幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話   作:ちびっこロリ将軍

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第3章 群雄割拠
17話 崩壊する結束


 長安には暗雲が立ち込めていた。

 

 董卓軍の大戦略であった反董卓連合包囲網は、公孫賛の敗北と劉焉の決起によって董卓軍が撤退を余儀なくされた事によって失敗した。

 

 長安に居た益州牧劉焉の娘二人と、西涼の馬騰が中心となって董卓軍に攻め込んだのだ。

 

 漢民族に臣従した異民族の兵士を「義従」と呼ぶが、その義従たちを総べていたのが馬騰であり、涼州方面の主戦力であった勢力と劉焉が手を組み、劉焉の娘二人が長安で内部から、馬騰が外部から攻めて董卓を殺そうとした。

 

 馬騰は偏将軍と呼ばれる将軍号を保持していた。前将軍の呂布、右将軍の張遼、左将軍の董旻、後将軍の趙謙の四将に次ぐ地位を与えられた重鎮であり、涼州の保持を任せられていた軍部の重鎮の裏切りに董卓政権は揺らいだ。

 

 四代に渡って高級武官を輩出した涼州の名門皇甫氏の皇甫嵩を排除した結果、董卓は涼州方面の人望が薄い。董卓にとって、涼州の架け橋ともいえた馬騰の裏切りは致命的であった。

 

 内通による早期発覚から、董卓を殺される事態は回避し、呂布らを長安へ戻して、馬騰を涼州へ押し戻したものの、状況は既に詰みの段階。西方の強力な味方が一気に強敵へと早変わりし、北方は白波賊、南は袁術、東に曹操と、董卓政権は四方を完全に包囲された状態になってしまった。

 

 さらに致命的であったのが経済政策の失敗である。

 

 霊帝は増税や売官といった搾取によって財政再建を図った結果、黄巾の乱や韓遂・辺章の乱といった大乱を引き起こした。その側近として財政再建を主導した宦官を排除した董卓である。

 

 配下は増税や売官による財政再建に反対していた者が多数を占める。課税強化や売官による財政再建など絶対に出来ない。

 

 故に董卓政権は貨幣の供給量を増やして財政再建を図るも、董卓銭があまりにも悪銭すぎた事もあり、一石あたり数十銭から百銭の穀物価格が数万銭になるまでになった。インフレ抑制に失敗してしまった。

 

 管子は、貨幣の流通を規制する九府の経済調節機関を設けるなど貨幣経済政策に意欲的であり、幾つか貨幣と市場の関係についても言葉を残している。市場をコントロールして物価の調整をしていき、商業と農業へのバランス調整をしたからこそ、管子は天下に名を轟かす宰相となった。

 

 ただし、一方的に貨幣量を弄る事で物価を調整する方法は取っていない。

 

 現存の貨幣の金属を削り、少ない金属で同額の貨幣価値を持たせようとした董卓銭の発想だが、中世ヨーロッパの中小国家間でも行われていた事である。ただし、そういった方法はあくまでも緊急手段であり、結果として貨幣価値を下げ、国家の利益を減少させた。

 

 董卓銭は、さらに貨幣の改鋳自体に失敗しており、現代の円で例えるなら約100円から200円程度で推移した貨幣価値を1円以下にまで下げてしまった。こうなってしまえば、殆どガラクタに近い。

 

 董卓銭は長安周辺経済を完全に破壊し、その余波は華中に広がりつつあった。

 

 董卓の最大の支持層であり、軍事力でもある軍隊に給金が払えなくなれば、求心力を失ってしまい身の破滅である。四方を敵に回している状態で軍隊を解体すれば滅ぼされるのは勿論だが、誰かが董卓の頸を取りに反旗を翻す事は目に見えている。歴代皇帝の陵墓を盗掘するなどしても誤魔化しきれない段階に来ていた。

 

「劉囂に命じて……親不孝な官吏や董卓様に忠実でない官吏、清廉でない官吏、兄や姉に従順でない弟や妹を挙げさせて。該当した者は財産没収よ」

 

 賈駆は震えを抑えながら呟くように司隷校尉の劉囂に命令を出す。もはや董卓軍には軍事力を背景にした暴政に傾倒するしかなかった。

 

 道徳に背く悪人というレッテル貼りをして、富豪から財産を没収しつつ、自らに敵対する官吏を追い出す事は皮肉にも民衆受けした。それが本当にそうなのかも分からないのにも関わらず、民衆は自分よりいい生活をしている者が下に落ちるのを歓迎したのだ。

 

 皮肉にもかつて袁紹たちが董卓を暴君というレッテルを貼って反董卓連合を組んだ時と一緒な事をしている。そう思うと吐き気が止まらなかった。

 

 董卓には、上手くいっている。もうすぐ逆転出来ると言って誤魔化していた。だが、もうそれも限界。上手くいく方法なんてもう何も残っていない状況で董卓を誤魔化す自信が賈駆にはない。

 

「もう、駄目。打つ手が無い」

 

 机の上に置かれた盤上には黒い駒に囲まれた白い駒があった。逆転どころか、勢力を保つ事すらも出来ないまでに追い込まれている盤上は、今の董卓軍の現状を表している。

 

 董卓の為に身を投げ出し、罵倒、中傷を一身に受けてきた賈駆も限界に近づいていく。最善手を打ち続けても悪くなっていき、自分の義心、誇りさえも捨て去ってなお足りない。何をしたらいいのかもわからず、誰にも相談出来ず、ただ詰まないように動くだけしか出来なくなっていった。

 

 人の悪意、害意に曝されすぎた賈駆に、もう常識という概念はなくなっていった。

 

 正義のために悪を排除する際、悪なる手段を使えば自らも悪になってしまうことがある。賈駆は悪と戦う為に悪の手段を使うようになっていった。それが自らを悪に染めてしまっているとも気が付かず。自分が怪物になっていく事にも気が付かない。

 

 なぜなら、彼女の周りは怪物達の巣窟なのだから。

 

 もはや真っ当な手段で勢力を保つ手段が無くなった賈駆は禁断の果実に手を出した。恐怖政治という果実に。

 

▽▲▽▲

 

「もう限界や。ウチはもう詠に付き合ってられん」

 

 長安に帰還した張遼は呂布に怒りを隠そうともせずに愚痴をもらす。

 

「……霞、詠は頑張ってる」

 

 呂布が諌めるも張遼の怒りはおさまらない。

 

「月の心が折れて一人で頑張っとるのは知っとる。けどな。やってええこととやったらあかんことがあるやろ!」

 

「……」

 

「ウチはもう無理や。この一年で何回戦ったのかもわからん。何人の兵士を犠牲にしてきたのかもわからん。逆賊の誹りを受けながらも戦うって言ってくれた奴等にどんな顔して地獄で会えばええんや?」

 

 そう言われてしまうと呂布は何も言う事が出来なかった。

 

「今のウチらはなんや? ありがたい官位を貰ってやってることは盗賊の手助けか?」

 

 今、長安が保たれているのは、呂布と張遼の武勇がずば抜けていて、高い軍事力を維持出来ている事が大きい。それゆえに悪政が行われているのは皮肉としか言いようがない。

 

「それに……ねねの現状を知っとるなら分かるやろ?」

 

「……」

 

 董卓銭による経済崩壊が起こり始めると、陳宮にその矛先が向いた。

 

 王允は「自分は反対したが、賈駆によって強行せざるを得なかった。陳宮の引き継ぎが不十分であった為、現状の正確な認識が不十分だった為起こったことだ」と言い広めた。

 

 劉表が貨幣の改鋳に対して危険性を意見し排除された事は知られている。その資料を王允自身が受けとっていないと言われてしまえば、誰にも分からない。

 

 賈駆がそんな資料を渡すはずがない。ならば、補佐としてつけられた陳宮もあえて黙っていたのではないかという噂が出てくるのも当然だった。

 

 それを否定した所で陳宮は宮中での発言権は無いに等しい。

 

 賈駆の報復が怖い宮中の者達は陳宮を責める事で間接的に賈駆を責める形をとった。かつて、皇帝の政策を否定する際、宦官を責めたのと同じ図式だ。濡れ衣だろうとなんだろうと、部下から潰していくのは常套手段である。

 

 意図的に情報を隠され、悪政を行う事を強制された不幸な王允という風評が広まるにつれて、陳宮の悪声が広まっていく。政治批判に傾倒している者達に代わり、陳宮はふらふらになりながらも仕事をしていたが、先日、倒れたのだ。

 

 もう宮中は軍事力で無理矢理押さえつけているだけで、董卓側の人間を排除したい者達で溢れかえっている。

 

「劉焉とその手先の奴らは排除した。せやけど、王允の奴に加えて護羌校尉の楊瓚、執金吾の士孫瑞辺りの奴等も露骨に怪しい動きをしとる」

 

 執金吾は近衛と呼べる皇帝を守る軍であり、護羌校尉は精強な羌族の騎兵を配下に収める軍である。それが手を組んでクーデターを起こそうとしたら……と考えればその脅威が分かる。

 

 董卓軍はもはや、敵と戦えるような状態ではない。先に待っているのは董卓暗殺からの旧董卓派の粛清の道か、外敵に滅ぼされるのかの二択である。

 

「ウチらの軍も連戦で疲れきっとる。もう戦ったら勝てん。一族全員皆殺しにされて晒し者にされるような悲惨な未来を仲間にさせとうない。ねねの奴を守りたいなら決断は早い方がええで」

 

 呂布は脳裏に目の下を真っ黒にした陳宮の姿を思い浮かべる。

 

「民を守る。そんな事、ウチはもう考えられん。ウチはウチの仲間を食わせていくだけで精いっぱいや。詠にもう一回ぶつかって駄目なら……ウチはもう付き合えん」

 

 顔を歪め、握りこぶしから血を流しながら出ていく張遼を呂布は止める事が出来なかった。

 

 後日、張遼の官位が剥奪され、張遼とその配下は長安からその姿を消した。

 

 もはや董卓軍は自らの手足を食べて生きているようなものであり、いつかその限界が来る。その時は着々と近づいていた。

 


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