幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 作:ちびっこロリ将軍
陳留郡の北東部にある平原にて両軍が対陣していた。
孫策軍の兵力は約二万。残りの一万五千は徴収へ向かわせた先から戻って来なかった。物資の徴収を優先した結果、兵数で約二万の遅れを取る結果になってしまっていた。
「どういうことじゃ? 曹操軍の本軍ならまだ分かる。じゃがあの数ならば黄巾の残党共も混ざっておるじゃろう。なのになぜこんなにも早い?」
黄蓋は孫策軍が皆思っている事をあえて口に出した。誰も並の軍と比較しても早い進軍速度を出す方法が見つからない。強行軍で無理矢理連れて来たのか?と思うも、ならばこうやってすぐさま対陣しているわけがないと自分の考えを否定する。
「……分からないわ」
分からない。強行軍なのか? それとも袁術軍の侵攻を予期して、陳留に兵士を隠していたのか? 孫策には目算が付かなかった。
「でも、目の前に私達の倍近い兵が居るのも事実。率いている曹操は名将であっても率いている兵士は雑魚よ。曹操を討ち取ってしまえば、いや、討ち取らずとも、陣が崩れれば、直ぐに脱落していくはず。今の状態で防衛は難しい以上、敵の疲れがたまっている今、崩さなければ、数の圧に耐えられないでしょう。あちらが動く前に攻める」
孫策は自ら前線に立つ事で兵士を奮い立たせる。勘が警鐘を鳴らしているが、その対策をどう取ればいいのかが分からない。
守勢は孫策がというよりも呉の兵士が不得手とする所。命知らずとも言われる性質は、攻勢に強いが守勢に弱い。馬防柵なども用意を進めてはいたが、中途半端で防御力は心もとない。それならば、あえて攻勢に出た方がマシだ。
(冥琳が居てくれれば……)
孫策はそう思わずには居られなかったが、自分の頬を叩き、気合を入れなおす。まずは目の前の敵をどうにかしなければならないのだから。
「精鋭たちよ。敵は多勢だが恐れる事はない! 敵は黄巾の残党の寄せ集め。数年前、五倍の兵力差があっても相手にならなかった事は覚えているはず! その時を思い出し、そしてその時と同じように蹂躙しなさい! ……突撃ぃ!!!!」
自ら前線に立ち剣を掲げ、全軍に進軍を命じる。
量で劣るなら質で補うのみ。所詮は数を頼りにしただけの軍。倍程度ならば十分崩せるとばかりに孫策は兵を進めていく。
横並びの陣形が、孫策率いる中央軍の突撃に引き摺られる形で偃月に変わっていく。黄蓋が放った鏑矢が曹操軍の上空で音響を生じさせながら空気を引き裂き、一人の兵士を撃ち殺した。その瞬間、孫策軍の弓兵たちは鏑矢めがけて一斉に弓を射る。
冒頓単于が、親衛隊に鏑矢の向けられた先を一斉に射るよう厳命し訓練をほどこし、匈奴を大帝国に発展させた事は有名な話だが、孫策もそれを参考にし、調練を行っていた。
曹操軍の弓兵もすかさず応射を行うが勢いは孫策にある。
矢を雨のように降らせ、敵陣を崩すと、弓兵は下がり、矛兵が前に出てくる。
「無駄よ!」
剣を振るうと鮮血が飛び散り、絶叫が上がる。
兵士同士が矛を交えあうと金属と金属をぶつけ合う時に生じる独特の音が響き、叫び声、雄叫び、悲鳴が所々で起きる。
僅かに少しずつ、孫策に戦況が傾いていく。曹操軍の中央は押し込まれるように凹んでいっている。
(勝てる!)
黄巾のような有象無象を集めた軍は一度崩れると弱い。そして今、あと少しで崩れるような状態だ。
孫策はさらに苛烈に攻めようとし……その瞬間、先陣を任せていた将の身体が馬からドサリと崩れるように落ちた。
それに続くように次々と弩から発射される矢が孫策の中央軍を削っていく。孫策は放たれる矢を切り伏せながらも、前に進む事が出来なくなってしまう。中央の勢いが無くなると、曹操軍の両翼を率いている夏候惇と夏侯淵が少しずつ、だが確実に中央への圧力を強めていく。
このままでは孤立する!
そう確信した孫策は兵を引くように命令を出す。
「なんで!? 黄巾の残党がそんなに弩なんて持っているのよ!!!」
弩は漢王朝が製造施設を独占している。農民でも持てば精鋭に匹敵する戦闘力を持つようにしてしまう弩は、密造すれば死刑になる兵器ゆえに数が少ない。劉表軍も持っていたが、その数は少なかった。
今、襲い掛かる弩兵の数は密造していた豪族から取り上げただけは絶対に足りない量だ。
曹操は数か月前まで、太守ですらなかった。弩をそんなに用意することなどできないはず。袁紹も騎馬対策に必要不可欠な貴重な弩をそんなに貸し与えるはずがない。数年前に戦った黄巾は鍬で戦うような有様だった。それがなぜ弩などという高度な兵器を持ち、そしてなぜそんなにも練度が高くなっているのか?
混乱している孫策へ向けて、曹操は自ら育てた切り札「虎豹騎」に追撃を命じる。敗走した孫策が追撃から逃げ切る頃には兵士は千以下にまですり減らされていた。
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「貴女の読み通りね。郭嘉」
潰走する孫策軍に追撃を命じた後、曹操は郭嘉を労っていた。郭嘉はその言葉に喜びを露わにしてしまいそうなのを隠そうと早口で誤魔化そうとした。
「張勲は優れた謀略家であり、政略家ではありますが軍師ではありません。軍事方面の歴史には疎い。賊軍とて、何年も戦えば経験を積み精鋭になり、装備も敵から奪う事で宮中の近衛にも負けないようにまでなっていく事を分かっていないと思いました。戦乱の後期には精鋭となっていた赤眉をかつてのような弱兵であると侮った為、鄧禹や馮異のみならず、劉嘉や来歙までも苦汁を飲む事になりました」
将の鍛練も兵士を精鋭にするが、百の鍛練よりも一の実戦の方が得られる物が多いのもまた事実。何十と戦を繰り返し、ついには群雄の一人を殺すに至った賊が弱いわけがない。
練度は孫策軍にも劣らないまでになり、装備では上回っていた。弩の製造施設を奪い、装備を一新した青州黄巾に正面から突っ込んだのだ。
勝てるはずもなかった。
その後、曹操軍は強行軍で戦場に駆け付けようとしていた袁術軍の本隊の進軍経路に伏兵を用いて一方的に打ち破った。
曹操は二度と華中へ来られないようにと揚州まで執拗に追撃を続け、補給が続かないという理由で切り上げたが、袁術はもう荊州の土を踏むために戻る兵力すらもとっくに失っていた。
(さて、もう後戻りはできないわね)
曹操は袁術への肉壁として使われてきた。袁術を殺せば、袁紹が兗州や豫州に自分を残す理由は無い。だが、曹操は黙って領土を明け渡す気はない。ならば戦うしかない。
元々、臣下として生きる気は無かったが、その道はこの戦いで失われた。ならばもう覇者になるしかない。
乱世で勝ち抜く事を覚悟した曹操が戻った時、夏侯淵に任せていた宛城攻略は既に完了していた。
大勝だ。あとは袁術の居ない空白の南陽を制圧するだけ。
そう思っていると、夏侯淵が頭を下げた。
「申し訳ありません。華琳様」
「どうしたの? 秋蘭?」
「劉表軍が旧州都である新野まで進出。……すでに南陽の四分の三を掌握され、さらに孫策軍、袁術軍の敗残兵を吸収されてしまいました」
群雄割拠の行く末を決める戦いが始まろうとしていた。