今回メインキャラクターになるリリィは、過去話
『その9 ばつぐんの スタイル』にて初登場。それからしばらく現大陸のドンドルマの街にてギルドナイトを続けていましたが
『その18 遺存種の生態と古代樹の暴走』で新大陸への渡航を希望していることが分かりました。
今回はその希望が通り、新大陸ハンターとして活動を始めましたが。何やら悩みがあるようです。
「あ~・・・・やっぱりあたし向いてないわ~」
調査の最中、足下に生えていたコケをむしり取りながらリリィはぼやいた。朝っぱらから情けない声を出しているのは、やたら堅牢で分厚い鎧に包まれているように見えるハンター、リリィ。しかし実は鎧が分厚いのは見た目だけで、装甲は他のハンターのそれと変わらない。そう見えるのは、彼女が子供にしか見えない身長であり、鎧を着込むとどうしても全体的に丸く見えてしまうためだ。小柄な竜人族というごく珍しい種族である彼女は、そのハンデを乗り越えてハンターとして活躍している。
「どしたの?リリィ」
くるりと振り向いて聞いたのは、先を歩いていたクエスト同行者のスズナ。蒼火竜と飛雷竜の素材を用いた鎧を着ているが、こちらはリリィとは対照的に鎧の上からでもスタイルの良さが分かる、見事な着こなしだ。
「これよ。まだ慣れられないわ」
「これ、って?」
「スリンガー」
「あぁ~・・・・」
左手を掲げリリィが言うと、スズナは即座に納得した。左手一本で弾を射出するスリンガーは最先端の技術だが、まだ効果も薄いし慣れるまでも大変だ。使い始めたばかりのリリィは、ただただ面倒臭そうにスリンガーに丸く固めたコケの塊を装填している。
「そもそもあたし、モンスターの弱点部位を狙うのが苦手だから肉質無視のガンランス使ってるのよね。スリンガーで何かを狙うってのが性に合わないみたい。すぐ外しちゃう」
2人の今回の狩場は龍結晶の地。洞窟内の壁と言わず天井と言わず、そこかしこに龍結晶がつららのように伸びている。
「いや、動くモンスターに当てるのが苦手でも・・・・」
言うと、スズナは天井を指差した。
「あそこにある結晶のつららに当てれば、落っこちてきた結晶がモンスターに当たって大ダメージが期待できるよ?」
「あ、知ってる知ってる。でも天井に当たる前にモンスターの翼に弾を当てちゃったりして失敗するんだ」
「あはは・・・・あるある」
いくらかは先輩であるが、スズナもまだ新大陸に来てから日が浅くスリンガーの扱いも慣れていないようだ。スズナもスリンガーに石ころを詰め・・・・ふと、顔を上げてリリィに呼び掛けた。
「当てるのが苦手だったら、コケやめてこっちの石ころにしたら?弾いっぱい拾えるからすこしくらい外しても大丈夫」
にっこりと魅力的な笑みを投げ掛けてくるスズナの提案に対して、リリィは何故か一瞬たじろいだ。
「あ、あ~・・・・私は・・・・良いよ、ヒカリゴケで・・・・。頑張って当てるよ」
いつも元気な友人が珍しく戸惑いを見せている事に驚いて、スズナは手を止めて立ち上がった。
「うん?そりゃヒカリゴケも有効な使い道あるけれど・・・・」
「・・・・うん」
スズナからの疑問符を含んだ反応に、またも歯切れ悪く生返事のリリィ。しばし沈黙を保つが。
「あ~・・・・私の"スタイル"なんだけどね」
耐えかねたのか、勝手に白状し始めるリリィ。元々黙っているということができない性格なのだ。
「自分の好きな素材を選択的に剥ぎ取れる・・・・だけじゃなくてね。というか、選択的に剥ぎ取るために、なんだけど」
リリィの"スタイル"は、ハンターズギルドでも重宝がられ、新大陸でも素材不足を解消する救世主として有り難がられた"ハギトリ スタイル"だ。宝玉だろうが天鱗だろうが、獄炎石だろうがいにしえの龍骨だろうが一発で
、何発でも探し当てる驚異のスタイル。
だが、リリィが言うにはそれだけではないようだ。
「素材の事が他の皆よりももっと見えちゃうみたいなの」
「スリンガー弾の素材も?」
「そ」
もはや狩猟対象を見失っている事も忘れ、座り込んで聞く姿勢をとるスズナ。リリィに至っては丸い岩を背もたれに、スリンガーに装填していたヒカリゴケを取り出しお手玉を始めている。
どうやら"ハギトリ スタイル"によって強制的に入ってくる素材の情報が、リリィをして石ころを敬遠させているようだ。コケをお手玉しながら、リリィはどう説明しようか考えていたが、割とすぐに話し始めた。
「スズナ、"胃石"って知ってる?」
「・・・・遺跡?」
聞き慣れない単語に首をかしげるスズナ。ちなみに二人がいる新大陸はもともと無人であったとされ、現在まで遺跡が発見されたことは無い。
「お腹の石、で胃石ね」
リリィがお手玉をやめてスズナの聞き間違いを正す。自分の腹を指差しながら、ぱくぱくと物を食べるジェスチャーをしている。
「モンスターはほぼ全種族、消化を助けるためにあらかじめ石を飲み込んで胃の中に納めているの。身体の大きさと胃の消化能力が釣り合っていない上に、顎も大きすぎるから消化しやすい大きさにまで食べ物を噛み切ったり咀嚼したり出来ないのも原因ね」
どこぞの生態研究員のように一気にまくしたてるリリィだが、スズナもかぶりつきで聞いている。
「ふんふんなるほど。獲物とかサボテンとかを丸呑みして、胃の中に入れといた石ですりつぶすのね?」
スリンガーとの接点は不明だが、興味津々で聞く姿勢をとるスズナ。気を良くしたリリィは、芝居がかった手つきで身ぶり手振りを交えて続ける。
「そ。スリンガー弾の中には、この胃石が使われているのもあるってわけよ」
「あぁなるほど、そこで繋がるわけね」
スズナも大袈裟に頷いて納得する。
「と言うことは、そこに落ちてる石ころも胃石なの?」
石ころを拾うのを嫌がった事の理由にはなっておらず、少し首をかしげながら、スズナ。するとリリィは結晶洞窟の天井を指差した。先程スズナがしたのとおなじように、リリィの指の先にはつららのように伸びている竜結晶が、地平から現れてしばらく経ち元気になってきた朝陽に照らされて輝いている。
「そもそも、単なる石ころを投げつけただけであの巨大な結晶が落ちてくる?大タル爆弾って、ちっちゃな石がぶつかっただけで爆発する?危なすぎるでしょ」
「た、確かに・・・・。モンスターの胃液か何かで威力が上乗せされるのね?」
「胃液だけならまだ良いんだけど・・・・」
ここでまた、リリィが言い淀む。いい加減不審に思ったのか、首をかしげたスズナが膝歩きでリリィに詰め寄り覆い被さるようにして、少しだけ苛立ちを含んだ声をぶつけた。
「さっきから気になる言い方するね。私けっこう石ころ使うから気になるのよ?ヤな情報が見えちゃうのなら教えてよ」
ぐぐ・・・・っと顔を近づけてくるスズナに少し引きながら、リリィは観念したように嘆息した。
「はぁ・・・・ホントに大したことないんだけどね?」
と、前置きしてから。
自分のお腹を指差した。
「さっき、スリンガー弾の石ころは胃石だって言ったよね。胃の中に入ってる石をどうやってスリンガーに装填するの?」
満足する答えが聞けそうで身体を離すスズナだが、質問内容に片眉をひそめていた。
「・・・・??誰かが・・・・ここでモンスターを倒して、そのお腹を剥ぎ取りで切り裂いた時にこぼれ出るとか?」
が、リリィはすぐに首を振る。
「それだとちょっと数足りないのよね。大型のイビルジョーくらいだったらおっきな胃に30個くらいは胃石納めてることあるけれど」
そして今度は巨大な洞窟の入り口のほうを指差す。
「このサイズの石ころは、表にいる翼竜達か、溶岩地帯のガストドンか、何匹か分の胃石に見えるのよね。で、普段この洞窟内にまでは入ってこない小型モンスターの胃石が、多数ここに置かれてる理由ってのが・・・・分かる?スズナ」
なんとなく真相を察したのか、スズナは少し青ざめていた。元から座っていた場所よりさらに後ろへ引いて、おずおずと口を開く。
「石ころって・・・・もともとは小型モンスターの胃石?ってことなのよね。それはお腹の中に入ってる」
「そう」
「その、胃の中から出てきたモノを私達使ってる」
「ん。胃の中からモノが出てくるってことは?」
「・・・・ここトイレ?」
「惜しいね。トイレは当たり前だけど"モンスターの糞"がある場所だから。ここはフンコロガシがフンをコロガシて集めてくる場所なの」
えええぇぇぇ、とさらに距離を取ってスズナが壮絶に引く。
「・・・・同じ事じゃない。私スリンガーに装填するために30個もウンチを持ち歩いてたのね」
がっくりと首を垂らしてスズナはかすれた声を上げると、リリィもうんざりしたように手の平を顔の前でひらひらと振る。
「・・・・あたしのさっきの微妙な空気も、察してくれた?あたしだって、必要なら"こやし玉"だって使うんだもん、石ころも躊躇しないけど・・・・」
尻すぼみになるリリィの言葉を継いでスズナがリリィの手の中にあるヒカリゴケを指差す。
「・・・・"他に代用品があるなら出来れば遠慮したい"、ってことね」
「うん。・・・・ホントに大したことないでしょ」
「まったくよ・・・・」
狩猟目的を諦めて、拠点帰還用の翼竜を呼ぶ準備をしながら、スズナは愛用のスリンガーの臭いを念入りに確かめていた。
「ちなみに、大型モンスターがひるんだ時に落とす特殊なスリンガー弾も、たいがいウンチかゲボよ」
「いらないその情報・・・・」
この事は他の仲間ハンターには黙っておこう、と心に強く誓うスズナだった。