幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話   作:ちびっこロリ将軍

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23話 博望坡の戦い

 時は少し遡る。

 

 袁術無き宛城を落とそうと攻撃を加えている報告を受けた劉表は、予め用意していた軍を率いて北上していた。

 

 宛と襄陽は洛水と呼ばれる河に沿う形で作られた都市であり、河に沿って進軍をすれば直ぐにたどり着くことが出来る。元々、穀倉地帯を抱える荊南からの物資や税を集める為に洛水を利用していた事もあり、道も整備されている。大軍を動かす事に不慣れであっても、整備された道に、補給を容易にする水軍を利用可能な環境は、急な軍事行動を可能にした。

 

 袁術が敗れ、混乱する南陽郡の諸城を劉表は瞬く間に攻略していく。

 

「張遼、騎兵は全て預ける。日和見を決め込もうとする奴等に剣をもって問え。降伏か死か選べとな」

 

「おっしゃ、任せとき。小難しい交渉なんかはいらんっちゅう事やな」

 

「ああ、今、そんな判断をする奴に合理などありはしない。ただ剣で脅し、それでも渋るようなら死んでもらうしかない」

 

 調略していた者を動かし、日和見を決めこもうとした県令を脅迫し、動かぬなら斬る。苛烈とも言えるような行動だったが、それに臆した者が多く降ってきた。

 

 多くの城を無血開城していく。劉表の指示は袁術軍の内部事情を隅から知り尽くしたかのように的確に急所を抉っていった。張遼率いる軍に帯同している鳳統に代わり、劉表の下に残った諸葛亮はただ感嘆し、言葉を漏らす。

 

「凄い」

 

 事前に打っていた手の意図が次々と明瞭になっていく。

 

 幕僚の統括や庶事に加え、補給などの仕事を抱えつつも、軍師としての仕事もしていた諸葛亮だったが、その仕事も苦にならない。なぜなら、城を攻略し、食料の提出をさせ、落とした城から兵力を出し、事前準備し、調略していた者を動かす。これだけで城は落ち、兵力を増強し、策の幅は広がっていく。

 

 城の攻略は劉表指導のものだったが、自分と同等かそれ以上の実力を感じ取る。

 

「頑張らないと」

 

 諸葛亮は呟くと、仕事に奔走した。

 

 今後、劉表が天下を取る為には宛城は必須。その最大の理由は袁紹。華北争奪戦で勝利した袁紹は数年で華北を統一してくる。その為にも袁紹の配下(・・)である曹操に時間を取られてはいけないのだ。

 

 曹操は袁紹の先兵であり、曹操の領土は袁紹の色に染まっているに等しい。実際、曹操はそういう立場であり、まだ(・・)袁紹の配下である。曹操は袁紹の配下に留まらない事を知っている者なら、まだ乱世は続くと見える。

 

 しかし、諸葛亮や鳳統といった者達にとってみれば、華北は統一寸前、華中は配下の曹操が手を伸ばしつつあり、華南の覇者であった袁術は滅亡寸前にまで追い込まれている状態であり、天下統一まで時間の問題。それを引っ繰り返すには、袁紹が華北を統一する前に華南を統一するしかないと見ている。その為に必要不可欠である宛を取られれば滅亡は必至と見ていた。

 

 この戦いに負ければ天下への道筋は消えてしまう。まさに天下分け目の決戦ともいえる。

 

 そんな最中、劉表軍が恐れていた報が入って来た。

 

「曹操軍が宛を落としました。曹操率いる本軍は揚州へ流れて行った袁術軍を追撃しているようですが、宛を攻略した夏侯淵は約一万五千の兵を率いて、城の守りを固めている模様です」

 

 主力の軍は曹操が率いており、宛城攻略をしていた将の名前がここにきてようやく分かる。

 

「間に合わなかったか……」

 

 劉表は呟く。新野城まで迫っていた。ここから宛に籠っていた将と連携して曹操軍を挟撃する案は失敗に終わった。あまりに早い孫策軍の壊滅。それに連鎖する形で袁術を破り、曹操はさらに劉表との決戦を見越して宛を一気に陥落させた。

 

 大胆不敵にして、目の前の勝利に留まらず、先の戦略を考えて動く。姿を見ずとも、剣を交えずとも実力の程が分かる。

 

「それと……」

 

 使者は言いよどみながら告げる。

 

「鳳統様からの伝言です。これから張遼隊は堵陽、そして葉を目指し進軍する。支援を願う……との事です」

 

 いち早く宛に向けて進軍していた張遼軍の暴走ともいえる行動。「堵陽」は宛城のさらに北に位置し、「葉」は豫州潁川郡で荊州ですらない。そんな所へ行くなんて戦略は立てていない。

 

 使者もなぜそのような行動をとるのか分らず、疑問をもちながらも報告し、周りの者も疑問を投げかけるも、「それだけでいい」と言われたと使者の者はたじろぐ。そんな中、諸葛亮のみが正答が分かった。

 

(さすが雛里ちゃん。なら、私達がやるべき事は……)

 

「劉表様。新野から兵を動かしたいと思います」

 

「……分かった。どこにだ?」

 

「宛城の北部にある博望へ」

 

 

▽▲▽▲

 

 南陽郡宛城にて、夏候淵が城の守りを固めていた。曹操との合流までに南陽郡を出来るだけ掌握しておくのが夏候淵の受けた命令だった。

 

 もちろん、夏候淵は武将であり、政治家ではない。豪族との駆け引きなどは、軍師兼南陽太守に命じられた荀彧が主に行っていたが、状況は芳しくない。

 

「くそっ、なんなのよ。あいつ。あっちが軍を整えて南陽に進出してくるまでは想定していたけど早すぎる。あの馬鹿袁術は馬鹿ばっかり配置してたみたいね。内部情報が洩れまくりじゃない!」

 

 荀彧は愚痴を漏らす。それほどまでに劉表軍の動きは早かった。張遼率いる騎兵が先行していたが、袁術が追い出されたと報告が入ると直ぐに劉表が攻めてきた事に驚いた豪族達や袁術の命じた県令たちが一斉に降伏してしまった。

 

 袁術無き南陽を漁夫の利で次々と自領としていく劉表は忌々しい。そして、郭嘉の策によって、宛城まで早期の攻略をしていなければどうなっていたかも分らなかったと思うと、頭が沸騰しそうになるほど悔しかった。

 

「このままだと新野まで奪われるわね。でも、華琳様が来るまでの話。そこからひっくり返して襄陽まで戦線を下げさせる。宛周辺を守りきれば私達の勝ちよ」

 

 袁術の頸があれば、南陽を掌握する事は容易い。出来なくても劉表軍には曹操軍を正面から受け止めるだけの軍隊がない。ならば防衛戦になるだろう。襄陽まで引かせれば、袁紹との戦いの際に邪魔にならないように動かせる。

 

 ならば……と、荀彧は宛中心に軍隊を展開しようと命令を下そうとすると、部下が劉表軍の使者を捕えたという知らせが入る。今後の劉表の動きをしれるかもしれないと、荀彧は足を運ぶ。

 

 そこには夏侯淵が居た。

 

「で、どうなったの? 詳しい事情は吐いたの?」

 

 荀彧は、少し怪訝な表情をしていた夏侯淵に話しかける。

 

「桂花か。それが狙いがよく分らず、攪乱ではないかとも思えるほど行動の意味がわからない」

 

「へぇ、どんなの?」

 

「これから張遼軍は堵陽、そして葉を目指し進軍する。支援を願う。という内容だ。どのように支援するのか、場所はどこかも分からないらしい」

 

 はぁ? 何よそれ……と言いかけるが、荀彧は堵陽と葉という地名を聞いて、思い至る事があった。先を予測した荀彧は顔面が蒼白になった。

 

「あいつら! まさか!」

 

「どうした? 何が分ったんだ?」

 

「くそっ、あいつ、華琳様を狙うつもりよ!」

 

「なんだと!?」

 

「葉は旧楚の長城が崩れている箇所で、軍が荊州に入るには「葉」周辺を通らなくちゃいけない。「葉」を奪えば、袁術を追撃して疲弊している華琳様を待ち伏せできるって考えでしょうね。さすがに華琳様でも宛を奪った後、宛城を無視して北上してくるなんて思わないはず。奇襲になるわ」

 

「奇襲……反董卓連合の時と一緒か。まずいな。華琳様の率いる本隊は反董卓連合の際の生き残りの者が多い。その時の大敗の記憶は新しい。一気に軍隊が崩壊する可能性がある」

 

「奇襲によって足が鈍るだけでも厳しいわね。それを聞いた豪族が何を起こすか分からないわ」

 

 夏侯淵は拳を強く握りしめる。

 

 反董卓連合は群雄割拠の時の為に用意していた策、軍、人脈など全てが吹き飛んだ戦いだった。姉は片目を失い、曹操は袁紹に頭を下げるまでに落ちぶれるほどに追い詰められた。苦い記憶だ。

 

(また、我らの前に立ち塞がるか! 張遼!)

 

 夏侯淵は救援に向かわなければと荀彧を見つめる。

 

「わかってる! 秋蘭、あんたは真桜を連れて張遼を追いなさい。兵数は……八千って所か、それ以上、持ってかれると宛が劉表軍に包囲された時にどうしようも無くなるわ。足の速い部隊を中心に再編。深追いすると伏兵がいるかもしれないから真桜の部隊を後方に置き、いつでも救援に来られるようにしなさいよ。相手は孫策の五倍の兵力差を破っている。また伏兵によって討ち取る方向で動くかもしれない」

 

「凪と沙和だけで大丈夫か?」

 

「当然! 私を誰だと思っているのよ。劉表軍如き、軽く捌いてやるわ!」

 

「愚問だったな。分かった」

 

 夏侯淵は軍を再編し、張遼の堵陽へ向けて出撃した。

 

▽▲▽▲

 

 夏候淵が堵陽へ至ると、そこには張遼軍の姿があった。

 

 ただし、それは、北部へ向けて兵を進めるのではなく、逆に南下しようとしていた。堵陽で補給は済ませているはず。兵糧不足になって撤退するわけでもない。

 

「どういうことだ?」

 

 夏侯淵は疑問を口に出した。何の意味もなく進撃するわけがない。ならば何か意図があったはず。それを果たした? 何を? まるで、自分がここに来た事で目的を果たしたような……

 

「っ! まさか! 華琳様を攻める姿勢は囮で、本命は宛か!」

 

 夏侯淵は狙いが曹操ではない事に思い至った。

 

 夏侯淵軍一万五千が籠る宛を落とす事は出来ないだろう。荀彧が七千の兵で守る宛も短期で落す事は難しい。しかし、自分が敗れたという噂が流れれば、そして張遼を倒す為に出撃した夏侯淵よりも先に張遼が到着すれば違う。

 

 張遼の姿を宛の兵が見れば、夏侯淵が敗れたと思うのだろう。そうなれば宛は落ちる。大混乱するであろう内部を収める事は出来ない。

 

「追撃だ! 奴等を宛城に寄せ付けるな!」

 

 宛が落とされる。そんな危機感が夏侯淵を襲った。夏侯淵は宛との中間地点にある博望に向けて引いていく張遼軍を追撃する。

 

▽▲▽▲

 

 博望坡の左には豫山と呼ばれる山があり、右には安林と呼ばれる林があった。

 

 諸葛亮はその地に兵馬を潜ませていた。目の前には夏侯淵の軍が張遼軍を追撃する形で兵を進めている。

 

 弓に力を入れた配下の武将が見えると諸葛亮は小声で諌める。

 

「そのまま通過させてください。私達の狙いは輜重や食糧、秣です。輜重や食糧、秣は必ず後方に配置されているもの。ここで伏兵を出しても討ち取れる兵は僅かです」

 

 弓から力を抜いた武将の姿を見て、ほっと、胸を撫で下ろす。

 

(夏侯淵さん。噂には聞いていたけど、行軍速度が速すぎる。配下は元黄巾と聞いていたけど練度は孫策軍に匹敵するかもしれない)

 

 本来、四千の兵士を潜ませる予定だったが、夏侯淵の行軍速度が予測を遥かに上回る速度だった。半分の二千の兵士を博望坡に配置する事が精々だった諸葛亮は狙いを夏侯淵から輜重や食糧に切り替えた。

 

「諸葛亮様、南から火の手が上がりました」

 

「機ですね。全軍! 火矢をもって夏侯淵軍の輜重部隊を焼き払ってください」

 

 諸葛亮の声と共に火矢が夏侯淵の輜重部隊を襲い、食料や物資が燃えていき、大きな火の塊を作る。火は天に向けて煙を流し、夏侯淵軍の行軍が止まる

 

 すると、それと同時に夏侯淵の先鋒部隊の先が火に包まれた。前もって、輜重部隊を攻撃するのを確認すると同時に火計を仕掛けて欲しいと諸葛亮は劉表に告げていた。

 

「さすが劉表さん、これで四千くらい削れるといいけど」

 

 前方、後方を挟むように火をつけた状態での奇襲。本来なら討ち取れても可笑しくないが、簡単に討ち取らせてくれるほど甘くはないだろうと諸葛亮は思った。

 

(強敵ですね)

 

 軍師から引き離せば……と思ったが配下の武将でもここまで戦略を読んでくる。勝利する事は出来ても討ち取るまで行けない。曹操本軍が加わればどうなるのかと考えると弱気になりかけたが、諸葛亮は首を振り、その不安を振り払った。

 

 この勝利をもって劉表軍は襄陽から新野までの経路のみならず、新野以南の豪族、県令たちを掌握する事に成功する。

 

 これによって曹操軍は引くことが出来なくなった。宛は南陽盆地に位置する城であり、経済の中心でもある。道は整備されており、交通の便が良い事は軍事的に攻める側としていいが、守るには適さない。特に旧楚の長城という壁から北の地域から兵を送る事が出来なくなると容易に孤立してしまう。

 

 孤立した城は脆い。特に曹操の右腕である夏侯淵が大敗した後となれば、内応する者は絶えないだろう。

 

 ここで軍を引けば、宛は奪われる事は目に見えている。この後、袁紹からの決起を予定している曹操からしてみれば、引いて、袁紹と劉表に挟まれるような事があれば天下への道を失う事になりかねない。なによりも袁紹から決起する際に、劉表に勝てなかったどころか大敗したとなれば、曹操に付こうという者が居なくなってしまう。

 

 劉表軍から見ても、ここで曹操を討ちとり、袁紹の先兵を打ち破らなければ、荊州豪族の支持を失うであろうと予測できた。

 

 互いに引けない戦い。

 

 劉表が新野城へ集結させた兵力は四万。対して曹操軍は三万四千。数では劉表軍が勝っているが、将や兵士の練度、装備の質では曹操が勝る。

 

 互いに攻城戦は避けたいが、膠着状態は好ましくない。

 

 両者は野戦での決着を求めた。

 

 




 地形とかそこらへんの関係が分りにくかったと思うので補足します。

○他の作者の方みたいに地図を作ることが出来ない作者の作る地図もどき。

□□□□□□□□□□□□葉□□□□□□□□
■■■■■■■■■■■□□■■■■■■■■旧楚長城とか山とか林で通れない所
□□□□□□□□堵陽□□□□□□□□□□□
□□□□博望□□□□□□□□□□□□□□□
宛□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
新野□□□□□□□□□□□□□□□□□□□
□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□□



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