モンスターの生態   作:湯たぽん

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二つ名モンスター、というのを覚えておいででしょうか。
通常とは異なる特殊なモンスターで、モンスターハンターダブルクロスで猛威をふるい、数々のハンターを返り討ちにしながらも魅了していきました。
そんな二つ名の中でも特に強力だったものが、新大陸に出現したらどうなるのでしょう?


その23 悪魔のレシピ

鏖魔(おうま)!?

 二つ名ディアブロスが新大陸にも居るっていうの!?」

 

場所は新大陸。ハンター達の拠点アステラの食事場で。

口から盛大にツバと食べカスを飛ばしながらわめきたてたのは、小柄な女ハンター、リリィ。

 

 

「…その可能性があるというだけだ。ここ数週間…」

「あ゛あ゛あ゛あ゛飛ばしてごめんなさいそのまま話し続けないで拭いてあげるからあああ!!」

リリィの真正面でツバと食べカスを浴び、しかしそのまま微動だにせず再び口を開こうとしたのは、長身の男ハンター、ユキムラだった。

 

「あーもうリリィは…ごめんねユキムラさん」

そう言いながら、リリィにハンカチを手渡したのは女ハンター、スズナ。リリィがユキムラの顔面にぶちまけられた食べカスを拭いてあげようと身を乗り出すが、小柄すぎる体格のおかげで全く届かない。それでも完全にテーブルの上に乗る形でユキムラに手を伸ばそうとするのを、スズナがやんわり静止する。代わりにスズナが両手で2人の顔を拭いてやっている。

 

(リリィもこーゆー所が無ければ、カティ達と一緒にアイドルやれたと思うんだけどなー)

口には出さずに友人のガサツさに呆れるスズナ。小型の竜人種族であるリリィは、子供にしか見えない程に小柄だ。しかしそれが可愛らしいと、同じ種族カティ、ミルシィらはアイドルとして大人気となっている。しかしそんなカティやミルシィに憧れながらも、体格のハンデを承知で、リリィはハンターの道を選んだのだった。

そんな幼児体型のリリィに対して、スズナはメリハリのついた見事なスタイルをしていた。実直・正直を絵に描いたようなサムライ然たるユキムラをして、『控えめに言って、ボインだな』と言わしめ、本人の代わりにリリィにはたかれたものである。

 

そんな、いつもの風景であったが。今日は普段とは明らかに違う点があった。

 

「で?鏖魔はもう見つかったの?」

今まで居なかったモンスターと闘えるかもしれない。その話題はハンターにとっては真に特別なものなのだ。

それを全身で表現するかのように期待に肩を戦慄かせながら、シュナはスズナの向かい側の席から甲高い声をあげた。新たなクエスト、しかも過去最強クラスのモンスターが出現するとなれば、ハンターとして一流である者ほど興奮するだろう。リリィの失態とユキムラの悲劇には目もくれずに鼻息を荒くしているシュナは、長い黒髪をアップにし、ちょんまげのようにも見える派手な髪型の女ハンターである。こちらは幼児体型のリリィ、ボインのスズナともまた違う細身のスレンダーな体つきだった。髪の色も、金髪のスズナ、茶髪リリィ、黒髪シュナと分かれるまさに三者三様の女性ハンター3人に囲まれて、唯一の男性であるユキムラは重々しく口を開いた。

 

「鏖魔では、無いらしい。が、恐らくはそれに近い種だ」

カタブツらしい、抑揚は無いが覇気のある強い声で慎重に話すユキムラ。他人にペースを崩されることなく、ある種愚直な話し方をする彼が、スズナ達3人に声をかけて話を持ちかけてきたのには訳がある。

 

 

 

事情を知っているらしい彼女らに、しらばっくれられない為に男性ハンター達から選ばれ頼まれて来たのだ。

 

 

 

「悪魔、というキーワードがギルド内で囁かれている」

 

「悪魔…?」

キーワードを口にした瞬間、ユキムラは素早く女性3人の顔色を見回した。すぐにピンとくるものではないようだ、が…

 

(どこかで聞いたような…という顔に見える、な)

ユキムラは心の奥でつぶやき、またも慎重に次の言葉を探した。

 

「聞いたことはない、か…。しかし受付嬢や物資班の女リーダーが頻繁につぶやいているという」

 

「…ん?」

シュナが、ピクリと動いた。明らかに何かに気付いた顔だ。ユキムラは素早く変化を見抜いたが、まだ斬り込むことはしない。

 

「悪魔、言うまでもなく鏖魔と語感、意味共に近い。しかも鏖魔と言えば過去にギルドを悩ませたモンスターの中でも特に強力な特殊個体。わざわざそれに似た語感のワード、悪魔を呼称する…そしてさらに」

ユキムラが話を続けながら残り2人、リリィとスズナの顔色を見やると、少し青ざめているようだ。

 

(やはり、図星か)

慌てて何か口を挟もうとし、しかしすぐに思い直して両手で口をふさぐリリィ。スズナは固く両目を閉じ顔を天井に向け、手こそ組んでいないものの祈るような体勢に入っている。

 

(観念したようだな…)

ユタ、アキヤよ、良い報告が出来そうだぞ。と、頭の中で仲間達に声をかけるユキムラ。

そして、下手に誤魔化されないように言葉を切ることなくつなげる。

 

「悪魔、という言葉から何か色を連想しろと言われたのならば、出てくるのは恐らく"黒"だろう」

しかし、ここまで話した時点で女性3人の顔色にまた変化が訪れた。

 

「…?」

理解、しないのだ。

形の良い眉をひそめ、首をかしげ。3人顔を見合わせ、明らかに『あれ?思ってたのと違うぞ?』の体勢に入っている。

 

(こちらとしても想定外だが…!)

内心焦るユキムラだが、諦めるわけにはいかない。多少間違っていたとしても、仲間と共に頭を悩ませ辿り着いた結論を、この裏切り娘達に突き付けてやらねば。

 

気を引き締め直したユキムラは、一層声に覇気を乗せて突き進んだ。

「悪魔というワード、実はギルド中枢だけでなく、君達の口からも出ていたという事実が、オトモ猫達からの証言から明らかになっている」

 

「…げ」

 

「わぁ…」

 

「どいつよそれ…」

得心はしないながらも、しかし気持ちの悪い心当たりはあるようで、シュナスズナリリィの3人はそれぞれ小さく悪態をついた。

 

 

想定していた部位ではないようだが、超会心ではあったようでほっと一息。安心したのか多少声を和らげたユキムラは、3人をなだめるように話の流れをシフトした。

 

「むろん、君達を責めるつもりは毛頭無い。恐らくは我々にはどうしようもないから、思いやりで黙っていてくれたのだろう」

 

 

 

「…どうしようもない、って?」

未だにユキムラの言っていることが理解出来ていない様子で、スズナがおずおずと小さく手を上げて聞いてきた。質問というより、何か失敗がバレていないかどうか探りを入れるようにも見える目付きだ。

 

 

「…我々には関与出来ない可能性が高い、ということだ」

スズナの問いに、心底悔しげに応えるユキムラ。これこそが、ユキムラ達男性ハンターがスズナらを裏切り者扱いしている原因だ。

 

「…君達がどこまで情報を得ているかは知らないが、我々にも洞察力というのがある。どうやら君達にもまだ知らされていない真実に、先にたどり着いているようだな」

スズナ、シュナ、リリィの3人娘を見据え、ユキムラは自分が上位にあることを確信し渾身のどや顔を見せつけた。

 

「ここ最近噂されている悪魔…とは

 ディアブロス亜種。その二つ名モンスターだ」

 

おおおぉぉ…

シュナとリリィは、これを聞いて小さく歓声を上げたが。スズナは、違った。いまだ祈るような真剣な眼差しのまま、ユキムラのほうへ身を乗り出した。

 

「でも…それはあなた達の予想でしかないのよね?その推理の根拠をきかせてもらえないかな」

ユキムラが一瞬、しまったというようにたじろいだ。この推理が正しいのかどうか、探りを入れるためだったのに、つい早出ししてしまった。

 

「む…確かに。実はそれほど確かな根拠があるわけではない」

少し気弱にワンクッション置くと。

 

「ここ数週間、悪魔というキーワードが何故か女性の口からのみ聞かれるようになった。しかも、どこか隠すようにこっそりと、だ」

ユキムラの言葉に、盛り上がっていたほうのリリィ、シュナの二人が再び毛恥ずかしそうな顔をした。

 

「悪魔、から鏖魔を連想したのは先程話した。鏖魔ディアブロスとは、何らかの要因で異形の角を持つに至った特殊個体だ。そして、ディアブロスのメスは繁殖期になると婚姻色と言って体色が黒くなる変化が発生し、極端に気性が荒いディアブロス亜種となる。噂の出どころから女性と関係があると推測されるので、悪魔はすなわちディアブロス亜種の二つ名ではないか、と考えられたのだ。ちなみに、君達女性陣が我々を気遣ってかひた隠しにしていたことから、このクエストは女性専用になるのではないかとも言われている。」

黒色のディアブロスは亜種というのは名ばかり、気性が荒くなったメスというだけで攻撃性が大きく増大するという珍しい生態を持っている。それが鏖魔ディアブロスにも起こりうる、ということのようだ。

 

が。さらに女性3人の顔色が変わった。

真っ赤になった顔を両手で覆い

 

「どうして…こんなことに…」

 

「ごめんなさいごめんなさいもうしません」

 

「想像力豊か過ぎるわよ…超はしゃいじゃった…」

リリィ、スズナ、シュナ。それぞれ勝手なことをつぶやいているが、そのどれもが後悔を含んでいた。

 

ひとしきり、ぶつぶつ言ったあと。スズナが代表して口を開いた。

 

「はぁ…ところでユキムラさん」

 

「なんだ」

 

「その…二つ名ディアブロス亜種が出る、って言われてるクエスト名は?」

クエスト名なんてどうでもいいだろ、と。マコノフあたりは言うだろうが。ユキムラは愚直に質問に応える。

 

 

 

「悪魔のレシピ、だ」

 

 

 

はぁ…

大きな溜め息が同時に3つ、ゆっくりとこぼれた。

テーブルにうつ伏せになるリリィ、頭を抱えるシュナ、相変わらず祈るように天井を見上げているスズナ。新クエストがユキムラやマコノフ達男共の勘違いだったとしても、不自然なほどに落胆している3人を目の前にして、さすがのユキムラも動揺していた。3人の顔をおろおろと見回していると

 

「…仕方ないね」

突然、シュナが立ち上がった。

 

「おいでユキムラ。見せてあげるよ、悪魔のレシピ」

 

「何っ!?」

ハンター4人の、狩りには最適な環境ではあるのだが、今日は誰も武器防具を身に着けていない。それなのに見せてやるとは。意表を突かれてユキムラが釣られるように立ち上がると

 

 

 

「そうね…こうなったら」

 

「あー…やるなら徹底的にやっちゃおうか」

スズナとリリィも決意の表情でそれぞれ立ち上がった。

そのまま向かうのは…

 

 

 

「…厨房?」

先程からずっと視線が泳ぎっぱなし、おろおろしてばかりのユキムラがまた疑問符をあげる。

 

「そ。ここでやるのよ」

スズナがいつの間にかエプロンを着けていた。シュナも続き、リリィは食堂のネコ店員となにやら話している。厨房を借りる許可を得ているのだろうか。

 

 

 

「オッケーよ。さあどうする?」

無事話がついたようで戻ってきたリリィに、満足そうに頷き返すと、突然スズナが歌い始めた。

 

「ちゃらちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ♪」

そして当たり前のようにシュナが続く。

 

「ちゃらちゃっちゃっちゃっちゃっちゃ♪」

最後にリリィまで。

 

「ちゃらちゃっちゃっちゃっちゃっちゃらららん ちゃん ちゃん ちゃん♪」

 

ぽかんと口を開けたユキムラをよそに、小芝居は続く。

 

 

 

「はい!今日は〜悪魔のレシピをやっていこうと思います〜」

どうやらメインパーソナリティ(役)であるらしいシュナ

 

「楽しみですね」

ゲストか助手か、少し離れてスズナ。

 

「はやくはやくー!」

両手を上げて楽しげに飛び跳ねる、元気な子役のリリィまでいる。

 

 

 

「さて、お客さんが戸惑っているようですが〜今日は3品!」

シュナが高らかに宣言すると、横にいたスズナがいつのまに用意したのかフリップを差し出してきた。

 

「まずは…ポポノタンをまるまる一枚と、幻獣チーズをシビれるほどに使った"幻獣チーズのポポ舌ピザ"!」

 

「わぁ、最近話題のタンをピザの生地に見立てた超絶ボリュームなミートレシピですね」

 

「しもふりホールトマトをどかんと乗っけるのを忘れないでねー!」

冷静なスズナの解説と、喚きつつはしゃぎまわるリリィ。

 

 

 

 

「もう一品は角竜のモモカツ、ホワイトレバカツ、ドンドルマグロカツを乗せた、"超贅沢3種カツカレー"!」

 

「カレーにトコナツメグを致死量ほど使うのがポイントですね」

 

「ドドブラリンゴとハチミツもたっぷり入れてよね!甘いバーモントカツカレー!」

 

どう見てもヤケクソだが、3人の凄腕ハンターによるお料理教室(?)は続く。

 

 

 

「デザートも手加減はしません。甘い甘〜いドテカボチャをくり抜いて器にして、エメラルドリアン、炎熱マンゴー、トロピカパインをこれでもかと詰め込み、ポポ練乳とアイス、さらには飛竜の卵を使ったカスタードまで加えた"詰め込みパンプキン爆弾パフェ"!」

 

「きゃ〜っ!」

 

「ウラガンキンもひっくり返る甘さ!」

もはやノリについていくのを諦め、無の境地で見守るユキムラだったが。

 

 

 

スン…

 

不意に、3人のテンションが急落した。一瞬でユキムラと同じ無の境地に達すると、いつの間にか完成していた料理を、シュナが指差した。

 

 

 

「…はい、"悪魔のレシピ"」

 

「…そうか」

無でありながら、ユキムラは事の詳細をおぼろげに理解し始めていた。

 

 

 

「…つまり…"悪魔的な美味しさ"…という事か?」

顔を真っ赤にしてうつむいている3人娘にいまだ呆然としながら問いかけるユキムラ。

 

「どちらかというと、"悪魔的なカロリー"ね。だから恥ずかしくてみんな隠してたの」

 

「…そうか」

先程と全く同じ事を言いつつ頷くユキムラ。無言でカツを3枚重ねてかぶりつき、ピザを丸呑みにする。

 

 

 

「…ディアブロス亜種でも狩りに行くかー」

 

「…さんせーい」

 

「太る前にカロリー消費しないとだもんね…」

 

「嗚呼、ごめんね私のお腹…」

 

 

 

無表情ながらも、極上グルメを躊躇いなしに平らげたハンター4人は、その後カロリーを消費する間もないほどの狩猟タイムでディアブロス亜種を討伐したという。

 


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