京太郎短編あれこれ   作:Sky0011

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※某スレに投下したモノの前話になります
 京ちゃん卒業後のお話です。


逃げ出した場所と、立ち上がる思い

「はぁ……」

 

町外れにある人気の無い小さな公園。

いくつかの遊具とちょっとした池しかないその公園のベンチに腰掛け、須賀京太郎は俯いたまま覇気のない吐息を漏らした。

 

「……上手くいかねぇもんだなぁ……」

 

故郷から遠く離れた地、岩手県 某所。

高校卒業後、京太郎は1人地元を離れて、この地で職に就いていた。

 

特別にやりたい事があった訳では無い。ただ、誰もいない所で一人になりたかったのだ。

 

高校生活はあっという間に過ぎ去った。

麻雀部に所属し、男子部員兼マネージャーと言うべき立場で、部の活動と共に他の部員へも貢献していた。

 

だが、そこで京太郎が得られたものは、極端にいえば何も無かった。

 

同じ部の友人達は溢れる才覚に惜しみない努力を重ね、全国的に脚光を浴びると共に、在学中からプロ入りを視野に入れられる程の栄光を手にしていた。

 

京太郎も努力はしたが、才覚は致命的な程に欠けていた。

結局、彼は友人達とは違い全国はおろか、地区予選でもまともな成績を残す事は出来なかった。

 

麻雀だけが道では無い。

彼自身、誇るべき才覚は他に多くあったのだが、それを見直すには周囲の光が強過ぎたのだ。

 

その果てに、京太郎は周囲と距離を置く事を選んだ。

自分を惨めに思うより前に。

友人達を羨望ではなく、嫉妬で見てしまう前に。

 

「……それがこのザマじゃあ笑えもしねぇ……」

 

そうして選んだ進路、就職先がこの地にあった。

故郷を遠く離れるのなら、海を越えて沖縄か北海道か、いっそ海外という道もあったのだろうが、こうして地続きの範囲で収まっている辺りが、何とも中途半端で自嘲してしまう。

 

そして、何か変わったかといえば、何も変わらない。

まだ新社会人である状態でそう思うなど烏滸がましいのかも知れないと思いつつ、それでも、京太郎は何か変わることを期待していた。

 

友人達の様な劇的なものじゃなくていい。

ただ、自分も何か出来るのだという確信が欲しかった。

 

「……いっそ消えちまいてぇ……」

 

仕事に忙殺され、やり甲斐も見いだせずに埋没していく日々。

まるで灰色にしか見えない日常の中で、あるいは本当に消えてしまいたいと思ってしまう。

 

「ま、そんな度胸もねーんだけどな……」

 

何処までも中途半端な自分を嘲笑うかの様に、ヒュウヒュウと夕暮れ時の風が強く吹き、風音を鳴らす。

砂埃に目をやられてはかなわないと顔を上げると、公園の外の道を歩く人影が見えた。

 

「……珍しい……つかデカいなオイ……」

 

この公園を見つけ、仕事帰りに幾度か寄る事はあったが、この時間帯に人影を見た事は滅多に無い。

 

人影は黒い服に帽子を被って歩いている。

身長はかなり高い。男子の中でも比較的長身であった自分以上ではなかろうか。

しかし、腰元まで伸びた髪や服の形状、そこから察する体付きを見れば女性だろう事は見てとれた。

 

このあたりの住んでるのだろうか、女性の独り歩きも物騒だなと思っていた時、ゴウッと強い風が吹き荒んだ。

 

「おうっ……!?」

 

思わず腕で顔をガードしたその視界の端で、例の女性が身を屈ませる姿が映る。

そして一瞬遅れたのか、帽子を押さえる手が間に合わず、黒い帽子が風にさらわれ宙に舞う。

 

女性が手を伸ばすも時既に遅し、勢い良く飛ばされた帽子の行き先は公園の池。

 

「っだぁあぁぁぁ!!」

 

それだけ察すると、京太郎はベンチから弾かれるように駆け出していた。

 

風の勢いは強い、舞い上がった帽子は高い。

正直、京太郎が走って間に合う保証など無かったが、気が付けば駆け出していたのだ。

 

帽子の軌道をある程度先読みして、遊具を踏み台に力一杯跳び上がる。

そうして伸ばした手は間一髪黒い帽子に届き、京太郎は落とさないように抱え込む。

 

「っしゃ届いたぁぁぁ……ああぁぁあ!?」

 

帽子を取る事に成功した京太郎は、自分の落下地点に目を向ける。

自分ごと池に落ちる様な軌道では跳んでない。予定では、帽子に手が届けば近くの砂場に着地する予定だった。

 

但し、そこはもうとっくに飛び越えてしまっている。

勢い余った落下先は、固く締まった普通の地面。

 

これが昔慣れ親しんだハンドボールであれば、手にしたものを仲間に投げ渡して体勢を戻せたのだが、今回はあらゆる意味でそういう訳にはいかず

 

「っおぶぉっ!!」

 

結局、京太郎は見ず知らずの誰かの帽子を抱えたまま、硬い地面へ強かに打ち付けられた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「……いってぇぇ…………!」

 

腕や背中に痛みを覚える。

何とか帽子を汚さずには済んだものの、代わりに服の下では幾つかのすり傷が出来ているのが分かる。

それでも、身体を起こす事に痛みを感じないあたり、どこか捻ったとか骨をやったという事はなさそうだった。

 

「だ、大丈夫ですかー! ……あぁ、急に動いたらダメだよー?」

 

「……え?」

 

そして、聞こえてくる女性の声。

帽子の持ち主であるその女性は京太郎へ慌てて駆け寄ってしゃがみ込み、立ち上がろうとする動きを制し、ゆっくり戻そうとする。

頭を打ったと思われたのだろう。心配してくる女性に対して、京太郎は先に立ち上がり大丈夫である事を示してみせた。

 

「すんません、でも大丈夫……俺も帽子も無事ですから」

 

「本当に、大丈夫……? ほんと、ちょースゴかったよー? スポーツ選手みたいにダーって走って、高ーくジャンプして! ……あっ……私の帽子、キャッチしてくれて、ありがとうございました!」

 

若干興奮気味に身振り手振りを加えて話しながらお礼をする女性の姿はとても嬉しそうで、それだけで京太郎は痛い思いをしただけの甲斐は充分にあったとさえ思えた。

 

「いや、こっちこそご心配かけてしまって、すいませんでした。」

 

「そ、そんな事ないよー! それに、その帽子すっごく大事なものだったから、本当に助かったんだー」

 

「大事なもの……」

 

手にしていた帽子を女性に手渡す。

女性はやはり自分よりも背が高く、少し目線が上がるほどであった。

 

「そうなんだよー。 この帽子はね、いっぱい思い出がつまってるんだよー?」

 

そうして嬉しそうに話し出す女性の言葉に耳を傾ける。気付くと2人は近くのベンチに腰掛けて話を続けていた。

 

山奥の村で育ち、歳近い友人もおらず、テレビを見ることくらいしか楽しみが無かった日々。

そんな中で、自分を連れ出してくれた恩師や、一緒に楽しんだ仲間達。

その傍らには、常にこの帽子があったのだと、女性は嬉しそうに話している。

 

そんな女性につられてか、京太郎も自然と自分の事を話し出していた。

学生の頃の話、岩手に来てからの日々……女性からすれば、京太郎は聞かれてもいない話をしている筈なのに、不思議と興味津々に聞き入っているようであったが

 

「……まぁ、そんな訳でこうしてたんですよ……何にも出来ねぇクセに地元離れてれ、結局何にもなれそうになくて……ホント、消えちまえばいっそ楽に」

 

「ダメだよー! そんなの絶対にダメ!!」

 

「ふぇっ……!?」

 

急に大きな声を上げた女性に驚き、京太郎は素っ頓狂な声を上げて目を丸くした。

 

「私も独りの時があって、すっごく寂しくて……でも、皆に会えた。 先生や、麻雀部の皆に! もう独りじゃないんだって……それが、とっても嬉しかった! ……そ、それに、君が消えないでここに居てくれたから、私は大事な思い出の帽子を無くさずにすんだんだよー」

 

「……でもそれって、俺がぼっちだったからですよね?」

 

「え……?」

 

「いや、俺が友達とワイワイ楽しくやってたら、多分この公園に居ませんでしたし……」

 

「あわ、や、あのそうじゃなくて、違くて、そのー……!」

 

わかっている。自分が励まされているという事が。

100%の善意で、この人は自分を元気付けようとしてくれている事が、京太郎には分かっている。

 

それをついからかってしまったのは、相手の善意に甘えたからか。

人の厚意につい気が緩んでしまったようだった。

 

「冗談ですよ、じょーだん……ありがとうございます、何か元気が湧いてきました、ホントに」

 

「お礼を言いたいのはこっちだよー、えっと……そうだ、名前!まだ名前聞いてなかった!」

 

「そ、そうでしたっけ? すいません……俺は須賀、須賀京太郎です。」

 

「私は姉帯豊音だよー、よろしくねー?」

 

そう名乗って手を差し出してくる女性の意図が分からず、京太郎は首をかしげてしまう。

 

「……はい?」

 

「握手だよー? 折角お知り合いになれたんだから、仲良くしたいよー」

 

まさか、今日あったばかりの人間を知り合いというのかこの女性はと、京太郎は軽く困惑した。

 

フレンドリーなのは美徳だが警戒の無さにも見える。

この辺りは地元の友人にも似たような人物がいたなと思い返しながら、苦笑いを浮かべて差し出された手を握る。

 

「そうですね、仲良く出来ると、いいですね」

 

「そうだねー…………あれ? 須賀くん?」

 

「はい? 何か、ありましたか?」

 

苦笑いを浮かべた表情が気に触ったかと思ったが、どうにもそういう訳では無いようで、姉帯という女性は随分と心配そうな表情を浮かべている。

 

「泣いてる……?」

 

「へっ? イヤだな、そんな訳無いじゃないっすか。泣く要素なんて……あ、あれ……?」

 

苦笑いをしていた筈だ。

だというのに、気付けばポタポタと雫が頬を伝っている。

 

「なんだこれ、変だな……おかしくなっちまったかなっ……」

 

どういう訳か涙が止まらない。一つも悲しくなんてない筈なのに。

 

何度も袖で涙を拭う京太郎を、不意に温かさが包み込む。

 

「はぃっ……姉帯さっ……!?」

 

「だいじょうぶ、だいじょうだよー……ぼっちじゃないよー……」

 

抱きとめられ、囁くような優しい、柔らかな声が染み渡る。

 

それで、もう限界だった。

 

「あっ、ぁあ……っっぅぅ……ああぁぁぁぁっ!!」

 

恥も外見もなく、京太郎は泣きじゃくった。

溜め込んでいたもの、堪えていた事を吐き出すように。

 

1人の女性の優しさに触れて、全てのものを解いて泣いていた。

 

 

 

――――――――

 

 

 

「すいませんでしたぁっ!」

 

我に返った京太郎は、いの一番に平身低頭謝罪した。

冷静になってみれば、今日初めてあった女性に慰められて子供のように泣き喚き、挙句の果てに涙やその他諸々で女性の服を盛大に汚していた。

失礼千万、恥知らずにも程がある。

 

「服のクリーニング代はお支払いします! あと他にもご迷惑をかけた事もっ」

 

「あわ、あわわっ……! い、いいよー気にしなくて。私が勝手にやったんだから、ね?」

 

「いやでも気にしないって訳には……」

 

「でも、んー……そうだ、それじゃあねー」

 

何かを思い付いたかのように、姉帯豊音は服のポケットを探っている。

そうして取り出したのは、彼女の携帯電話だった。

 

「連絡先、教えてくれないかなー? あ、メッセージアプリのとかも教えてくれると嬉しいなー」

 

「へ? あっ、はい! 分かりましたすぐに……!」

 

言われて京太郎は慌てて携帯を取り出し、電話番号とメッセージアプリのIDを教える。

姉帯豊音は教えられた番号を登録し、程なくして京太郎の側のアプリには友だち登録の通知が届く。

 

「これで、私達はもうお友達だねー? お友達なら、そんな事気にしなくていいもんねー?」

 

「あっ……い、いやでも」

 

「でもは無し。お友達が困ってたら助ける、当然のことだよー」

 

「は、はぁ……それで、いいんでしたら……」

 

釈然としないものの、京太郎はその言葉に納得する事にした。

おそらく何を言っても、謝辞を受けてはもらえない。

 

何より、自分自身が嬉しいと思ってしまっている。

何の因果か、此処にこうして出来た小さな繋がりを。

 

「それじゃあ、今日は帰ろうか。 もう真っ暗になっちゃったよー」

 

「ああ、俺送りますよ。 女の人が一人で夜道とか危ないですし……家この辺ですか?」

 

「もう少し向こうかなー……あ、でも須賀くんの家は?」

 

「俺も方角は同じみたいですから、大丈夫ですよ」

 

道すがらも2人は絶え間なく話し合い、やがて姉帯豊音を送り届けた京太郎は、再び独りになって歩き出す。

 

あんな事があったからか、不思議と気分が軽く思える。

そして何より、既に見慣れた景色が、夜の暗さの中でも色づいて見える。

 

「現金なもんだな俺も……」

 

少し前まで、独りになって消えてしまいたいと考えてた癖に、今では全くそう思えない。

少なくとも、こんな自分を励ましてくれた人の気持ちに報いようと思う程度には前向きになれていた。

 

「っし、明日からまた頑張んねぇと! ……ん?」

 

自分に気合を入れ直した瞬間、携帯が小さな音を立てる。

チェックしてみると、それは先程登録された姉帯豊音からのメッセージだった。

 

トヨネ《いつでもお話しようねー?》

 

自撮りした顔写真と共に添えられたそれを見た自分に、活気が湧いてくるのが分かる。

自分の住む部屋へと戻った京太郎は、同じく自分の顔写真を添えてメッセージを返信する。

 

キョウタロウ《はい、ありがとうございます!》

 

その顔は、こちらに来て初めての、本当に心からの笑顔だった事に京太郎自身は気付かない。

 

 

――――――――

 

 

小さな、確かな変化を胸に、京太郎は再び日常に戻っていく。

 

相変わらずの日々が、幾度となく繰り返し月日が経つ。

それでも、あの日までとは違う。

 

「京太郎くん!」

 

自分を励ましてくれた人がいる。

 

「姉帯さん!」

 

誠意を持って応えたいと思う人がいる。

 

色を取り戻した景色の中で、京太郎は確かな充実を感じていた。

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