モンスターの生態   作:湯たぽん

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その19 言葉の壁

我輩はルームサービスである。名前はまだ無い。

 

・・・・などと、文学的に始めてみても誰も私に名前など付けてはくれニャいのですニャ。

 

「ん?名前が欲しいのかね?」

 

「ふニャっ!?だだだ旦那様!?」

 

急に話しかけられて振り向くと、そこには私の雇い主が立っていましたニャ。

 

「あっ・・・・い、いや何でもないですニャ」

 

「そうかね?名前が欲しくなったら言いなさい。一応考えておこう」

そう穏やかに言う私の雇い主、旦那様は『張 風爽(チャン・フーソ)』という、一風変わった名前のハンターですニャ。

名前が一風変わっているのには歴とした理由がありましてニャ。

 

 

「そうそう、前から気になっていたのだが」

旦那様は実家が由緒正しい武家ニャので、少しだけ堅いしゃべり方しているらしいですニャ。らしい、というのにも理由がありましてニャ。

 

「ルームサービス君、私の母国語を自然に話しているね?キミはこの土地で雇ったアイルーのはずなのに何故話しているのだ?今さらではあるが・・・・」

うん。今さらですニャ。私がこの旦那様にお仕えし始めてから一年半経っているというのニ。割と細かいことを気にしニャい性格の旦那様なのですニャ。

 

そう。旦那様は、遠い遠い極東の地からやってきたハンター。使用言語が違うために名前が一風変わった響きに聞こえるのですニャ。そして、この家の外で他のハンターと話すときには慣れない外国語を、必死にカタコトで使わなくてはならないのですニャ。

 

で。そんな旦那様に仕える私は、極東がふるさとなのではニャく、大都会ドンドルマ出身ニャのです。でも旦那様は自分の家においでの時くらいは気を楽に、私とも母国語で話してほしいものですニャ。つまり。

 

「覚えましたニャ」

 

「・・・・逆に私が君の国の言葉を覚えるのにはかなり苦労しているのだが」

 

「頭の構造が違いますニャ。アイルー族は旦那様のようにフクザツな武器の扱いやアイテム調合、カガク技術なんかは理解は及ばず、お世辞にも頭が言いとは言えないですニャ。しかし・・・・」

この説明をするのに最適なアイテムが、この家の片隅に置いてあるのを、ルームサービスたる私が見逃すわけはないのですニャ。旦那様のオトモアイルーであるヤマト氏のほうを肉球で指しましたニャ。

 

「テトルーやガジャプーらの、未知の言葉を覚えることは得意なのですニャ」

ヤマト氏の回りには、この新大陸で出会った別種族、テトルーやガジャプーとの交流で手に入れたオトモ道具が多数転がっていますニャ。

旦那様はテトルー達と話すことは全くできません。新大陸調査団のお偉い調査員の先生も長年無理だったのですが、旦那様が持ち帰ったヒントを元に、我々アイルーが翻訳出来るようになったのですニャ。

 

「・・・・そういえば、部分的にはジャグラスなどモンスターともコミュニケーションが取れるのであったな・・・・」

無言のまま親指を立てるヤマト氏に恐ろしいバケモノでも見たかのような目を向け、旦那様はつぶやいていましたニャ。

 

「それじゃあ、君たちはどんな言葉もすぐに覚えられるということかね」

 

旦那様は気軽に無茶ぶりをしますが、さすがにある程度知能が無いとコミュニケーションは取れないですニャ。例えば・・・・そうだ、ここマイハウスの暖炉前に良い例が居ましたニャ。

 

「そこの暖炉にいる、ギンセンザルは面白いですニャ」

サルというよりはリスに近い、フサフサの毛に覆われた長く大きな尻尾を持つギンセンザル。凍て地の温泉を好み比較的捕まえやすい環境生物ですニャ。

 

が、私がギンセンザルを指差すと旦那様は首をかしげ不思議そうな声をあげましたニャ。

「ほぅ?そこのギンセンザルはみな私が捕まえてきたものだが、あまり鳴き声を聞いたことがないな。これでもしゃべるのか?」

さすが旦那様。すぐに矛盾に気がついたようですニャ。しかし面白いというのはまさにその点。

 

「その子達の手を見てくださいニャ。野生の環境生物にしては妙に繊細な、器用そうな形をしていませんかニャ?」

言われて旦那様は素直にギンセンザルに近付いて熱心に観察しはじめましたニャ。そのあたりの好奇心はさすがハンターですニャ。

 

「ギンセンザルは手話でコミュニケーションを取るのですニャ」

 

「・・・・なんと」

ギンセンザルにバンザイをさせた状態のまま、旦那様は驚いて固まりましたニャ。実はその手だけでなく、大きな尻尾や耳も使って手話をしているようですニャ。

 

「とはいえ、話している内容は常に湯加減と泉質の具合のことですけどニャ」

 

「それはそれで興味深いな」

顎に手を当て、深く感心している様子の旦那様。ふと、何かに気付いたように、ぴっ!と人差し指を上げメモでも取るつもりなのかハンターノートまで取り出して旦那様は私のほうに詰め寄ってきました。

 

「それだけ色んな言語が分かるのならば、大型モンスターの言うこともわかるのではないか?」

 

「・・・・へ?ニャんですと?」

これには私もびっくりしましたニャ。だって、彼ら大型モンスターの言うこと、と言っても・・・・

 

「ギンセンザルの手話が・・・・言葉が分かるのであれば、ラージャンの言葉はどうだ。同じサルなら近いのではないか?目撃例はないがラージャンの棲息の可能性が濃厚な地帯があるのだ。ドンドルマ出身ならばあちらのラージャンと出会ったことはないか?」

急に多弁になった旦那様は眼を輝かせてこちらに迫ってきましたニャ。でも・・・・

 

「・・・・私はかの金獅子ラージャンと直接会ったことはありませんが、旦那様のオトモアイルー、そちらのヤマト氏とその話をしたことはありますニャ」

 

「ほうほう!して、話せるのか!?」

さらに近付いてきて、私を抱き上げるように両肩を掴む旦那様。でも、ラージャンだけでなく大型モンスターとのコミュニケーションに関して私達が分かることは1つだけ。

 

「・・・・1つだけ、ほぼ全ての大型モンスターが共通して言う言語があるそうですニャ」

 

「で!?」

 

 

 

「・・・・『コロス』ですニャ」

 

「ころす?」

復唱して数秒、旦那様の眼が点になりましたニャ。

 

「・・・・まさか『殺す』?殺意しか向けてこない、と?」

 

「いや、もう旦那様・・・・お互い様ですニャ・・・・」

互いに攻撃しあうハンターと大型モンスター。交わすことが出来る肉体言語は1つしか無いのですニャ。あ、あと旦那様やっぱり名前欲しいですニャ。

 


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