幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 作:ちびっこロリ将軍
孫策は激怒していた。
馬陵の戦いを再現され、両側から一斉射撃を受けた際、周瑜を守りきれず、周瑜を見捨てた事は孫策に後悔と憎悪、憤怒に加え、深い悲しみを残すことになった。
一回目の一斉射撃の後、周瑜の足には深々と矢が刺さり、身動きが取れなくなってしまっていた。流れる血に動かない足。周瑜は覚悟を決め、孫策に逃げる様に伝えた。このまま自分を庇い続けたのでは両方死ぬ事になる。ならばお前は生きろ。と。
孫策は剣を振り回し、雨のように降り注ぐ矢を防ぎながら説得をし続けるも、周瑜は頷かなかった。次々と矢が孫策の体をかすめていき、ついには腕に刺さり、このままでは死ぬ。そう思う所まで来た。
長年、信じて来た勘がそれを訴え、体はその危険を感じ取り、いつものように危機から回避しようと動く準備を始めていた。
そして孫策は逃げ出した。友を、幼馴染を、半身ともいえる存在を棄てて。
どうすればよかったのかは孫策の中では答えが出なかった。あのまま二人で死んでいればよかったなどと思う気はない。ただ、友を見捨てた。見殺しにした。それが孫策の心を蝕んだ。
その後の孫策は虎のように吠え、激情を振りかざし、自ら最前線に立ち、指揮をする。先ほどの戦いが無かったかのように。
ただ、噂は広がり、襄陽を落とす頃には孫策への失望は広がっていく。
孫武は揚州の人間にとっては英雄である。基本的に河南は未開拓の地域であり、まだ歴史に残るような人物が排出される事が少ない。都に行けば田舎者と揶揄され、蛮族の類と一緒の扱いを受けることも珍しくない。そんな中、揚州地域の出身者で数少ない誇れる人物の一人が孫武であった。
その子孫を名乗りながら、孫武の名を汚した事は、孫策への信頼を揺るがした。
そこに劉表軍の反撃が開始される。
河を挟んで対陣していた劉表軍が水軍を用いての夜襲を行ったのだ。孫策軍は矢を惜しむことなく一斉に放ち、敵はその対処が出来ないのか、孫策に対してまともな反撃を出来ないとみた孫策は雨のように矢を降らした。
だが、それは罠。
劉表軍は船に案山子を乗せており、それに刺さった矢を回収していた。夜襲は案山子だと分からないようにするためのもの。孫策はその思惑通りに動かされたのだ。
孫策軍は城攻めで重要な矢を多く失い。劉表軍は欠乏していた矢を大量に得た。兵こそは失っていないが、孫策の敗北であった。
それ以外にも、劉表軍は僅かに、そして着実に孫策軍の牙をもいでいく。一つ一つの策による被害は小さい。だが、損害は少ないとはいえ、敗北を続けていく孫策に対する信頼は失墜していく。
劉表軍は、孫策への対策として物資の面への攻撃を繰り返した。軍、孫策そのものへの攻撃を控え、搦め手で追い詰めていったのだ。
戦場は停滞し、孫策軍の士気は失せ、攻略への見込みが無くなっていった時、袁術側から撤退命令が下った。その命令を持ってきた黄蓋へ孫策は皮肉で返した。
「祭はいつから袁術の狗に成り下がったのかしら? これは冥琳の弔い合戦。それを途中で止める? 冗談でも許さないわよ」
黄蓋は一瞬、言葉に詰まるもこれを止めなければならないと決意を固めた。
「っ……策殿! 頭を冷やせ! このまま、攻め続ける事は不可能だという事が分からんか! 冥琳が居なくなってから、物資の徴収を担っている者を選任したのか? 戦費の方はどうなっておる? 敵への内応工作はしておるのか? 冥琳が襄陽はただ単に攻めて落ちる城ではないといっておったではないか! それすらも忘れたか!」
「物資や銭貨は荊州の城を攻め落として奪ってしまえばいい! 敵への内応? そんなの要らないわ。私が全て斬り殺す」
孫策は己が持つ剣、南海覇王を突きつける。目の前の獲物しか見ることが出来なくなった荒れ狂う虎を思わせる様子に黄蓋は悲痛な面持ちで、現状を伝える。
華中地域では大きな事件が起きていた。
「……兗州の曹操が青州兵三十万を取り込んだそうじゃ。これは噂ではない。実際に、曹操軍の兗州での戦闘は少しずつ鎮静化しておる」
反董卓連合で呂布に敗れた曹操はその軍団の殆どを失う敗北をし、それからは袁紹の部下のような扱いを受けていた。
部下は重傷を負い、軍の殆どを失い、群雄として脱落したかに見えた曹操だったが、青州黄巾三十万を支配下に置くと言う荒業をもって復活した。
しかし、そんな事は孫策にとってどうでもいい事だった。
「だから?」
「これまで袁術は袁紹と公孫賛との戦いの間に華中、華南を制覇する戦略をとっていた。だが、公孫賛と戦う袁紹とは別に曹操という大勢力が華中に現れた」
「……で?」
「袁術軍はこれから兗州へ向けて出陣し、青州黄巾を掌握しきる前に曹操を討つ。それに参加しろという命令じゃ」
「だから、そんなことどうでもいいって言ってるのよ! なに? 冥琳の敵討ちよりも袁術を取れとでも言うつもり!?」
「わからんか? このままでは袁術は負けるじゃろう。その時、こちらに物資を寄越すはずもない。食料に物資、士気もなければ、策もない。そんな状態になればここに居る兵士は劉表に皆殺しにされる。いや、その前に策殿を売り渡して助命を乞うじゃろう。それでもやるというのであれば、ここで儂を殺してから逝け。堅殿の娘が、修羅に落ち、後世から愚かな将として名を刻み、仲間に売られ、殺されるところを儂は見たくない」
悲痛な面持ちの黄蓋。黄蓋を斬るという選択肢は孫策にはない。手に持った剣を地面にたたきつけた。
「……軍を引くわ。樊城を棄て、南陽へ撤退する。冥琳の弔い合戦は、曹操を倒した後よ」
孫策は呟くように命令を下し、黄蓋に縋るように問う。
「惨めね。友を失い、名誉を傷つけられ、兵を失い、そして得るものは何もない。敵討ちすらできない。特権階級の者ってこんなに息苦しいものなの?」
「それが上に立つものの義務……というやつじゃろう。それが出来なければ儂らが殺してきた者達と何も変わらん」
「……最悪な気分ね」
そう呟く孫策の背中は小さかった。
大陸は曹操という巨星の誕生によって大きく激変していく。曹操軍と袁術軍は共に会戦の準備を整えていた。この戦いに曹操が勝てば、袁紹閥は華中華北での広大な支配圏を獲得することになり、袁術は劉表に華南地域での支配圏を奪われた以上、後が無い。
二袁の時代が終焉を迎えようとしていた。