緋弾に迫りしは緋色のメス   作:青二蒼

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霧ちゃん(コワ)カワイイ
筆がのって、ついにやってしまった。

注意書き

新しく追加されたタグを見て下さい。


98:Good for ーー

 楽しめる時に楽しんだ方がいい。

 せっかくの振替休日で図書館で勉強をと思ったが、かなめに関して少し思うところがあった。

 なので俺は霧のアドバイス通りにかなめの望みを叶えることにした。

「かなめ、ちょっといいか?」

「あれ、どうしたのお兄ちゃん? 今日は図書館で勉強するって出ていったのに」

 キッチンで料理をしてるかなめを見て、俺は声を掛ける。

「ああ、あれな……今日はやめたんだ。たまには家族水入らずでどこか行こうかと思ってな」

「それって……デートってこと?!」

「違う。ただ単に出掛けるだけだ。買い物したりな」

 意味の分からん食い付き方をされる前に否定しておく。

 安易に思い付きで行動したのは間違いだったか? と、思ったが……もうかなめは既にルンルン気分だ。

 まあ、今更撤回するつもりはないがもう少し言葉を選んだ方がよかったかもしれん。

「ちょっと待っててね。もう少しで仕上がるところだから」

 と、カレーをまたかなめは作ってる。

 今日は少しハーブを変えたのかニオイが少し違う気もするが、カレーに変わりはない。

「よし、と。お待たせ、お兄ちゃん!」

 かなめは少し味見して、カレー鍋に蓋をする。

 それからエプロンを解いて俺の腕に抱きついてくる。

「家の中でまでくっつくなよ……」

「いいの、兄妹なんだからいくらでもベタベタしても」

 猫のようにすり寄ってくるかなめを見て、俺はため息を吐く。

 まあ、これくらいはいいか……。

 若干、大目にみてやろう。

「それで、どこに行くの?」

「ああ……特に決まってない。昨日霧に言われて今朝決めたからな。どこか行きたいところはあるか?」

「お兄ちゃんの行くとことならどこでもいいよ!」

 あれだ、一番返答に困るパターンだ。

 メシで何が食べたいって聞かれて何でもいいって言われるのと同じ。

 女子の喜ぶモノなんてよく分からん俺からしてみれば、さらに難題になるやつだ。

 かなめの場合、俺が何やっても喜ぶだろうけどな。

 しかし、どうしたものか。

 いつもの霧は頼れんぞ……

 なので、俺が知ってるなけなしのスポットに取り敢えず行くことにした。

 それは霧を家族に誘った海浜公園。

 軽い菓子と飲み物をコンビニで買って、公園のベンチに座る。

「ふふ、お兄ちゃんからお誘いなんて嬉しいな♪」

「別に、ただのお出掛けだぞ」

「お兄ちゃんから誘ってくれたのが嬉しいんだよ」

 と言うかなめはその深海色の瞳で嬉しそうに見上げる。

 その表情に俺は少しだけ呆れる。

 自称妹ながらその考えは分からん。

 趣味とかの話は結構分かるんだがな。

 公園をボーッと何となく見ている。

 他の人は会社やら学校やら行ってるんだろう、公園には誰もいない。

 見掛けてもジョギングするおじいちゃん、おばあちゃんや子供を連れた主婦っぽい人だけで、閑散としている。

「あむ、外で食べるお菓子って少し違うね」

「そうだな。いつもこんな日常が続けばいいんだがな」

 俺はキャラメルを放るかなめを見て、そんなことを呟く。

 かなめは足をぷらぷらさせて唐突に提案する。

「なら、一緒に逃げちゃう?」

「どうしたんだよ、急に」

「ううん、何となくだよ。前に依存って言われて……私でも、もしかしたら生きられるのかもって思ってね」

「確かに逃げ出したいが、それは……色々と終わってからだな」

 俺の言葉にかなめは、少しだけ寂しそうな表情をする。

 実際、まだ終わってない。

 ジーサードの問題もアリアの問題も。

「心配するな。俺ももうすぐ転校する。そうすれば昨日みたいな時間や、今日みたいな時間は増えるだろ」

 多分な……

 自分で自信を持てないのは何故か嫌な予感が微妙にするからだ。

 転校しても俺の家とかに突撃してきそうなのが何人かいるからな。

「…………」

 かなめは、何やら浮かない顔だ。

 どうも様子がおかしい。

「どうした、かなめ?」

「ううん、何でもない」

 尋ねてもかなめは首を振って、変に笑って空元気を出してる感じがする。

 それから唐突に別のところに目を向ける。

「あれって教会?」

「ああ、そうだな。一般公開されてるから入れると思うぞ」

「ふーん……お兄ちゃん、あんまり近寄りそうにないところなのに何で知ってるの?」

「……ッ」

 飲もうとした午後ティーを思わず吹き出しそうになった。

 女の勘ってやつか、鋭いところを聞いてきやがる。

「もしかして……誰か他の女の人と一緒に入ったの?」

「おい、バカやめろ。白雪みたいな目をするんじゃない!」

 スゥと、瞳孔が開きかけてるかなめに俺は待ったを掛ける。

「依頼であそこを待ち合わせ場所にしただけだ」

 依頼したのは俺だけど。

 その言葉にかなめは疑い深く聞いてくる。

「本当?」

「嘘言ってどうする」

「前に約束破ったし……」

 その言葉に少し詰まる。

 風魔とかワトソンとか色々とあった時か。

 それを言われたら信頼される要素はない。

 俺はごり押し気味に話を切った。

「もう終わった話だろ。それより、どこか別のところに行くか?」

「ううん、せっかくだし行ってみよ」

 かなめは上機嫌にベンチから立ち上がって教会へ向かって走っていく。

 特に見るものもないと思うが、やっぱり女子はああいうのに憧れるものなんだろうか。

 と、考えながら俺はかなめの後に続いていく。

 教会に入ったかなめは目を輝かせてクルクルと回りながら中を見ている。

 ステンドグラスからの光で照らされた教会を進むかなめは天使のような感じだ。

 美少女だから絵になるな。

 言ったら色々と面倒なことになりそうだから言わんが。

「スゴいね、お兄ちゃん。教会なんて初めて入ったよ」

「それは良かったな」

「ねえねえ、お兄ちゃん! ここで誓いのキスをするんだよね?」

「……多分な」

 そういうのに詳しくない俺はそう答えるしかない。

 神父が立つであろう壇上の前でかなめは、その壇上の先のステンドグラスを見上げる。

 楽しそうだな、かなめ。

「ねえ、お兄ちゃん。こっちに来て」

「ああ……」

 かなめのお願いを聞いて俺は壇上の前に立つ。

 霧ともこんな風に立ったな、隣同士で。

 俺は隣にいるかなめを見ると、何か意を決したようにこっちへ向き直る。

「ねえ、お兄ちゃん。あたしのお願い聞いてくれる?」

「無理のない範囲ならな」

 元々そのつもりだしな。

「じゃあ、ここでキス……して欲しいな。新郎新婦みたいに」

「何でだよ……」

 自分から病気(ヒステリアモード)になりに行くだけじゃねえか。

「でも、お兄ちゃん。無理のない範囲なら良いって」

「それは無理な範囲だ」

「…………」

 俺がそう言うとかなめは悲しそうな顔をする。

 悪ふざけで言った……訳じゃなさそうだ。

 息を吐いて、俺は聞く。

「かなめは、それが望みなのか?」

「……うん」

 まるで思い残す事がないようにしてる感じだ。

 何となくだが、そんな感じが伝わってくる。

 かなめじゃなりにくいのは分かってる。

 嫌だが……多少は我慢することにする。

「分かったよ。目を閉じてくれ」

「ほ、ホント?」

「いいから、早く目を閉じろ。俺の気が変わらない内に」

 かなめは言う通りに目を閉じた。

 それから俺はゆっくりとかなめの肩を軽くもって、口を近付ける。

 そして、恋人みたいなキスをした。

 

 ーーGood for you(よかったね)ーー

 

 それから何かえぐる音がして、かなめは目を見開く。

 口を離して、ゆっくりと離れて……"私"とかなめの間にできた血だまりをかなめは見る。

 きょとんとした顔で。

「え……?」

「悪いな、かなめ。お前は"家族"じゃないんだ」

 もう、キンジの思考で考える必要はない。

 かなめの胸には緋色のメスが深く突き刺さっていた。

 心臓には届いてる。

 もう終わりだね。

 ポタリポタリと胸から足元へと血が垂れる。

 未だに状況を理解できずかなめはただ、(キンジ)と血を交互に見るだけ。

「……あ、ウソ……おにい、ちゃん」

「ああ、嘘だな。お前は本当の家族じゃない。俺は何度も言った。だけどせめて人として殺してやろうと思った」

 私はキンジの顔でキンジではしない笑顔で告げる。

「さようなら、かなめ」 

「あ……アハ」

 深海色の瞳で涙を流しながら笑顔を浮かべる、かなめ。

 全てが理解できず、感情がぐちゃぐちゃな感じが表情に出てる。

 ああ、最高だよ……その表情。

 君は兵器じゃなくまさしく人間だったよ。

 それだけ、だけど。

「おにい、ちゃ…………」

 何かを追い求めるように私に手を伸ばす。

 そのままかなめの目から光が消え、前のめりに倒れて……横たわる。

 人の死なんて、こんなもの。

 脆く、儚い。

 静寂の後に私は笑いが段々とこみ上げる。

「ふふ、ハハハははは……アハハハハハははははハはは! あーあ、悲しいなあ。妹になれたかもしれないのに。でも仕方ないよね? キンジが認めないんだもん。仕方ないよね~?」

 キンジの顔を剥がして、私はやりきった気持ちと達成感に満ちる。

 私は、"血の繋がり"さえ騙せた!

 あれだけかなめは私を警戒してたのに、それでも騙せた。

 そして1つの確証も得た。

 ヒステリアモードの状態じゃなければあの時みたいに警戒されることはない。

 気付かれたらその時はその時で、すぐ()るつもりだったけど。

 見事に私はやりきった。

 やっぱり血の繋がりだけじゃあ家族とは呼べないね。

「さて、次の楽しみの準備をしないと」

 余韻も程々にして、私は次の演目に移る。

「ヒルダ~」

 私が呼ぶと、教会のベンチの影からズズとヒルダが現れる。

「吸血鬼を昼間からこんな神臭いところに呼び出すなんて……とんだ恥知らずね」

 昼間でしかも教会に呼び出したせいで機嫌が悪い。

 けど、そんなことは知った事じゃない。

「さっさと死体を運んで貰える? 私は次の準備で忙しいからさ」

「死体は別にいいわ。血が吸えないのは残念だけど。だけど私が素直に聞くと思って?」

 わざわざ呼び出しに応じといてここで断るとか……

 立ち直ったのはいいけど、立場は分かってないのかな?

「ねえ、ヒルダ。理子は君を許したかもしれないけど、私は許した覚えはないよ?」

 私は笑顔で、でも冷ややかな目でヒルダを見据える。

 途端にヒルダは硬直した。

「…………ッ」

「今の君は理子が家族と認めたから手を出してないだけ……また躾が必要なら、いつでも歯向かっていいんだよ?」

「あ、う……すみません。分かったわ……だからやめてちょうだい」

 言いながら私は幽霊みたいに気配なくヒルダの背後に回り込む。

 ヒルダからしてみれば少し意識を逸らしたら、消えたように見えるだろう。

「なんなら、ここで少し遊んでく? 平日とは言え、人が来るかもしれないからあんまり長く遊べないかもだけど。ねえ?」

 ゆっくりと肩に手を回して耳元で囁く。

「あ、ああ……やめて。悪かったわ。調子に乗らないから……」

 そんなに怖がるくらいなら最初から言わなければいいのに。

 元の精神状態に戻ったと思ったのかな?

 だとしたら残念。

 もう君は既に一回壊れたんだから歪みは戻らない。

 意識では思ってても奥底ではもう、恐怖を覚えてしまってる。

 ここらで勘弁して上げよう。

「うん、それじゃあよろしく。丁重に扱ってね」

「分かった、分かったわ」

 ヒルダはそう言って死体を持っていった。

 さて、もちろん証拠は隠滅しておこう。

 掃除は得意だからね。

 次は第二幕。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 カレーを食べて、眠くなった俺はベッドでひと眠りしていた。

 その時に図書館で理子に強制的マウントポジションをとられて見せられたゴヤの『裸のマハ』がなぜか『裸のアリア』になってる悪夢に(うな)されて飛び起きると、すっかり夕方になっていた。

 ()ヒスになってないか心配だったが……だ、大丈夫だな。

 安堵して、顔を洗いに洗面所へと向かい顔を洗う。

 かなめはまだ帰ってないのかと思って、部屋をノックするが反応がない。

 HMD(テラナ)の充電器の位置が動いてる辺り、一度は帰ってるみたいだ。

 顔を洗い終わり、キッチンも見るが……カレーの残りに手をつけてる感じもない。

 その時だった。

 玄関の鍵を開け、扉を開ける音と同時にーー

「キンジ!」

 霧の声がした。

 それも珍しく慌てた様子で。

 それから廊下を靴も脱がずに上がってくる。

「単刀直入に言うよ、ジーサードが攻めてきた」

 その言葉に俺は一気に覚醒する。

 続けて霧は聞いてきた。

「かなめちゃんは?」

「一度は部屋に戻ったみたいだが、どこにもいない」

「まあ、そうなるよね……上官が帰ってきたんだし」

 それから霧は、何故かキッチンに向かってカレーを見る。

 それから指先につけて舐めた。

「一服盛られたね、キンジ。睡眠薬……しかも結構な量だよ。ニオイが違うと思わなかったの?」

 霧はすぐにそう呆れたように言った。

 いつもとニオイが違うとは思ったが、睡眠薬……かなめがどうしてそんなものを……

「すぐに準備して。もう状況は動いてる」

「ッ、ああ……!」

 考えてる暇はなさそうだ。

 防弾制服に銃、弾倉(マガジン)を持てるだけ持った。

 すると霧はベランダを開けて飛び降りた。

 思わず霧の落ちたところを見てみれば、下にはモーターボートが停めてある。

 あれは、車輌科(ロジ)のレンタル可能なモーターボートだろう。

 俺も取り敢えずベランダから飛び降りて、ボートへと降りる。

「出すよ!」

 俺が乗ったのを確認して、霧はすぐにボートを走らせる。

 そのまま霧は状況を説明する。

「ジーサードが品川火力発電所の東南東に現れたみたい。まるでみんながバラバラな時を見計らったような感じでね」

「じゃあ、かなめは……」

「そういうことでしょ。ジーサードの所に戻った。キンジを眠らせて、それを悟られないようにしてね」

 霧は冷静に考えられる事を述べた。

 俺は携帯を見ると、セルフモード……携帯の電波を止め、通話やメールを使用できなくなるモードになってることに気付いた。

(かなめ……一体、どういうつもりだッ……)

 俺は焦りを覚える。

 あんなに楽しそうしてたのに、どうしてなんだ。

 霧は隣でインカムで誰かに連絡をとってる。

「もうすぐレインボーブリッジを通過する。到着まで10分以内」

 霧の言うとおりレインボーブリッジを通過すると品川火力発電所が見えてきた。

 そのまま発電所の南側の沿岸部にボートを停めて、素早く降りる。

 その時に霧は俺にインカムを渡してきた。

「回線は繋がってる。かなめちゃんはこの先だよ」

 走りながらインカムを装着する。

「到着した。今、現場に向かってる。予想通りにキンジは盛られてたよ」

『相変わらず迂闊だな、トオヤマ』

『まあ、仕方ないよね。キーくんだし』

 霧が状況を報告するとジャンヌ、理子の順番で通信が入る。

 切迫した状況なのに好き放題に言ってくれる。

「今はどうなってる?!」

『かなめちゃんなら、発電所の南側……公園みたいな芝生のところにいるよ。その先の海の上にジーサードが立ってる』

 俺が説明を求めると、理子が説明してくれる。

 海の上に立ってる……?

 どういう意味かはすぐに理解できた。

 通信で言ってた公園みたいな芝生がある場所に到着した。

 そこにかなめは、確かにいた。

 漆黒のプロテクターにHMDを装着して、腰には左右に二振り、背中にもクロスするように二振りーー合わせて四振りもの先端科学兵装(ノイエ・エンジェ)の刀を装備してる。

 今までにない程の重装備だ。

 そのかなめの視線の先には、確かにジーサードがいて文字通り"海の上に立ってる"。

 安定感からして足場みたいな物があるらしいが、透明なのか見えない。

 ジーサードもかなめと同じようにサングラスみたいなHMDと漆黒のプロテクターを装備してる。顔は宣戦会議(バンディーレ)の時みたいにペイントされていた。

 それに合わせたであろう黒いコートは、金や金糸で飾られてる。

 相変わらず派手好きな野郎だ。

 そんなジーサードは怒ったような顔で、かなめに何かを話している。

「HSSにはもうならないってのは、どういうことだ? フォース!!」

「そのままの意味だよ。もう、あたしはHSSにはならない。それにもう、師団(ディーン)は……バスカービルは敵じゃない」

「これは命令だフォース。今すぐに戻れ」

 説得しようとしてるかなめに、サードは聞く耳を持つ気はないとばかりに命令する。

 サングラスみたいなHMDで目は見えないが、冷ややかな視線をしてるのは何となく分かる。

 俺はかなめを守るように前へ飛び出す。

「かなめ、今すぐに逃げろ」

「おにい、ちゃん? なんで……」

「兄に一服盛ったのは、あとで叱ってやるからな」

 見なくても分かる。

 後ろでかなめが、不思議そうな顔をしてるのが。

「どけ、キンジ。お前に今は用がない。フォースっ! 俺の命令を聞かんかァ!」

「かなめ、ここから逃げろッ」

 俺とサードの同時に放たれた言葉にかなめは、ビクッとする。

「あたし、は……」

 困惑してるかなめの隣でいきなり3発の発砲音がしたかと思えば、ジーサードは軽く腕を払っておそらく銃弾を弾いた。

「悪いけど、もう始まってるって認識でいいよね?」

 霧はグロックを抜いて、そう軽口を叩く。

「勝手に入ってくるな、女。俺はフォースに用がある」

 サードは撃たれたっていうのに、涼しい顔で返す。

「もう、彼女はフォースじゃない。かなめって名前だからね」

「……人間に成り下がったか、フォース」

 霧の言葉にサードは更に冷ややかな目を向ける。

 俺も反論する。

「コイツは兵器なんかじゃない。最初から、人間だ。キャラメルが好きで時に変な普通の女の子だ」

「……All right(分かった)

 サードは英語でそう言ってーー

「殺してくれって意味だな、フォース?」

 凄まじい殺気が叩きつけられる。

 海の上から水しぶきが上がる程に跳躍したサードは、弾丸のように水平にこっちに向かってくる。

 は、速いッ。

 そこへジャンヌと白雪が挟み撃ちにするように飛び出した。

 お互いに剣を振りかざし、完全な挟撃。

 だがサードは体をクルリと回転させると、バキッ! と車にはね飛ばされたみたいにジャンヌと白雪が吹き飛んだ。

 霧も反撃で撃つが、サードはさっきみたいに腕で払う。

 致命傷にならないところはプロテクターに任せて、突っ込んでくる。

 俺もかなめを守ろうと、銃を抜くがその前にサードは俺をそのまま通り抜けた。

「あうッ!」

 霧も吹き飛ばされて、サードはかなめの前に仁王立ちする。

 強い、強すぎる……

 何とか銃を抜いたが、サードの射線上にはかなめがいる。

 プロテクターがあるとは言え、下手に撃てない。

 かなめは、サードの前から動けないでいる。

 まるで百獣の王に睨まれたように。

「フォース、最後にチャンスをやる。今俺が吹き飛ばした連中をやれ」

 サードはかなめに殺せと命令する。

 サードは、修理しようとしてる……ッ。

 かなめを兵器へ、フォースへと戻そうとしてる。

「あたしは……強者には、逆らわない。それは……非合理的、だから」

「そうだ。よく分かってるじゃねえか」

 かなめは、サードに屈服しようとしてる。

 俺にも分かる。

 兄さんに逆らえないあの感じに。

「だけどーーあたしは、かなめだああああッ! うあああああ!」

 かなめは、左右の腰の刀を展開したかと思うとそのまま下から上にサードを斬ろうとする。

 雄叫びを上げて、サードに人間だと主張するように。

「哀れだな……」

 サードが一言呟いた瞬間、衝撃と共にかなめは吹き飛んだ。

 プロテクターがガラスみたいにバラバラになりながらかなめは、10メートルくらい飛んでいく。

「ーーかなめっ」

 俺はサードに目もくれずにかなめの元へ駆ける。

 仰向けに倒れたかなめを抱き抱えれば、胸には深い傷がある。

 

 見えなかったが、おそらくは素手でプロテクターをぶち抜いた上で傷付けたんだろう。

「あたし……ニンゲンに、なれた、かな……?」

 血にまみれた顔で、かなめは虚空を見る。

「お前は、初めから人間だッ」

「ふふ、そうだよね……お兄ちゃんは、最初から……いや、みんなも……あたしをニンゲン扱いしてくれた……」

 うわごとのように呟いてる。

 もう、やめろ……喋るな!

 ハンカチで傷を押さえて、圧迫止血を試みるがそれでも無理だ。

 血が、止まらない。

「あたし……みんなに会えて、良かった……」

『最後みたいなこと言わないの!』

 俺のインカムからアリアの声が聞こえたかと思うと、

『キンジ、かなめを守ってなさい!』

 瞬間、サードのいた所から爆炎が何回も上がる。

 まるで空爆みたいに。

 凄まじい風圧と爆風で少しだけ俺とかなめは吹き飛ばされそうになるが、何とか自分の身を盾にしてかなめを守る。

 すぐに、アリアが俺達を守るように上空から降ってきた。

「お前……なんだよ、それ」

 防弾制服のスカートの背部、側部の外側にもう1つのスカートみたいなものが広がる。

 可変翼が7枚あるように分かれた機械の下端から、噴射炎が見えた。

 おそらくは推進器と姿勢制御を兼ねた翼。

 形からして小型のジェットエンジンみたいな物だろう。

「これはホバー・スカート。さっき納品されて文字通りに"飛んで"きたんだから」

 などと言うアリアは、ガバメントをすぐに構える。

「あたしが引き付けるわ、すぐにあんたはかなめを連れて逃げなさい。手遅れになるわよ!」

 ゴオオォオ、とエンジンが唸りを上げて炎が吹き出すと、アリアは空中に浮かんで斜めに飛んでいった。

 爆炎の中からサードは軽く首を回しながら現れる。

 ターミネーターかよッ。

 アリアはそのままサードに向けて銃弾を空中から撃つが、サードはいつの間にか抜いたUSPのマッチモデルをアリアに向けて放った。

 瞬間、両者の間の空中で激しい爆発。

 あれは……アリアが武偵弾(DAL)を使っているらしい。

 焼夷弾(フレア)炸裂弾(グレネード)飛散弾(クラスター)……威力としてはそんなところだろう。

 それが空中で爆発したのは、俺がヒステリアモードでやる銃弾撃ち(ビリヤード)をしたからだろう。

 俺の出来ることは大体出来ると考えた方がいい。

 そのアリアも、一気に跳躍したサードに叩き落とされた。

「キンジ……」

「霧、大丈夫だったか?」

 いつの間にか俺の傍にいた霧に目を向けると、少しだけ苦しそうだ。

「何とかね。容赦なく腹パンされたけど……それよりもキンジは神崎さんの援護、いや……サードの相手をして」

「軽く言ってくれる……」

「でも他に相手できる人がいない。HSS相手じゃあね。かなめちゃんは私が診るし、ワトソンも近くにいるはず」

 ……霧の言うとおりだ。

 それに、どうやら俺の体の中心・中央に何か異様な血が流れてくるのが分かる。

 かなめを連れてサードから逃げるつもりだったが、もうそんな気持ちはなくなった。

「くっ……キンジ、何してるのよ!」

 地面スレスレでホバーしながらアリアは、サードから逃げてる。

 アリアが足で地面を横に蹴り、ホバー・スカートで水平に移動すると、サードがその場所にかかと落としをしてくる。

 ブーツにも何か仕込んでるのか、地面が少しえぐれた。

 それからアリアへの興味をなくしたように俺を見たサードが、そのまま猛禽類のように笑った。「ああ、やっとか。おめェが"そうなる"のを待ってたんだ、俺はよ」

 ジーサードが言いたい事はーー

 完全にではないが、分かる。

 俺は、なっている。

 HSS……それも派生系、ベルセじゃない似て非なるものに。

 それよりも強い。遥かに強いものを感じる。

「来いよキンジ」

 サードは、ばっ、とコートを(ひるがえ)す。

 ついて来いということらしい。

「いいのかジーサード。こうなるともう、俺は優しくないぞ」

 霧は俺を見て、静かに頷く。

 自分でも危険な雰囲気をしてるのが分かる。

 だが、それでも霧は怖じ気づくことなく真っ直ぐに俺を見てる。

「キンジ……」

 対してアリアは、俺に驚きの顔を向けている。

 今の俺は兄さんが怒ってる時や、死んだ父さんがキレた時のような、底知れない殺気を放ってるだろう。

「あ、あたしも……」

「神崎さん。ここは、キンジに任せよう」

 霧は、アリアを止めた。

 心配するような顔をしてるアリアに対して、霧は信じてるって顔をしてる。

「おにい、ちゃん……」

「待ってろ、かなめ。あのバカにお灸をすえてくるからな」

 意識が朦朧(もうろう)としてるかなめにそれだけ言って、俺は背を向けてサードの後を追う。

「キンジ」

 アリアは俺に何か声を掛けようとして、少しだけ間をおいて、

「死なないで、お願い」

 すがるような弱々しい声で、言ってきた。

 か弱い、女性的な感じで。

 

 ◆       ◆       ◆

 

 いい感じに盛り上がってきたね。

 さて、このままだとキンジの勇姿が見れない。

 ああ、あの底冷えするような殺気。

 思わずゾクゾクしちゃった♪

 でも、このままじゃあ味気ないよねえ?

 だったらやることは1つ。

 既に足元で気絶してる2人を見て、私は歩みだす。

 これからの演出を考えて、楽しみにする。

 

  ◆       ◆       ◆

 

 俺とサードは既に近未来的なVTOLーーガリオンに乗って、高度は既に1000メートル。

 やはり俺の予想通りにサードはほぼ、俺と同じことが出来る。

 どうする?

 このガリオンはスティンガーミサイルが翼の内部で爆発したせいで長くはない。

「運動するには酸素が薄すぎる。そろそろ話し合いで解決しないか? 民主主義的に」

 暗に俺は降参しろと言ったが、サードは断りをいれる。

「おいおい、やっとあったまってきたのにお開きか? ちょうどいい温度だろ? 寒いなら、そこにいい感じの焚き火があるだろうが」

「お前がデカイ種火を撃つからだろうが」

「だがまあ、分かったろ。俺達にはこんなもの効かねえ……結局はこれよォ」

 そう言ってサードは左翼から中央へと歩き、右拳を握って見せてくる。

 

「そうかな?」

 

 聞いたことのある声が聞こえたかと同時にサードの左脇から光の刃が一瞬、いきなり貫く。

「……ッ、かは!」

 いきなりのことにサードは前のめりに倒れた。

 大きく吐血して、機体の床に這いつくばる。

 ジーサードの背後にいたのは、

「かなめッ?!」

 かなめだった。

「やったよ、お兄ちゃん。あたし、サードを……」

 さっきサードにボロボロされた筈のかなめが無事なのはいい。

 だが、違和感を覚える。

 この状況に。

 何でかなめがここにいる?

 アリアや霧と一緒にいたのに何故?

 姿も声もかなめなのに、ヒステリアモードの感覚が告げてる。

 

「お前は……誰だ?」

 

 その俺の問いに、ソイツは小首を傾げるだけだった。

 不気味に、笑顔で。




盛り上がって参りました。
次回から愉悦劇場が始まります。

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