幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 作:ちびっこロリ将軍
劉表は洛水を左に見ながら、南方から宛に北上する途中で曹操軍を発見する。
南陽は元敵地であり、大軍を動かす際に迷わないように分かりやすい道を使わなくてはならない。軍が決戦の地に辿り着く前に迷子になってしまい、間に合わないなどという事にならないように曹操が考慮した結果、劉表軍との遭遇になった。
河に沿う事で補給がしやすい為、万規模の行軍の経験をした者が少ない事などの事情もある。
洛陽遷都で洛陽の民衆の移動を指揮した事や、董卓軍の後方の一手に担っていた事、元々、荒廃地域の復興を担っていた太守であった事、三公の業務を兼任するなどの数々の経験によって万規模の人間の統率や補給に関して劉表に敵う者は大陸に居ない。軍の指揮はともかく、人を目的地に持っていく能力については曹操を含めても敵わない。
三国志にて諸葛亮や司馬懿が将軍として一流の能力を示す事が出来たのも、後方幕僚としての経験を通じて大軍の指揮のやり方を学べた事が大きい。これは代々、将軍を育成する為の方法であり、後方幕僚としての経験を誰よりも積んでいる劉表の長所である。
その長所を河川が帳消しにしてくれる事も曹操軍が河川沿いの進軍を進める根拠となる。
曹操としては、ただ最短経路であることが最も大きな理由であったが。
会戦をするなら河川のない地域で、大軍指揮の経験に乏しい弱点をついた方が劉表軍にとって優位だ。それでも、諸葛亮と鳳統が河川沿いでの決戦を望んだのは理由があった。
「敵左翼を迅速に破壊し、河川を利用する事で敵軍を包囲状態に持ち込みます」
同数での包囲殲滅戦を行う為にこの地を選んだと鳳統は告げる。
敵対する戦力が自軍と同程度で圧勝するには、包囲する事で敵に遊兵を作らせる必要がある。右翼に戦力を集中させる事で敵左翼を撃破。その後、敵本隊を右翼から押し込んでいく事で実質的に三方包囲の形を作る。
一様な戦力配置で精鋭揃いの曹操軍の左翼を破壊する事は困難である。それゆえの戦力の一点集中によって部分的な勝利を得て、それを戦局全体への勝利へ傾けるようにする作戦。
「ですが、あちらの軍師の方が極端に片翼に兵力を偏らせた陣を見れば直ぐに見破り、兵を一度下げ、左右の戦力比率を調整してきます」
最低限の戦力のみを配置し、右翼を極端に厚くすれば警戒され、対策される。それを防ぐ為には策を弄した。
「なので、兵科を偏らせる事で、右翼を固める形で持ち込みたいと思います」
鳳統は目の前の盤上の兵科を右翼に張遼の騎兵と連弩兵、弩兵で固めた。中央と左翼は歩兵が中心に組まれている。
「連弩兵と騎兵を右翼に偏らせるのか?」
劉表は余りに極端な兵科配置に疑問を投げかけ、それに諸葛亮が答える。
「あの孫策軍を正面から破った事から、大陸でも五指に入る練度である事は間違いありません。その軍を打ち破るには瞬間火力で圧倒し、速攻で勝負を付けなければなりません。会戦は大凡、二の傾向に分ける事が出来き、最初から方針を確立し、一挙に迅速に決戦を求める方法と、先ず敵の兵力を減らす事を努力し、機を見て決戦を行う方法で、曹操さんに戦場での読み合いで私達は勝てません。曹操さんが動く前に決着をつけます」
諸葛亮と鳳統は自分が黄巾の乱の前から活躍して経験を積んでいる曹操には戦場での読み合いでは敵わないと見ていた。その為にフリードリヒ大王などの好んだ決戦主義的戦術理論を多用していた。
鳳統は盤上の駒を動かしながら説明する。
「この方法の長所は、短期決戦を始めから想定しているため、火力の出し惜しみをせず、予備を含めた全火力を前面に展開し、矢の残存数を考えずに発射できる事です。同数の敵でも火力はこちらの方が上になります。三日の会戦を予定しているなら、その三分の一しか使えません。しかし、始めから一日の会戦と分っているのであれば、その一日に全力を出せる分だけ有利というだけなのですが、大軍の指揮ではその分の軌道修正に時間がかかり、効果は大きくなる。そこを狙います」
左翼部隊はあくまで敵右翼の攻撃を支えるのに終始して、前進せず、敵の右翼を牽制して時間を稼ぐ事。そしてその間に右翼の弩兵が敵の陣を崩すと共に張遼率いる騎兵を前進させる。矢を撃ち尽くす勢いで騎兵の突撃を火力支援する事で敵左翼部隊を破壊する旨を加えて劉表に伝える。
敵左翼を突破し、弩兵はそのまま、前方部隊に横から攻撃を加え、騎兵は後方に控えた曹操率いる本軍めがけて突撃。そのまま西側に敵歩兵を圧迫し、洮水に追い落としていく。コの字の形に布陣が変化させていく事で三方包囲に持ち込む。
そうなってしまえば、敵右翼を率いるであろう夏侯淵か夏候惇は身動きが取れなくなり、遊兵化し、前方の大多数の軍もまともに機能しなくなるだろう。張遼がそのまま曹操を討ち取る事ができれば一気に曹操軍を吸収し、大勢力化できる。
中央に戦力を集中させる事もできるが、それでは孫策の二の舞になる可能性が高いと見た諸葛亮と鳳統は片翼に戦力を集中させる事を提案する。
そもそも、孫策が包囲、殲滅された背景には孫策軍の中核を担っていた赤備え兵を悉く討ち取られていた為、中央の突破力が著しく鈍っていた事も原因にあるのだが、それでも曹操自身の武勇もあるため、張遼の突破力を頼りにした中央突破は避けた形だ。
これは正答であった。中央にはまだ知られていないが武勇に長ける許緒や典韋が居り、張遼でも二人に加え、曹操を相手にして瞬殺する事が出来ない以上、張遼が討ち取られていただろう。しかし、混戦に持ち込む形ならば勝機はある。
劉表が戦略的にも戦術的にも勝利を得られる唯一の方法とも言えた。
劉表は二人の説明に頷く。
「ならば良し。洛水に沿う形で進軍。のちに包囲殲滅戦にて曹操を討ち取る!」
こうして両者の思惑もあり、宛と新野を挟む地にて、両軍は遭対した。
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両軍が向かい合う。
それと同時に右翼の火力部隊である弩兵と連弩兵が前進し、その後方に隠すように張遼率いる騎兵部隊が続く。
諸葛亮は緊張の面持ちで、兵を進める事を進言する。
(この時の為に準備してきた。勝たなきゃ!絶対)
この作戦に必要な弩製造の為に劉表は多くの政治改革をしていた。その傍にずっと居たのが諸葛亮だ。
まずは司法の改革である。罪人の審判基準を明確化し、罪無き者を罰した場合に対しての罰を求めた。これは始めは大反対を受けた。
自分が罰せられるのも嫌だが、それ以上に自分の給料である粟や米が脱穀しないで支払われるのではないかと恐れたためだ。
この時代の脱穀方法は全て人力で、二人一組をつくり、杵で臼の中の籾もみを突く。
非効率的なそれゆえに人海戦術が必要になる。その労働力に一般民衆を使えば怨嗟の声が挙がる事は間違い無い。しかし、微罪で罪人を作ってしまい、その罪人に刑罰として脱穀作業を押し付ける事ができる。必要に応じて、自分たちの給与である粟や米を脱穀させる事は常識である。微罪の罪を作る事で役人は脱穀した穀物を得られる。
脱穀していない穀物を脱穀させる人を雇う事になれば減給に等しい。特に下級官吏が大反対する事は間違いない。
劉表は、それを脱穀機を使う事で解決させた。
千歯こきや千石通しと命名されたそれは、今まで非効率だった脱穀を容易にした。それによって、脱穀する人数が足りなくなるたびに微罪によって捕まる者を減らしつつ、足りなく袁術から奪った貨幣鋳造施設と職人を使って作った貨幣を給料として渡すような仕組みを作った。新貨幣の流通を促進しつつ、微罪で捕まる者を減らす。そして、今まで自分の家庭で作った穀物を脱穀する作業をしていた者に、弩の製造をする仕事を作ったのだ。
弩は政府管理の武器として厳格に管理されており許可無き保有は罰せられ、その製造・整備は政府直轄の工房で行われており、その製造には高度な技術が必要だったが、劉表は元々、董卓政権における宰相であり、三公であった。その仕組みについては熟知している。
部品の規格化により、製造、修理を簡便化させており、作る部品を地域によって振り分ける事によって窃盗や機密漏洩のリスクを大きく減らし、単純作業にする事によって生産性を飛躍的に上げていた。
新貨幣の流通を促進しつつ、弩の製造量を増やし、微罪を作られ罪人にされる人を減らす。その他にも多くの政治面での改革を進めてきた結果、出来る作戦だ。
戦争に勝つ為に庶民に重税や苦しい労役を敷いてはならない。
そんな理想論だと馬鹿にされていたそれを成し遂げて今があるのだ。負けられない。負けてはならない。そんな理想を実現させていくためにも。
(勝つ。絶対に。自らの栄達の為に乱世を引き起こした人たちには絶対に負けない!負けられない!)
諸葛亮と鳳統は反董卓連合の経緯を劉表から知らされている。董卓は清流と呼ばれる人士を採用し、自分の身内には一切高い官位を与えなかった事も聞いている。袁隗に政治を任せ、自分は軍事面の改革に終始していたことも。袁紹が裏切った後も、戦乱後、自分が政治の世界から引くと宣言し、その後継者として司馬朗を育成して、そして裏切られた事も。引き立てた人物たちが裏切り、暗殺しようとしていたことも。
その身の破綻である。裏切りに裏切りを重ねられ、何もかもが上手くいかなくなり、坂道を下るように落ちて行ったのが董卓であった。
清廉だった。自分の栄達など考えていない。そんな人物たちを裏切ったのだ。官位も与えられ、太守などの高官すらも与えられてなお、満足できず、さらなる栄華を望んだ。目の前の曹操や先に戦った孫策。そして首魁である袁紹は。
自分の栄達の為に数百万人、数千万人を殺すような策を実行した人物を諸葛亮は許す事が出来なかった。
絶対に勝つ。そんな意気込みを込めた計略。
しかし、幾ら高潔な心を持とうとも、強者が踏みつぶすのが戦場であった。
劉表軍右翼を進め、通常ではありえないような圧で降り注ぐ矢を見て曹操は呟く。
「あら、奇遇ね。こちらと同じ手を打ってくるなんて」
曹操軍も劉表軍と同じ策をとっており、曹操は左翼に兵力を集中させていた。
夏侯淵、夏候惇、楽進、于禁、李典等が曹操軍の左翼に配置されている。劉表が兵科による戦力の集中を図ったのに対して、曹操は将と練度を偏らせたのだ。
「では、知略合戦は終わり。なら、ここからは互いの剣比べの時間よ。曹純に敵弩兵を蹂躙するように伝えなさい。虎豹騎を先頭に敵右翼を突破する!」
曹操の号令が戦場に響いた。
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■洛水(河)
◆劉表軍
◇曹操軍
凄い分りにくいですが、大体こんな感じ。劉表軍は斜行陣を敷き、片翼に連弩兵や張遼の騎兵隊を置くことで、敵左翼を早期撃破し、曹操率いる本隊を攻撃して、洛水側に押し込むことで、実質的な三方面包囲した状態を作ろうして……曹操側も同じことしようとしてきた為、戦局が拮抗していまい、さらに曹操は切り札をきってきました。