定時と同時にアラームの音が部屋に響き渡る。
「朝か...」
そう呟いたが、実際には昼夜という概念は正しいとは言えない。
それはこの場所が広大な宇宙に浮かぶ宇宙船の中であり、決して恒星を周回している惑星ではないからだ。
しかし宇宙船の中と言えど、長期にわたる居住を想定され作られた艦内には、それを忘れてしまうほどに巨大な市街地が作られている。
1日のサイクルはぴったり24時間、太陽を模した照明は朝方から徐々に明るくなり、夕刻には薄暗くなり始める。季節の再現もされているので、知らぬ者が見ればそこは地上でしかない。
セイタはいつも通り身支度を済ませると、部屋を出る。
するとそこにリィの姿があった。
「おはよう」
「おはようございます、マスター」
彼女も律儀なもので、毎朝こうしてセイタの部屋の前まで迎えに来てくれる。一つ隣の棟からわざわざ来てくれるのだから、それは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「...なぁ、悪いから待ってなくて大丈夫だぞ?」
「いいえ、別に苦ではないので。それに、私がこうして待っている危機感がないと、マスターはすぐ大切な用事を忘れますから」
そう言われ、随分と昔だが、出かける約束をしてドタキャンしかけた時の事を思い出した。
あのときは朝9時に集合と言っていたのに、結局昼過ぎまでしっかり寝た。
最終的に三時間遅れで合流したが、あの後しばらく口をきいてもらえなかった。
「そういえばマスター、レインズさんが研究室に寄れと言っていました」
「...あー、そろそろ装備を持ってこいって言われてたんだ。訓練で使いまくって整備してないんだよ」
「では、このまま向かいましょう。訓練を始めるにしても、装備がそれでは意味がありませんから」
案の定、使い込まれた装備を見るなりレインズは深くため息をたいた。
彼はアークスの装備全般を整備、開発している通称研究室の職員だ。
アカデミー時代からの付き合いで、メガネで小太り、大きめの白衣を身につけた、いかにも研究者という風貌。歳は60代だが、研究に熱中しすぎたのかさらに老けて見える。
「あのなぁ、武器がこんな状態では受かるものも受からんぞ?よくこんなになるまで使っとったな」
「なかなか来るタイミングがなくて。マズイマズイとは思ってたんだけど...」
「まぁいい、とりあえずそこに座っとれ。ちゃっちゃと始めるかのう。ほれリィちゃん、君のも貸しんしゃい」
そう言ってセイタとリィから武器を取り上げると、ガチャガチャといじり始めた。
時間を持て余して研究室を徘徊していると、隅に設置された厳重なガラス張りの扉を見つけた。
「なぁじいさん、あの武器なんだ?」
アークス用の武器の特徴としてあるメカニックなフォルムとは違い、どこかファンタジックな見た目を持ち合わせている。
そんなものが、いかにも厳重そうなガラス張りの扉に守られているものだから、余計に興味を引いた。
「あれはのう、新型兵器のプロトタイプじゃ」
「へぇー、なんか歪だな」
アークスの武器には見られない曲線と、色、輝き。その見た目からこの武器が普通の物ではないことはすぐに理解できた。
「それは当たり前じゃ。何せダーカー由来の...おっと、なんでもない。企業秘密だった」
「ダーカーのなんだって?」
「......なかったことにしてくれんかのう」
「教えてくれるなら」
目で助けを求めてくるレインズを、リィはあっけなく無視する。
「くぅ、老人イジメじゃわい。まぁよい、お前らのことだから口外はせんじゃろて」
口ではこう言ってるが、自慢したいのか見え見えだ。
レインズが厳重なガラス扉のロックを外すと、中から大剣が現れた。
「おっと、絶対に触れるんじゃないぞ?調整をしたから触れないぶんには人体に影響はないが、ダーカー因子を放射しておる。長時間の接見も禁物じゃ」
「じゃあ誰も使えないじゃん」
セイタの言葉に、レインズも悔しそうに頷く。
「ごもっともじゃよ。我々も手を尽くしたが、ダーカー因子の放出量は抑制できても、そもそもの素材がダーカーの一部じゃから、因子の質量までは調整できないんじゃ」
「つまりこの武器のパワーユニットは、ダーカー因子からエネルギーをとっているんですか?」
「さすがじゃリィちゃん。この武器にフォトンエネルギーは一切使われていない。だから、フォトンに適合できない一般人でも、協力な攻撃を繰り出すことができる。もちろん、それ相応の対価をはらってじゃがな」
「おいじいさん、これ実用化できないのか?俺みたいにフォトンに適合し辛い人間でも、戦えるってことだよな?」
「理論上はのう。しかしさっきも言ったとおり、使用者自身の身体がダーカー因子によって侵食されるがの」
それを聞いて、一瞬浮かれたことに後悔した。
「どちらにしても、これはもう破壊せんといかんのじゃ。ダーカー因子はあらゆるものに影響を及ぼす。それは何も人だけじゃないからのう」
そう言って、レインズはガラス扉を閉じ、再びロックする。
「でもなんでこんなもの作ったんだよ?ダーカーを使った研究なんてよく許可が下りたな」
「いんや、本当はこれも言えないのだが、上層部からの直々の依頼じゃ。何を企てているかは聞かされなかったがのう...」
メンテナンス途中だった武器を仕上げると、レインズは言った。
「とにかく、これは絶対口外しないでくれよ。あまりいいことでもなさそうじゃからのう」
レインズに礼を伝え、二人は研究室を後にする。
あの武器が実用化すれば、フォトンに適合しない自分でもアークスとして戦うことが出来る。
現実と裏腹に膨れていく期待が、余計にセイタを虚しくさせた。
横からふと聞こえてくるため息から、リィも同じようなことを考えているのだろう。
研究室を出てからしばらくの間、二人から沈黙が消えることはなかった。