幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 作:ちびっこロリ将軍
大地には死臭が漂っていた。
孫策軍直轄部隊を中心に約三千の兵士の死体が横たわっており、その死体から装備をはぎ取っている者達が居た。劉表軍の率いていた兵士達である。
孫策の直轄は赤備えと呼ばれる赤い染料を使った鎧を着た精鋭を率いており、その鎧は売れば少なくとも数千、状態が良ければ数万銭にもなる。その他にも高価な武具や銭貨なども持っていた。連合に参加するといって荊州から物資、食料を奪っていた袁術や孫策に対する鬱憤を晴らすように、奪われた財を奪い返そうとしていた。
「よろしいのですか?」
諸葛亮は劉表に問いかける。潔癖なところがある諸葛亮は死者からの剥ぎ取り行為があまり好きではなかった。
「死地に送り込んでおきながらまともに褒美をあげることができない今、彼らを止める事は出来ないし、する権利はない」
戦争に参加する者の目的は軍に所属する事で与えられる食料。そして勝利した際の略奪である。略奪を禁止するのであれば、それ相応の給料無くしてはありえない。
さきほどまでの死地を乗り切った配下の奮闘を知っている諸葛亮は黙った。
馬陵の戦いを再現するという傍からみたら手のひらで踊らせたような計略を成功させた劉表だったが、幾つもの綱渡りの結果だと考えると素直に喜ぶ事が出来なかった。
まず、第一手である奇襲を読まれた事。そこで全ての計画が狂った瞬間から綱渡りの連続だったのだ。
この奇襲で少なくとも三日は稼ぐつもりだった劉表軍はその瞬間全滅の危機に陥っている。周瑜が手堅い手を打たず、ただ、足の速い部隊のみでの攻撃をしていれば、軍の殆どを失い敗走し、防衛戦どころでは無くなっていただろう。
次に、敵の追撃速度が想定以上に早かった事である。揚州から涼州まで戦線を駆け廻っていた孫策軍の中核の軍は逃げる劉表軍よりも遥かに上の行軍速度を持ち、本来、用意していた罠の場所に辿りつけないという結果を齎した。
その結果、ただ広い荒野で周泰の率いる部隊と交戦する羽目になり、劉表を討ち取られる寸前まで追い込まれていたのである。
結果として諸葛亮の開発した連弩「諸葛弩」による殺し間を、劉表軍が敵将を討ち取る切り札としていると誤認した結果に過ぎない。それを見て、劉表の奥の手が連弩であると見越し、己の勘を杞憂であると切り捨て、功を欲するあまり、自ら先陣を率いるという行動をしていなければ、この策が上手くいったとしても、先発部隊を打ち落とすのみに留まっただろう。
何故なら、劉表軍は出陣した周瑜の予測した通り四千から大きく兵を減らしており、たった一戦しかしていないのにもかかわらず二千五百にまですり減らされていた為、囲んだ所で大きな戦果を得ることは難しい状況であった。
さらに屈強な若者を中心とした兵士の殆どは孫策が先に徴兵してしまっている為、歳を重ねた老兵を中心にした寄せ集め。その中から選んでも孫策配下の兵士の練度には遠く及ばない。
孫策が先陣をきって追撃をしているという知らせを聞いた鳳統が機転を働かせて墨汁で孫策死すと書かせて、手のひらで踊っていたのだと思わせただけだ。
実際に待ち伏せをした兵士の数は千程度。周泰の部隊とぶつかる前に軍を二手に分けただけに過ぎず、弓を射る際に兵士に滅茶苦茶でもいいからと、三つの矢を同時に射るように命令し、さらに大声で叫ぶようにさせる事で兵数を誤魔化したのだ。
数を誤魔化す事が目的の、力の無い矢が降ってきても致命傷にならない者も多くいた。混乱し、孫策軍がパニックを起こしていなければ、立て直される可能性もあった。逆に孫策軍にとってこの場所で立て直しを図れていれば劉表を討ち取り、この戦いに勝利していただろう。
この勝利は薄氷の上のものに過ぎない。運よく、孫策にとっても好機であった策だったからこそ、孫策の直感を上回れただけに過ぎないのだ。
鳳統が現状把握を終わらせて、劉表に駆け寄ってくる。
「劉表様、さきほどの戦いで撃った弓矢で再利用出来るものに加え、孫策軍の残した弓矢の回収が終わりました。しかし、これからの防衛戦において使うには心もとなく、樊城での決戦は不利だと思います」
「そうか、荊州中の弓矢は袁術たちが片っ端から集めて行ったからな。豪族達の密造したものを集めても万が精々だろう。あとは、石などを使い、誤魔化しつつ、弓矢を生産して使うしかないな。なら、樊城での決戦は住民の避難が済み次第棄て、襄陽で耐え忍ぶしかない」
「はい……すみません。私達が住民の命の方を優先した結果、劉表様を危険に晒しただけではなく、今後の戦略も大きな変更をしなければならなくなりました」
本来であれば、住民を使うべきなのだろう。最善手を取るなら、住民を樊城にとどめ置き、物資を全て奪えば勝てるだろう。しかし、それを口にだせなかった。
盗賊などを相手には非情になれても、罪のない人を巻き込むような策を使えない。軍を勝たせる軍師としては二流である。我が儘を言って、勝利よりも住民の命を優先した結果、劉表を命の危機に陥れ、さらに孫策を討ち漏らした。そして、本来の戦略に大きな遅れを出してしまったのだ。
切り捨てられてもおかしくないと覚悟を決めていた二人の頭を劉表はそっと撫でる。
「十分すぎるほどの成果だ。二人共、よくやった。このまま樊城に入り、住民の襄陽への移転を進めよう」
突然、頭を撫でられて驚き、嬉しく思ったが、自分の情けなさの方が上回った。諸葛亮はしょぼんと落ち込んでいる様子を隠さずに言葉を告げる。
「劉表様、私達の我が儘のせいで、お命を危機にさらした挙句、孫策さんを討ち漏らしてしまいました。軍師失格です。今回の勝利も運に助けられたにすぎませんでした。軍師の任を解いてください」
諸葛亮と鳳統は自分の力の無さが心苦しかった。そんな二人に劉表はやさしく言葉を発した。
「朱里、雛里。私は前にも言ったはずだ。権ではなく正道を歩みたいと。罪なき民の命を優先する事のなにがいけないんだ? 権の道を選んでいるのであれば確かに孫策を討ちとれたのかもしれない。しかし、それでは多くの群雄たちと同じになってしまう。私は、権を追い求めるばかりで、周りの者や関係の無い者達を巻き込み、命を奪う事になっても気にしないような者達が跋扈する場所に居た。反董卓連合に参加した者達がその代表といえるだろう。勝つことは出来る。しかし、その者達が齎す未来は多くの血が流れる地獄だ」
劉表は二人の頭を撫でつつも語りかける。
「かつて光武帝は、赤眉賊を水計にて滅ぼす事を提案され断った事があった。それは水計をすれば田畑を破壊し、その周辺の住民の生活を脅かす事になるからだ。水計を取れば楽に勝てただろう。命を危険に晒す必要もなかった。しかし、それでも頑なにしなかった。それと同じだ。朱里と雛里は、聖帝と呼ばれた光武帝と同じ志を持っているんだ。そんな二人を誰が卑下できるというんだ? 自分を低く見積もらなくていい。自信を持って、今回の戦いは住民を略奪から守りつつも「馬陵の戦い」を再現するほどの余裕をもって撃退したと言ってやればいいんだ」
二人の軍師は、その言葉に小さくこくりと頷いた。
その後は劉表が主体となり、今回の戦いでの勝利を高々と宣言し、孫策恐るるに足らずと言い放ち、豪族達はその威風堂々とした姿と華々しい勝利に、今後劉表が優位に進むと見て、劉表の下に集った。
荊州は旧楚の地域である。先祖は孫武に何度も苦渋を飲まされた。その子孫を名乗る孫策を、同じく孫武の子孫であり、孫武と同等の武名を持つ孫臏の策で破ったと聞いて、大喜びで来た者も居た。
孫策は孫臏の子孫ではないが、楚人からしてみれば同族である。同族の者の代表的な策に敗れる姿は楚人にとっては痛快だったのだ。
劉表の兵力は三万を超え、今もなお増え続けている。樊城で劉表自ら先頭に立ち、兵士を鼓舞し、住民を襄陽に移した後、樊城を捨て、その間に整えた襄陽へ軍を移した。戦略的に圧倒的に不利な状況をたった一つの勝利で引っ繰り返したのだ。
諸葛亮と鳳統はその様子を見て一つの決意をした。劉表のような人が皇帝になってほしいと。
対岸で孫策の軍と向き合う劉表の姿を見て、そう自然と思った。自分たちを光武帝に例えていたが、二人にとって、正道を行く劉表こそが光武帝のようであると確信し、諸葛亮は劉表に、自分の思いを告げた。
「私は貴方の龍であり、帝を天に運ぶのが龍の役目です。この戦は天下を目指す上での避けては通れぬ道ならば、それを妨げる者あればそれを蹴散らし、道をゆく事が私の為すべきこと」
当時、後世に名を残すような才能を持ちながらも、世に出て来ていない人物を龍に喩えたが、それ以外にも意味がある。天帝の馬としての意味。皇帝を天に導く者。自分は貴方の龍となり、皇帝になるための助けになりたいという気持ちを込めて。
それに続いて鳳統も続ける。
「なら、私は貴方の鳳凰として、聖の名を冠する者としての証明となりましょう」
鳳凰は「聖天子の出現を待ってこの世に現れる」瑞獣で、王家が徳を失えば新たな家系が天命により定まるという天人相関説と組み合わさり、徳を失った皇帝の代わりの者の所に現れる存在として信じられていた。自分は貴方が皇帝となる証明になるような存在になるという決意を表した。
二人の言葉に少し驚いた様子を見せた劉表だったが、少しの間を置き、二人に語りかける。
「……二人の思いはよく分った。ならばその思いをここに証明して見せてくれ。敵は強大。十中八九勝ち目はない強敵だ。しかし、だからこそ、その勝利が証明になるだろう」
「「はい!」」
二人の幼き軍師は声を合わせ、劉表の期待に応える為に全てを尽くす事を誓った。
次にくっころ回。ヒント諸葛亮たちの眼中に無かった人。