『……というわけで、以上がゆらぎ荘の皆さんです!』
「宮崎千紗希です! よろしく!」
コガラシはバイトで不在だが、それ以外の全員が集まった所で互いの自己紹介が始まった。ゆらぎ荘の皆は色々癖がある者が多いが、基本的に大らかだ。拒む者などいる筈もなく宮崎は迎えられていた。
其々の自己紹介も含めた説明を受けて、宮崎がまず気になったのは呑子の事だった。
「アラハバキ、ノンコ……さん?」
「あらぁ? なぁにぃ?」
「あ……っ すみません! 好きな漫画家さんと同じ名前だったので……。マーマレードと言う少女誌の」
「それならあたしの事よぉ~~!」
「えええっ!?」
好きな漫画。純愛、恋愛ものがそれなりに多く、中でも宮崎が好きだったのが呑子の描く漫画だった。憧れた恋愛模様で、何度も読み返し単行本も揃えている。宮崎は目をきらきらと輝かせて言う。
「わぁ、わぁ! 凄いです! 素敵なお話で、とても憧れてて……」
「あはは~ よかったら仕事場見学していくぅ? 今日泊まっていくみたいだし~」
「いいんですか!? わぁ、嬉しいですっ」
宮崎は興奮している様だが、呑子の本性をまだ知らない。
だから、少しばかりホムラが少々忠告を。
「呑子さん。宮崎さんにお酒飲ませないで下さいよ?」
「……え? お、おさけ??」
「やぁねぇ~ 未成年にそ~んな事しないわよぉ?」
からからと笑う呑子。その笑顔はなかなか信じられない種類のモノである、と言う事をホムラはよく知っている。
「……でも以前、オレに飲ませようとしたじゃないですか」
「あ~ら? ホムラちゃんは別よ~。手伝ってくれたお礼をしたかったのよぉー。だーって ホムラちゃんってば、抱きしめてあげようとしたら逃げちゃうしぃ~」
「オレだって未成年です! そ、それに にげ、にげるのも当たり前です!」
以前、コガラシが来る前に呑子の仕事を手伝った時だ。打ち上げだ~ と言いながらお酌していただいたが、勿論 丁重にお断りだ。かなり強引に迫られたが、何とか阻止できた。とても記憶に新しい。
「と言う訳で、宮崎さん。……呑子さんのトコ行くなら 気を付けて。あ、幽奈と一緒にいった方が安心かもだから。幽奈。頼むな?」
「あ、はい~。任せてください!」
「う、うん……」
「も~ やぁねぇ 信用してってばぁ~。ホムラちゃ~~んっ」
呑子がホムラに抱き着こうとするが、間に素早く瞬間移動した? と錯覚する速度で狭霧が登場。
「ゆらぎ荘の風紀を乱す様な事をしないで下さい! 呑子さん!」
「そ~んなことないわよぉ~。硬いわねぇ、さぎっちゃんっ。代わりにさぎっちゃんに抱き着いちゃうぞぉ~」
「って、なんでですか! 抱き着かないで下さい!」
狭霧と呑子がじゃれている間に、ホムラは颯爽と避難していた。
そんな皆の様子を微笑ましそうに眺めていたのは仲居さん。でも、夜々やこゆずのお腹が小さく可愛らしく鳴いたのを聞いてすっ、と立ち上がった。時間的にももう夕食の時間だから。
「あはは。それでは私は夕飯の支度をしてきますね~」
「あ、お手伝いします!」
「いえいえ、お客様にそんなことは!」
「ただ御馳走になる訳にも行かないので! ぜひ!!」
タダで泊めてもらうからには、と宮崎は手伝う事を申し出た。料理は宮崎の得意分野の1つだから。
「ホムラー、えーっと……ちさ、き? は料理上手なの?」
「ん? 直接振る舞ってもらった事は無いが、お菓子作りとかの話題で女子の間で盛り上がってたのは訊いた事あるぞ」
「お菓子……。夜々はお魚が良い……。でも、千紗希の料理、きっと おいしそうな気がする……」
「ああ。きっとそうだな。食べたらちゃんとお礼を言うんだぞ?」
「うんっ!」
夜々の顔がパァーと輝いた。仲居さんの料理はいわずもがな、宮崎の料理も非常に楽しみにしている様だった。
結論として、宮崎の料理は絶品だった。
料理はイタリアンが得意との事で、仲居さんにして『勉強させてもらいました』と言わしめる程の実力。当の本人は謙遜しっぱなしだったが。夜々は 一口食べただけで、目の色を変えた。
「?? 夜々ちゃん……??」
「千紗希、美味しい。ありがとう!」
「うん? あ、あはは。どういたしましてー」
スリスリと、すり寄り笑顔でお礼を言っていた。
そんな実力を目の当たりにする狭霧。
「……あっさりと餌付けされたな、夜々。……それにしても程よくお洒落で、可愛らしく、料理上手で社交的か……。女子力の化け物か!?」
かっ!! と目を見開きながら結論付けた狭霧だが、直ぐに眼を逸らせた。
「ん? 何してるんだ? 狭霧」
「う、う、うるさい……。私は、彼女を直視出来ないだけだ……。ま、眩し過ぎるんだ……!」
「人それぞれ! 人それぞれよぉ! さぎっちゃんっ!」
「そーです! 狭霧さんも素敵な女の子ですっ!!」
「……ははは」
ゆらぎ荘の夕食では いつも盛り上がるのは盛り上がるのだが、何だか新鮮な心持だった。
それにしても宮崎の料理は美味しい。
「宮崎さんありがとう。とても、美味しいよ」
「っ、う、うんっ! お口に合って良かったよ」
夜々の様に情熱的に~とはいかないが、笑顔で礼を言うホムラ。宮崎も笑顔で答える。
そんな2人の間に立つ様な真似は今回は出来ない狭霧。やはり直視出来ない様で顔を逸らせ続けたのだった。
そして、食事時も終わりお待ちかねの温泉タイム!
勿論、この中で唯一の男であるホムラは 一緒にお風呂~という訳にはいかないから。
「じゃあ、仲居さんもどうぞ。後の片付けはやっておきます」
「ホムラ君、よろしくおねがいします~」
ホムラは、ゆらぎ荘でのバイトの様な事もしている。(一般的なバイトと比較すると多いとは言えないがバイト料も頂いている)だから、皆が温泉に入っている間に一仕事。
「はい。じゃあ すみませんが、離れ和室をまたお借りします」
「ハイハイ大丈夫ですよ~」
会釈をした後に、本格的な片付けを。
そして 宮崎を含めた全員で温泉へ。
□□ ゆらぎ荘 温泉 □□
「毎日こんな温泉に入れるなんて最高だね~」
「はいっ! 何年入っても全然飽きません!」
「いつでも入りに来てくださって良いんですよ~」
大人数ではあるが、まだまだ十分スペースは余っている。のびのびと温泉を堪能出来て至福の一時を全員でわかち合っていた。
「ええっと、一応確認なんだけど……、幽奈さんはそこにいるってことかな?」
「は、はい! そうです!!」
「えっ! 幽奈ちゃんが見えるようになったの!?」
温泉を堪能していく中で、宮崎は幽奈の姿が凄く気になっていた宮崎は、それを早速指摘。
「い、いや、そのぉ……見えないんだけど、なかなかの怪奇現象が起ってるから……」
姿は見えないけれど、幽奈は物体に触れるモードに自由に切り替える事が出来る。温泉の湯につかっている時も勿論そのモード。幽体のままであれば、透き通る為何ら不自然じゃないのだが、実体に触れるモードだったら、まるで湯に穴が開いているかの様に見えてしまうのだ。
何もないのに、ぽっかりと湯に穴が開いてるのは、確かに怪奇だが、幽奈がいる、という事を理解してる宮崎は別段気にしない様子だ。
その後は、宮崎のモテモテエピソードを聞いたり、朧の行為(ホムラを襲う)を咎めたり、と大いに盛り上がった。……後半の部分は現在進行形。特に宮崎に説教に似たモノを受けている。
「それにしても、千紗希ちゃんってホント真面目な子ねぇ~」
「いえいえ。あれが真面な反応、というものですよ、呑子さん……!」
呑子は別に気にしないのに~ と言うスタイルに対して、狭霧は非常に真面目な委員長若しくは風紀委員タイプ。真面目な宮崎はウェルカムなのだ。
「だ、ダメだからね? 女の子がはしたない事するのも、だよ? わかった??」
「ふむ……。人間界について、まだ学ばなければならない事については判っている。私もまだまだ知らぬ事が多い故にな」
本当に判ってくれたのかどうかは判らないが、一先ず宮崎は 両肩を捕まえていた朧を解放した。
朧は数秒間考え込む様に視線を湯に向けて、そして 宮崎にではなく仲居さんへと視線を向けた。
「判らぬ所で言えば、今現在の夏山ホムラの所在についてもだな。仲居ちとせ。夏山ホムラは、何をしているのだ? 凡そ今から一刻程 私でも追いきれないのだが」
「ホムラ君ですか? ええ。今の時間は 少し瞑想をしたいらしく、お部屋をお貸ししているんですよ。料金を払う~と言ってたのですが、流石に1時間も満たない時間ですし。それは頂けないと言いましたね」
仲居さんの説明に興味を持ったのは、朧だけではなく狭霧も同じだった。
「それは私も初耳ですね。ホムラが此処に来てからずっとなのですか?」
「はい~ 離れの和室。燕の間をお貸ししていますよ~。そこで毎日頑張っているとの事です」
「修行を行っている、という事か? ………ふむ。ならば 邪魔する訳にもいかんな」
「いえいえ。修行~とまではいかないそうですよ? 以前、お部屋の使用用途についてお聞きした時、これはホムラ君本人の決め事と言ってましたし。それと自分のお部屋よりも燕の間の方が良いとも事も言ってました。何でも ホムラ君のお師匠様の言いつけが習慣化したとか」
仲居さんが指をぴんっ、と立てて説明している時に、また気になるワードが出てきた。勿論、ホムラの師匠についてだ。
「ふむ……。あれ程の実力の持ち主。底もまだまだ見えぬ力。それを教えた師か。気になる所ではあるな。……冬空コガラシと同等である、という点を考慮すれば、夏山ホムラも龍神である玄士郎様をも遥かに凌駕する程の力なのは明白だからな」
「………ホムラの師匠、か」
「雨野狭霧は知らぬのか?」
「……私も知らない。ホムラはあまり過去を話さないから。いや、ホムラの過去を訊いてないから、話さないというよりは、応える事も無い、が正しいか」
ホムラの事をあまり知っている訳ではない、という事実が、少々狭霧に寂しさに似たなにかを感じてしまっていた。勿論、狭霧とて、自分のルーツについては何も言っていない。誅魔忍であるという事と、同級生の浦方うらら も同じ誅魔である事くらいしか言っていないのだから。
「ふむ……。邪魔はしない、が。夏山ホムラの修行の光景を見てみたい、とも思うな。良い刺激になればとも思える。学ぶべき事が多い故に」
ざばっ! と朧は立ち上がった。
そして、手を神刀に変えて、ずばっ! と空間を斬り割き……つまり、いつもの瞬間移動。それをして ホムラの所へ~とした時だ。
「まて!」
狭霧に肩を掴まれる。
「なんだ? 雨野狭霧」
「朧貴様! そのままの格好で行くつもりか!?」
「……ふむ。うっかりしていたな」
「どこがうっかりだ! 嘘を付け!!」
「うぅ…… ほ、ほんとに判ってくれたのかなぁ? 幽奈さん」
「だ、大丈夫ですよっ! 朧さんもきっと判ってくれてます!!」
「あははは、ほんと ホムラ君はモテモテだよねー! コガラシ君もそーだけど 特に戦ってる姿、格好良いもんね!」
「今度、バトル漫画を描くのも悪くないかもだわぁ~。ホムラちゃんやさぎっちゃん、コガラシちゃんをモデルにしてぇ~」
「う。夜々も思ってる。ホムラ、格好いい。……それに美味しい」
ゆらぎ荘の夜はまだまだこれからである。
□□ ゆらぎ荘 燕の間 □□
そして 燕の間にてホムラは。
「……すぅ……はぁ」
深く深呼吸を1つ、2つした後。首に身に付けている物をきゅっ と握りしめ、精神を集中させていた。
「んっ……!」
ぴんっ、と張り詰める空気を感じながら、自身の意識をゆらぎ荘上空へと飛ばす様にイメージさせた。身体から分離し、宙へと浮き続ける。
それはまるで、空からゆらぎ荘を見ているかの様に 脳裏にその映像が流れ始めた。
ぽつ、ぽつ、と光の光源が現れ それはゆらぎ荘の温泉へと集中していた。
「(……皆は、まだ温泉に入ってる、か。……んん、朧には注意だな。以前にも、あった事だし)」
それは、霊力の広域探知。
以前龍雅湖にて、敵の数を把握する時に使った能力だ。
誓って言うが、判明するのは 霊力や妖気の類だけであり、それも点の様に表示されるため、輪郭が判る訳ではない。故に覗きの類をする能力ではないのであしからず。
そして、その後は 更に上空、上空へと意識を飛ばす。ゆらぎ荘、そして この街を空から眺める様に。
「(…………あぁ、判ってるよ)」
飛ばす過程で ホムラは苦笑いをしていた。目の前に、誰かが現れたから。本当に現れた訳ではなく、あくまでホムラの意識の中で、その人物は目の前に立っていた。
それは、かつて師。
そして思い返すのは、共にとある場所を旅した時の記憶。コガラシと出会う前の記憶だ。
「(ちゃんと守ってる。……言いつけは守ってるよ。だから 意識の中にまで現れないでくれ。……その蹴り。思い出しただけでも痛いんだから)」
ホムラは、この修行? をしている間、何処か穏やかになっていたのだった。