何とか間に合った。
まあ、なんです……何だかんだ続いてます。
自分でも何だかんだ驚いてます。
だけど、愉しみがあるのは大事だと思うので。
それに物語はきちんと終わらせないといけないと思ってますので。
まだまだ長い付き合いになるかもしれませんが私の小説が皆さんの日頃のちょっとした楽しみになることを願います。
それではよいお年を。
はい、毎度お馴染み峰 理子です。
最近は苦労人ポジションに移りつつあります。
どうやらこの間、アリアがお姉ちゃんとかなめに決闘を申し込んだそうです。
かなめはいいよ……元より交渉が長引きそうなら実力で一度下す予定だったし。
でも、なんでそこでお姉ちゃん?
関係ないよね?
ジーサードの件と何の関係もないよね?
どうしてそうなったのかとお姉ちゃんに聞こうかと思いましたけど、お姉ちゃんの部屋を訪ねて出会った瞬間に聞くのやめました。
だってお姉ちゃん……久々に真顔で無表情だったもん。
見た瞬間にイ・ウーでのトラウマを再発しそうになった。
雰囲気はもっと底冷えする感じだったけど、あたしを殺しかけた時がそんな表情だった。
何故かあたしの影の中にいるヒルダも微妙に震えてたし。
アリアめ、お姉ちゃんの機嫌を損ねたね。
お姉ちゃんがご機嫌斜めになるって相当なんだけど。
流石に学校にいる時はいつも通りだった。
そこら辺の切り替えはお姉ちゃんって感じ。
まあ、そう簡単に家族以外に尻尾は出さないよね。
ソフィーの言うとおり、キンジの傍でお姉ちゃんの感情は芽生えつつある。
もしかしたらそれがお姉ちゃんの寿命を延ばす鍵になるんじゃないかとは思うんだけど……確証はないんだよね。
お姉ちゃんの寿命が延びる代わりに誰かの寿命がゼロになりそうな感じがプンプンする。
って、そんな場合じゃない。
「キーちゃんと戦うの……やめた方がいいんじゃないかな?」
決闘をカミングアウトされて少し間があって、バスカービル+ジャンヌでファミレスのオープンテラスで緊急会議。
あたしは真っ先に提案する。
アリアが考えも無しって訳じゃないんだろうけど……感情的に突き進んだのには違いがない。
理子的には穏便にかなめだけ適度にボコって終了、って想像してたのに。
ボコるって言っても限度はあるけどね。
「今更撤回できないわよ。それに……最近は妙に胸騒ぎがするのよ、霧に対して」
などとアリアは言って目を少し落とした。
緋々色金は戦と恋を好む性質。
昼ドラ的な修羅場が起こりそうな設定だとは思ってたけど……
な~んか……お姉ちゃんの色金と無縁じゃなさそうな反応なんだよね、アリア。
「私は頭が痛いぞ、アリア。身内で決闘など……一体、この状況で何の意味があると言うんだ?」
ジャンヌは呆れて額に手を当ててる。
アリアは反論した。
「しょ、しょうがないじゃない! バカキンジが何もせずにバカみたいにのんびり……その、家族みたいに食事してるのが悪いのよ!」
「遠山に関してはともかく、白野は少なくともコチラの意図を汲んでくれていたというのに」
キンジ、ディスられまくりワロスw
いや、そんな事を考えてる場合じゃない。
「でも、どうするの? キーちゃん結構ドライだから敵対したなら仲間でも平気で戦うよ?」
ドライなのはほとんど素の性格でもあるけど。
「私も、霧さんとはあんまり……」
流石の白雪もキンジが絡んでてもお姉ちゃん相手には気が進まないらしい。
「それにだ……家族の設定はかなめの家族しか部屋に入れないという制約をクリアするためだけの話ではないのか? 少なくとも私は白野にそう聞いたが……」
話の分かるジャンヌには言ってる辺り、根回しの上手さが際立つ。
ワトソン辺りにも言ってるだろうな~
お姉ちゃん相手に考えなしで突っ込むのは無謀すぎると思うよ?
「……私は、アリアさんに同意見です」
意外なところから同意の言葉が出てきたね。
まさか、レキがお姉ちゃんとの決闘に賛成なんて。
「以前の彼女にはありませんでしたが、最近は確かに妙な感じです」
色金の保有者、間近で過ごした者には感じ取れるモノがあるらしいね。
お姉ちゃんの秘密、バレそうなんだけど。
助けて! ソフィえもん!
うん、聞いたところで教えてくれる訳ないよね……ソフィーは。
「誰が妙なのかな?」
『ッ!?』
レキ以外の全員が息を呑み、あたしの後ろに視線を向けるとお姉ちゃんが背後でニコニコとしながらこちらを見てた。
わぁい、気配を消してたこの人。
って……そのスキル使っていいの?
ますます妙だって思われないかな……
アリアが指差しながら、
「あ、あんたいつの間に」
と驚き顔。
「みーんな会議に夢中だったからね。私の話で大盛り上がりなんて、よっぽど楽しいお話なんだね?」
そして、いつも通りに笑顔だけど皮肉を言うあたりやっぱり機嫌は悪い。
敵味方の判別はドライだけど……この辺りはねちっこいよね。
特に自分の楽しみを邪魔されたら機嫌を損ねるのは何とも子供っぽい。
「それで? 神崎さんと誰が組むのか決まった?」
「私です」
と、ここでレキが真っ先に声を上げた。
周りも、質問したお姉ちゃんも意外そうな顔をしてる。
「ふうん……で、どんな決闘にするつもり? 今なら神崎さんがプライド捨てて『一時的な感情での行動なんです、ゴメンなさい』で土下座して撤回するなら私は水に流してもいいんだけど? それと、こっちに変に干渉しないっていう条件付き。監視までは許すけど流石に一々横槍をされたんじゃたまったもんじゃないよ。あと、そこの子ライオンは首輪でもつけといて」
お姉ちゃんのその言葉にアリアがこめかみを動かし始めた。
雰囲気も険悪に。
めっちゃギスギスしてきた……
「言ってくれるわねッ。いい機会よ、あんたとは一度白黒ハッキリさせておきたかったのよ」
「神崎さんと正面で戦っても私が負けるのはあらかじめ言っておくよ。でも、武偵は常在戦場って言うならこっちにも勝ちを拾えるような状況にしてもらいたいね。プライドがあるなら自分だけホームで戦うなんていう調子に乗って優越感に浸る子供みたいなことはしないよね?」
うわぁ……アリアのプライドを的確に刺激してる。
やっぱり、お姉ちゃんに口で勝てる訳がない。
「いいわよッ。そっちの条件で戦ってあげるわ」
あーあ……
お姉ちゃんに決闘の選択権を与えちゃったし。
もうどうなっても理子はしーらない。
「そりゃよかった。そうだね~種目は『SD』で」
SDか~
レキがいるからってお姉ちゃん嫌なところチョイスしてきたね。
SD――武偵用語の略称で正式名称は『Save or Defence』
ガンダ○フォースじゃないよ?
簡単に言えば屋内の目標を強襲チームと防衛チームに分かれて競う、人質救出を想定した訓練科目。
制限時間は30分。
防衛側は当然、事前の準備をして待ち構えている。
それに対して強襲チームはあらゆる手段を講じて目標に到達し人質を保護、あるいは防衛側のチーム全員を捕縛する事で勝利する。
FPSゲームでもありそうな科目ではあるけど……まあ、当然ながらゲーム程甘くないよね。
防衛側は待ち受ける時間が設定されてて開始する30分前は色々と罠とかを仕掛ける時間がある。それ以降は遊撃により強襲チームを全員倒せば勝利、もしくは制限時間を過ぎても勝ち。
まあ、そんな設定だから当然防衛側が有利に決まってるよね……
お姉ちゃんのことだから防衛側を選ぶだろう。
しかも屋内だからレキの狙撃できるポイントは限られてくるだろうし、実質2対1。
強襲に関してかなり実力があるアリアではあるけど……今回ばっかりは分が悪いかもね。
「私は防衛側で、そっちの得意な"強襲側"は譲ってあげるよ」
あ、これ完全に正面からへし折りにきてる。
わざわざ強調して言ってるし。
「いい度胸じゃない。あたしに強襲を譲るなんて」
腕を軽く組んでアリアは威勢よく答えるけど、お姉ちゃんはいつも通りに笑顔で挑発的な言葉を放つ。
「神崎さんの見せ場くらい譲らないとね」
「ふん……あんたこそ、ボロをださないようにね。最近は"何か隠してる"みたいだし」
アリアがそう言った瞬間、お姉ちゃんの目が細められた。
バカにならないよね~……アリアの直感。
それよりもお姉ちゃんが若干ヤバかった。
人殺しの眼になりかけてた気がする。
まあ、あたしがちょっと感じた程度なんだけどね。
お姉ちゃんに接してる時間が理子はそれなりに長いから、少なくとも読める部分はある。
他の連中からすれば気付けないだろう違和感だけど。
「そりゃ、味方でも手の内は全部見せるつもりはないよ。私ってば弱いからね」
どの口で言ってるんだか……
直接的な戦闘力で言えばお姉ちゃんって、ヒスったキーくんと同等ぐらいだけど。
そういうことじゃないでしょ……お姉ちゃんの強さは。
今回の決闘でもいやらしい戦い方をするのは何となく分かった。
「絶対に勝つわ。化けの皮を剥いであげる」
「吠えると負けたら惨めだよ。私はそうだね……キンジを思うならさっさと前言撤回して欲しいな。それじゃあ、決闘は3日後で。申請もしないといけないしね」
それだけ言ってお姉ちゃんはアリアの挑発に対して流しつつ去っていった。
残されたあたし達は微妙な雰囲気になる。
「ふむ、アリアの直感がバカにできないのは分かっているが……今回は手を貸さない。お前達の問題だからな」
ジャンヌはお姉ちゃんが去ったのを見てそう冷静に返す。
そりゃそうなるよね~
「理子もパース。どっちが正しいって訳でもないしね」
うん、アリアのやり方も間違ってはいないんだけど……どうしても強引さがあるからね。
「えと……」
「ゆきちゃんも不干渉にした方がいいよ。これは2人の問題だからね」
おろおろし気味の白雪に対してあたしはそうアドバイスする。
どうなるやら……
◆ ◆ ◆
どうすんだよ、これ。
まさかのバスカービル内での決闘。
俺は何する訳でもなく決闘の立ち合い人としてここにいる。
武偵高が管理している10階建ての訓練用の廃ビルの前でかなめと霧、アリアとレキのチームに分かれてそれぞれ対峙している。
そしてそれを眺める残りのバスカービルのメンバーである白雪、理子、俺。それから様子を見に来たジャンヌ。
決闘をする4人はそれぞれ武偵高の通常の制服だが、雰囲気は臨戦態勢。
どこに武器を隠し持ってるかよく分からんぐらいのギスギス具合だ。
話を聞いてくれそうな霧も今回ばかりは聞いてくれそうにない。
「ルールの再確認だ。これから30分……防衛側は罠を張り巡らせるなど防御態勢を整える。そして強襲側は30分後に突撃を開始して目的の部屋に辿り着き、人質を保護すれば勝ち。目下……人質の場所は5階としか分かっていない。装備は非殺傷の
と、俺が何故か進行役をする。
「かなめちゃん、よろしくね」
「馴れ合いはしないからね、お姉ちゃん」
「もちろん、一時休戦ってヤツだよ。今回は貴族かぶれのお嬢さんに惨めに恥をかいてもらいたいんだけだからね」
かなめは剣を1本持って例のヘッドマウントディスプレイ――テラナを装着している。
武装としてはそれだけだ。
霧も特に何かを持ってる様子はない。
それよりも霧はいきなりの挑発だな。
コイツがこんなに人を
対してアリアは、軽く額に筋が出てやがる。
「最近は妙に引っ掛かる言い方をしてくれるわね」
「なら、論理的な思考のできない神崎さんのために感情的にストレートに言って欲しい?」
「いらないわよ。お互いに気に入らない部分があるのはバスジャックの時に分かりきってたことよ」
バスジャック……アリアと一緒に初めて仕事をした時か。
何だかんだ白雪とは別のベクトルで霧とアリアって根本的なところが合わないよな。
今まで上手くやってきたように見えたのは……霧が譲歩してたっていうのがあるからな。
それは俺でも何となく分かる。
「そっか、神崎さんも人の気持ちに関心があったんだね。
霧が笑顔でその言葉を放った瞬間にピシ、と空気が凍り付いた。
「うわあ……メッチャ皮肉ってる」
理子がドン引くように言う。
「何がだよ?」
今のどこに皮肉があったのか分からん。
そんな俺に理子は呆れたように言う。
「キーくんあのね……イギリス式の皮肉は回りくどいんだよ。今のは別に本心で素晴らしくないと思ってるのに素晴らしいって言ってるの。それもわざわざ英語で」
「そうなのか。前から皮肉は結構言う方だと思うが、あいつ人を煽る方に知識が偏ってないか?」
「まあ、キーちゃんは相手を手玉に取って主導権を握るタイプだからね。下手に突っ込んだら多分、やられるよ」
理子の言うとおり、霧の挑発に乗ったら間違いなく負ける。
それは俺もよく分かってる。
何せ、霧は頭が回るからな。
それで中学の時に何度か助けられたこともある。
「ジャンヌ、アリアに勝ち目あると思う?」
「微妙だな。彼女自身が強い訳ではないが、相性が悪い」
理子の質問にジャンヌは冷静に答える。
相性は、悪いだろうな……そりゃ。
だからこそチームとしては良かったとも言えるが。
「それじゃあ時刻になったし、お先に失礼」
霧がそう言って午前11時、防衛側である霧達が先に廃ビルへと軽く走って入っていく。
「レキ、あたし達も準備するわよ」
アリアは別で突入の準備をするようだ。
すぐにレキを連れてどこかへと向かっていった。
「我々もモニター室へと向かおう」
ジャンヌもアリア達が向かったのを見てすぐにこの廃ビルの中を監視するモニター室へと向かった。
それはこの廃ビルの傍にあるプレハブ。
その中に入ると、
「やあ、みんな。待ってたよ」
ワトソンが先にいた。
俺は少し面を食らって当然の疑問を口に出した。
「お前……来たのか?」
「まあね。何だか妙な事になってしまったみたいだし、気になってね」
ワトソンは言いながらモニターに目を向けると、霧とかなめが廃ビルの中を奔走し色々と仕掛けているのがカメラの映像で表示されている。
それから途中でカメラに向かって霧が投げキッスをしてきた。
俺は思わずドキリとすると同時に呆れる。
余裕だな、あいつ……決闘の最中だって分かってるのか?
「相変わらず思考の読めんヤツだ」
ジャンヌはその様子を見て、俺と同じように呆れてる。
「何だか、楽しそうだね。霧さん」
「その時の状況を楽しむからね、キーちゃん。まあ、どうやってアリアに一泡を吹かせるか考えてそうな……腹黒い感じがするけど」
白雪が様子を見てそう感想を述べて、理子は流し目をした。
霧を見て、俺は一抹の不安が少しだけする。
この決闘……無事で終わりそうにない気がするな。
◆ ◆ ◆
神崎が突入してくるまでもうすぐ。
レキは……狙撃手だから建物に突入してこないだろうね。
この廃ビルを2キロメートル以内で狙撃できるポイントは調べて分かってる。
そして、その有効範囲もね。
だから立ち回りを間違えなければレキはスコープを覗いてるただの置物になる。
それに……こっちが"自由"に動けるための備えもしてある。
上手くいけば速攻で潰せるだろう。
腐ってもSランク武偵……上手くいけばっていうのは希望的観測。
相手も場数は踏んでる訳だし、油断はしない。
私はあの身勝手な行動でキンジを束縛するのは気に食わないから、負けるつもりもないからね。
「さてと、お姉ちゃん頑張りますってね」
性格的に神崎がどう来るかも予想できる。
だから罠を仕掛けるポイントも既に決まってる。
そして、時間になった。
『アリアが来たよ。予想通りに建物の外壁からロープで"5階"に直接乗り込んでくる』
「だろうね。30分しかないんだし、お得意の強襲だからね」
かなめちゃんとインカムの通信機ごしにそう連絡する。
「ポイントは? 南の方?」
『そうだね。あのだんまりがいる方向』
かなめちゃんの言うだんまりはレキのことだね。
そこも予想通り。
ただまあ、こっちが何を仕掛けてるか分からないのにクリアリングせずに来たのは間違いだったね。
時間がないから仕方ないだろうけど。
「非合理的ぃってね」
かなめちゃんの口癖を真似しつつ私は手元のスイッチを押す。
それからすぐに建物の南の方へと向かう。
ガスマスクを着けつつ、私は南の方へと向かう。
この廃ビルはコンクリート造りで、四方にはガラスがなく窓枠だけが残ってる。
頭に簡単に思い浮かべられるシンプルな感じのビルを想像してもらうと分かりやすいかな?
階段は西と東に2ヵ所、表玄関は北に。
中央付近に非常階段の名残があるものが2ヵ所。
南の方はオフィスみたいな広いスペースが多い。
まあ、つまりは……"罠を張りにくいポイント"な訳だ。
広いと罠も見えるし、見えないように偽装とかしてたら30分なんてあっという間だよ。
あからさまな感じで罠を仕掛けて
神崎もただのバカじゃない、そこは評価するよ。
連続で強襲を成功させてるだけはある。
なので、私はもっと手っ取り早く5階全てが罠になるような仕掛けをした。
防衛側は人質に罠を仕掛けて殺害とかしてはいけないけど、安全を考慮しないといけない訳じゃない。
プシューと、部屋のあちこちから白い煙が吹き出す。
"催涙ガス"――コレを大量に5階に配置した。
窓がないから普通に時間経過でガスは流れていくだろうけど、こんなところに対策もせずに5分もいたら気管がやられるだろう。
後遺症が出ない、主成分はトウガラシとかのカプサイシン。市販されてる物だけど……それで充分。
機動力を削げるし、レキもこれで見えない。
煙がなくなるのを待ってたら今度は時間が無くなる。
たった1つの方法で相手の選択肢を狭める。
合理的かつ効果的な方法だね。
あれ……待てよ。訓練とは言え強襲成功のタイ記録を持つ神崎を下したら色々と目立つかも。
と思ったけど――ま、いっか。
負けるつもりはないし、私のやり方がまだキンジの意に沿ってるし大義名分はある。
今頃は目も喉も多少やられてるだろう。
何らかの対策をしたとしても、ただの付け焼刃だろうからね。
さーてと、煙がある内に神崎を
次に神崎が行く場所は大体決まってるし。
M500をクルクル回しながら、目的地まで私は鼻歌交じりで向かう。
足音は立てない。
「コホ……ッフ」
咳を我慢するような声が聞こえた。
袖でも口に当てて耐えてるんだろう。
そして、やっぱり階段付近にいた。それも東の階段に。
神崎の侵入をかなめちゃんが私に報告したら私が罠を起動、そして煙が出たと同時に西の階段をかなめちゃんが、東の階段を私が向かうように段取りをした。
窓から下の階層とか上の階層に行くことも考えたけど、どっちにしてもこの目的地である5階を探索しないといけない以上そんな悠長に上り下りしてる暇はない。
それから煙は空気より重いから下の階層へと向かっていくだろう。
なら、選択肢は自然と限られる。
それに神崎は私が挑発してたおかげで思考も単調な感じになってるからね。
なおさら私の思い通りに動いてくれるだろう。
これはかなめちゃんの出番もないかな。
実質、私と神崎の決闘みたいなものだし。
それに敵に塩を送る訳じゃないけど、精神論とか感情論で動く連中ってのは時に美しく時に醜いんだよね。
私みたいに悪知恵働く相手だと、周りが迷惑するんだよね……そういうの。
これもキンジのためだと思って学習して貰いたいものだよ。
ま、情けは掛けないけど。
ピンを抜いて、
すぐに何が来たのか分かったのか、煙の塊が1つ私の方へと向かってくる。
反応が早いね。
しかも避けるじゃなくて私が投げた方向へと真っ直ぐに向かってくるあたり、速攻をかけないと負けるのがよく分かってるらしい。
だからこそ、私はそのままバックステップで後退する。
そして私のいた場所に風を切る音。
得意の二刀流で私に斬りかかってきた。
「この……ひきょう、な」
片目だけを閉じて、苦しそうな声で神崎は言ってくるけど――
「実戦で卑怯も何もないでしょ? 条件を呑んだのはそっちなんだし。あ、それとも今からそのチャームポイントの額でも地面に擦り付けて無様に降参する?」
そう言った瞬間にすぐにガバメント2丁を構えて連射してきた。
すぐに横に跳んで部屋の中へと回避する。
どうやら片方ずつ目を閉じて休ませてるみたいだね。
だけど命中率は当然に悪い。
「神崎さんは何のために戦うの? そもそもこの決闘に意味はある?」
「ある……わッ」
私の問い掛けに律義に答えてくる。
この催涙ガスのせいでモニターしてる連中も何が起きてるか分からないだろうけど、そんなのは関係ない。
放送するためのスピーカーはあってもここに私達の会話を聞くための収音装置ははない。
だから、言いたいことも言える。
やりたいように出来る。
キンジにはあんまり見せられないしね。
「へー……そうなんだ。ちなみに私はチームのことを、キンジのことを思って行動してるよ。そっちはどうなのかな?」
「あたしだって……かんがえてッ」
「そうは見えないね」
私のいる部屋に向かって横っ飛びしながら神崎が再びガバメントを構えて連射してくる。
すぐに煙の塊が濃い方へ跳んで身を隠し、部屋を出る。
「あんた、こそ……コホッ。一体何を隠してるのよッ! コソコソして、何を企んでるのよ!」
「何が? 秘密はいくつかあるけど、誰しも秘密の1つや2つ抱えてるものだよ。そんな野暮なことを聞くの?」
答えながら今度は神崎が通路の壁を蹴って、横から斬りかかってくる。
正面から変に相手にする必要はない。
時間が経過していけば向こうが不利になるだけ。
それで良い。
私に何もできず、彼女に敗北を突き付ける。
しかもランクの低い私に。
現状の私で出来るこれ以上ない屈辱だろう。
神崎達には私とかなめちゃんの両方を捕縛するか、目標に辿り着かなければ意味がない。
試合にも勝って勝負にも勝つ。
みんなに見せるのは、私の勝利という事実だけでいい。
条件を呑ませるにはそれで充分。
しかし変に手掛かりも尻尾も掴ませたつもりはないのに、私を妙に疑ってくる。
勘が良いのはコレだから面倒なんだよ。
「それに、かなめも……あんたは上手くやるって言うけど、それだけじゃあッ……きっと、ゴホッ――ダメよ!」
ダメ、ね。
確かに私に対して彼女の警戒心は高い。
ただまあ、そんな事は神崎の知るところではないから……もっと別の、私が見落としてる事でもあるのかな?
「こっちは慎重に事を進めようっていうのに、強引にこんな決闘に踏み切って何か解決できるの?」
「そうよ。交渉なんてしてもッ……こっちが下に見られてたんじゃあ対等な話し合いなんて出来ないわ! 認めさせるのよッ」
「そうかなあ……結構私情を挟んでた気がするんだけど?」
キンジが独占されるの気に入らないって感じだったし。
だけどまあ、それは理由の1つであって全てじゃないって訳なのかな?
神崎は目から涙を流し、咳込み息も荒くなってきてる。
だけど、目は死んでない。
……この程度じゃあ折れないか。
分かってはいたけど。
「だけど、私はかなめちゃんとキンジの味方をするよ。家族だしね」
それは決まってる。
キンジがかなめちゃんを認めるのか認めないのかで、結末は変わるけどね。
どっちの結末でも良い。
ただ、失ってから分かったんじゃあ遅いって気付いた時の反応をどちらかというと見たい。
「ゲホッ……ゴホ」
「喋りすぎだね。悠長にしてる時間はないでしょ?」
もう既に15分は経過してる。
ここに入って10分前後は経過してる。
催涙ガスも回ってきてるだろう。
「ぐっ……!」
まだ片目で撃ってくる。
すぐに煙に紛れて部屋に入って回避する。
瞬間――
パァンと、ガスマスクが撃ち抜かれた。
「――やってくれたね」
慢心はしてないし、油断してたつもりもなかったけど……
まさか誘導されてたとは。
こういう戦闘に関しては頭が回るクセに何で周囲の状況に考えが及ばないのか不思議だよ、本当に。
私は誘導されてた、レキが狙ってる南側――煙が薄くなる風通しの良い大きなオフィスの部屋に。
「ゴホゴホッ……ふふ」
神崎も煙から出てきて、私の正面に来るように立つと咳き込みながらも不敵に笑った。
なにその、やってやったみたいな感じ。
一矢報いられたんじゃあ屈辱的な敗北を飾らすことが出来ない。
それは少しばかり不満、だよねえ……
「かなめちゃん」
「攻守交替だね」
名前を呼ぶと、神崎の横から言葉と共に煙の塊が飛び出す。
「ぐぅッ!」
神崎の苦しそうな声と共に鍔競り合い。
神崎の日本刀とかなめちゃんの
すぐに私は姿勢を低くして足刀蹴りを神崎の脇腹にめり込ませる。
その勢いに彼女は軽く5メートルほど下がった。
同時にレキからの狙撃。
だけど、かなめちゃんが剣で防いでくれた。
流石は
「ナイス」
「ふん……」
褒めてもかなめちゃんはまともに会話してくれる訳じゃないらしい。
そんな事もお構いなしに私はグロックを抜いて、神崎に向けて撃つ。
すぐに彼女は自ら催涙ガスの煙の中へ逃げた。
私が追ってこないと思ってるのならそれは間違いだよ。
かなめちゃんはレキの方を警戒しながらも聞いてくる。
「マスクなくていいの?」
「ある程度は何とかなる。予備でゴーグル持ってきててよかった。そっちもマスク無しっぽいけど?」
そう、かなめちゃんもバイザーを装着してるだけでマスクはしてない。
「別に、無呼吸で戦闘する訓練もしてるから……こんな煙の中でも活動できる」
なんて言ってるけど、あれは訓練って呼べる代物かな?
ほとんど拷問っぽい感じだったけど。
「それじゃあ、挟み撃ち。さっさと神崎さん黙らせて家族の時間作らなきゃ」
「それは合理的だから同意してあげる」
なんて言って私は水泳で使うようなゴーグルを装着して煙の中へ。
かなめちゃんも同時に入る。
ここまできたら私達を捕縛するくらいしか勝ち目はない。
部屋を探索してる余裕はないだろうからね。
だけど窓のない風通しが良すぎるこのビルじゃあガスももうすぐ流れていく。
時間がないのはある意味こっちも同じ。
レキが見えるようになる前に決着をつけないと。
西と東で回り込むよう二手に分かれる。
そして、私が背後を先に捉えた。
予備を取りに行ってる暇はない。
こっちに気付いたみたいだけど、ガスのおかげで対応が遅い。
遠慮なくその背後にM500を撃ち込む。
「ガハ……ッ」
呼吸しづらいのに更に肺から強制的に空気を出されるのはなおさら辛いだろう。
煙に紛れて視界から外れ、今度は正面を向いたところで
銃声を聞きつけてかなめちゃんもすぐに来る。
だけど――これで終わりにしよう。
と思ったら、唸り声と共に私に何かが飛び掛かってくる。
白い毛並みの……デカい、オオカミ。
ここでハイマキが飛び出してくるとは。
いやまあ、武偵犬……動物は人数に含まれないし。
ハイマキの存在を考慮してなかった訳じゃないけど、ガスがある間はいたとしても来ないと思ってた。
見積もりが甘かったかな?
でも、レキがまだ見えてない以上は2対2。
「うわあ……でっかいワンちゃんだね」
なんて言いながら私に飛び掛かったハイマキをタックルでかなめちゃんが横に飛ばした。
しかし、フルアーマーだね……ハイマキ。
中世の鎧みたいな感じ。
飛び掛かられたら鎧の重さと合わせて抜け出すのは難しそう。
ハイマキ自体大型犬レベルでデカいし。
「……ハイマキ、助かったわ」
神崎の言葉にハイマキは『ワウ』と短く吠えて、その後にくしゃみをした。
嗅覚の優れてる犬科の動物にこれはキツイだろう。
なのによく飛び込んできたね。
だけど、もうすぐ時間。
こっからどう逆転するつもりなんだか……
逃げれば勝ちだから無理に追い打ちする必要もないや。
「しょうがない、ここまでだね」
「あたし大して何もしてないんだけど?」
「任務達成すれば少なくともキンジとの時間は作れるよ」
「釈然としないなあ……」
と、かなめちゃんは納得してないけどキンジとの時間の方に天秤が傾くから私の言う事にもある程度は納得してくれる。
私の指示なのは気に食わないだろうけど、本人の口癖通り合理的な判断は出来る。
何をもって勝利とするか、だね。
逃げれば勝ちってね。
「……逃げる気?」
「そりゃあね。逃げれば少なくともこっちの勝利……条件を呑ませるにはそれで充分」
「あたしは、犯罪者を逃したことは一度も、ないわ。たとえ……訓練でもね」
ホント、プライドだけは一丁前だね。
こんな状況でもよく啖呵がきれるもんだよ。
ジャックとして会った時もそうだけどさ。
早死にするか、後悔するよ? 本当に。
それはともかくさっさと逃げよう。
煙も晴れてきたし。
「レキ、5階……東側の吹き抜け」
神崎が何かを呟いた瞬間に、察した。
こういう時だけはッ!!
「かなめちゃん、通路の脇に隠れて!」
叫んで南の方の窓を向いたと同時に光るスコープの光。
すぐに2人で横っ飛びに避ける。
かと思いきや、ハイマキの鎧から音が鳴ると同時に腹部に銃弾。
――
立て続けに2発目の狙撃がかなめちゃんを襲う。
流石に屈曲した銃弾には対応出来なかったか、かなめちゃんも銃弾を受けて怯む。
神崎もこれを逃すまいとばかりに、私の上に飛び掛かり……自分の手ごと手錠を掛けた。
まさか自分を囮に、レキが狙撃できる吹き抜けになってる通路に誘い込むとは。
吹き抜けだから多少は煙も薄くなってたしね。
こっちが少しでも見えたらそれで良かったんだろう。
「……ゲームセットよ……」
馬乗りになった神崎が私の手を押さえつけてくる。
かなめちゃんもハイマキに襲われて、動けないみたいだし……
時間もちょうど来てしまった。
……最悪な気分だね。
だけど私はにっこりと笑う。
「今回は神崎さんの勝ちだね」
こうして決闘は終わった。