荒野の獣はジャッカルに出会い 山羊の魔神はその友を呼び
夜の魔女は、そこに休息を求め 休む所を見つける。
『旧約聖書 イザヤ書34章14節』より
結果として黒山羊は死んだ。と言わざるを得ないだろう。見識のある方は覚えていてもおかしくない。かの鉄塔に金属探知ゲートが作られたきっかけとなった事件。「赤い悪夢」と称された悪名高き猟奇殺人。新聞の報道では最初、喰種の仕業とされた。それほどまでにありえない状況だった。展望台にいた三十六名が死亡、駆け付けた警備員五名が死亡、生存者は少女一人というおぞましいほどの大量殺人であった。
警察の詳しい調べで犯人が人間であることは証明されたものの、それまでに漏れたショッキングな写真の数々には鉄骨が破壊されて歪んでいる様子や強化ガラスが何枚も割れているものや床にヒビが入っている光景が映し出されており、とても人間業ではなかった。
その誤解は長く続き、もしかしたら未だにアレを喰種の仕業と勘違いしている者も多いのではないだろうか。生き残った少女が記憶を失っていたことも事件を混乱させた一因でもあるだろう。だが、その少女がしばらくして逮捕されたことを覚えている者はぼく以外にいないのではないだろうか。簡単なことだ。その少女が殺人者だった、
それだけのことである。少女の名はアイ。彼女が受けた傷はぼくがつけたもの。彼女はそれ自体に抵抗はしなかった。そう、あの日ぼくは彼女を殺さなかった。殺す気も無かった。だから、なのだろう。それを決別の意志だと受け取った彼女はぼくを逃がすために大量殺人を行った。彼女が殺し始めた頃には既にエレベーターに乗っていたので事件を知ったのは後日のことだ。彼女が本当に記憶を失ったのか演技だったのか、そこまでは分からない。あの街でぼくが行った殺人の証拠となる刃物を使っての殺人。自らを姉と称した彼女のせいいっぱいの愛だったのかもしれない。あれから誰も殺していない。昔より落ち着いたような気がする。
あれからしばらくして実家を見に行った。母は再婚したのちに自殺を遂げたのだという。誘惑する悪魔のような笑みも絡みつく大蛇のような目元も既に失われた。ぼくを脅かす黒山羊の血は絶たれたのだと思う。
素直に安堵した。そして今のぼくにはかわいい妻と子がいる。もう何も恐れることはない。そうだ。今日は早く帰ってみよう。普段は忙しくしているから、たまの家族サービスも悪くない。そして。ぼくは。ぼくは。ドウナッタンダッタッケ?
いない人たちの腸が、
鉄塔の先から、天へ、伸びている。
腸同士は、結び合ってロープのようだった。
ぼくはそれを必死で手繰り寄せる。
ぐちゃり、ぐちゃり、ぐちゃり、
結び目はもう、太陽の届くまでになっていた。
ドウシテぼくノムネ二ナイフガササッテイルンダッケ?
思い出すまでもないじゃないか。黒山羊は死んでいなかった。
ただそれだけのことだった。
「私のかわいい欠落者」