東方外伝・鉄砲伝来の章   作:お試し期間

3 / 3
前半は過去の物語。
後半の少しが現在の物語。


八雲の草

応仁元年、将軍足利義正の後継問題から端を発した十年に及ぶ内乱は応仁の乱と呼ばれ日本全土を巻き込んだ戦乱へ広がっていく。結界により外界から隔離されている幻想郷では人間達が起こす戦火の直接的な被害が被る事は無かったが外界の日ノ本における幻想の信仰は着実に低下していった。

 

幻想郷の安定を目指している紫にとって国外も含めた外界の詳しい情勢や情報、物資の補給等は常に必須となっている。故に紫は各地に己の『草』を放っている。それにより先を見据えた今後の方針等を柔軟に考えねばならないからだ。ある時期、外界での活動を任せている紫の子飼いである『草』の一名が幻想郷に帰還する。幻想郷の鉄砲伝来は其処から始まった。

 

 

幻想郷の片隅に存在する、結界に護られた誰にも知られぬ屋敷の一室で一組の男女が腰を下ろして向かい合っていた。

一人は薄い紫色の着物に身を包み、長い金髪を藍色の布で束ねた八雲紫。

向き合うは右目に布を眼帯の様に巻き付けながら黒髪を後ろで纏め、無精髭を生やした旅装束の男性であった。

 

「紫様…『一色』只今ご報告に戻りました。出迎えの御足労痛み入ります」

 

そう言うと男性は深く頭を下げた。

 

「別に構わないわ。此処は誰にも明かせぬ場所故に…。では早速尋ねるけど頼んでいたモノはどの様になっているの?」

 

紫は懐から扇子を出し、広げて口元を隠す様にしながら尋ねた。

 

「はい。紀州の有力な地侍を通じて根来寺の僧、津田監物様を紹介して頂きました。…しかしそれを確約する過程で予想よりも些か多めの金銭が必要となりました点は某の失策でした」

 

「…足元を見られたのね。まぁそれは何時もの事だから良いわ。多額の金銭の取引が絡む以上、確かな保証は紹介相手や取引相手にとっても大事と言える。支払いの確かな身元を語れず、相手の口を守らせた上で買い付け様となれば当然の事でしょう。寧ろ頼んだモノがモノだけに良く漕ぎ着けてくれました」

 

そこで紫は一旦言葉を区切り男の隻眼を真摯に見詰める。

 

「一色、よくやりました。この労には必ず何らかの形で報います」

 

「…はっ、恐れ入ります」

 

そう言うと再び男は頭を深く下げた。男のその姿は正しく紫の『臣』と言えた。

 

「では続けて」

 

「津田監物様から件のモノである鉄砲を買い付ける話は無事に纏まりました。その時に扱い方も『学びました』故にご心配無く。後に文面にも詳しく記しますが買い付けたの鉄砲の詳しい内容に関しましては今から御説明致します」

 

「念の為に尋ねるけどその『体』でも『矢張り』無事に会得出来たのね?」

 

何かを確かめる様に尋ねる紫に対して男は頷く。

 

「ご心配には及びません。傷付いた我が体なれど紫様の為に何らかの形でお力になれるやもしれません」

 

「…そうですか。では先を」

 

「先ず鉄砲を正確に素早く扱う為には其れに伴う鍛錬が必要になります。ですが戦場で用いる鉄砲で其れを行いますと貴重な玉薬や玉を無駄に消費してしまう事になります」

 

鉄砲は強力なれど弓矢等に比べて遥かに費用が掛かる武器でもある。戦国時代に於いて火縄銃は其れだけでも高価な武器であるのに、兵達が訓練で撃つだけでも貴重な黒色火薬や玉を消耗してしまうのだ。話が逸れるがこの点こそ雑賀衆や根来衆等の鉄砲を主体にした傭兵集団が戦国時代に重宝された理由の一つでもある。千人の鉄砲隊を用意する銭や手間を考えれば、雑賀衆の熟練した鉄砲隊を雇う方が安く、腕も信頼出来る。だからこそ彼等は名を馳せたのだ。

 

「それを抑える為に小さめの鉄砲で扱いの鍛錬をします。この為の一匁筒を四十丁。其れを左手で用いる様に仕上げた一匁筒を十丁。次に戦場で用いる鉄砲である三匁五分筒を百丁。同じく左手で用いる為に仕上げた三匁五分筒を二十丁。合わせて計百七十丁です」

 

「…用意は出来てるの?」

 

「はい、モノは既に御座います。後は津田様の口利きで預けている場所から運べは良いだけです」

 

「では明日にでも紀州に出向くとしましょう。其れまで屋敷で休みなさい」

 

紫は両手を合わせる様に叩いてパンパンと音を鳴らす。二人のいる一室の傍に気配が近づき障子の外から年若い女性の声が発せられた。

 

「お呼びでしょうか?」

 

「入りなさい」

 

紫の言葉を聞いて二人の前に現れたのは白い生地の動きやすい服を着た何処か影のある、黒髪を短く整えた美しい十五歳程の少女であった。

 

「この一色の世話を任せるわ。風呂と料理の用意をして頂戴」

 

「畏まりました」

 

紫はその場を立ち去る様に歩き出すと奥に引っ込んだ。その間、二人は紫に向けて頭を下げた姿勢の儘でいた。紫がいなくなり一色と少女の二人だけになると少女は一色に声を掛ける。

 

「一色様、私はお風呂の準備をしてきますので寛いでください」

 

そう言い起ち上がろうとする少女を呼び止める。

 

「…待て。お主の名は?」

 

「私の名は『白』と申します」

 

それ以上はお互いに何も言わず少女はその場を後にする。少女は美しい顔立ちをしているのだが、それ以上に何故か影が目立つ。だが一色はそれを特に気にする風にもしなかった。この娘にも『何かしらの過去』があるのだろう…。

誰にでも人に話したくない過去位は存在する。初対面の相手に其れを臆面もなく追究する事が出来る程、一色の精神に童心は存在しない。

 

手持ち無沙汰になった一色は自身の傍にある荷物を掴み、外の庭先に出た。小ぢんまりと整えられた庭の景色と程よい気温は一色の眠気を誘った。幻想郷に戻るまでの旅疲れも合わさり身を委ねるまでには然程の時間は掛からなかった。

 

奇妙な夢を見ている。己が見ている夢が嫌な夢、危険な夢…と呼べるのかは一色にも判断出来なかった。その夢は不思議としか言いようがなかった。

 

節分の日、豆の代わりに雪玉を人間に投げられはしゃいでいる鬼の四天王。

月の民を相手に『無駄な遊び』で挑む金髪の魔法使い。

平行世界から幻想郷に来た、教授と呼ばれるマントを羽織った女性。

 

夢の内容は次々と場面が切り替わり、様々な光景を見せた。だが不思議な事に己と主人である紫の姿だけは見せなかった。一色は少しだけ不安に駆られた。夢の光景からして、恐らく内容は現在より遥か未来の世界なのだろうと予測出来た。だが何故己は兎も角、八雲紫の姿は見せない?まさか存命していないのか?不安がジワジワと広がりだしていたがようやくその光景を見せた。

 

現在よりも遥かに技術が進歩した世界で、見知らぬ少女から嬉しそうに『メリー』と呼ばれる、己が主人の楽しそうな後ろ姿…。その光景を見た事で今までの不安が全て消し飛んだ。

これから先、どんなに辛い未来が待っていたとしても…

 

(良かった…。紫様が幸せそうで)

 

「一色様。お風呂の準備が出来ました」

 

「…っ」

 

その声で一色はゆっくりと目を覚ます。すると先ほどまで見ていた夢の内容が霧にかかった様な状態になり頭から直ぐ、ポロポロと内容が抜け落ちていく。覚えているのは己が夢でこれから先の世界を見ていたという事だけだった。一色のその様子を見ていた白は静かに告げる。

 

「…一色様。もし、貴方様がこれから先の事を夢で見ていたのならそれはお気にする必要はありません。それを知る事は誰にも出来ませんので」

 

「どういう事だ?」

 

「私の『力』はその人物にとって何らかの縁がある事柄の先の出来事を夢で見せる事なのです。ですがその夢の内容は目覚めと伴に直ぐに遮断され忘れます。本人が覚えているのはこれから先の事を夢で見ていたという事くらいです。夢は所詮夢でしかないのです」

 

「…気にするだけ無駄か。では風呂に行く」

 

本当に何でもないかの様に一色は佇んでいた。

 

「はい。荷物は私が後で戻しておきますので其処に置いておいてください」

 

白は歩き出し、一色もその後を続く。其れだけの事だが直ぐに少女は男の体の違和感に気付いて立ち止まる。男は右足を患う様に歩いているのだ。

 

「一色様お体の具合が悪いのでしょうか?」

 

「…某の体は右目の他に左手と右足を患っている。だが案ずる必要はない」

 

白は案ずる必要はないという一色の言葉で特に気にする風もなく歩き出した。

 

夢で未来を見せる。そんな少女の『力』を聞いても一色に変化は特に見られない。少女も一色の体を知ってもに気にする事無く応える。男と少女の姿は他人から見れば違和感を感じるかもしれない。しかし二人にとっては今のところ良好な関係と言える。それはお互いに相手をよく見ている故だ。要らぬ気遣いやおべっかは、される相手によっては耐え難い屈辱を与える。感情を持ち、懸命に生きようとする者達にとって馬鹿にされているにも等しい行為にもなりえる。他者と繋がって生きる為の礼儀や仲の良い身内同士の甘え等と、それは別物だ。その部分を勘違いしている者は平気で他者を高所から憐れみ、優越感に浸るが如き愚行をする。少女と男は『他者と生きる』とはどういう事か既に知っているのだ。

 

そこいらの武家のものより広めの風呂場に着くと白は一色に湯加減の具合を尋ねた。

 

「一色様にとってこれ位の湯でよろしいでしょうか?」

 

一色は湯に手を漬け、確かめる。

 

「丁度良い。…待て待て!何をしておる!」

 

返事を聞くと白は己が服を脱ぎだしていた。その事に一色が気付くと少し慌てて其れを止めた。

 

「お疲れですか?それとも私ではご不満でしょうか?」

 

白は一色の『体の世話』をしようとしたのだ。美しい女子からの誘いなら大抵の男性は少なからず喜ぶだろうが…その言葉に一色は何故か苦い顔をした。

 

「…その様な世話は要らん。二度と考えるな」

 

「それは…やはり私が人だからでしょうか?」

 

白からの言葉に一色は更に顔を顰める。

 

「違う。兎も角他にもやる事があろう…其れをせよ」

 

白はそれ以上何も言わず、服を正してから風呂場を離れていった。その気配が遠ざかり、一色は溜息を小さく吐く。

 

「ハァ」

 

「あの娘じゃ駄目かしら?」

 

「…紫様」

 

突然姿なき己が主である紫の声が聞こえたが一色に動揺はない。この程度の事は彼にとって慣れた事だ。紫は言葉を続ける。

 

「好きに女を抱けなんて私も言うつもりはないわ。でも分別はつけておきなさい。あの娘は務めとはいえ彼方の体を労わろうとした。その気持ちは汲んであげなさい」

 

紫が注意しているのは彼女の行いに対しての一色の態度の事であろう。断るにしても接する態度に気を付けろと。そういう意味では確かに少し大人気なかったと思われる。

 

「言われずとも承知しております。ですが某には要らぬ気遣いだっただけの事です。…後で詫びておきます」

 

「不器用ね」

 

少し呆れている様な紫の言い様に苦笑を浮かべる。

 

「某の性分です」

 

「まぁいいわ。今この家に住んでいるのは私とあの娘だけだから出来る限り仲良くしなさいな」

 

「はっ」

 

 

 

ここで一息つき、これまで紫の話を霊夢は興味深そうに聞いていた。

 

「その一色さんや白って人の事も少し気になるけどアンタが鉄砲を百七十丁も買い付けるなんてね。盗んじゃった方が早そうだけどそういう訳にはいかなかったの?」

 

霊夢の発言に紫はハァっと溜息を吐いた。

 

「…重要なのは物資を取り扱っている者と繋がりを持てたという事よ。現在の様に幻想郷をある程度整った環境で維持するには外界の資源の搬入が必要になる。でもそれらを私一人の『力』で無事に賄う事は困難。仮に出来ても私が寝込む様な事になれば補給は断たれる事になるでしょ」

 

「つまり万が一、自分の『力』がなくなっても幻想郷が大丈夫な様にって事ね」

 

「…そういう事」

 

霊夢は得心した。八雲紫という妖怪は自分の存在と幻想郷のどちらかを選べと言われれば後者を迷う事無く選ぶ。そんな八雲紫だからこそ自分が倒れた時の為の保険は常に必須になるだろう。

 

「その鉄砲を売ってくれた津田監物って人は何者なの?」

 

「彼は根来寺の僧…というより先見性に長けた学者や商人ね」

 

「僧侶なのに学者や商人?」

 

「えぇ、種子島に伝来した鉄砲の価値や有用性に当時の他の有力者達より逸早く目を付けて自身の勢力に取り込んだのよ。そして鉄砲製造による売買や鉄砲の扱いに長けた根来衆と呼ばれる傭兵達を組織して勢力を強めた。学者と商人の両面で優れている人物よ」

 

「はぁ~確かに僧侶というより学者や商人ね」

 

「それに根来衆は時流を読む事にも機敏で時代の覇者である織田信長とも好意的にしていたわ」

 

話を聞きながら霊夢はお酒を注ごうとするが酒が無くなった事に気付いた。

 

「ん…?お酒が無くなったみたい。ちょっと待っててお酒を頼みに行ってくるから」

 

そう言って霊夢は部屋から出て行った。紫は一人になり過去に思いを馳せる。

 

「一色、白、私は忘れない…」

 

小さくポツリと零した。

 




次話を気長にお待ちください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。