「ハッ!」
「むんっ!」
開始直後お互いに駆け出し、瞬く間に両者は舞台の中央で拳を突き出していた。
拳と拳が衝突しその衝撃で周囲にはとてつもない突風が吹き荒れる。観客の目には移動した瞬間すら目には映らなかっただろう。気が付けば二人が拳を突き出していたのだから。そんなことは知りもせず、二人は口元を歪める。
「なかなかやるじゃないか」
「あれから何年経ってると思っとるんじゃ。まさにこの瞬間のために修行してきたと言っても過言ではないのぉ」
「ならその想いに応えるとしよう」
「っ!!」
拳をぶつけたまま会話をしていた二人だったが、ここで紫苑が均衡を崩す。
「ハッ!」
拳を引き、前に突き出す。
これだけの簡単な動作だが、そのスピードは音速を超える。胴体めがけて繰り出された拳だが、これを鉄心は紙一重で回避する。が、ここで紫苑の攻撃は終わりではなかった。突き出した拳を手刀に変え横に振るう。これをしゃがむことで鉄心は回避することに成功したが、目の前には繰り出された蹴りが目の前に迫っていた。
回避するには体制も悪く間に合わない。とっさに腕をクロスさせ蹴りを防御する。しかし威力はすさまじく、大きく後退し防御したにもかかわらずに腕は若干痺れている。
(まったくなんちゅう威力じゃ)
痺れる腕の様子を見ながら内心つぶやく。しかし鉄心もただやられるわけではない。開いた距離をすぐさま詰め拳を振るう。
「川神流 無双正拳突き!」
それは武のひとつの到達点。何百何千何万とひたすらに拳を繰り出した果てに至る至高の拳。その拳は音をも置き去りにする。長い年月をかけ愚直に、しかし純粋な思いを込められたそれは武術を嗜むものなら誰もが憧れ見惚れる一撃。その一撃を紫苑は棒立ちで腹部にもらう。
避けるか防ぐか、どちらかの行動に出ると思っていた鉄心は面食らう。音を置き去りにするこの一撃でさえ目の前の存在に簡単に通用するとは思ってはいなかったからだ。最初に勝負を吹っかけ、敗北しそれから数十年。あの時のことは今でも覚えている。それだけの明確な差があると。
今回行われた大会の全試合を見てもそれを感じた。自分は確かに強くなった。しかし相手もまた強くなっている。だからこそ、棒立ちで己の攻撃を受けた紫苑が解せなかった。疑問が渦巻く中で、ならばと聞いてみることにした。
「……なぜ避けなかったんじゃ?」
自分のことを侮るな。格下を見るような目で見るな。鉄心の目がそういっているように感じた。
「…こほっ。いや何ひたすらに俺を倒そうとしたその拳。なんとなく体でうけてみたくなっただけさ」
「気まぐれか」
「気まぐれだ。しかし、強くなったな鉄心。いい一撃だ」
そう言われて鉄心は心が震えた。これまでの武術家人生の中で、若かったとはいえ唯一敗北した相手。その相手に褒められた。認められた。自分よりも今だ遥か高みにいる相手に言われて嬉しくないわけがない。泣きそうになるほどの歓喜。それをぐっと堪え不適な笑みを浮かべる。
「そうじゃろう。じゃったら勝ちを譲ってくれてもいいんじゃよ?」
「それとこれとは別問題だ。負けたら嫁に何言われるか分からん」
「ふぉっふぉ尻にしかれとるのぉ」
「馬鹿野郎しかれ心地は満点だぜ」
「いや惚気られても」
少し雰囲気が柔らかくなった。が、すぐにそれは張り詰めた空気に変わる。
「サービスはここまでだ。鉄心、全力で楽しもう」
「うむ。楽しむ余裕があればいいがのぉ」
ピリピリとした空気の中二人は舞台の中央で再び衝突した。