「ふぅ……、何か今週は異常に疲れたなぁ。いや 割りとマジで。一体ここはどうなってんだ? って感じだ」
「どうなってるも何も、これがゆらぎ荘。スタンダードってトコだ」
「はぁー…… 判ってきたとは言え やっぱきちぃな……」
日課と言うよりは 殆ど仕事である ゆらぎ荘内の掃除をしていたホムラは コガラシとばったり出会い、今204号室である。 個室の掃除は 設備の破損以外は基本的には本人たちに任せてる為 コガラシと幽奈の部屋を掃除にきたわけではなく、テーブルに突っ伏してるコガラシの愚痴を聞いてただけである。
あまり弱音を吐いたりしないコガラシが今回に限って こんなに言っちゃうのには訳がある。
「ま、まぁ スタンダードと言ってみたは良いが よくよく考えたら濃い一週間だったな? 呑子さんのアシ。締め切り間際の修羅場を体験して、更にはこゆずの葉札でボディーソープだ。 ……うん。濃すぎ。更には毎朝毎朝 幽奈に刺激的に起こされて……。……ヤバいな」
「だろ? 下手したら地獄の特訓、修行時代にもある意味匹敵するぞ。これ」
「肉体的と言うよりは精神的に、だ……。何だかんだでオレも巻き込まれたし。……オレ、悪くない。悪くない……よな?」
「……ああ分かる。分かるぞ。……だけど あきらめろ。聞いてくれねぇ」
コガラシがボディーソープになった事件の時は本当に大変だった。
最初の頃は ホムラがやっていたのだが、学業の事で手が離せなくなり、代打でコガラシが名乗りを上げた。持ち前の行動力と器用さ、今までの経験も相余って、1人では明らかに広いこのゆらぎ荘をあっという間に綺麗にした。
その手際を見て、仲居さんも少し驚いていたのだが 直ぐに納得してた。『だって ホムラさんのお友達なんですから』と。それは その日一番の説得力だった。
と、余談はここまでにしておこう。
本題と言うか事件はここからだ。コガラシは露天風呂の掃除へと向かったのは良いがいつまでたっても帰ってくる様子が無かった。少し遅すぎるとホムラが思って様子を見に行ったのだが やはりそこには誰もおらず、その後 幽奈がお風呂に入りたい、と入ってきてホムラは退出。その他の場所を探している最中に 風呂場が一気に騒がしくなったのだ。
夜々が半裸で走ってきて
『コガラシもいるから ホムラも一緒に入ろうっ!』
と言いながらホムラの腕を取った。
いつものホムラだったら すかさずエスケープするところだが……流石のホムラも 風呂場じゃないところで、こんなところで いきなり夜々が半裸で走ってくるなどとは予想もつかなかったから(呑子なら多少は心の何処かでは警戒出来ていたかもしれないが)、思考回路が完璧にフリーズしてしまい、夜々につれられて そのままお風呂へGO。
皆仲良く混浴を楽しむ――――……なーーんて事が出来る訳もなく。
主に狭霧の苦無乱れ打ち。奥義の1つである 『叢時雨』を繰り出して 強制的に退出された。 ホムラが来た当たりから 更に激情を増した狭霧の攻撃は普段の倍の威力が出ていたのは言うまでもない。
さて、その他にも 実は漫画家だった呑子の手伝いの話もあるが、過去を振り返るのはとりあえずここまでだ。
何故なら。
「おーい、コガラシくーん。ホムラくーーん。朝ご飯の時間だよーーっ」
「コガラシさーーんっ、ホムラさーーんっ!」
こゆずと幽奈が呼びに来てくれたから。
「了解。直ぐに行くよ」
「おう!」
返事を返した後に朝食を食べに大広間へ。
仲居さんの料理はやはり絶品でいつもいつも感謝してもしきれない。
今日も感謝をしつつ、皆は料理を口へと運ぶ。
「ふぅー やっぱり 美味しいなぁ~」
ほんわかと頬を緩ませながら食べるこゆずの姿は愛くるしいものがあるのだが、葉札術を暴走? させた事を考えれば ある意味恐ろしさもあって然りだ。
あまりイタズラはしない様に、と以前から言い聞かせている。因みにコガラシの時は 過失はなかった、と言う訳でもそこまでお咎めもない。
「えへへ。コガラシくんは毎朝大変だね? でも毎朝同じ朝日で目が覚めるって、なんだか夫婦みたいで、憧れちゃうよ~~」
「ははっ 確かに言いえて妙だ。幽奈とはコガラシよりもちょっとだけだけど長い付き合いなんだが、2人を見てると少々妬けるよ」
いつもいつも決まった時間にどぼんっ! と起きる2人。
起床アラーム替わりで丁度良かったりもするが、何処となく楽しそうにも見える。
「何言ってんだ。毎朝毎朝川に突き落とす嫁がいてたまるか。鬼嫁か?」
「は、はぅぅ…… いつもすみません……。あ、でもお嫁さんに憧れる気持ちはわかりますよ~~! 幽霊の私には無縁の話ですが……」
少しだけ寂しそうな表情をしている幽奈。その表情を見逃さないのは コガラシだ。
幽奈の未練とは 《嫁》になる事ではないのだろうか? と思った。……だが、それを叶えるにはなかなかに困難な道筋だと言う事も同時に思った為 『前途多難だ』と想いながらコガラシは みそ汁を啜る。
「ああ、そうだった。今日はこゆずが担当してくれると言う話になったみたいだが、大丈夫か?」
少々寂しそうな顔をしている幽奈を見るのも忍びなく、ホムラは話題を変えた。
因みに担当、と言うのは 仲居さんに頼まれている買い出しである
ゆらぎ荘での手伝いは基本的に アルバイトをしているホムラが一任しているのだが、こゆずも 住まわせてもらっているのだから、とちゃんとお手伝いしたいと申し出たのだ。そして 二つ返事でOKを出した仲居さん。ホムラも了承した。
「あっ、うん! 大丈夫だよ! 幽奈ちゃんも一緒だしね?」
「はい! 任せてください!」
「うん? 担当?? 何の話だ? ホムラ」
「ああ。今日の買い出しだよ。そこまで量も多くないし こゆずがするって話になったんだ」
「そーだよ! ボクもちゃんとお手伝いくらいしなきゃだからね!」
こゆずは 本当に良い子だと思う。
この場の誰もがきっとそう感じた事だろう。……だが、悪戯をする事だけは容認できないが、一先ずそれは置いておこう。
「頑張れよ? 道路とかいろいろ危険な所だってあるんだからな?」
「うんっ!」
コガラシがこゆずを撫でていた。元気よく返事をするこゆずにも微笑ましいものがある。
「幽奈。こゆずの事を頼んだ」
「はいっ! 私も頑張りますね? ホムラさん!」
「ははは。変に力を入れなくて大丈夫だって。折角だ。2人で楽しんできたら良いさ。勿論、怪我しない様に、な?」
「はいっっ!」
ホムラもコガラシに倣って、幽奈の頭を撫でた。
外見的年齢を見れば同い歳だと思えるのだが、ホムラと幽奈は何処となく兄妹の様に見えなくもない。
幽奈は頬を赤くさせながらも、笑っていた。
この時は思いもしなかった。
このはじめてのおつかいが、一大事件? を引き起こしてしまう事になるなんて……。
その事件が判明したのはもう日も沈みそうな夕方の時だ。
「何だか珍しいかもな。狭霧とオレ、コガラシの3人と一緒にって。以前の髪喰いの事件以来じゃないか?」
「ふむ…… それもそうだな」
「ホムラと狭霧はよく一緒に帰ってるのか?」
「っっ。べ、別に『よく』と言われるほどではない!!」
「わかったわかった。だから、苦無仕舞えって。いい加減銃刀法違反で捕まるぞ、狭霧……」
学校も終わり、3人で下校中の事だった。
帰り道に涙を流しているこゆずと出会ったのは。
その傍には幽奈はいなかった。
話を聞くと幽奈は連れ去られてしまったらしい。
その連れ去った犯人が《玄士郎》。
信濃・龍雅湖を統べる《神霊 黒龍神》だと言う。
「幽奈が……!」
「ゴメン、ゴメンね……。ボクも止めようとしたんだけど……。幽奈ちゃん、連れて行かれちゃって……」
涙を流しながら謝罪するこゆず。
そんなこゆずの頭をそっと撫でるのはコガラシ。
「……こゆずのせいじゃねーよ」
「だな。それに いきなり出会いがしらに、嫁じゃー! 嫁にするーー! なんていうヤツ……。現実にいるのか。ゆらぎ荘に来て 結構色々あったし、大抵の事じゃ 何とも思わないんだが……。ある意味で衝撃だ」
幽奈に至っては更に衝撃的だったと思える。持ち前のポルターガイストも通用しない相手と言うのも初めての経験だろう。だが、こゆずを逃がす事が出来たのは幸いだ。2人して連れ去られていたら、追跡の仕様がないのだから。
不幸中の幸いだ。ならすべき事は決まっている。
「さて、行くか? コガラシ」
「おう。信濃の龍雅湖だったな?」
2人の意見は一致。早速迎えに行くと決めた。
「ちょっと待て、2人とも! 相手が誰だか判っておるのか!?」
そんな2人を止める様に言うのは狭霧。
誅魔忍である狭霧はその黒龍神と言う存在を正確に認識している様だ。
何処か声には緊張感も見られるから。
「龍雅湖の黒龍神とは誅魔忍軍において、神であると分類されている存在だ。如何に貴様らでも真っ向から挑んでどうにかなる相手ではないのだぞ」
「まぁ、黒龍
「変な茶々を入れるな! 名称だけで分類した訳ではないのだ!」
「どういう事だ? 狭霧」
ホムラの楽観視ともとれる問答に憤慨しながらも説明を続ける。
「手に負えない強大な霊的存在。誅魔忍軍の全戦力を用いても、滅する事が出来ん存在。それが《神》だ」
「ぅ、ぅぅ…… そ、そんなとんでもない相手なの……?」
まさに圧倒的。
そう言わんばかりの迫力にこゆずが震える。だが、2人は大して気にも留めてない様だった。
「更に最悪なのが、救出の対象が幽奈…… つまり幽霊であると言う事だ。うららに頼んでも援軍など来るはずもない。誅魔忍として手を貸す事が出来ないと言う訳だ。戦力が圧倒的に足りない!」
「ん…… 元々 身内の問題だから、誅魔忍軍の皆の手を借りようとは思ってないよ。オレとコガラシで充分。心配するな。幽奈をちゃんと連れて帰ってくるからな狭霧。あぁ、ゆらぎ荘に連絡を入れておいてくれたら助かる。仲居さんもきっと心配してると思うし」
「そうだな。今日中に帰ってきたい所だし、先ずは交通費か……」
「トイチで貸すぞ。オレも結構ヤバイんだから。値切り交渉は受け付けん。嫌なら走って来い」
「ぐぐ…… わ、わかった……今回はしょーがねぇ……」
狭霧の心配(?)も何処吹く風。さっさと2人で行こうとするから 慌てて止める。
「さっきから何を馬鹿な事を言っておるのだ!! 貴様らは!!」
「何だよ。狭霧はオレの事を信じてないのか? 結構一緒に仕事をしてきた間柄なのに」
「っ……、そ、そう言う訳ではない!! と言うか、これまでとはくらべものにならん相手なんだ!! それくらい判るだろ!!」
「はぁ…… つまりどうするって言うんだ? 狭霧。オレはホムラに交通費借りるから、何とか最大・最悪の関門は突破できそうだから問題なくなったんだが、止めるのか?」
「最大最悪って、交通費がか!? 神云々の話を全く聞いてないのか貴様! ええぃ違う! もう良い! つまりは私も行くと言いたいのだ!」
最初からそう言えば早いのだが、狭霧は回りくどい。
「私は誅魔忍ではある、が。幽奈の友人でもあるのだ。捨ててはおけん」
「ははっ、回りくどすぎだって」
「狭霧ちゃん……!」
「狭霧は ちゃんと持ってるだろ? 交通費……。流石に3人分は無理だ。飢えて死ぬかもだ」
「それこそいらん心配だ! 馬鹿者!」
そして 一行は 龍のカミサマがいる信濃へ。