キャピタル・ウェイストランド、この愛すべき我らの住まう土地はかつてはこの大陸随一の巨大国家の首都であったと言う。約二百年前まで存在していたその国の名前はユナイテッドステイツ・オブ・アメリカ、他国からはアメリカという名で広く知られていたそうだ。永遠を約束されていたと誰もが硬く信じていたその巨大国家は、もう一つの巨大国家である中華人民共和国との限界を超えたチキンレースを競った挙句、この世界を全て巻き込んだ壮絶な
ワシントンD.Cと呼ばれていたこの地は、中でも相当執拗に攻撃をされたらしい。仮にも首都という事だろうが、お陰で二百年経った今でも俺たちはガイガーカウンターを手放せず、様々な放射能の落とし子達を相手に生存競争を繰り広げる羽目になっている。放射能はありとあらゆる有機物質に入り込んでいて、食事を食うだけでも放射能汚染を気にしなきゃならんし、水分の摂取でも当たり前に放射能汚染を気にしなきゃならない。一応は放射能汚染に対する耐性を高める薬剤や、お手軽に除染してくれる薬剤なんかもあるにはあるが、どいつもこいつも値が張りやがる。いつの時代もインフラに関わる根幹事業は安くはならない、それが戦前の物資なんていう個数限定商品であるならば尚更だ。そんな訳だから、貧乏人から放射能汚染による死亡が後を絶たない。あちらこちらに死の前兆が転がるこの世界での死因の上位三位に上がるのが、この放射能汚染による中毒死だろう。それ以上に多いのは、放射能汚染の申し子達による他殺ではあるのだが。
「……ち、精製水なんぞ持ってる訳もねえか」
バスの廃車と言う、屋根と壁のある中々上等な野営候補地を見つけて
持っていたのは栄養にはまあまあ定評があるがそれ以上に乾燥して元がなんだか解らない戦前食と、俺たちの様な人間にはありふれた汚れた水の瓶。汚れた水というのは比喩でも何でも無い、放射能を含んだ何処から採取したともしれない薄汚れた水である。だが、これでも持っているだけかなりマシな方だろう。大都市にいる乞食辺りになると水すら満足に飲めない事もザラだ、飲んだ所で除染方法が無ければ放射能汚染が蓄積されるだけなのだから、飲んで死のうと飲まずに死のうと変わりは無いとも言えるかもしれない。そんな死体でも貪り食って生きていられる連中がいるこの世の中をみると、化物共は勿論人間もこんな環境にすら適応していくもんだなと妙な感慨すら湧いてくる。
「まあいい、何はともあれ寝床は確保出来た。ここで応急処置だけして、後は拠点に戻ってからだな」
バスの中には簡易机と椅子、それと薄汚れたマットが敷いてあった。机にはラジオの受信機と、卓上照明が置いてあり、ご丁寧にまだ生きているらしい簡易発電機につないである。思ったよりもかなり上等な設備に、先達に俺は心から感謝して──せめて外に転がすだけじゃなくて、埋めておいてやろうかと思い直し始めた。椅子に座って傷の応急処置を始める。何だかんだで弾丸は食らっちゃいないが、切り傷やら擦り傷やら打ち身やら負った傷は数知れず。それでもおかしな症状は出ていないし、俺の右腕で光る液晶パネルのバイタルサインも多少の放射能蓄積こそ示しているがおかしな兆候は示していない。だからと言って傷を放置しておいたお陰で悪化して死亡する、なんてわけにもいかない。視界に映る中でも目に余る切り傷は適当にでも縫う必要があるし、消毒もしておきたい。机の上にある飲みかけのウィスキーの中身を傷に引っ掛けながら持ち歩いている針と糸で簡易的に縫い合わせる。本来なら
傷の手当を終えて食事に移ることにした。献立は
「あー、もう俺の腕じゃこれ以上修理は無理だな……」
そのまま銃器と防具の手入れを始めた俺は開始早々で投げ出した。限界まで酷使したチャイニーズアサルトは、俺程度の生半可な修理技術ではどうしようもないレベルで耐久力にガタがきているし、サブマシンガンも似た様な物だった。まだ使える事は使えるが、いざという時に
右手の義手も何気に武器なのだが、こいつは完全に専門家に見てもらわなけりゃ直せない。パワーフィストと呼ばれる元々腕部に被せるように取り付ける五指を備えたこの機械腕は、
「諦めて、寝るか……」
コンバットアーマーは着たまま、比較的まだ状態がマシなサブマシンガンをすぐ手元に寄せてマットに横になる。明日には拠点に辿り着けるだろう……出来ることならゆっくり寝かせてくれ。
その切なる俺の想いは報われる事はなかったのだが。
「オラァ、頭ネジ切ってオモチャにしてやるぁ!」
表から聞こえてきた罵声で一瞬にして覚醒した。次いで、ガンガンと鉄の壁を叩く聞き慣れた銃撃音。舌打ち一つしてそろりと表をみれば個性的な髪型をして半裸の上にこれまた個性的な恐らくは
「食い物と水と……全部出せや──」
「人間未満の屑が舐めた口を利くんじゃねえよ」
片手に
「お前等にも解りやすく教育してやろう──ウェイストランド流にな」
ウェイストランド流の教育法は簡単かつ効果的だ。口の利き方を理解させる必要は無い、ただ結果的にそう言う口が利けなくなればいい。スイッチブレードを振りかぶって奇声をあげたレイダーの頭に右腕を振りかぶる。一切の手加減なしで振り抜かれたユニークパワーフィスト──銘を
崩れ落ちるレイダーを踏み越えて耳を澄まし、弾丸の大まかな発射地点を割り出す。突っ込んできた阿呆の装備から見ても大した集団じゃなさそうだ、飛び道具も恐らくは10mm
「この程度ならな、銃もいらねえんだよひよっこ共め」
飛び道具持ちは最大でも二人、しかも固まっていると言う愚策を取っている──気が抜けそうな程頭が悪い。夜と言う事もあって銃を使う手間も惜しい、頭を義手でカバーしながら連中の潜む茂みに突入する事にする。標的はやはり二人、両者ともに女らしいがレイダーヘアーとも揶揄される奇抜すぎる髪型が全てを台無しにしているのは流石はレイダーと言った所か。真逆突っ込んでくるとは思わなかったのか、慌ててスイッチブレードを抜くがそれすら遅い。瞬時の内に、頭部を俺の右腕の血の染みにしてぶっ倒れた。これで三人、恐らくはあと二人──それぞれ逆の茂みから飛び出してきた二人をサブマシンガンで一掃して、あえなく連中は神の御元に旅立った。
「糞野郎が……手間かけやせやがって」
実に無駄な体力を使った、脱力感が酷い。しかし、ここまで血の臭いを充満させていると余計なモノが寄ってくる可能性が出てくる──つくづく役に立たない連中だと死体に蹴りをくれてやったがそんな事をした所で意味はない。しかもここまで面倒な事をしでかして置いた分際で、大しためぼしい物を持っていないところが更に苛立ちを増加させる。せめてもの腹いせに
「睡眠無しかよ……ついてねえ」
苛立ちのまま手荒く荷物を纏めて、夜の荒野に向かってトボトボと歩き出す俺の後ろ姿は相当に冴えないだろうが、此処で愚図って今の俺じゃあ手に負えない魔獣共を相手にするよりは余程いい。