「おい、止まれ!──っておい、お前……
「他の何に見えるってんだ……良いからさっさと入れてくれ、ダスティ」
漸くの事で我らがビッグタウンに辿り着いた時には既に夕方だった。そんな俺に突き付けられたのは、ありがたい事にアサルトライフルだった。レザーアーマーにリベットシティのセキュリティ共に人気のセキュリティヘルメットと言う、有りがちなちぐはぐ装備を着用したビッグタウンの不動の門番は、どうやら俺の姿が分からなかったらしい。普段ならそんな言葉に冗句の一つでも噛ます処だが、流石に体力が限界に近かった俺は、突き付けられた銃口を押し退ける様にして橋を渡り始めた。この街は周囲をかなり頑丈なガラクタで固めており、それなりに安全が約束されている集落の一つでもある。出入り口は今俺が渡っている、この橋のみ。橋の下にはそれなりの深さの汚染水が堀の様に溜まっており、簡単には入れない様になっている。正直ここまで手間をかけて集落を作ったのなら、入り口も橋だけに限定しているとは言え少しは可動式の遮蔽物を設置する位は考えた方が良いのじゃないかとも思ったが、未だにその意見は取り入れられない。俺のイメージとしては、この辺りで最大の集落であるメガトンの可動式扉の簡易版でも設置すれば良いと思っていたが、恐らくはその材料を取りに行く時間も探す人員も無駄にできないのが此処の住人の考えなんだろう。
「なんかいない間に変わったことでもあったか」
「いや、最近はミュータント共も、奴隷商人共も見当たらないな。近年稀に見る平和振りさ」
「そりゃめでたいな、案外ベヘモスでも現れるんじゃねえだろうな」
「その時は、もう集落ごと破滅だ。いっそその方が気が楽だよ」
問いに対して、肩にアサルトライフルを担いで気楽に答える門番ダスティに俺は苦笑した。ベヘモスなんて化け物中の化け物、拝んだ瞬間にあの世へ特急で向かうことになっちまう。ダスティとしても、この集落を一人で警戒し続けるのは精神的にも辛いんだろう。それこそ、自分の手の届かない様な破滅を希求しちまう位には。元々のこの集落の発祥理由を聞けば、まあそう嘯きたくもなるか。
「まあ、リトルランプライドから来た頃に比べればかなりマシにはなったんだぜ。なんだって今は行商のスカベンジャーが立ち寄る様になったんだからな」
「寧ろ、以前のお前らはどうやって暮らしていたのかを尋ねたい処だよ──まあいい、装備を何とかしたいんだがパピーの奴はいるか?」
「ああ、この時間なら共同食堂じゃないか?」
「了解、ありがとよ」
伸びをしながら持ち場に戻って行くダスティに、生身の腕をひらひらさせて俺達はそれぞれ別れた。ダスティは俺が帰還する度に無駄話を良くするが、多分奴なりの気分転換なんだろう。この集落はそれなりの大きさがある割には見事なまでになにも生産設備が無い、よってごく少数の一部の人間以外の連中は仕事らしい仕事をしていないのが多い。そんな連中は何をしているかって言うと、静かにしているか意味もなく騒がしいかの二種類だ。双方に共通してるのは、大抵何の役にも立たないって部分だろう。それでもこの集落には人が増え続け、そしてそれを拒否する事もなく受け入れる。
右を向けば
それが覆ったのはつい最近、近くの警察署の廃墟に住み着いたらしいスーパーミュータント共の群れが定期的に襲撃を掛けてきて、奴隷商人共がかなり割りを喰ったのが始まりだったそうだ。スーパーミュータント共は空気なぞ読めない、勿論暗黙の協定なんて以ての外だ。そんなわけだから一時期は、ビッグタウンの鼻先で奴隷商人とスーパーミュータントが銃撃戦を繰り広げた挙句、大抵はスーパーミュータントが圧勝して奴隷商人共をゴアパックにして満足すると言う、おかしな共生関係が生まれていたらしい。聞いた時には思わず笑っちまったが。まあスーパーミュータント共は兎も角、奴隷商人は馬鹿じゃない。スーパーミュータントをなんとかしようと、悪名高き地獄の犬共である傭兵組織タロンカンパニーへスーパーミュータント狩りの依頼をしようとしていた矢先、別の要因でパラダイスフォールズごと吹っ飛んじまったらしい。俺もあの小煩いスリードックのラジオで聞いた話だから、詳しくは知らんがな。その後、獲物が来なくなったスーパーミュータント共がビッグタウンに目を付けるのはそう遅くはなかったらしいが、それもなんとか生き延びたこいつ等はかなり運が良いんじゃないかと俺は密かに思っている。
「クソ、我が家が此処まで恋しく見えたのは久々だぜ……」
集落の奥にあるあばら家こと、
怠い身体を叩き起こしながら服を脱ぎ捨て、戸棚に置いてあった虎の子のスティムパックを根刮ぎ取り出す。消毒用のアルコールはテーブルに置きっ放しのウィスキーで代用するとして、痛み止め代わりの薬品類も適当に用意する。外での応急処置にはジェットを使ったが、本来なら
傷の処置と言っても、スティムパックがあれば至極簡単に済む。傷口にウィスキーをブチまけて消毒し、スティムパックの中身を傷口に絞り出したら縫い合わせるだけだ。これだけで細胞賦活促進剤であるスティムパックが傷をある程度塞いでくれるんだから、戦前の技術は凄まじいの一言に尽きる。後は酒をかっくらって寝るか、ヤクをキメて寝るか位だろう。
「ふう、こんなもんか」
「いやいや、もう少しちゃんとした施術をなさいな。スティムパックが泣くわよ?」
「──レッドか」
「そ、随分ボロっちくなって帰ってきたじゃない?」
背を丸めていた俺の背後から掛けられた声は女の声、振り向けば予想通りの姿の女があった。白衣と嘯く薄汚れた赤い作業着に赤いバンダナ、黒縁メガネを掛けた浅黒い肌の女──この集落唯一の医者、レッドであった。薄汚れた格好の割にはその身体の肉感は誤魔化せない、この辺では確実にお目にかかれない知性と美貌のクールビューティである。
「何の用だ、抱かれにでもにきたのか?それなら了承なんていらねえから背後から襲ってくれよ?」
「モルパインでも効き過ぎたの?寝言は寝てから言うものだと思うんだけど」
これだ、取りつく島もない。レッドの持ち物であるジェットやらサイコやらを使えば相当楽しめると思うんだがな。それはさておき一体こいつは何をしにきたのか、特に用があるとも思えない様子だが。
「そんなあからさまに不審そうな顔をしないで欲しいわね。ビッグタウン唯一のガードマンさんがボロボロになって帰ってきたって聞いてわざわざ腕を振るいに来たのに」
傷つくわあ、などと欠片も傷付いた素振りもなく言ってのけるレッドが曰く、ダスティが帰還して来た俺を見て大騒ぎしてレッドに治療を進言したらしい。確かに出て行く前と帰ってきた時ではかなり格好が色々とボロボロであっただろうが、其処まで酷かったのか。冷静に考えてみると血だらけ、コンバットアーマーは擦り切れ掛けで謎の荷物を大量に持っているわけだ。そりゃ、怪しくも見えるだろう。ただ、そこまで大騒ぎって程の会話じゃなかったような気がするのがどうも引っかかるところだ。
「お前、単に俺の戦利品を物色しにきただけじゃねえだろうな?」
「い、嫌ね疑い深い人って」
わかりやすい程に平易な言葉回しをしやがった、思い付きで放った言葉は一刺しで図星を突いたらしい。酷い女である、実にウェイストランド的とも言えるがそんな事はどうでも良い。レッドの背後には放り出してある荷物に目を向ければ、どう考えてもこじ開けるのに一日モノであろう箱の数々。中身も推して知るべしだろう、それをこいつは狙ってきたのだ。顔をみれば、ワケマエヨコセ、と書いてある様な幻覚が見えた。おかしい、俺はジェットを体験したのだろうか?
「そんな訳だから、さっさとお宝拝見しましょうよ」
「本当に碌な事を考えない女だな。取り敢えず用があれば後で診療所に行く、さっさと帰れ」
「つれないわねえ……じゃあ後でね、マークス」
口ではそう言いながらも居座る気はないらしい、いつの間にか勝手に座っていたスツールから腰を上げて出て行く。性格には色々と難ありだが、尻は良い尻だ……むしゃぶりつきたくなるね。
俺の
だが、此処の連中が思ったよりもすんなりと俺を受け入れたのは、自分達もまた追い出された人間だからなんだろう事を俺は知っている。奴隷商人達が此処を執拗に狙う理由にも繋がるが、西に子供の天国と称される場所がある。
早い話が、子供の天国の中にある異物なのだ。
十六歳に達した子供は、ムンゴの烙印を押され旅に出る事になる──子供の天国から大人の楽園へ。彼らはそう言い聞かせ、自らもそう言い聞かせられて育てられている。
パラダイスフォールズは何度もこのリトルランプライドを攻めたらしいが、連中はキャピタルウェイストランドから選び抜かれた好戦的な餓鬼共だ。芳しい結果どころか遮蔽物の影から餓鬼共に5.56mmをしこたまご馳走されて逃げ帰るバターンばかりだったらしい。何しろ、スーパーミュータントすら押し戻せるらしい武力を持つ餓鬼共だ、下手な集落より余程性質が悪い。だからこそその恨みを晴らすかの如く、ビッグタウンには容赦が無いのかも知れない。
追い出された元子供と、抜け出して来た元傭兵──今思えば何かのシンパシーがあったのかも知れない。思い出しそうにはないが。
「何だか変な気分だ、今日は矢張り寝るか……あれ?」
死にかけると死生観が変わるのか、普段考えない様な下らない事を考えちまった。時間もいつの間にか遅い、どうやらモルパインの副作用で眠気もかなり酷い。こうなれば気分転換にとっておきのジェットでトんでから寝ようと隠し戸棚に手を突っ込んで気付いた。
「俺のとっておきのウルトラジェットが、無いだと?」
それと一緒に良く見れば、一緒に入っていたジェットとサイコもかなりの量が無くなっている。思ってはいたのだ、スティムパックも常備はこれしかなかったのだったか、と。
「……レッドか、あの腐れアマめ!」
思えば、鍵付きである筈の俺の部屋に入って来れた時点で怪しむべきだった。疲れで掛け忘れたかと思っていたが、よくよく思い出すと掛けた筈だ──それが指し示す事実は。
「あのアマ、いつの間に合鍵なんて作りやがった!俺のウルトラジェットが!サイコが!ジェットが!?」
思わず叫び声を上げた俺を非難できる奴はいない。先程の襲来も、荷物目当てついでにバレていないかどうかの偵察だった可能性が出てくる。普通のサイコやジェットはまだ兎も角も、ウルトラジェットはまだ流通量が極少々のプレミア付きのブツなのだ。流通通貨であるキャップでの換算が難しい程の希少物で、キャッチフレーズが『グールですら効く程のブツ』と言う強力さが売りらしい。大切に保管していたそれがいつの間にか無くなった俺のこの思いは筆舌に尽くし難い。
「赦さねえ……ジェットとサイコ漬けにして足腰が溶けるまで犯してやる!!」
だが、今は奴の診療所は厳重なまでに施錠されている。報復は明日だ、後悔させてやる──未だ覚めやらぬ怒りを燃やしながらも、アドレナリンのせいか俺の意識はより強力になったモルパインの副作用に溶けて、夢も見ない眠りへ旅立って行った。
何故かfateの方よりこちらの方がサクサク書ける不思議。