コガラシを見送り、中居さんが仕事をしているであろう厨房へと、ホムラは向かう途中の事。
「ホムラ」
「ん? ああ、狭霧。帰ってたのか。お帰り、今日もお疲れさま」
「お互いに、な」
外は夜の闇、静寂に包まれている深夜の時間帯。狭霧は学生であり、女子高生なのだが……、狭霧は例外だから、とだけ現時点では言っておく。
狭霧は、軽く会釈をした後に ホムラに訊いた。
「先刻、ゆらぎ荘の外で何やら騒がしかったが、件の男が来たのか?」
「ああ、その事か。随分と遅れたみたいだが、つい数分前に到着したよ。……やっぱ、訊かれてたか。騒がしかったし」
「………ふむ。む………っ」
狭霧は、ホムラの言葉を訊いて、何やら考えこむ仕草をしていた。
考えを張り巡らせている様で、一体何を考えているのかは、当然ながら 読心術の類を使える訳も無い、ホムラは判らない。
「ん? どうしたんだ?」
ホムラは、狭霧の様子を見て、訊くのだが……、返答は無い。
ただただ、唇だけが小さく動いていた。小言をぼそぼそと言っている様で、何を言っているのかまでは聞き取れない。
「(……ホムラは兎も角、ここに、他にもオトコが増えるなどと……、風紀が乱れるのではないのか……? いや、ホムラの知り合いだ。それに、知り合いが来たのが……、その、逆に来たのが女でなくて……… ぐ、私は何を考えて……っ! ち、違う! い、いや、そうだ。うん、オトコである以上、風紀を守る為に、警戒するに越した事は……、ホムラが来た時だって……そ、それに 今も……っ!!)」
ぶつぶつ、と呟き続ける。真剣な表情をしており、時折は何処となく怒りの表情も見えて、益々よく判らないのはホムラ。
「おい、どーしたんだよ。狭霧」
流石に気になった様で、狭霧の肩を軽く揺さぶった。
それには狭霧も流石に反応する。
「な、なんだ!?」
「『なんだ』じゃないって。狭霧が突然 考え込んで、反応がないから気になっただけだよ。どうしたんだ?」
ホムラの言葉を訊いて、狭霧は 思わず顔を紅潮させてしまった。
「い、いや、なんでも、何でもない!!」
慌ててそう首を振った。
まさか、自分自身が考えていた事を そのまま口にする訳にもいかないからだ。
「そうか、なら良いが」
あっさりと引き下がるホムラを見ても、正直複雑な気持ちになってしまうのは、男勝りな狭霧も乙女だと言う事だ。だが、知られたくない事だって、まだあるから仕方がない。
「ああ、そうか。コガラシの事を気にしてる様だな。……狭霧には、オレも初対面の時に随分と警戒されたから」
「むっ……。そ、それは……」
今でこそ、互いに下の名を言い合う間柄(ホムラは基本的に名前で呼ぶ)になったのだが、出会った当初は勿論違った。
□ ◆ □ ◆ □
ここで、少々 狭霧についてのエピソードを紹介しよう。
彼女は、2年程前にここに越してきて、ホムラと知り合ったのは、ホムラがここに越してきた3ヶ月程前の事。
彼女は 学校では《容姿端麗》、一部では《眉目秀麗》、《文武両道》《成績優秀》と、非常に話題に上がった少女だった。そして勿論男性陣にも非常に人気だったのだが……、直ぐに陰り出す事になる。
何故なら、突然 ホムラに攻撃をした事から判るが(勿論 特殊事例であり無差別と言う訳ではない)、彼女は非常に腕っぷしがよく、更に男嫌いな性格である事も広まり、男子からは恐れられてしまう存在となった。
そんな彼女が住んでいるゆらぎ荘に、男であるホムラがやってきたら……、火を見るよりも明らか、だと思うだろう。
初っ端の挨拶? では、狭霧はホムラに『ふ、風紀を乱すような真似をすれば、天誅を下すっっ!!!』と、凄んだ程だった。
だが、その時の狭霧の口調は兎も角、態度が何処か――慌てている様子? の様な気がしたりもしていたのは別の話で、気のせいではなく、理由も勿論ある。
ホムラと狭霧の出会い話にも直結する事。
……その出会いの話はまた今度にします。
何故なら――――。
『やっぱり見えてるじゃないですかぁぁぁぁ!!!』
“どが!! どがっっ!! ずがぁぁぁっ!!!”
『どああああああああっっ!!!』
と言う、聞き覚えのある声がゆらぎ荘内に響き渡り、更には大きな音、衝撃音? が何度も何度も聞こえてきたから。
□ ◆ □ ◆ □
「ぁ――――………。何処かで、予想してたんだけど……。ここまでとはな……」
声の主が誰なのか、そして その後に続いた衝撃音には身に覚えがある為、ホムラは 大体状況を察した様だった。
どったんばったん、とまだ、何度も続いてる――、明らかに風呂桶を投げつけている音だろう。何度も訊いているから、間違いない。
「っっ!?? ゆ、幽奈?? 今のは幽奈か??」
色々と上の空だった狭霧にも当然聞こえていた様子である。
「でも、オレの入浴中表示、貸したのに、……何で 幽奈 風呂に入ったんだ……? 昨日の今日で。…………でも、まぁ……、今に始まった事じゃないけど……」
「む! つまりは、その男が 幽奈に何か不埒な真似を!?」
狭霧も状況を察した様で(かなり曲解している様子だが……)そこからの行動は非常に素早い。
「って、狭霧! ちょっとまて…っ! あ……」
手を伸ばしたのだが、その伸ばした手は何も掴む事は出来ず、そのまま まさに疾風怒濤の勢いで、狭霧は走って行ってしまった。
「……コガラシも、まだ入ってると思うけど、大丈夫……かな?」
展開的には、大体読めたホムラ。そして、次に起こりえる展開も。
色々と、経験者として男の先輩入居者として、フォローをしてあげない訳にはいかないだろう、と非常に優しい気持ちになったのはホムラだ。(自分自身も非常に苦労をしてきたから)
「仕方ないな……。まぁ、気持ちは、判るし……。色々と説明をしなかったのも、やっぱり悪かったか」
足早に、大浴場の方へと向かうホムラ。
その道中にて。
「……あ。ホムラ」
ばったりと角で出会ったのは このゆらぎ荘の住人の1人。くぁ……と、大きく欠伸をしながら出てきた少女。
「夜々。こんな時間に起きてるなんて珍しいな。まだ 寝てなかったのか?」
「んー……、……夜々、眠いから寝てた……。だけど、幽奈の声、聞こえたから」
「成る程。……そうだったな。納得」
それ程までに、あの悲鳴と音は大きかった、と言う事だろう。いつも眠たそうにしているこの夜々が、本当に睡眠時間と言える夜に目を覚まして 様子を見に来るくらいに。
何度か同じ様な事が……、あった気がするから。
そして、ここで
彼女の名は……、何度も読んでるので、最早言うまでも無いと思うけど、……うん、一応紹介を。
彼女の名は 《
夜々は、いつもいつも眠たそうにしていて、ぱっちりと目を覚ますのは、ご飯時。それはご愛敬であり、ゆらぎ荘の皆も判っている。
あ、後 外に出る時は勿論 普段も基本的にフード付きパーカーを着用し、頭をすっぽりと被っている。そのフードが不自然、不可解な形……(所謂、猫耳)になっている理由はまた、追々判ってくると思うので、割愛をしよう。
今は、しなければならない事があるから。
「………ホムラ」
「ん?」
夜々は、目元を何度も何度も拭い、眠気を覚まそうとしつつ、ホムラに手を伸ばした。
「………行こ、幽奈のこと、心配」
「ん。判った判った」
ホムラは、頭を掻きつつ 夜々に従って 歩き出す。
――この分じゃ、早速 ゆらぎ荘のメンバー全員が集合しそうな気がするなぁ。
確かに、自分の知人がこのゆらぎ荘に入居する事は、伝えているけど、実際に紹介をする方が良いのは当然だ。だから、全員が集合するのであれば、手間が省ける、と言えばそうだが……、色んな意味で個性派揃いのメンバーだ。だから 正直に言えば 少し段取りを考えて、少しづつ……とホムラは考えていた。
だから、これからの事を考えて、ちょっと頭が痛くなりそうな気もしたのだ。
だけど、それ以上にホムラは コガラシには同情をしていた。
「はぁ、それにしてもアイツも災難だよなぁ……。多分、節約意識で まだ 飯も食べてないだろうし……」
コガラシが、色々と大変な目に合ってきた事をホムラも知っている。と言うより自分自身にも 身に覚えがありすぎるから。
何だかんだで、風呂場がこのゆらぎ荘においての、《トラブル・スポット》《アンタッチャブル》だと言う事を判っていたのだが、そこまでつっこんだ説明をなかったのは、色々と大変だと言う事、そして 手を焼いている、と言った本当の意味を身をもって知ってもらおうと、思ったり思わなかったり――、だった。(前話 あとがき 参照)
「ホムラっ!」
「ん? どうした、夜々」
大浴場へと向かう道中、夜々は眠たそうにしていたのに、ホムラのとある単語を訊いた途端に、何故か、眼を輝かせていた。
「後で、またごはん、作ってっ!! 夜々、ホムラのごはん、食べたいっ!」
「え? ……夕飯、終わってる筈だろ? 中居さんが忘れる筈無いよな」
「うん。でも、ホムラのごはんも! ごはんもっっ!!」
それは、ホムラが言っていた言葉……《飯》である。
その言葉を訊いた瞬間から キラキラとさせながら、懇願する夜々。
因みに、訳があって、ホムラは 夜々にお弁当を作った事があった。そこから、大分気に入られて、知り合ったばかりの頃は、なかなかに距離を置かれていたのだが、そこから 一気に仲が良くなった。
つまりこう言う事。
~
……いや、違う。そうとは言わないだろう。
……女ではなく、そこは男だ。
でも、夜々にとっては別だったのだろう。基本的に中居さんの料理を皆は心底楽しんでいる事と、仕事の手伝いはする事はあるのだが、飲食系は、これまでしなかったから、このことを知るのは、夜々のみだったりする。
「判った判った。でも、夜々。夜遅くに食べるのは健康にも良くないぞ。また、いつでも作ってやるから」
「ほんとっ!?」
「ああ。それに………」
「?? それに??」
「いや、秘密だ」
「えーーっ!」
夜々は、ホムラに秘密と言われて 頬をぷくっ と膨らませた。
そんな 夜々を見て ホムラは微笑みを見せると。
「ただ……楽しみにしとけよ、と言うだけだ。楽しみは 後にとっておけよ。夜々。ほら、今は幽奈だ。……まぁ、いつも通りで大事ないとは思うけど」
ホムラは、そう言うと夜々の頭を軽く撫でた。
夜々は 目を細めて笑顔になって。
「うんっ♪」
ぴょんっ! と飛ぶように返事をした所で、もう1人と合流した。
目が合うや否や、仄かに赤い表情を更に緩ませて言う。
「あらあら~~。2人は、今日も仲が良いのね~♪ 良ーいの? ホムラちゃんっ。そ~んな仲良くしてると、さぎっちゃんが、ヤキモチ妬いちゃうぞ~♪」
「……はぁ、オレは ヤキモチ妬く前に、くないが飛んでくると思うけどな。寧ろ、そっちの方に賭ける」
「ん~、じゃ、私は両方同時かなっ♪」
これで、殆ど揃った。後は中居さんのみだ。
そして、この陽気な声と共に、酒瓶を片手にしている女性、セクシーなお姉さんの名を紹介しよう。
彼女の名は、《
彼女は、いつもいつも大体は 酒を飲んでおり、飲んでない場面はかなりレアである、と言える。後、浴衣姿が通常だが、いつもいつも、いい加減に羽織っている為、大分肌蹴ている。それは、宛ら豊満な胸を惜しげなく、寧ろ まるで見せている様だ。下着もおっぴろげーである。基本的に、目のやり場に困る状況だろう。
特にホムラは。
だが、そこは学習能力のあるホムラ。
この程度の不意打ちならば、視線を向けない様にする術を 身に着けているのだ。
―――流石に、大浴場での……は 無理なようだが。
因みに、いつもは 呑子の姿に、風紀に人一倍敏感な狭霧がそれとなく注意をしていたのだが、ホムラがこのゆらぎ荘に来てから2倍、3倍増しで 口煩くなったのは言うまでも無い事である。
「それで、呑子さんも幽奈の悲鳴を訊いて?」
「ええ、そうよー! ほら、ひょっとして、ホムラちゃんが言ってた新しい子が入ってきたんじゃないかな~って!」
「正解。ほら、早く行きますよ……。たぶん、向こうも大分大変だと思うから」
呑子は、ホムラの言う『大変』と言う意味が正確に理解してなかった。だからあっけらかんと返した。
「えー、大丈夫でしょ。ホムラちゃんが来た当初の繰り返し、だと思えば」
「……結構、かなり、凄く、ひどい目にあったんですが」
「えーーっ 楽しそうだったじゃんっ♪」
「確かに。……オレ以外はね。それに、だからこそ、コガラシが、オレの知り合いが 今は非常に大変だと思うな。……それに、たぶん、狭霧にとっても」
「さぎっちゃんがー? なんで? 入居者が 新しい女の子なら兎も角~」
ここで、説明をしようとしたその時だ。
『~~~~~~~っっっっ!!!!』 ☜(声にもならない悲鳴)
それは 狭霧のものである、と言う事は直ぐに判った。
そして、もう目と鼻の先にある大浴場から、聞こえてくる。
「………コガラシは、入浴中。それに血走って 狭霧が向かったのは大浴場。ここまで 言えばどうなってるか、簡単に想像がつくでしょ」
「あ~~、な~るほどっ。さぎっちゃんの、えっちぃ~~♡」
呑子は、ワザとらしく悶える仕草をしつつも、喜々としながら 大浴場の中へと。
夜々もそれに、よたよた~とついていく。(話題がご飯から逸れた為、また眠くなってしまっていた)
「まぁ……ご愁傷様。2人とも……」
南無南無~ と霊能力者として 1つ拝んだ後に、ホムラも大浴場内へと向かっていったのだった。