ミキサーに溶け込んだモルタルのように、どろどろに溶けた、みっつのあたま。
奇跡はとうに使い古されてて、コンクリートにつめたく横たわっている。
殺した。ぼくが殺した。ぼくが殺した、のだろうか。
ぼくは飽いていた。母は今日も喰らうらしい。もう何度忠告をしただろう。分からない。分からない。彼女はぼくにこうあれと自らの子供にこうあってほしいと考え、わざわざぼくが見えるところで行動しているのだろうか。いや、違うだろう。そんなこと微塵も思っちゃいない。単に自分勝手なだけだ。
愚か者なのだ。
母は押入れという箱の中でよく言っていた。世の中には喰う者と喰われる者に分かれるのだと。そんな馬鹿なことはありはしない。この世界には吐いて捨てるほどの人間がいる。たった二種類に分別出来るものか。
ぼくは何者も喰いたくないし、喰われたくない。そんな立場を貫きたいと考える者は大勢いるだろう。しかし、時に被害者になり、加害者になる。そういう意味では母の行動はぼくの勉強になっていると思う。救い難い怪物、醜い怪物、形の無い怪物、色の無い怪物、下らない怪物。ああだが、何ということだろう。ぼくはその最低最悪の女が産んだたった一人の息子なのだ。
ぼくが考えるのは将来のことだ。ありふれた悩みだが、贅沢な悩みでもある。それはまだ何者でもないあやふやな者しか抱けぬものなのだ。ぼくはどうなってしまうのだろう。あの唾棄すべき女のように愛を囁き、愛を裏切り、人を殺すのだろうか。
「見ているの? カズキ。さあいらっしゃい。楽しいわよ愉しいわよ、人を殺すことは何よりも甘美で美しいことなのよ」
厭だ。嫌だ。イヤだ。見たくない。殺したくない。殺されたくない。
「神様は自らの分身として人間を作ったの。そしてその人間は誰も食べてはならない果実を口にして楽園を追放するの。ちなみに人間を誑かしたのは蛇なの。その蛇は誰が産み出したと思う? おかあさん? ふふふ、違うのよ。神様なの。面白いでしょう? 神様は何をしてもうまくいかないの。大きな力を持っていても、ただの一つも成功させられない。まるで子供のようね。だから、私は神様にはなりたくないの。神様は紙の切れ端のように人を殺すけど、おかあさんは楽しみながら味わいながら人を殺しているのよ。だから、さしずめおかあさんは蛇かしら? アダムはあなたよ、カズキ。さあ、リンゴを食べて御覧なさい。甘くて美味しいわよ」
そう話す母は悪魔のようだった。黒い長髪から二本の角が生えだして、何かを咀嚼しながらこちらを向いている。母は悪魔だ。母は黒山羊だ。そして、ぼくはその卵なのだ。何が生まれてくるかは誰にも分からない。希代の殺人者が二人に増えてしまうのだろうか。それともぼくが生まれる前に母は死んでしまうのだろうか。こんなにも嫌いで憎々しい母でも一人にしないでほしい。
ぼくはまだ子供だった。
「アダムには当然イヴが必要よね」
そう言った母の言葉の意味がその時のぼくにはまだ分からなかった。