「……覚えてろよ、あのアマ」
薬剤で半強制的に寝かされた所為か、眼が覚めても脳内がハッキリしない。軽く頭を振ってハッキリさせるべく無駄な努力を続けるが、結局気怠さは取れなかった。これだから薬物は摂取し過ぎるもんじゃない。この気怠さも何もかもをあの女の所為だ、空が黄色いのも、ラッドローチが気色悪いのも、空気がいつも埃っぽいのも全てがあの女の所為だ。回らない頭の理論武装なぞ碌な結果にならない事が再確認されただけだが、気分は多少晴れた。それが怒りによるアドレナリンで頭がはっきりしたのか、単に時間が立った所為で頭が覚醒したのかは定かじゃないが。ともあれ、眼が覚めた ならやる事は山積みだ。物事には順序がある、少なくともあの女に詰め寄る前に現実的に片付けなきゃならない問題から片付けなければならん。
伸びを一つ、傍に置いてあるいつものコンバットアーマーを着用、そして煙草を……と探して残り少ない事に気付いた。手持ちのカートンは吸い付くしていた筈だから……煙草も補給しなきゃならんな。新しい補給物を脳内にリストアップしながら、数少ない紙巻きに火を付け──紫煙を吸い込み吐き出して、武器をぶら下げ部屋を出るべく立ち上がった。
咥え煙草を燻らせながら扉を開けると、眩しいと言うほどには明るくは無いいつも通りの薄曇りの昼下がりの空があった。それでも、締め切った我が家の暗さに眼が馴染んでいた俺には中々の苦行だった。ウェイストランドで言う立派な家の条件とは、兎にも角にも密閉されていると言うのが前提だ。世界が何処もかしこも余りに風通しが良くなっちまった反動なのか、少しでも放射能汚染を抑えたいのかはわからんが、俺達庶民レベルで言う立派な家 と言えるモノには窓に厳重に板が打ち付けてあるものが多い。これは流れのグールから聞いた話だが、基本的には戦前に家を捨てた際に暴漢に入られない様にとの事で窓を塞いだのが本来らしい。それが意外と防犯に役に立つ事が経験則で分かり始めると、戦後に廃材利用して建てた家なんかも猫も杓子も窓を塞ぎ始めたらしい、そもそもそんな家には窓を設けてないが。まあ確かに戦前から現存してる家ってのは基本的にきっちりとその辺をやってるからこそ、戦火で原型が吹っ飛ばない限りは使用に耐えるモノが残ってるんだろう。
そう言った訳で、戦前からの年代物である俺の家は必然的に部屋の中は四六時中薄暗い、電気には意外と不自由しないこの御時世だから電気は付けっ放しであるので、結果的に昼夜 などあって無きが如しである。それでも寝るなら電気は消すし、むしろ消さなきゃ落ち着かないので断固消す訳だ。
嘗て獣は光を怖がるなどと言われた様だが、キャピタルウェイストランドの獣はそこは二百年前に通り過ぎた道だとばかりにその諺を一周半回って、逆に寄って来る。長く百年単位で餌の少なさに泣かされてきた奴等は、電気があることは逆に即ち餌があると言う、超攻撃的に過ぎる判断を下してわらわらと寄って来る割と碌でも無い習性を獲得していた。餌が見つからず巨大化したことで更に餌を必要としていた連中が、いつの間にやら人を食糧とし始めた事がそもそもの契機だったのかもしれない。まさに古い諺で言うコロンブスの卵、って奴だろう。
無論、レイダーなんかの 連中は言うがもがな、だ。連中が獲物がある所に向かわない訳が無いし理由が無い。何せ誘蛾灯に群がる蛾以下の思考回路しか持たない連中とは奴等の事だ、多少の頭がある奴はせめて戦力比位は測るんだろうが、そんな奴は嘗てはレイダーだったとしてもとうの昔にレイダーなぞ辞めている。その結果として飛んで火に入る夏の虫ならぬ、飛んで火に入るレイダーが襲撃をかましてきて、無駄な弾薬の強制使用と無駄に睡眠不足と陥る。そんな種々の経験から、いつしか俺は灯りがあると寝られなくなったわけだったのだが。
「ああ、いた。おい、パピー!」
「……ん、なんだ?」
そんなことを述懐しつつ広場に足を運べば、お目当ての人物を見つけた。吸い切った煙草を足でにじり消した俺の声に、溜息の様な返答を返した傭兵服に身を包んだ寡黙なこの男。この集落にとっては宝とも言える集落唯一の
「この集落唯一にして、最高の修理士に装備の修理依頼だよ。なあ、ミスターマイスター?」
「言ってくれるな……ああ、任せろ」
少しばかり大げさに持ち上げてやると、苦笑と共に頷かれた。笑える程度にはユーモアのセンスを失っていないようで何よりだ。何せ、一人しかいない修理士に最高も糞も無いのは俺もパピーもお互い良く解っている。苦笑の残滓を残したまま、共同宿舎の方を顎で示して歩き始めたパピーに俺も付いていった。
パピーが宿舎内に入ると、少しして寝ていたらしいタイムボムの奴が寝癖そのままに追い出されるように出て行った。共同宿舎は集落民の共同の宿舎であるが、パピーが修理作業をする場合、それが終わるまでパピーの仕事場になるのが認められている。技術者のささやかな特権と言う奴だ。どんな規模の集落でも腕に職を持つ技術者は多かれ少なかれこの程度の優位性を持つ、むしろこの程度の特権など本当にささやかな部類だろう。技術者の獲得に貪欲なメガトン辺りじゃ、場合によっては家持ちになれると聞く。逆に手に職の無い食い詰めた開拓者の扱いは、実に杜撰且つ悲惨らしいが。
肩を竦めて共同宿舎に入った俺は、パピーの座るテーブルの前に装備を置いていく。
愛銃のチャイニーズアサルト改
10mmサブマシンガン
コンバットアーマー
それとついでに日除けに使っていたウェイストランドでは天然の迷彩になりそうな荒野の地面の色をした
愛銃である我がチャイニーズアサルト改は、何気に同種のアサルトとは異なる精密性と射撃能力を誇る。どうやら元々はこいつもユニークだったらしく、銃身に銘があった跡がある。歴戦に次ぐ歴戦の為なのか、削れてしまって見えないのが残念なのだが。
銘とは名前だ。名前があるのならまた道具に対しての思い入れというものは変わってくる、それが命を預けるに足りる相棒であるならば余計にだ。だからと言って元々銘があるのに、俺が自分で新しい名前を付けるのも
「どうだ、いけそうか?」
「アサルトの方はギリギリ、スーパーミュータント共が放置していった武器の中に幾つか予備がある。サブマシンガンも部品取り用に仕入れたガラクタから部品交換すればいい。ただコンバットアーマーは今回が最後だな、もう替えのケプラーが無い。次は自力で修理用のを調達してきてくれんと直せない」
尋ねた俺の言葉に先程までの無口振りは何だったのかと言わんばかりの勢いでパピーは言葉を吐き出す。仕事とプライベートで性格がきっちりと切り替わるんだとか、最初からそれだけ話していれば、色々と苦労しなくて済んだと思うんだが……まあそればかりは余計なお世話だろう。
取り敢えずの所今回は何とかなりそうとしても、コンバットアーマーの修理が今回限りというのはかなり苦しい。命辛々逃げ出してきた筈の市街地に、近い内に俺も必要物資の獲得と言う必要に駆られる形で入り込まなければならないかもしれん。
それならいっその事、パワーアーマーでも鹵獲して装備を一新した方がいいかもしれない。市街地には近くにスリードックが賛美する
「まあ、そんなに出物があるものじゃねえからな……後は、こいつを頼む」
「……いつものようにしかできんぞ?」
「それでいい、やらないよりはいいだろう」
差し出した俺の義手を憮然とした顔でパピーは取り外し始めた。世界に恐らく二つと存在しない義手兼武器のこいつであるが、パピーにも何とか辛うじて整備可能なのが幸いである。こいつが単なる
通常、パワーフィストとは腕に被せる様にして取り付ける、まず生身の腕有りきの武装だ。断じて無くなった腕の代わりにはなるものじゃあない。それを無理やり義手にさせたのが、こいつを俺の腕にとりつけた女だ。
ありゃ、独立して少し経ってからだったか。今一つ仕事が軌道に乗らなかった俺は、ちょいと焦りの所為か身の丈に合わない仕事って奴を引き受けちまった。同時に仕事を受けていたのは寡黙な女、内容は割愛するが其処で熊の化け物ヤオグアイに背後から襲われた俺は片腕を犠牲にしてこの女に命を拾われた。しかしこのキャピタルウェイストランドという場所は、隻腕で生き延びるにはちょいと荷が重すぎる場所なのは知っての通り、無論傭兵稼業なんぞ考えられない。将来を考えて絶望の余り、衝動的に笑えてきた俺を救ったのもまた女だった。
偶然と言うものはあるもんだ。組織傭兵時代の戦友がどこから拾ってきたのか土産代わりに俺に寄越し、その後の出撃でそいつが帰って来なかった時から遺品と化した腕を覆う古風な言い方をすれば
遺品代わり兼、売り物に困った時の最後の商品のつもりが、どういうわけか俺の腕に永久固定されることになっちまったブツの名前はPIPBOY3000。今じゃあ手離したくても心情的にも物理的にも手放せない万能ツールと化している。本来は核シェルターの申し子共である
と、言ったわけで、我が腕アイアンフィスト改とも言えるこいつはパワーフィストとしての整備はなんとか可能だが、義手としての神経接続なんかの方は
「外装部を取り外して、俺が出来る限りの範囲でだが部品の交換はしておいた──まあ、いつも通りだな」
「済まんね、手間を掛けて」
俺の言葉に肩を竦めるパピーは、こう言う時には無口が良い方向に働いてニヒルに見えた。あくまでこう言う時だけだが、何にせよ以前の振られた時よりは態度が軟化している様だ。他の役立たず共がうだうだしている分には静かになって有り難いが、手先を使う貴重な技術者のパピーが落ち込んだままは困る。精神的な物が手先に影響した結果、巡り巡って肝心な所で命を落とすのは勘弁なんでな。
煙草を一本取り出し咥え、もう一本を手間賃代わりにパピーに差し出そうとして──パックの虚しい手応えにそのまま握り潰した。どうやら正真正銘、煙草が切れちまったらしい。俺の仕草で大体の事を読んだのか、再び苦笑しながらパピーが差し出した火に憮然としながら煙草の先を近付ける。煙草不足、それは俺にとって精神安定剤が無い患者の様に重要度の高い話だ。
だからまあ、話の持ち出し方をちょいと油断したのは否めない。
「あー、そうだ。パピー、ビターカップの奴は何処にいる?アイツ、多分煙草を──」
「ビター、カップ」
持っているだろ、と言う一言が余りに平坦なパピーの声で、空気の振動にならずに口の中で消えた。ヤバい、掛値無しの地雷を踏んだのか、俺は?
「ビターカップなんであんな奴に言い寄っているんだ、お前にあんな男が見合うってのか、そんなわけねえだろう、クソ女クソ女め、どうして、どうして……」
「あー……まあ……済まん、邪魔した、な?」
座ったまま焦点の合わない目でブツブツと振られた女に対する恨み節を垂れ流し始めた、先程まではパピーだった物体から俺は静かに距離を取る。あれは危険な目だ、たまに薬を求めてウェイストランドを彷徨っているジャンキーがあんな目をしてる。または、レイダーを檻に入れてたっぷり一週間は飢えさせた後に、目の前に血色の良い子供を放った時の目と表現すべきなのか。
「修理代金、色付けて1500キャップ、ここに置いていくからな……じゃあな!」
じゃらり、と音を立てるキャップの袋を身動きしないパピーの手元に置いて、俺は脱兎の如く共同宿舎を離れた。
「ビターカップ、あんなに俺達は愛し合ったじゃないか。お前だってあんなに乱れて──!」
扉が閉まる寸前、最後に聞こえた叫びを、俺は聞かなかった事にした。
パピーが、ヤンデレならぬヤンデるさんになっちまった……