一行目、コレがわからない。
自分の腹の部分が妙に暖かい、それに圧迫感がある。そんなことを思い、ふと目を覚ます。目を開き最初に見たものは窓から注がれる陽の光であった。夜が明け外が明るくなっている。
先ほどから圧迫感のある自分の腹に目を向けると、椅子に座りながらこちらの腹に寄りかかる永琳が居た。どうやら眠ってしまってるようだ。
他人が眠っているのを見るとどうにも自分も眠たくなる。このまま惰眠を貪るのいい。だが、あの妖との戦いの後のことが気になってしまい、気になりだしたら眠れない。あの後のことを永琳にすぐ聞きたい。なので、永琳の肩を揺すろうと、尻尾に力を入れた時だった。
ック・・・痛みによって小さく声をあげてしまった。どうやらあの戦いで負ってしまった傷は、まだ完璧に治っているわけではなく、尻尾や足には包帯が巻かれている。
多少の痛みを我慢し、当初の予定通り永琳の肩を尻尾で揺する。2~3度揺すると永琳は、んん・・・と眠気の残った声で呟きながら、目をこすりだし、そしてこちらの顔を見た。
こちらの顔を見た永琳は、寝起きだったからか、涙目になってこちらに声をかけてくる。
「もう起きないかと思ったわ・・・。だから本当に良かった。」
そう言ってこちらを強く抱きしめてくる。
抱きしめる力は一向に弱まる気配を見せず身体も痛むが、これほど心配してくれていたのかと嬉しくなり、彼女の気が済むまでこのままでいようとこちらも受け入れ続けた。
それからようやく落ち着いたのか、あの戦いの後のことを教えてくれた。
眠ってしまった自分は、一緒に戦った男たちに永琳家まで送り届けられ、体中傷だらけの自分を永琳が治療してくれたこと。三日間眠り続ける自分をずっと看病してくれたこと。そして、幸いにもあの男たちは大した怪我もなく無事であるとのことだ。
「あなたの状態は本当に危なかったのよ。体中傷だらけで、特に脚の傷は相当深かったわ。最悪一命を取り留めたとしても、もう歩けない体になっていたかもしれないわ。」
戦っている時は、ただがむしゃらだったから痛みなんて大して感じてなかった。だから、永琳の話を聞いて自分があの時いかに危ない状態だったのかを理解した。それにしても自分は大した生命力だ。
都で薬師でありながら一番の名医と呼ばれる永琳ですら、死ぬ可能性を感じせる傷を負ったのに、今生きている。それに、脚だって包帯で傷口は見えないが力を込めれば動く。歩けないほどではないだろう。
「自分の身体だから気付いてはいると思うけど、このまま安静にしていれば、時期自由に動き回れるようになるわ。ただ、私の見解ではあなたは歩けない体になるはずだった。なのに、あなたは歩けるようになるまで回復した。それには私もびっくりしたわ。狼はこれほど凄い回復力を持っていたのね。」
それはそうであろう。人間とは違い野生で生きる生き物。怪我をしたからと、医者に掛かる狼はいまい。永琳も人の医者であるからきっと自分のような獣の身体に詳しくないのだろう。
「疑問は残るけど、今のあなたに必要なのは療養よ。お腹がすいたでしょ?今から食べられるものを用意してくるわね。少し待っててちょうだい。」
そう言うと、おそらく食事の準備をしてくれるのであろうか、部屋を出て行った。
5分ほど身体を動かすのも痛いのでボーっと窓から外を眺めていると、永琳が戻ってきた。
「お待たせ。消化にいいものを持ってきたわ。」
そう言った永琳が持ってきたものは、大きなお椀に入れられたすりおろしたリンゴで、ベットを汚さないようそれを床に置いた。
「どうぞ。」
そう永琳が言うので、ベットから降りてリンゴと向き合う。そのリンゴを見ているとふと昔のことを思い出した。
野生でいた頃は一日中歩き回ることがざらにあったのと自分の身体が大きいこともあって、一日の食事量はとんでもないもので、鹿を2~3頭狩る日もあった。しかし、今では運動といっても都の中を少し散歩する程度で、大して腹もすかず食べる量もずいぶんと減ったものだ。
一食にリンゴ2~3個でも満足できてしまう。だが、やっぱり一番好きなのは肉だ。永琳もそれを知ってか、毎食必ず料理の中に肉を使ったものが出てくる。生肉もおいしいが、永琳が料理してくれるものはもっとおいしいので満足している。
そして今、目の前のリンゴだ。食べる量としては申し分ない。消化にもよさそうだ。
しかし、・・・肉が食べたい。
リンゴもおいしくないわけではないが、消化にいいものとして今日の夜も肉が出ないかもしれない。
そう考えるとここでリンゴを食べ満足の表情を見せると夜も肉が出ない可能性がある。ならば、一度ここでリンゴを拒絶しておいて、そしてその後渋々リンゴを食べる。
それを見た永琳が、やっぱり肉料理が食べたいのねと、察してくれて夜は肉料理という運びにはならないだろうか?そんなことを考えて食べださずにいると、
「あら、なぜ食べないのかしら?いつもリンゴ食べてるじゃない?変ね。」
食べ始めないことに疑問感じてるようだ。
よし!
これで永琳に、リンゴが嫌いなわけではなく他のものが食べたいと伝わったな。
いや、まてよ・・・もしかしたら、このまま渋々リンゴを食べる演技などしなくても、今肉料理に変えてくれるかもしれない。別に腹を壊して寝込んでいたわけでもない。消化でいいものである必要もない。
そうとなればこのまま拒絶を続行だ。そう思い食べない姿勢を貫きついには、リンゴの前で座り込んだ。
その拒絶の姿勢を見た永琳が
「分かったわ。そういうことね。」
そういって部屋から出ていく。
永琳には悪いと思ってる。すりおろしただけだとしても、自分のために作ってくれた料理だ。無駄にしたくない気持ちはある。しかし、あの戦いで血を流しすぎたのか身体が肉を欲してしまってる。
心の中でごめんと思っていると、永琳が戻ってきた。
早いな・・・さっき出て言ったばっかりなのにすぐに戻ってきた。料理を作る時間などあったか?もしかして作り置きがあったのか?まぁすぐ食べれるのにこしたことはない。目の前にリンゴを置かれた状態だ。
すでに胃袋は食事を受け入れる準備ができている。
今すぐ食べたい。あまりにも待たされてしまえばリンゴに手を出してしまう危険性もある。
だから、すぐにその料理を食べさせてくれ、そう思い永琳の持ってきたものを見る。
・・・ない?何も持っていない?隠してるわけではないのだろう匂いも漂ってこないし。料理を作りに行ったんじゃなかったのか?いやきっとどこかに・・・そう思い永琳の体全体を隈なく見る。
やっぱりない?いや、あった!・・・しかし料理ではない?おいしそうに見えないし。何より手のひらに収まるくらい小さい。あれは・・・スプーン?
戻ってきた永琳は少し恥ずかしそうにしながら
「身体が痛くて、食べずらかったんでしょ?気付かなくてごめんなさいね。食べさせてあげるわ」
そういって目の前のすりおろしリンゴをスプーンですくってこちらの目の前まで持ってくる。
「あ~ん」
頬を赤らめらがらも、食べることを催促してくる。
・・・・・・そうだが、そうじゃないんだ。
分かってくれないかこの気持ち。恥ずかしがってる永琳は可愛らしく、思わずごちそうさまと言いたくなってしまう。まだ食べ始めてもいないのに。
それに、そんなことされたら肉なんかよりそのリンゴがおいしそうに見えてしまうではないか。
今晩の肉を確保するため、抗え理性・・・
ああ、抗えない
いただきます。
そして、そんな嬉し悲しの食事タイムが終わり、永琳が
「本当は、肉料理が食べたかったのでしょう?」
そんなことを聞いてくる。
なんだちゃんと伝わってたのではないか。ではなんで、恥ずかしい思いまでして自分に食べさせてくれたのだろう?
そんなこちらの疑問に答えるように
「だって最近のあなたはなんでも自分でしてしまおうとするのだもの。本を読むにしても、最初の頃は読み聞かせてあげていたのにいつの間にか字が読めるようになって、しかも本も尻尾でめくるなんて器用なことできるようになっちゃったでしょ。それに、さっきご飯を食べる時もそうよ。ベットから降りるとき少し痛そうな顔してたわよ。そんな時ぐらい食べさせてくれって頼ってくれてもいいじゃない。私たち友達なのよ。」
そう寂しそうに永琳は言った。
そっかぁ、思えば最近の自分は確かに永琳に頼らずなんでもしていたような気がする。でもそれだって永琳に迷惑かけたくなかったから故だ。
友達なんて永琳しかいないのだからどこまで頼っていいか分からなかった。でも、こういう時頼ってもいいのが友達なのか。
これからは、色々頼ってみて、それでどこまで頼ると迷惑なのか知っていこう。そうすれば行き過ぎた遠慮によって永琳が寂しそうにすることもないんだから。
目が覚めて二日もたてば、身体に巻いてる包帯もとれ、身体の調子が戻ってきた。すこし気分の方は優れないが。
今は永琳と一緒に、都で最も偉い人物、月夜見のところに向かっている。道中永琳は月夜見について教えてくれた。なんでも月を司る神らしく、月夜見の力によってこの都から穢れを排除しているらしい。
その話を聞いて、なるほど、最も偉い人物?人ではなく神か、である理由が分かった。
そんな偉い神が自分たちに何の用かと永琳に問えば、なんでも、この間の妖から都を守ってくれたことに対してお礼が言いたいらしい。
そんな話をしている間に目的地に到着した。その目的地は今まで見てきた建物とは比べものにならないくらい高い。
その建物を見上げていると永琳が、
「月夜見の住んでいるのはね、この都で最も高い建物の最上階よ。何でも月に近い方が力を使いやすいんですって。」
なるほど、だからこんな上るのも大変そうな所に住んでいるのか。
「さぁ今から最上階の月夜見の所に行くけど、決して粗相はないようにね。」
分かっている。賢狼である自分がそんな事をするわけないだろう。
最上階へは、エレベーターという乗り物に乗って移動した。階段で上るのより断然はやい速度で目的の最上階に到達し、エレベーターの扉が開く。
エレベーターを降りると真正面に扉が一つ。最上階には他には扉がなく、どうやら最上階は月夜見しか住んでいないようだ。
キョキョロとあたりを見渡す自分に対して永琳が、入るわよと言い、その扉開いた。
最上階は一部屋しかないからかその部屋はとても広く、入ってきた扉の反対側の壁は一面ガラス張りになっており、解放感がすごい部屋だった。
そんな部屋の中で、その横顔から見るに永琳と同じくらいの年齢であろう女が、窓から地上を見下ろしていた。
「月夜見お久しぶり。」
永琳の挨拶に反応して、月夜見がこちらに振り向き、言葉を返す。
「久しぶり永琳。そしてそちらが件の狼か。」
永琳に向けえていた視線をこちらに向ける。
そしてその視線に気づいた永琳が喋れない自分に代わって紹介してくれる。
「そうよ。彼の名前は聡。とても賢い狼で私の自慢の友達よ。」
とても誇らし気に永琳は自分を紹介してくれた。
「名を聡と申すか。私の名前は月夜見。最初は永琳を、そして此度は都を守ってくれたこと、とても感謝するよ。ありがとう聡。」
月夜見が紹介と感謝を述べてくる。その感謝を素直に受け取り、ペコリと頭を下げる。
永琳に対し自分のことをいくつか質問してきた。自分は喋れないのでその質問答える永琳を見ながら、話し終わるのをその場で座って待っていた。
そして、話は終わったのか、永琳が帰りましょうとこちらに言ってきた。
なので永琳と一緒に帰るために踵を返した時だ。
月夜見がこちらに呼びかける。
「永琳。少しその聡というものと話がしたい。どうか、二人で話をさせてくれないか?」
そのようなことを言ってきた。それに対し永琳が言葉を返そうとする前に、
「永琳。聡をここに一人で置いていくことを不安に思っているのだろう?絶対危害は加えぬから、そのもと話をさせてくれ。帰りもこの家の警護に送らせよう。」
永琳が、何か言い返そうとするが、月夜見の態度がとても真剣なのものなので迷っている。
あったばかりの自分に、しかも喋れないものに、何をそんな真剣に話すことがあるのか?
もしかしたら今回の件で都を守りはしたが、自分が妖と戦える力を持っていることを危惧し、危険がないのか自分自身で確かめることが目的ではないか?
ならば自分が安全であると、ここで月夜見に分かってもらうしかあるまい。
そうしなければ、自分はいつかしか危険だとみなされ、一緒に住んでいる永琳に迷惑がかかることになってしまう。
そう思い、永琳のそばから離れ月夜見のそばによる。
それを見た永琳は、自分が月夜見と話をすることを望んでいると理解して
「帰りは気を付けて帰ってくるのよ。」
そう言って部屋を出って行った。
永琳が部屋を出て少したってから、月夜見は、永琳が出って行ったドアに向けていた視線を自分に向けて、真剣な顔で話し始めた。
「おぬしは、自分の身体の変化に気付いているか?」
何を言っているのだろう?自分は怪我をしていたが、それはもう完治したことなので関係ないだろう。ではいったい、どういう意味だ?
自分が心当たりがないと、首を傾げるのを見て月夜見は続ける。
「あの日な、妖の襲撃があった日だ。ここからでも妖の妖力が感じとれていたんだ。おぬしが戦っていたからか、その妖力は徐々に小さくなっているのを感じたよ。
だからの、もう少しで倒せるのだろうと安心しとった時だ。
不思議なことに、兵が私の元に来て、妖を狼の援護のもと討伐したと、報告してきおったのだ。しかしまだ、微かにだが妖力を感じるのにだぞ。」
月夜見の話を聞いて、筋肉が強張る。
死んだと思っていたあのムカデはまだ生きている!?
妖力が消えていないという事はそうのだろう。また森の妖と一緒に襲ってくるかもしれない。
そんな自分の緊張が伝わったのか月夜見は
「安心せい。あの妖はすでに死んでいる。私が死体を確認してきたのでまず間違いない。それに去っていったという妖も最近都には近づいておらん。」
すでに死んだのを確認しているという言葉に、ホッと安堵する。
だが疑問が残る。それならばその小さな妖力はいったいどこへ消えたのだ?あのムカデは死んだと思っていた時に死んでおらずそのあと死んだのか?
その疑問の答えを月夜見が語る。
「最初その妖力は都の中に入ってきてな、焦った私はすぐにその妖力を追ったよ。戦の神ではない私でもここまで小さい妖力の相手ならどうにかなると思ってな。そして、妖力の出所に着いた。そこはな・・・」
あと一歩のところで真相が語られようとしたところで、月夜見は、言葉を一度切った。
そして、一呼吸着くと続ける。その先の言葉を・・・
「永琳の家、そしておぬしから出ていた。」