「私のかわいい欠落者」
「あなたの親は、あなたを育てるのに失敗した」
そして死んだ。
僕はベジタリアンだ。それも病的だと言っていいだろう。特別アレルギーがあるわけではない。単に肉や魚が食べられない。
それだけだ。幼稚園の頃に「いただきます」は「命」を頂いているという意味なのだと教えられた以来のことだ。情操教育の一環だったのだろうが、僕にとっては逆効果だった。あんなに大好きだったハンバーグもサンマの炊き込みご飯もグロテスクに見えて仕方が無かった。血と肉と骨と髪。その集合体でしかない人間にも年を経るにつれて憎悪を抱くようになっていた。
野菜だって呼吸をしている。それでも何故か野菜を苦手にはならなかった。もし、そうなっていれば、僕が食べられるものは無くなっていただろう。幸いなことだ。ここまで偏食な子供を育てるには苦労があったはずだが、おかあさんもおとうさんもニコニコして「食費が浮く」と言っていた。
そのせいだろうか。僕は両親のことはいつまで経っても大好きなままだった。明日で高校三年になるが、一度も反抗期になったことがない。と言っても僕の世代の人間はそういった者が多いらしい。仕方がないと思う。
僕の場合もそうだが、誰も悪くない、良かれと思ってしていた行為が時には悪になることを子供ながらに分かっていたのだ。社会が複雑化していることは否めない。そうして子供たちは「悪」を否定しなくなった。「正義」も信じなくなった。己が絶対に正しいわけではないことを知っていた。こんな社会で僕たちはいったい誰に反抗すればいいのだろう。
その中でも、やはり僕は特殊だった。
悪も正義も無い子供たちが多い中で僕にとって両親は絶対であり続けたのだ。おとうさんは仕事で出かけていることが多く、あまり家にいないが、優しい人だと思う。おかあさんは専業主婦として、父がいない代わりに一家の大黒柱として在り続けるしっかりとした人だと思う。家庭に何の不和も無い。
僕は満ち足りている。幸せだ。
そんな僕がいま直面しているのはありふれた苦悩とありふれていない苦悩である。前者は高校三年生なら誰だって心配することだろう。進路のことだ。なんと平凡なことだろうか。
僕は文系だが数学も苦手ではない。国公立に進むのも難しくないだろう。法律に関して多大な興味を持っているから、検察官や弁護士になってもいい。文芸部の部長を一年生の時からやっているから、何かしらの指導者でもいい。一番成績のいい科目は体育だったから喰種捜査官でもいい。
要はこれといって特になりたいものがないのだ。今挙げたような職業は学部だったり、専門学校の卒業が必要だったりと取り返しのつかないことが多い。だからこそ、ここでの判断は非常に難しい。取り立てて得意の無いというかオールマイティにそつなくこなす僕に学校の教師も苦労しているようだ。
そして後者はふだん使わない倉庫に見知らぬ女の死体があったことである。
処女作を面白いとか面白くない以前に読みにくい!作品にはしたくないので読みやすくリメイクします。