「貴様が頑固なのか、それともこの武器が頑固なのか……」
目の前で仁王立ちする上官は、溜息交じりにそう呟いた。
普段から威厳があり、言ってしまえばかなりキツそうな顔をした彼女でさえ、半ば呆れた様子だ。
そして周囲には、それをさらに怪訝な表情で見つめる生徒たちの姿があった。
「申し訳ありません……」
どう答えるべきかもわからないまま、セイタは謝った。
小一時間前から、どれほどこの言葉を繰り返したかわからない。
「いや、こればかりは貴様を責めても仕方がない。ただ、物事には順序というものがある。わかるな?」
上官はそう言うと、宥めるように続ける。
「筆記テスト、戦闘技術訓練、身体データ、どれを見ても特に問題はない。いやむしろ、他よりも勝っていると言っても良い。しかしどのデータが誰よりも勝っていようとも、フォトンを使いこなせない者がアークスになるのは不可能なのだ。キツイことをいうが、今の貴様がアークスになるには力不足だ」
「……はい」
力無く頷く。実際、上官の言っていることは正しい。どんなに身体能力が高く、知性があり、頑丈であったとして、特殊な力であるフォトンを駆使して戦わなければ、協力なエネミーの前では象に挑むネズミ同様なのだ。
しかし今のセイタにはそんな話でさえ、まともに頭に入ってきてはいなかった。
「また次回、来なさい」
「……わかりました」
そう言って、床に落ちたソードを拾う。
その様子を見て、周囲からは微かに安堵の声と笑い声が聞こえた。
それもそのはずだ。今回で3回目の挑戦となる正式なアークス入隊試験だった。
それもあってか、今回ばかりはという気持ちで訓練に励んできた分、一度失敗しただけでは引き下がれなかった。それを上官もわかっていたのだろう、本来なら一度のチャンスを三度もくれた。
当然、セイタ以外にもアカデミーを卒業したばかりの新人が、このテストを受け正式なアークスへと昇進する。
つまりこれは、いわゆる卒業試験のようなものだった。アークス養成学校の卒業生が、半年に一度のこのような試験を通過し、正式に入隊していく。
それをセイタは、三回も落ちた。
テスト内容と言えば、筆記テストに身体適応テスト、そしてたった今中止が決まった、フォトンの適応テスト。
フォトンは身体を巡り、リンクした武器を介し、強力なパワーを持ったフォトンアーツと呼ばれる特殊な戦闘スキルへと形を変える。
アークスの敵であるダーカーは、このフォトンアーツがなければ殲滅する事はできない。
セイタには、これがどうしてもできなかった。普通にアカデミーに通い、普通に訓練を受けてさえいれば、当たり前にできることができないのだ。
「……失礼します」
ゆっくりとテストホールの扉へと向かう。
すると出口付近に、あざ笑うようにこちらを見る後輩たちの姿があった。
セイタはグッと悔しい気持ちを抑え、すぐにその場を後にする。
ただ、それも仕方がないのだ。本来であれば、もう1年半も前に正式なアークスへと昇進し、任務に就いているはずだった。
アカデミーを共に過ごした同期たちは、すでに正式任務に就き、各惑星へと飛び立っている。
今回だって、誰一人として落ちていない。
その事実が、さらにセイタの気持ちを追いやった。
「ちくしょう……」
ホールから出るなり、思わずその言葉が漏れた。
何度やめようと思ったことだろうか。
自分は普通の人とは違う。当たり前のことすらできない欠陥品。
────『貴様では力不足だ』
上官に言われた言葉と、あざ笑う生徒たちの声が頭を巡る。
思わず、手に持った訓練用のソードNTを床に叩きつけようとした。
「その様子だと、また落ちたのね」
突然、横から声が聞こえた。驚いて顔を上げると、長いシルバーの髪の見慣れた少女がいた。
整った顔つきと、どこか落ち着き払った雰囲気を漂わせている彼女は、少しばかりムスッとした表情でこちらを見ている。
「……なんだ、リズか」
「なんだとは失礼じゃない?せっかく心配して来てあげたのにね、リィ?」
「そうですね。それでマスター、結果は?」
サイドにまとめたピンクのポニーテールを揺らしながら、いつにも無く落ち着きのないリィ。早く教えてくれと言わんばかりの表情で、必死にこちらを見ている。
アカデミー時代からずっとサポーターとして付いていてくれている彼女だが、普段は静かで冷静なため、こういった表情はなかなか見れない。
そんな二人にどう説明すればいいかわからず、セイタは頭を深々と下げた。
「本当にごめん……」
「えぇ、そんなぁ……」
真っ先にリィから落胆の声が漏れた。
「まぁ、仕方ないわね。今日に限って顔色良くないし、また来期頑張りなさいよ」
リズなりの優しさか、恐らく慰めてくれているんだろうということはわかった。
セイタは再び頭を下げる。
リズは昔から超がつくほどの優等生であり、卒業試験をトップで卒業、アークスへと正式入隊した今、チームリーダーとなり少数ではあるが部隊を引き連れている。
数々の任務をそつなくこなし、シップの次期幹部の期待まであるのだ。
「そうだった。こんな時に申し訳ないけど、同期で就任1周年記念のパーティをやるのよ。明後日の午後5時からだから、顔出しなさいよ?」
なんて目の前でリズが言ってることでさえ、なんとなくしか頭に入ってこない。
だいたい、同期全員が正式なアークスの中、落第しまくって未だになんでもない自分がいる場所なんてありゃしない。
「みんなで俺をコケにする会?」
「またそんなこと言って……。とにかく、顔出して。わかった?」
「あー、はいはい。わかったよ」
「じゃ、宜しく。細かいことはメッセージしとくから」
リズはそう言って手をヒラヒラと振りながら去っていく。
アカデミー時代からなんだかんだいって今も目をかけてくれている彼女には、頭が上がらない。試験前の練習でさえ、面倒なんて言いつつ、翌日の任務そっちのけで夜遅くまで付き合ってくれたりしていた。
しかし、また悩み事が増えた。思わず承諾してしまったが、とてもだが行く気になれない。
どうやって断ろうかと考えていると、ふと袖を引っ張られた。
「マスター、申し訳ありません。私のせいです……」
肩を落とすリィの姿に、思わずため息が出てしまう。
おそらく、試験の練習で力になれなかったとでも言いたいのだろう。
しかしこちらからすれば、彼女もリズと同様に寝る間も惜しんで練習に付き合ってくれていた。
だからこれ以上ないほどに感謝している。
そんな今にも泣きそうなリィの頭を軽く撫でた。
「何言ってんだよ。今回落ちたのはオレに力がなかったからだ。決してリィのせいじゃない」
「でも……」
「でもじゃない。もっともっと練習して、次こそは受かってやるぜ?だから、また練習付き合ってくれ」
そういうと、少しばかり表情がほころんだ。
「お手伝い、私なんかでいいんですか?」
「当たり前だろ。むしろこっちが聞きたいくらいだって。いいのか?」
サポーターとして本来の仕事をさせてあげられていないことに不満を募らせていないだろうか。
前線に出て、しっかりと経験を積まないことには、彼女自身も成長することができない。
未だに正式なアークスとして前線に出れていないため、彼女の足かせとなってしまっているのは事実だった。
「とんでもありません。マスターのため、お力になれるのであればなんだってします!」
嬉しそうに笑う彼女に、少しほっとした。
実のところ、サポーター側が不満を持ち、マスターの変更を申請できる制度も存在している。
特に自分のようなできそこないは、サポーターが一番嫌がるのは目に見えていた。
職種は違えど、彼女たちも志をもってしてここにいることには、自分たちと何一つ変わらないのだ。
「よし、そうとなればさっそく明日から練習だ」
「はい、マスター」
セイタが自室に戻ると、部屋に置かれたビジフォンにメッセージが届いていた。
明後日に開かれる就任1周年記念パーティの詳細だ。
「就任してないオレは落第記念パーティーですよって……」
内容はざっと日付、時間、場所、幹事メンバーの他に、最後にリズからこう書かれていた。
『ドレスコード有り。変な格好して来たらダーカーのエサにするから』
端的にそう締めくくられていた。