幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話   作:ちびっこロリ将軍

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12話 馬陵の戦い

 

 漢代にはいわゆる携帯食料が殆ど実用化されていないとされている。

 

 三国志において、兵糧についての記述として代表的なものが桑の実を兵糧として差し出した人物に曹操が官位を与えているものと、袁術がどぶ貝を兵糧としているものの二つであり、そしてどちらも食料が欠乏した緊急時において食されたものであり、実際に運用がなされているものの記述が存在しない。

 

 当時の兵糧の常識は簡易な竈を作り、それで戦場で調理してから食して、腹を満たすものである。

 

 そして、調理をすれば痕跡が残るものである。軍事において、敵の姿を目視する以外に敵の軍勢の総数を概算で出すのに重要視されたのは、竈の量。一人辺りの食事の量は大体決まっている。竈の量によって、ある程度の兵数がいるのかが計算できた。

 

「ふむ、予想よりも遥かに少ないな」

 

 周瑜は劉表軍が残した竈の数を見て、感想を述べた。周泰によると、大体四千ほどという報告があったが、その四分の三である三千ほどの兵士に必要な竈の量になっている。

 

 劉表軍は荊州の防衛力の弱い県城から民を逃がした際に徴収したであろうから、四千人を三千人分の食糧で賄うという事をする理由が無い。食料を減らせば不満に繋がり、士気にも直結する。これから防衛戦をする上で最も重要な士気を下げないだろう。

 

 推測すると、一つ、答えが出てくる。

 

「脱走兵が出ているな」

 

 軍の総数そのものが減っていると結論付けた。その言葉に孫策が疑問を投げかける。

 

「どういう事? まだこっちと戦っていないけど」

 

「兵というものは憶病なものだ。自軍の十倍もの兵力の敵が追ってきていると知れば逃げ出す者も少なからず出てくる。特に、今回は奇襲に失敗している。もしかしたら情報が漏えいしているのではないか……などと捲し立てる者もいただろう。それを抑えきれなければ千の兵など簡単に逃げるものだ」

 

「随分と憶病なのね。荊州の兵士は」

 

「呉の兵が特別なだけだ。戦場には憶病な兵士と粗暴な兵士しか居ない。呉人は粗暴な輩が多いから逃亡する兵士は少ないが、その分、猪突猛進な進軍をしたり、規則が緩んだりしがちになる。憶病な兵士は不利になると簡単に逃げるが、規則が守られる。攻勢に長けるか守勢に長けるかの違いでしかない。一長一短だ」

 

「私は、攻勢が好きだから呉兵の方が好きね」

 

 呂布に敗れた際、荊州兵の多くが我先に逃げ出した事で、呉の兵への贔屓が強くなった友にため息をつきながら話を変える。

 

「はあ……わかった、わかった。話を戻すぞ。脱走兵が出ているという事は、劉表の奴は部隊の統率が上手くいっていないという事だ。さっきの劉表軍が残した跡と比較し、今後の兵士の減り方を予測するならば、こちらが追いつく頃には待ち伏せが出来る状態ではなくなるだろう」

 

「劉表が残している兵士が罠を張っているという可能性は?」

 

「おそらくは無いだろう。劉表が豪族達を集めた際に、我らの閥に属する豪族も参加している。そこから、劉表軍の大体の兵数の情報が流れてきた。今、劉表の軍勢は約千を残して部隊を展開している。そして、五千の兵士は南郡内部で、防衛力の低い城から民を連れ出す事に使っている事は間違いない」

 

 劉表軍の細かい作戦までは聞けなかったが、周瑜にとってそれだけで十分すぎる情報だった。

 

「つまり、相手は打つ手が無いって事?」

 

「細かいものならあるだろう。だが、虎が食い破れぬ策ではないだろう。城に到着するまで、劉表はまったくの無防備な背中を晒している。ここを狙わない手はない。今の劉表は逃げ惑う子兎のようなものだ」

 

 孫策は追撃の手を強めた。

 

 

▽▲▽▲

 

 

 それから、孫策軍は足の速い部隊を再度選び、昼夜兼行で追撃を開始した。劉表軍もそれに気が付いたのか、行軍の速度を速めたが、所詮、寄せ集めでしかない劉表よりも孫策軍の方が遥かに早い。

 

 そして……

 

「先行させていた周泰の部隊が劉表軍と接触した。数は約千五百にまですり減っているそうだ」

 

 江東の虎の牙が劉表の背中を捕えたのだ。

 

「それで? どうなの?」

 

「周泰は劉表の姿を捕えたが敵は連射する弩をいくつか用意していたらしく周泰は負傷した。軽傷だが、部隊も追撃と戦闘で疲れ果てているゆえ下がらせた。連射できる弩、連弩が劉表の奥の手だろう」

 

「じゃあ、敵は手の内を全て晒したってわけね」

 

「ああ、大将の眼前に敵が迫るような状態だ。そんな所で出し惜しみを出来るはずもない。ならば、あとは討ち取るだけだ」

 

 孫策の眼光が光る

 

「なら、次は私自ら行くわよ。孫賁の時のように功績を分けられるのは癪だしね」

 

 孫策は苦虫を噛み潰したような顔をする。かつて同族の孫賁が挙げた功績に対する褒美を、孫策軍そのものではなく、孫賁個人に渡された事があった。袁術は孫家というくくりではなく、個人に与えていく事で孫策軍を分裂させようとしている。

 

 それは、同族でなければより顕著になる。黄蓋は孫策軍の一武将ではなく、功績を称えると言って、中郎将の官位を渡され、独立させられてしまった。名誉な事である。部下の功績を妬むという悪評を流されていた状態では断る事が出来なかった。

 

 分割して 統治せよ

 

 袁術の、正確には張勲のやり方だった。

 

「構わない。今は、孫策という旗頭が必要な時だ。敵は既に万策尽きた。本陣を強襲されて動揺が走らないはずがない。兵数は千を切った。逃げ惑う兎に打つ手はない。仕掛けどきだ」

 

 翌日、孫策の直轄軍を主体とした編成に切り替え追撃を再開した。孫策自ら先行し、軍を率いるとあり、孫策軍の士気は一気に上がる。

 

 今日、もしくは明日には劉表を討つ! そんな状況だ。兵士の顔の色は疲れがありながらも明るい。勝利は眼前に迫っている。暗いはずがない。

 

 日が没してもなお、「もうすぐで終わる」そんな思いをもって追撃をしていた孫策だったが違和感に気が付く。

 

 道端の大木になにやら字が記されているのが見えたのだ。しかし、すでに辺りは暗く、その文字がよく見えない。そこで松明を持ってこさせ、火をつけて字を読む。そこにはこう書かれていた。

 

 孫策死于此樹之下(孫策この樹下に死す)

 

「なによこれ?」

 

 疑問を口に出した孫策。だが、その隣には怒りに震えている周瑜の姿があった。

 

「まさか、まさか、まさか……あり得ない。この私が!!!? あれも、これも……全て奴の手のひらの上だったというのか!? ふざけるな! こんな事があり得てたまるか!」

 

 周瑜はある有名すぎる戦いと酷似している状況である事に気が付いた。そして自分が嵌められた事も。そして敵が次に打つ行動も。

 

「雪蓮! 下がれ! 罠だ!」

 

「えっ?」

 

 周瑜が発した声の方へ孫策は顔を向ける。その瞬間だった。

 

「今です!」

 

 諸葛亮の号令が下ると同時に数千を超える矢が孫策の周囲を覆った。まるで雨のように降り注ぎ、孫策たちの命を狙う。

 

 それは増兵減竈の計と呼ばれた策を再現したかのような計略であったと後世で語られる事になる。そして、それはある戦いに酷似していた。

 

 馬陵の戦い

 

 孫武の子孫にして、孫武と並び孫子と呼ばれる兵法家である孫臏の名を世に知らしめた戦いであった。

 

 





桶狭間と予測された方が多かったですね。正解は馬陵の戦い。孫子の代名詞の計略で孫策を倒すというのをやりたかったからという酷い理由。
次回で0話のシーンに戻り、その後、話は荊州から大陸全土へ移行していきます。

ちなみに孫策はまだまだ出番があるので、くっころできないのです。

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