モンスターの生態   作:湯たぽん

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その16 強いバゼルの弱い生態(後編)

「・・・・バゼルギウスだニャ!」

 

 

 

「シッ!」

 

大岩の向こうに、ターゲットであるバゼルギウスが居た。しかも、

 

 

 

「さ、3頭も居るニャ・・・・」

 

 

 

「シィッ!」

 

アスにとっても、3頭は想定外だった。少しだけ慌てたように、オモチを大岩の陰に引っぱり込み、いつものハンターノートを取り出した。

 

 

 

「うっひゃあー・・・・バゼルギウスって、群れで行動するモンスターだったかニャ?」

 

オモチは大岩から少しだけ顔を出して、脅えながらも向こう側を観察している。

 

低い山の頂上。周囲は大岩が散在しているが、バゼルギウスがいる中央はかなり広い円形広場になっている。

 

 

 

「いや、あれは群れというより・・・・家族だ」

 

ハンターノートに現状をメモしながら、アスは3頭のバゼルギウスの中心を指差した。

 

 

 

そこには大きな草食竜、アプトノスが横たわっていた。既に息絶えており、3頭のバゼルギウスのうち1頭だけがその腹に牙を突き立てている。

 

 

 

「ごらん、先に食事を始めたのが、小さいほうの1頭だけだよ。大きいほうの2頭は親なのだろう」

 

アスが親のほう、と指差す2頭はかなり大きい。対してアプトノスに食らいついている個体は見劣りする体格。しかも、

 

 

 

「!食べてるほうの翼、えぐれてるニャ。ご主人が部位破壊した個体は小さいほうニャ!」

 

オモチが指差したのは小さい方。クエスト失敗とはいえ、ハンターの意地か部位破壊だけは何ヵ所かしてあるようだ。

 

 

 

「やはりか・・・・」

 

アスが素早くメモをとる。

 

巨大なバゼルギウスが2頭、エサを運び最小金冠にも満たないようなサイズのバゼルギウスに食べさせている。この家族団欒の風景が示すものは、つまり・・・・

 

 

 

「ボクとご主人がやられたバゼルギウスは・・・・鱗が小さくて薄くて、裂傷させてくるアレは・・・・」

 

ショックを受けたように、オモチが呆然とつぶやいている。

 

 

 

「・・・・そうだね。これではっきりしたね」

 

アスが言葉を継ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

「幼体だった、ということさ」

 

少し気の毒に思ったのだろう、慰めるようにオモチの肩(ほぼ首だが)に手を置いている。

 

 

 

「爆鱗の形成不良で薄く鋭く、軌道も不規則になり、かえって戦闘力が上がってしまっていたのだろうね」

 

オモチをフォローしているつもりだったのだろうが、次第に早口になっていくアス。

 

 

 

「鱗を爆発させるなんていう無茶なバゼルギウスや、尻尾を赤熱化させて武器として振るうありえないディノバルド。これらの生態はあまりにも生物としての機能が特殊過ぎると、学会でも長らく議論の的だったんだ。でも最近出された仮説が支持を得て後は観測待ちという状態だったんだ」

 

バゼルギウスに見つからないようにかなりの小声、しかも早口になってきているアスの解説を、オモチは今度は真剣な面持ちで聞いていた。呑気な彼でも、子供にやられたとあれば、さすがにプライドが傷つけられたのだろう。

 

 

 

「バゼルギウスもディノバルドも、基本サイズがかなり大きい。最小金冠でも他のモンスターの最大金冠に迫るようなサイズしか観測されないのは、それだけのサイズに成長するまで長い長い期間、親モンスターの保護下に置かれ、ハンターの活動範囲内から遠ざけられた場所で、爆鱗の形成や尻尾赤熱化の技を直接伝授されているのだろう、ということさ」

 

かなり複雑なアスの話を、どうやら完全に理解しながら聞けているらしい、世にも珍しいオモチ。

 

 

 

「じゃあ、あの子もだんだん鱗を爆発させられるようになるんだニャあ」

 

部位破壊された箇所を一生懸命治そうと、懸命にアプトノスにかぶりついているように見える小さなバゼルギウスを指差し、なにやら感慨深げにオモチがつぶやく。

 

 

 

「いや・・・・ここからがまだ未確認なのだけれど、だんだん、ということは無いと思われる。恐らくキミとご主人は、彼が鱗を爆発させられるようになる、まさにその瞬間に邪魔しに行ったんだろうと思う」

 

 

 

「急に鱗が爆発するようにニャるってこと?」

 

さすがにそれは不自然なんじゃないかと、オモチが大きく首を傾げる。すると今度はアスがバゼルギウスのほうを指差した。指先は1番大きな個体を差している。

 

ゆっくりと大きく翼を広げ飛び立とうとしているようだ。

 

 

 

「おぉ・・・・っ!あれだよオモチ」

 

急に興奮しはじめ、ノートにペンを走らせるアス。声も先程より大きくなってきている。

 

一方飛び立ったバゼルギウスは、急旋回すると家族の頭上を飛び、

 

 

 

「ほら今!鱗を落としたよ。」

 

家族の真上だからか、落とした鱗は爆発しなかった。不発弾ばかり多数落とした親バゼルギウスは、再度急旋回。

 

 

 

「下の方も見て。幼体バゼルがじ〜っと見つめているよ」

 

また頭上を横切る偉大な父親に憧れるように、不発弾が降りしきる中、空を真剣に見上げている。

 

 

 

「絨毯爆撃ニャ・・・・あの厄介なワザができるようになれば鱗が急に爆発するのかニャ?」

 

まだ納得できないのか、首を傾げたままのオモチ。なおも親バゼルギウスを観察するが・・・・

 

 

 

「あ・・・・」

 

不意にアスがしまったという風に声をあげた。向こうでは親バゼルギウスがまた方向転換している。

 

 

 

「ニャ・・・・これはヤバいニャ」

 

オモチも気付いた。バゼルギウスが落とす鱗が急に赤く輝き始めた。すぐに爆発音も聞こえ始める。

 

 

 

「そりゃあ・・・・」

 

 

 

「これだけ大声でしゃべり続けてたらニャあ!!」

 

巨大な親バゼルギウスが爆撃を行いながら、アスとオモチのほうへ突っ込んできた。

 

 

 

「逃げ逃げ逃げ逃げ・・・・っ!」

 

 

 

「あかんあかんアカンアカンニャニャニ゛ヤアアあ゛あ゛!!!」

 

爆風に軽く炙られつつ、家族の時間を邪魔した不届き者は一目散に走り出した。

 

 

 

「しる・・・・べっ!むし!は!大丈夫だね!?」

 

 

 

「もももも!!?持ってるニャ!ちっこい方ならまだ追うことできるニャ!ににに逃げるニャああ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この後二人は散り散りになり、何故か親2頭に執拗に追いかけられたオモチが調査拠点アステラに戻ってこれたのは、丸々3日経った後だった。

 

 

 

「いやぁ〜、あれは怖かったね」

 

 

 

「えびちゃんがあんなトコで学者モードに入るからだニャ」

 

同時にアステラに到着していたらしいアスと、食事エリアで顔を合わせた二人は、互いの泥だらけの格好を見て吹き出していた。

 

 

 

 

 

「3バゼルは無理だよなあ?」

 

 

 

「しかもうち1頭はほぼ新種ニャんだから。逃げるが1番だニャー」

 

3日間貯まりに貯まった調査ポイントを超大盛りの食事に換えつつ席につく。

 

 

 

「・・・・で?ボク頭良くないからあんまり自信ニャいのだけれど」

 

意外やおバカを自覚していたオモチが、今回の調査対象に関する理解度を確認したいと言い始めた。オーダーから数秒で即出てくる巨大な骨付き肉にかぶりつきつつ、記憶を探りながらまくしたてるが、しかしその内容は驚くほど正確なバゼルギウスの生態だった。オモチにとってもやはり刺激的で興奮する調査内容だったのだろう。

 

 

 

「結局、ボクとご主人のユタぽんがやられたバゼルギウスは、大人になる一歩手前の幼体だったんだニャ?」

 

自分の主人をひどい呼び方で呼ぶが、アスは当然スルー。ゆっくりと頷いた。

 

 

 

「大人になるまで、バゼルギウスってのは爆発する鱗を作ることができニャい。爆鱗の作り方、落とし方を親に習いつつ何十年と護ってもらう」

 

 

 

「そこがどのくらいの長さの期間なのかはまだわかってないけど、ね」

 

少しだけアスが補足を入れるが、オモチの調査報告はここまで完璧だった。

 

 

 

(あのオモチがこんなに真剣に物事を理解しようとするなんて、ねぇ・・・・)

 

 

 

 

 

「で、ボクらが出会ったバゼルギウスは・・・・えーと・・・・ニャ・・・・ニャんだっけ・・・・」

 

アスが感心していると、急にオモチはどもりだした。しばらく目の焦点があわないまま手足をばたばたさせたかと思うと、

 

 

 

ボヒゅう・・・・

 

 

 

大量の冷や汗が吹き出し、頭からは煙まで出して、テーブルの上に座り込んだ。

 

 

 

「・・・・あ、流石にメモリ不足だったみたいだね」

 

 

 

「無理ニャ」

 

 

 

「ん。よく出来ました。オモチとユタさんが出会った若いバゼルギウスは、爆鱗の作り方が不十分で、爆発しなかったんだ。でも不十分ゆえに薄く不規則な形が裂傷を引き起こす。しかも薄いために落下軌道が予測できなくて、避けれなかったみたいだね」

 

引き継いでアス。オモチはあっさり復活すると、また座り直して興味津々で話を聞いていた。

 

 

 

「そうそうそれだニャ・・・・で、最後だけ聞きそびれたまま逃げ出しちゃったわけだニャ」

 

生態説明をアスに譲り、食事を思い出したのか極太ソーセージをまるで麺でもすするかのように丸呑みし、オモチが聞く。

 

 

 

「バゼルギウスが大人にニャる、というか鱗が爆発するようにニャる、ってどーゆータイミングニャんだニャ?」

 

うん・・・・。質問を向けられたアスは、頷きつつ懐から大きめの皿ほどの大きさのモノを取り出した。

 

 

 

「それは・・・・あのバゼルギウスの薄い鱗?かニャ」

 

 

 

「そ。あの後竜結晶の山頂で待ち伏せたのさ」

 

竜結晶の地。ハンターの狩猟場の最前線であり、その山頂はバゼルギウスがもっとも多く見つかる場所。

 

 

 

「そこに、再びあのちびバゼルは現れたよ。お父さんに教えてもらった通り、山の上を優雅に飛びつつ、鱗を落として。何度も急旋回して、何度もね」

 

やはり、最初は鱗は爆発しなかったよ。と言いつつ懐から次々と、何枚もの鱗を取り出すアス。取り出すにつれ、だんだん鱗は分厚いものへと変わっていった。

 

 

 

「最後に、自分ごと地面にダイブした時だよ。そこで初めて鱗が爆発したんだ」

 

アスはその場面を思い出し、感動したように眼を閉じ身体をぶるっと震わせた。

 

 

 

「心底嬉しそうに、大きく咆哮していたよ。これで真の巣立ちが出来るんだ!ってね」

 

自分が心底嬉しそうに、テーブルから身を乗り出すアスは、その情景をスケッチしたハンターノートを見せびらかすように開いて見せた。

 

 

 

「あの、絨毯爆撃、それも竜結晶の地のあの場所での、が彼らの『成人の儀』だったんだね」

 

 

 

「へえぇぇぇ・・・・ニャん」

 

興味津々でスケッチを覗きこむオモチ。

 

だがすぐに、眉をひそめてアスのほうに向き直った。

 

 

 

「でもえびちゃん・・・・。成人の儀、て言っても飛んで、鱗落として、急降下して、ってだけでいきニャり鱗が爆発するもんかニャ?逆にそんなことしニャくても、あの岩山の巣で練習しとけば爆発できるようにニャるんじゃニャいかニャ?」

 

がちゃん。首を傾げ過ぎてエールをひっくり返しているが全く気にしていないオモチ。

 

対して、さりげなくエールジョッキを戻しぱさりとタオルを敷くアスは、その質問は予想していたよと言うかのように落ち着き払ってハンターノートの別頁を開いた。

 

 

 

「ドドブランゴって、覚えているかい?オモチ」

 

その頁に載っていたのは、白い毛に真っ赤な顔の大猿だった。話をはぐらかされると思ったのか、オモチはさらに眉をひそめながらもとりあえずは素直に頷いた。

 

 

 

「ドドブランゴってね、実はまわりにいーっぱい引き連れてるブランゴと、身体の中身は全く一緒でね。群れのボスたるドドブランゴが倒されると、その取り巻きのブランゴの中の1頭が急に身体が大きくなって替わりのドドブランゴになるんだよ」

 

 

 

「!?ニャんと!」

 

がちゃん。今度はビックリしてまたオモチがエールをひっくり返した。

 

 

 

「自分が次のボスなんだ、という『自覚』。それだけであれだけの変化が起きるものなんだよ、モンスターって。バゼルギウスに関しても、『大人になった』、『成人の儀をやり遂げた』という自覚が身体に大きな影響を及ぼすのさ」

 

 

 

「それは、納得だニャあ・・・・」

 

深く感心したように頷くオモチ。今度は自分でエールジョッキを戻し、こぼしたエールを舐めとる。

 

 

 

「あ!それじゃあ、この先大きな環境変化が起きたら、何かを『自覚』して凄い進化しちゃうモンスターも出てくるかもニャ!?」

 

テーブルを舐める途中、急に思い付いたようにオモチががばっと身体を起こした。あたかも頭の上に大きなビックリマークが見えるかのようだ。

 

 

 

「あっはっは!そんなの今さらだよ、オモチ」

 

可笑しそうに笑いながら、アスはジョッキにほとんど残っていなかったエールを平らげた。

 

 

 

「ゾラ・マグダラオスが新大陸へ渡り、ゼノ・ジーヴァが新大陸に産まれ、ベヒーモスやレーシェンまでもがこの新大陸、いやこの世界に大きな影響を及ぼしているんだよ、今は」

 

アスは立ち上がり、海を指差し、大峡谷を指差し、背伸びをしてさらにその奥を指差し、今度は比較的近くの古代樹を指差す。そして最後は自分の分厚いハンターノートの、まだ多く残る白紙の頁を指差して締めくくった。

 

 

 

「この先、どのモンスターが、どんな風に進化したって、何も不思議じゃないんだよ」

 

その進化したモンスターにユタのようにボッコボコにやられるかもしれない、というのに。

 

オモチもアスも期待しかない輝いた眼のまま、改めてテーブルに運ばれてきたおかわりのエールで勢いよく乾杯した。


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