深い深い夢の中。自分は今トンネルを歩いてる。トンネルを抜けると雪国であった。
なんてこともなく見たことのない部屋に一匹放置されてた。ここはどこだろう?あたりを見渡してみると、あたり一面に藁が敷かれている。馬小屋のようなところだった。立ち上がり自分の身体を見ると身体には、藁が付き、後ろ足に包帯がまかれていた。包帯はまだしも藁は鬱陶しかったのでブルブルと身を震わせることによって落としていく。藁を落とし終えて、さぁここから出ていこうとすると、ドアが勝手に開いた。どうやら誰かが入ってくるようだ。開くドアの奥に人影が見え、それを注視すると、それは森で自分を妖から逃走するために道ずれにしてきたあの女であった。
「あら、もう起きたのね。疲れたでしょうにまだまだ寝ててもよかったのよ。」
女は自分を道ずれにするような冷酷な人間だと思ったが、案外優しいのかもしれない。そう考えさせられるようにその声は優しかった。
「もう眠気が覚めたなら、あなたのこれからについて話をしましょう。」
そういうと女は、自分の横の藁の上に腰を下ろし話を続けた。
「まず私の自己紹介ね。私の名前は八意・・・永琳よ」
女の名前は八意永琳というらしい。苗字と名前の間に不自然な間があったが、それが偽名だとしても人の言葉を喋れない自分には関係ない。どうせ呼ぶことはないのだから。
「それでは、あなたの名前を教えてくれるかしら?」
自分の名前・・・そんなものはない。父さんにも母さんにも付けられたことのないものだから。あったとしても自分の名前を伝える手段はない。この女・・・永琳といったか。こいつはどうやらこちらが喋れると思い込んでるらしい。永琳はこちらが喋らないのを不思議に思い質問を変えた。
「あなたはもしかして喋れないのかしら?」
その質問に自分は、ただ首を縦に振る。それを見た永琳はとても驚いた顔で言葉を続ける。
「私の言葉が分かるくらいなのだから、結構な年をとった狼の妖だと思ったのだけれど。そうじゃないのね。他の妖からもただの餌として見られていたみたいだし、妖力も感じない、ただの狼なのね。」
と永琳が言うが、自分としては少し悔しい。妖に餌だと思われようと、森では肉食獣として狩りをする側だし、何より人間の言葉が分かるのだ。ただの狼だなんて言ってほしくない。自分は誇り高き賢狼である。
永琳は、こちらの不満めいた顔に気付いたのか
「あらただの狼だって言われたことに傷ついたのかしら。ごめんなさいね。あなたはお利口さんなワンちゃんよ。」
こちらの不満に気付いて言い直してくれるのは嬉しい。しかし、ワンちゃんだと?言い直す前より酷くなってるではないか。またもや不服な評価に対して今度は不満な顔だけでなく、威嚇としてガルルルゥとの唸り声を小さく上げる。
「あらあらごめんなさいね。ワンちゃんって言ったことに対して怒ったの?あなたは賢い狼よ。からかってごめんなさいね。命の恩人さん。あの時は本当に助かったは、ありがとう」
永琳は、最初はニヤニヤしながら、しかし後半は真摯な態度で礼を言った。分かればいい。自分がどれほど賢い狼であるかわかればな。それに礼を言われるのも悪くない。自分のしたことが誇らしく思えるからな。だから満足したぞと、ワオン!と一鳴きして満足げに永琳の顔を見た。
「本当に人の言葉分かるのね。それに表情も豊かね。まるで人と喋ってるみたい。ううん。あれすれこれすれと自分の欲望ばかり口から出てくる人間よりも話してて楽しいし落ち着くわ。」
そう言う永琳は本当に楽しそうな顔をしていている。こちらは一言も喋れないのに会話を楽しんでいる様子だ。
「ねぇ、あなたの名前を教えてもらえないならこれから呼ぶ時に不便でしょうがないわ。私が名前を付けてもいいかしら?」
名前がなくて不便か・・・気にしたこともなかった。これまで友と呼べる者もいなかった。原因は分かってる。自分の真黒なこの毛色であろう。見るものに不吉な印象を与えて、なおかつ、威圧する。闇・悪・恐怖これらを連想させるこの毛色のせいで、今まで出会った動物達からは嫌われ、話しかける前に逃げられる。同族の狼にさえもだ。狼の中でも特殊な毛色は自分の家族以外には認められないもの。住処をでて初めて出会った狼にも声をかける前に逃げられた。あれからであろう、嫁さん探しなど辞めてただ好きだった旅に熱中してしまったのは。
だからこそ今、名前を付けてもらおう。今まで話すらしてくれず逃げる動物や同族を差し置いて自分を利用するためでも近づいてきてくれたこの人間に。心は決まった。首を縦に振る。
永琳は、それを肯定ととり
「それじゃあ、名前を付けるわね。初めての友達ですもの、カッコイイ名前を付けてあげるは。そうねぇ・・・あなたの毛色は黒よね。やっぱり名は体を表すって言うし、黒から連想されるものがいいわね。」
そういうと永琳は考え込む。黒から連想されるもの、自分にとってそれは闇・悪・恐怖であり、付けられるものは不吉なものになってしまうのかもな、と思う。それでもいい闇なら闇でカッコイイ感じもしないこともない。年老いた狼である自分に似合わなくても、カッコイイものなら喜ぼう。それに永琳しかその名を呼ばないのだし。そんなことを考えてると、横の永琳がよし!と名前が決ったのか呟いた。
「
永琳はこれほど素晴らしい名はないというほど自分の会心の出来にうんうんと頷いてる。対して自分は普通そうな名前でどこがカッコイイのかいまいち分からない。それに黒のイメージはどこ行ったと首を捻った。そんなこちらの様子を見て永琳は、
「あら?嬉しくないの?もしかして普通だと思ってるの?名前の意味を知ったらあなた絶対喜ぶわよ!」
自信満々な永琳。それでは名前の意味を聞こうではないか。
「まずね聡という漢字は、【耳がよくとおる。すばやくわかる。わかりがよい。】という意味があるの。狼であってあなたは耳がいい。そして、あなたは人間の言葉が分かるほど賢い。ぴったりじゃない!」
永琳ははしゃぐ。名前の意味を聞いた自分も感心する。それは賢い狼である自分にぴったりのものだ。喜びに震え勝手に尻尾が左右に揺れるのが分かる。嬉しさで雄たけびを上げてしまいそうだ。そんなこちらの喜ぶ姿を見た永琳は、自身も本当に嬉しそうに言葉を続ける。
「それだけではないは、名は聡として苗字をつりがねでしょ。この苗字と名を一体にした【つりがねそう】という名前の花があるの。その花言葉にはね、不変って意味もあるの。この不変ってあなたの毛色の黒色のように、何物にも染まらない、時代がたってもそのままであり続ける不変なところから取って付けたの。カッコイイでしょ?。」
永琳はニコニコしながらこちらに同意を求める。それを聞いた自分は、たまらずにワオーン と雄たけびあげてしまった。今、自分は非常にうるさいであろう。でも仕方ないのだ、先ほどの聡という名前の意味でさえ興奮したのに、つりがねそうだと?自分の黒色のネガティブなイメージである闇・悪・恐怖を使わず、何物にも染まらない色として黒をあげている。カッコイイではないか不変の狼。何色にも染まらぬ一匹狼。群れなど、嫁などいらん、立派だとかどうでもいい。今までの悩みが消し飛ぶ。これほど興奮させたのは永琳だ。お前の付けた名のせいで自分はおかしくなったのだ。今だけは許せよ。
「どう?その様子だと気に入ってもらえたみたいだけど。」
ああ気に入ったとも。肯定の意をもってして首を縦にブンブンふる。
「良かった。名付けたものより、やっぱりその名前で呼ばれるものが気持ち良い名前がいいわよね。だからあなたが喜んでくれてうれしいわ。」
5分後ようやく自分の興奮も落ち着いてきた。それに気付いた永琳がこちらに声をかける。
「ねぇ、聡。あなたこれからどうするの?帰る家があったりするの?帰るにしても、あの妖に会うかもしれないのよ?だから私の家に住まない?」
もともと生まれた住処に帰るつもりはなかった。それに最近寝床にしていた森も、妖に目を付けられた今、帰れる場所ではない。
今思えば、長い時を旅してきた。だから、あと二年ちょっとの寿命を、永琳のそばで過ごすのもよいかもしれない。そう思い永琳の問いに首を縦に振った。
永琳と一緒に暮らし始めて二年くらいたった頃、いい加減自分も15歳程度だし狼の平均寿命的にそろそろ迎えが来てもいいころだと思ったが、相も変わらず元気だった。いや、永琳と出会ってから変わっていないといえる。これは、おかしくないだろうかと考え、疑問を解消するために永琳家の書庫に向かう。書庫にはこの都に関しての重要な歴史の本や薬品関係の本、その他もろもろと、図書館では?と見間違えるほどの本が収納されている。ちなみに薬品の本が一番多い。なんでも永琳は薬師だそう都で医者みたいなこともしているそうでしかも偉いらしい。だからこれほどの本を所持できる場所を持っているのであろう。
自分は永琳と出会ってから年を取っていないような感覚があるので、それについて調べる。4~5冊当たりを付けて書庫から抜き出し、書庫入り口付近のテーブル横にある椅子に器用に座り、尻尾で本をめくり読み進めていく。3冊読み終わったところで年を取らない理由が分かった。どうやらこの地球という、今自分たちのいる世界は、穢れに満ちており、その穢れこそが生物に寿命を与え死に至らしめるらしい。そして、この都はその穢れを排除することに成功してるらしく、身体が成体となったものはそれ以上年を取らないそうだ。
永琳が成長しているのは、まだ成体になっていないのだからだろう。
疑問は解消されたし、家に帰って永琳においしいご飯を食べさせてもらおう。そう思い本をしまって書庫を去る。
基本的に永琳が仕事でいない時は家でじっとしているか、書庫で本を読んで知識を高めているいる。逆に永琳が居る時は、一緒に散歩をしたり、仕事の愚痴を聞かせられたり(愚痴を言ってはいるが皆のために働くことは誇りに思ってるらしい)、尻尾をモフモフされる。モフモフはカッコイイ狼を目指す自分として遠慮願いたいが、他でもない永琳がするので仕方なく抵抗はしないでいる。
今でこそ散歩に堂々と出歩くようになったが、当初はやっぱり周りの人から、この真黒な毛色と普通の狼より一回りおおきいことから少し怖がられた。狼な時点でで怖かったみたいだが。しかし、散歩の最中、都を守るため時折妖とも戦う有名人で信頼も厚い永琳が居ることで、一応周りの人は安心しているみたいだ。そうやって、怖がられるためあまり人通りのない所を散歩することにしていた。ある時永琳の言いつけを破り、一人で散歩に出たこともあった。その時のことがばれて、永琳が居ない時は人通りのない所でも、一人で出歩くことはできなく、少し不自由に感じてはいた。
そんなこんなで、半年くらい隠れながら散歩する生活を送っていた夜。不意に目が覚めた。すっかり忘れていた、いや、忘れ去ろうとしてたあの臭いが漂って来たのである。まだ都には入ってきてはいない、しかし、どんどん近づいてくる。しかも、あの妖だけではない、もう一体いる。まずいと思い、すぐさま永琳の家から飛び出し全速力で門へと向かう。永琳も自分が飛び出したのに気付いたのか後から追ってきている。しかし待っている暇はない。ことは一刻を争う。門が見えてきたところ。武装した男たちが近づいてくる妖にすでに気付いていたらしく迎撃の準備を進めていた。だがもう一体には気付いていない。その証拠に誰もが前から走ってくる妖しか見ていない。もう少しで自分も門につく。武装した男たちに対して警告のため吠える。それに気付いたのか、以前永琳を背負い門まで連れてきたと時に見た、色の違う服を着た男がこちらをちらりと振り返る。しかし、警告のために吠えた意味が分からなかったのか前に振り返り眼前の敵、妖を攻撃するため武装した男たちに対して発砲の合図をかける。
「撃て!」
その合図ともに銃は火を噴き、鉛玉が妖に傷をつけている。その光景は以前見たあの妖を追い返した時と同じである。そして、あの時と同じように妖は踵を返して走り去っていく。そう、ここまでは以前と一緒だ。しかし今回は以前と違ってもう一体いる。
武装した男たちは、妖が去っていったのを見て安堵している様だった。そこを狙っていたのだ。油断、武装していた男たちはその瞬間を狙われた。男たちの足元の土がめくりあがり、ムカデのような、ムカデとは比にならないほど大きな人一人飲み込んでしまえそうなムカデが現れ、男たちに襲い掛かる。男たちは油断をつかれたためか、対応が間に合わない。(間に会え!!)自分の持てる最大の脚力でムカデに飛びかかり、ムカデの胴に食らいつく、その勢いでムカデを男たちから遠ざけることに成功した。しかし、たった今ムカデに襲われ殺されかけた男たちは、突然ムカデ現れたこと、そして闇に溶けるような真黒な狼が現れたことに恐怖して、動けないでいる。自分はその状況に気付き、どうにか男たちが立て直すための時間稼ぎを始める。(永琳が住むこの都を荒らすことは許さん)そんなことを思いながら必死に、ムカデにくらいつく。
男は驚愕していた。
妖が二体で攻めてきたことを、そして一体が囮として、本命は油断を狙って攻めてくるなどと、知能ある作戦を実行してきたことを。しかし、もっとも驚愕したのは、たった一体の狼が妖と互角に戦っていることだ。あの狼は確か、以前に八意様を背負って都に逃げてきた狼のはずだ。狼は少し体がでかいだけで、妖力は持たず、八意様を救った功績により八意様の監視の下でならと都に住むことを許された。八意様とのんびり都の散歩をしているの見かけたことがある。だがある時、彼が一匹で散歩に出かけているのを見た。それを見かけた私は、彼が人を傷つけることをしないか警戒し、彼の散歩をつけたことがあった。彼の散歩はあまり人通りのないところで行われていたのでそうそう何か起こることもないだろうと安心していた時だった。偶然子供が二人、彼の散歩のコースでボールを蹴って遊んでいた。そのボールが運悪く彼に当たってしまったのだ。冷や汗をかいた。同時にあの子供二人が危ないと思い彼に向かて銃を構える。何かあれば八意様には申し訳ないがこの引き金を引こうと、どんな罰でも受けようと、子供たちを守れるなら。覚悟をもって、引き金に指をかける。
そんな私の覚悟をもっていた自分がばからしくなるほど、彼のとった行動は、温厚だった。鼻先でボールを子供たちの方に転がしたのだ。人間同士では当たり前に起きることであっても、彼は狼なのだ、肉を食う獣。
人だって例外ではない。・・・はずであるが、今目の前にある光景は、ボールを返してもらった子供たちが、ボールそっちのけで彼の尻尾や背中を使って遊んでいる。遊ばれている彼は、ただじっとその場に伏せ、されるがままに・・・いや歯を出すことさえせずに、子供たちを気遣っている。
なんだこれは、そこらの犬より利口で温厚ではないか。銃の引き金にかかっていた指を離す。彼は危険ではない。今この状況が物語っている。
彼には悪いが八意様の監視なしで散歩していたことは報告しておこう。しかし、彼への認識を改めよう。彼は優しい狼だ。
そんな光景を見た男だからこそ、今の彼の行動に驚愕している。いつもの温和そうな顔はなりを潜め、牙を剥き出しでムカデを威嚇する。のんびりしている彼の動きからは想像できないほど俊敏動きで、ムカデの絡みつこうとする攻撃を躱していく。一進一退の攻防。噛み付きムカデの胴を引きちぎり、その胴から緑色の体液が飛び散る。対するムカデも鋭利に尖った足先で彼の身体に深くはないが、傷をつけていく。偶に彼を無視して動けないものを狙おうとするムカデに食らいつき、引き離す。時には盾になって攻撃を代わりに受けている。
血に濡れ牙を出しムカデの肉を噛みちぎるそんな姿の彼に恐怖を感じる。しかし同時に、思わずひれ伏したくなるような神々しさを感じている自分もいる。おそらく、周り皆も同じ気持ちであろう。誰一人武器を構えずにこの光景に見とれている。漆黒の身体に赤く光る眼、妖のムカデの身体を食いちぎるその牙に。
それからすぐのことである。彼が突如先ほどまでムカデの身体に纏わりつくように攻撃していたのをやめ、大きく後退し、そうして助走をつけてムカデの身体に突進を仕掛ける。ムカデは堪らず、大きく後ろに吹き飛んだ。それを見た彼はこちらに振り返り小さく吠えた。
最初妖を追い返した時に彼が吠えた意味は分からなかったが、今なら、彼の戦いを、彼を知った今なら分かる。都を守ろうとしてくれている。
周りも意味を理解したのであろう。皆何も言わずに銃を構える。それを見た彼が満足そうに、吠えた。
一斉射撃。元々彼の攻撃によって弱っていたムカデであり、それに加えて、外側の堅い装甲は彼が食いちぎり、肉が剥き出しの状態である。銃弾はムカデの装甲に阻まれることなくムカデの身体を貫通していき、最後にキィィとムカデが悲鳴を上げて力なくその場に倒れた。
やっと終わった。体中が痛み意識が飛びそうであるが、非常に満足だった。自分の姿を見た男たちが逃げ出すと思っていた。自分で言うのもなんだが、明らかにさっきまでの自分は殺気全開の野生全開だった。あれを見たらきっと恐怖するだろうと、逃げ出さなくても、ムカデと一緒に始末されるのではないかと思いもした。しかし、男たちは、最後の自分の一言を理解して都を守ろうと一緒に戦ってくれた。言葉を扱えない自分の考えを理解してくれた。確かにあの時心がつながった。一匹狼を気取っていたとしても自分は弱い、自分一人ではあのムカデにとどめを刺せなかっただろ。あの突進は最後の力で生み出せる賭けだった。そして自分は賭けに勝って、勝利を手にした。この男たちに賭けてよかった。永琳が住むこの都に賭けてよかった。永琳の住むこの都に生きるこの男達は、自分を信じてくれた。永琳が薬師として守るこの都が好きだった。だから一緒に守りたかったんだ。そして守れた。
永琳が自分の名を呼ぶのが聞こえる。少し泣いてるようにも聞こえるその声に、心の中で答えた。(泣かないでくれ、今自分はとても誇らしいんだ。だから笑顔でいてくれ)
駆け寄ってきて、自分を抱きしめてくれた永琳の腕の中で眠りにつく。