わからなくなっていると、あたまたちの双眸が、
くちゃりと性器のように、こんにちはと見開いた。
少女はいつも独りだった。父親は暴力をふるってくる。だから殺した。母親は何か怖いものでも見るような目つきで睨んでくる。だから殺した。叔父は私の体を貪るつもりだったようだ。だから殺した。叔母は半狂乱になって襲いかかってきた。だから殺した。従兄は警察を呼ぼうとしていた。だから殺した。従妹は何も分からず、こちらを見ていた。だから殺した。
その手にはたくさんの血が染みつき、腕にはたくさんの亡者がしがみつき、肩にはたくさんの屍を乗せていた。瞳は鋭く、光の加減で赤にも見えた。何もかもを失ったなような元から何も無かったかのような白い長髪。華奢で年の割には胸の膨らみも小さく、まだ生理は無かった。
少女は殺人者だった。孤独を畏れ、集団を嫌い、自らを忌むべきとした、それ以外は他の誰とも変わらない普通の少女になるはずだったのだ。あの女に会うまでは。悪魔のような笑みを浮かべ、少女にその方法を見せた黒山羊。
「痣があるわね。お父さんが殴るの?」
「うん」
「やめてほしい?」
「うん」
「私からお父さんに言ってあげてもいいわ」
「それはダメ!」
「言ったって止めてくれないから?もっとひどくなるから?」
「……うん」
「それなら良い方法があるわ」
「なあに?」
「殺すのよ」
「こ、ろ、す?」
それはよく酒に酔った父親が自分に言ってきた言葉だった。意味は分からずとも何か良くないことだと本能的に察した少女だったが、女の言葉は魅力的で耳をふさぐことができなかった。
「そう殺すのよ。包丁で首を切る、胸を刺す、どちらでも良いわ」
「でも」
「そうしないとあなたはずうっとこのままよ」
「ずうっと?」
「そうよ、高学年になっても中学生になっても高校生になっても」
「いやだ」
「それなら殺しなさい」
「おかあさんは?」
「お母さんもよ。あなたを守ってはくれないんでしょう?」
「……うん」
「失敗するのが怖い?」
「うん」
「一人でいることが怖い?」
「うん」
「さみしい?」
「うん」
「それなら、私があなたのお母さんになってあげるわ」
「おねえさんが?」
「これで一人じゃない」
「うん」
「失敗が怖いなら練習をしましょう」
「うん」
「まずはこの子から」
それは少女の近所に住む夫婦に最近生まれた赤ん坊だった。その夫婦は女によってとうに殺されていたが、そんなこと少女は知らない。ただこちらをじいっと見てくる黒い瞳が印象的でふっくらとした頬の可愛らしい男の子だった。
「可愛いでしょう?」
「うん、赤ちゃん」
「そうよ、でも殺すのよ」
「この子を?」
「そうよ、あなたが殺すの。好きにやってごらんなさい
」
少女はその子供の殺し方が分からなかった。女の言っていた包丁はどこにも無い。だから、最も原始的な方法を取った。少女の父親と同じく力を込めて殴りつけたのだ。華奢な少女の一撃だったが、赤ん坊は吹き飛ばされ、壁に頭を強くぶつけたようで、悲鳴も上げず、それきり動かなくなった。死んだ。
少女が殺したのだ。
「よくできました。えらいね」
「わたし、ころしたの?」
その言葉に答える者はいなかった。気付いた時には赤ん坊も女もおらず、自分の家で布団にくるまっていた。階段が軋む音が聞こえる。でも、少女は怯える必要は無かった。殺せばいいのだ。そうすれば動かなくなる。あの赤ん坊のように。
少女は静かに立ち上がり、台所へ向かった。包丁をあるだけ取り出すと、ちょうど家へ帰り、居間にやってきた父親に一本投げつけた。刺さりはしなかったがいきなりの出来事に男は反応できなかった。この人はもうおとうさんではない。男を見る少女の目つきは冷えきっていた。
何の感情ももはや湧きもしない。少女は包丁を二本重ねて持つと突っ立ていた男の胸に突き刺した。赤い液体はどろりと一回流れてから噴き出すように少女の全身に降り注いだ。男は苦悶の声を三度ほど出して動かなくなった。死んだ、否少女が殺したのだ。
いつのまにか少女の髪は老人のように白くなっていた。
それからは同じことの繰り返し。殺しては逃げ、殺しては逃げた。あの女を探していた。私のたった一人のおかあさん。本当のおかあさん。
そして邂逅した。少女は笑った。生まれて初めて笑ったのだ。
「おかあさん、私殺したよ」