにない夢。

「サードを中心にあたし達は戦い続け、生きてきた。時には倒した相手がサードのカリスマに惹かれて仲間になる人もいたよ。あたしは開発中の素体だったから大して役には立たなかったけど、HSSで強くなる可能性があったからサードはあたしを捨てなかったの」

「HSS……ヒステリアモードか」

「そのHSSを使いこなせるようになって……役に立ちたかった。そうじゃないとあたしは無価値なまま。彼の下にはいられない、いてはいけない。それが、サードのルールだから」

「……」

「あたしはサードのことを知りすぎてる。だから、無価値だって分かったら……サードはあたしを殺す。そして……あたしはそれを受け入れるよ。あたしは自分より強い者には絶対逆らわない。それは、非合理的だからね」

「ジーサードは……ジオ品川で、武偵を気取ってたぞ。人を殺さないような話もしてた」

 お兄ちゃんの言葉に、優しさがみえる。

 それが嬉しくて小さく笑う。

 同時に自嘲っぽくも続ける。

「――あたしは人間じゃないから。それに……サードに捨てられたら、あたしの力だけじゃアメリカの追跡者(チェイサー)から逃げ切れない。きっと、捕まって『修理』される。いや、HSS目的で作られたから……それが弱くなるHSSなんて知られたら、『破棄』になるんじゃないかな」

「破棄、って……さっきも言ってたが、それは……」

「殺されるんだよ。毒ガスか何かで安上がりに」

「お、おい……」

 お兄ちゃんは、何とも言えない表情をした。

 きっと、哀れんでいるんだろう。

 なんとなく分かる。

「そんな顔しないで。これは運命だったんだよ」

 お兄ちゃんを安心させるために、あたしは受け入れる覚悟があることを伝える。

 どっちにしても終わりなんだって。

 お兄ちゃんに近付けばおそらく白野に殺され……お兄ちゃんから離れればあたしはサードに捨てられて廃棄される。

 それでゲームセット。

 逆転はない。

「かなめ」

 お兄ちゃんがあたしの名前を呼んだ時に、不意に海に向けていた視線を戻す。

 ……ああ、いつものお兄ちゃんの目だ。

 お兄ちゃんはそんなつもりないのかもしれないけど、いつもあたしを視てくれてる。

 1人の"人間"として。

「お前――俺に名前をもらった時、泣いて喜んでただろ。それは、自分が人間兵器じゃないって思えてたんじゃないのかよ」

「思いたかったんだよ。でも、過去は変えられない。植え付けられた価値は覆せないんだよ」

「過去じゃない。今話してるのはお前の未来の話だ!」

 お兄ちゃんは真剣に怒ってくれてる。

 あたしのために。

「過去だとか、自分の価値だとか……そんなことで人間の運命は決まらねえッ。そういうのを覆せるのが人間なんだ! それに、お前は俺より運動神経もよくて頭もいいだろう……サードの力なんかなくたって――」

「人の扱いをされてないのに人権や国籍があると思う? あたしに居場所なんてないんだよ」

「なら俺が認めてやるよ! お前は、人間だッ! それにな、兵器だなんて思ってるやつはそんな風に悩んだりしねえ! 誰かに必要とされたいと思うのは人として当たり前なんだよっ……」

 それにな、とお兄ちゃんは続ける。

「運動神経とか、頭とか、色々と言ったが……あれはお世辞じゃない。本音だ」

 お兄ちゃんの言葉にあたしは胸を打たれた。

 サード以外にあたしの価値を認めてくれる人はいなかった。

 それ以外はビジネスライクな関係で仕事上での信頼でしかない。

 

「……お前はサードがいないと生きられないみたいなことを言ってるけどな。そういうのは、依存っていうんだ。誰か頼る人間がいるのはいい、でもいずれは自立しなきゃいけない時が来る。それがお前にとっては今なんだ。きっと」

 最後には優しげに諭すようにお兄ちゃんは言った。

 それは同時に自分にも言い聞かせる感じだった。

「……お兄ちゃんの言うことは正しいよ。でも、あたしはこれからどうすればいいの? もう、何も分からないよ……どこへいけばいいのかも、あたしが何なのかも」

 あたしは、あたし自身が分からなくなった。

 それがどうしようもなく悲しくて、不安や寂しさが溢れてくる。

 それは、涙になって流れてきた。

 思わず手で覆う。

 見られたくなくて、現実を見たくなくて。

「俺は見捨てるなんて器用な事は出来ないらしいからな。だから、ここにいろよ。答えが見つかるまで」

 でもお兄ちゃんのその言葉であたしは、すぐに胸が熱くなった。

 ああ……やっぱりお兄ちゃんは優しくて暖かい人。

 家族とは認めてくれないけど、それでも……あたしを人として見てくれてる。

「お兄ちゃん――お兄ちゃん……!」

 温もりが欲しくて、衝動的にお兄ちゃんに抱きつく。

 今度は抵抗せずにあたしを受け入れてくれた。

 大きくて、何かに包まれてる感じがする。

 お兄ちゃんは困ってる感じだけど、それでも引き離そうとはしない。

「お、お前のヒステリアモードの事は、黙っておいてやるから。というか、そもそも俺はヒステリアモードのこと自体を隠してるんだ。だから、昨日の事は俺とお前だけの秘密だ」

 何故か言葉を詰まらせながら、お兄ちゃんがそう言ってきて、嬉しくなる。

「お兄ちゃんと、あたしだけの、秘密」

 お互いにしか知らない事があるっていうのは、とても甘美な響き。

 それでいて、特別なんだって思える。

 その事が嬉しくて、お兄ちゃんの胸に顔を埋めて思わず頷きながら、噛み締める。

 そのまま抱きついたままでいると、優しくぽん、ぽん、と撫でてくれた。

 そんな風に優しくされたら、あたし……もっとお兄ちゃんを好きになっちゃう。

「……お兄ちゃんは、優しい人。お兄ちゃんだけは、あたしの存在を否定しないでくれる……あたし、あたし……」

 見上げてお兄ちゃんの顔を覗き込めば、何でか少し顔が赤くなってるお兄ちゃんに釣られて――

 ……かぁ……

 と、あたしも顔が熱くなる。

 ああ、ダメ……やっぱり抑えられない。

 お兄ちゃんに対しての好きが、溢れてくる。

「――お兄ちゃん……」

「なんだ。ほら、離れて部屋で朝飯でも――」

「あたし――片思いだって分かってる。分かってるけど、お願い。もう一度だけ、言わせて。もう一度だけ、させて?」

 お兄ちゃんが何かを言おうとしたけど、それを遮って、思いのままに迫る。

 そして、そのまま……

「――ほんとは、ほんとに、好きだからね?」

 背伸びをしてキスをした。

 鼻がぶつからないように少しだけ、顔を傾けて。

 数秒だけど、それでもかけがえのない時間。

 この想いは作りものじゃない。

 それだけは、誰にも譲れない。

 お兄ちゃんが、終わりとばかりに離れて、片手で口を覆う。

 その子供っぽい仕草に少しだけからかう。

「お兄ちゃん、真っ赤。かわいー」

 それで少しだけ落ち着いて、少しだけ晴れやかな気分。

 いつの間にか戻ってたカモメ達が、安心したかのようにベランダを飛び立った。

 だけど、何羽かが少し残ってる。

 置いていかれちゃうぞ、と目を向けると、急にカモメがその場から逃げるように急に翼を羽ばたかせ、飛び去った。

 なんだろう……?

 そう思った直後、肌に少しだけ寒気が走る。

 何か、怖いものが近付いてくる。

 そんな気がする。

 ……ピン、ポーン。

 チャイムが鳴って、思わず玄関へ目を向けた瞬間に悪寒に襲われる。

 なに、これ……

 恐いよ。

 地の底から引きずりこまれそうな感じがする。

 なんで……こんな気持ちになるんだろう。

「こんなに朝早くなんて……誰だ?」

 お兄ちゃんが玄関へ向かおうとしたところで、思わず袖を引っ張る。

「どうしたんだよ? もうお願いは聞いただろ?」

「違う、違うよ。お兄ちゃん、扉を開けちゃダメ」

「……? なんでだよ、まさかもう追っ手がきたのか?」

「……そうじゃない。けど、怖いの」

 震えてる言うあたしに眉を顰めながらも、お兄ちゃんはベレッタを握って、玄関へと向かう。

 行かせちゃいけない。

 そう思ってても、どうしてか足が動かない。

 それから玄関が開けられる音が響いて、聞き取れないけど話し声が少しだけ聞こえる。

 お兄ちゃんが、

「何もなかったぞ」

 頭を掻きながらリビングに戻ってきた。

 違う、絶対にいる。

 お兄ちゃんの後ろに――

「おはよう、かなめちゃん」

 あいつが……白野がお兄ちゃんの背後から顔を出した。

 な、なんで……

「キンジ、かなめちゃんに説明ってしたの?」

「したぞ」

「それって私が来るって言った?」

「…………」

「しっかりしてよね、"お兄ちゃん"」

 やめて、お前がお兄ちゃんなんて言わないで。

 それから白野があたしに目を向けて……

 

「これから私も"家族"だから、よろしくね。かなめちゃん」

 

 残酷なことが無邪気な笑みで告げられた。

 

 




戦闘シーンは若干、ある映画のワンシーンを参考にしてます。
アメリカとロシア、そして刺客の左腕が義手と言えば。
戦闘描写はやっぱり難しい。
スピード感を出すのが、特に。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。