今朝ホームセンターで買ってきた大振りのナイフで女の腹を突き刺した。若干の腐臭すら漂わせているそれは既にヒトではなくモノだ。血も噴き出さない。だが、それで良かった。楽しいからだ。
これを見たとき心の中で蠢く何かを感じた。深く暗く濃い誰かの記憶。殺せ刺せ潰せ壊せ解せ切れ折れ砕け突け、喰えと誰かに言われた気がしたのだ。そのどうしようもない衝動に動かされるまま学校を休み、全財産を使い果たして道具を買った。
だが、どれだけ楽しくとも冷めてしまう終わりが訪れる。僕は一通り楽しんだあとのそれを袋に詰めて山に捨ててきた。今思えば短絡的な行動だったと反省している。そもそもアレは誰が殺したモノだったのだろう。ウチの倉庫にあったのだから、普通に考えればおかあさんかおとうさんになる。しかし、あの二人が人を殺すとは考えにくい。けして身贔屓になっているわけではない。単純に殺人をするメリットが見つからないからだ。
現代社会において、人を殺さねばならなくなるほど切迫するようなことはあまりないように思える。特にあの二人なら平気な顔でトラブルを解決してしまうだろう。そして、あんなところには隠さない。他の家族に見つかってもおかしくない。
いや、見つかっても良かったと考えるのはどうだろう。例えばおかあさんとおとうさんは共犯でわざと僕に見つけるように仕向けた。何故?
楽しかったんだろう? そう誰かが耳元で囁いた気がした。そうだ。僕は楽しかった。厳密に僕は人を殺したわけではない。逮捕されても問われるのは遺体損壊と死体遺棄の罪だ。ああ、そうだ。僕は悩んでいたんじゃなかったか。進路について。これは両親から僕へのメッセージではないだろうか。曰く殺人鬼になれ、という。
馬鹿げた考えだ。おかあさんとおとうさんがそんなことをするはずがない。それにどうやって殺人鬼で生活していくというのだ。結局、何になればいいのかは分からないままではないか。しかし。死体を破壊しただけでここまで楽しかったのだ。本当に人を殺したらどうなるのだろう。芸能人を、仲の良いクラスメートを、近所の住人を、家族を殺す想像をしてみる。僕はおかあさんとおとうさんを何よりも尊敬している。
それなのに。殺してみるという想像に何の躊躇いもなかった。背徳感もない。他の人と同じ、好奇心のみ。殺したい。殺してみたい。そうすればどうなるのだろう。皮を剥いでしまえばどんな人間も変わりはしない。肉と骨しかない。グロテスクで不快極まる存在に過ぎない。それなら。僕は。どうする。何を選ぶ。誰を、殺す? おとうさんは言っていた。命とは悪であると。おかあさんは言っていた。この世で役に立つのは素質と知性だと。おかあさんもおとうさんも犯人じゃない。あれを殺したのは僕だ。そういうことにしてしまえばいい。
お前はあの男と女から産まれた子だ。
素質は十分。また誰かが囁いた。そうだ。その通りだ。声は続ける。お前は知性にも恵まれている。そうだ。僕は何にでもなれる。ならば殺人鬼としても生きていける。その声はおとうさんのものにもおかあさんのものにも思えた。どちらでもいい。どちらでもいい。命という悪を屠り続ける正義のヒーロー。そう考えると何とも愉快なことではないか。楽しい。楽しい。楽しい。
何を選んでもおかあさんもおとうさんも僕を愛してくれる。その考えが僕を永久的に支えてくれるだろう。だから、殺す。
「私のかわいい欠落者」
「あなたの親は、あなたを育てるのに失敗した」