幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話   作:ちびっこロリ将軍

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25話 互いの秘策

 戦場では矢が雨のように降り注いでいた

 

 劉表軍の右翼と曹操軍の左翼は共に弩兵を主にした編成をしており互いに早期での決着を狙い、出し惜しむ事なく弩を射る。互いに六石弩と呼ばれる弓の射程の四倍の矢の応酬である。

 

 もし歩兵がそこに踏み込めば多大な被害が出るだろう。

 

 だが、互いに弩兵を主にした部隊。矢を打ち終わるまで消耗戦になり、戦況は停滞するだろうと夏侯淵は思った。しかし、それを鳳統の策は覆す。

 

「次、張弩兵の方に斉射の命令を」

 

 鳳統は弩兵を率いる文聘に進言し、文聘は頷き、斉射の合図である太鼓を鳴らす様に命令を出した。

 

 鳳統の策とは、弩兵の二列縦隊の輪番打ち

 

 前面に「発弩兵」と呼ばれる兵を並べ、その後方二列に並ぶ「張弩兵」を置く。その後ろに「鼓」が居り、太鼓の合図で弩を交互に撃たせる。

 

 輪番打ちは、北方の獅子王と呼ばれたグスタフ=アドルフが好んだ戦術であり、当時マウリッツによって一世を風靡したカウンターマーチにはない長所があった。その長所とは、銃を撃ちながら前進できること。

 

 銃と弩の違いはあれども、この戦術によって弩を撃ちながら前進する事が可能になった。

 

 鳳統の場合、即席軍でも撃つタイミングを合わせる為に太鼓を使って斉射の合図とした。

 

「そちらも同じ手段を取るのも想定の範囲内です。でも、弩兵の輪番打ちによる面制圧をしながらの前進ならば、練度や将の質を補う事ができます」

 

 それは先の戦いで証明している。孫策でも弩の雨の前では逃げるしかなかった。周泰も十字砲火による面制圧で軽傷とはいえ傷を負わせ、撤退させることに成功した。

 

 面制圧は圧倒的な武勇を誇る者にも有効という経験をした鳳統が来たるべき時の為に用意した秘策である。

 

 弩の弱点は装填の時間が掛り過ぎる事である。約280メートルという射程を持ちながら、馬が突撃してくると、二射目を放つ事が出来ない。

 

 そんな弱点を補いつつ、弾幕を張り続け、さらに前進する事が出来る劉表軍の弩部隊に曹操軍の弩兵が押し込まれていく。

 

 本来であれば八世紀以降に誕生した戦術である。何がどうなっているのか?それを理解出来る者は曹操軍には居ない。弾幕を張り続ける劉表軍に曹操軍の左翼は崩れ始める。

 

 劉表の領土の荊州は旧楚の地域であり、銅山資源が豊富な為、弩の鏃に青銅を使う事が出来た。兵数はともかく、連戦を続けてきた曹操軍よりも物資が豊かであり、本拠地が近い為に補給が届きやすい。

 

 夏侯淵の補給部隊を潰したことも大きい。食料を焼き払う事で士気を下げ、籠城戦をする為の物資を失わせた。長期戦という選択肢が取れない様にしたのだ。

 

 鳳統はこの新戦術に自信を持っていた。

 

 曹操軍の弩兵を破り、曹操軍の左翼を潰走させる。その瞬間は目の前である。弩兵を指揮していた夏侯淵も有効な対応策を思いつく事は出来ておらず、混乱を収めることに終始している。

 

 劉表軍の弩兵が進むごとに、その混乱は大きくなっていく。

 

 その時だった。甲冑を着た騎兵が表れたのは。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

「太平御覧」に引く「魏武軍策令」にあるものが登場する。それは馬鎧。

 

 

 曹操は、幽州騎兵を破った袁紹の強弩部隊を警戒し、それに対抗する為の兵科を模索した。その答えこそが重装騎兵。馬に鎧を纏わせての突撃はテルシオの登場まで一世を風靡し、百年戦争まで戦争の中心になる。

 

 そのテルシオも、一度崩されれば重装騎兵の餌食となる。重装騎兵の価値が暴落していくのは、鉄砲の存在と、それを生かした戦術が確立されてからの事になる。それは遥か千年以上先の話である。

 

 正面決戦において、この時代最高峰の兵科。それを曹操は勝負所に使う戦力として運用しており、その部隊を虎彪騎と名付け、切り札として運用していた。

 

 その虎彪騎が、劉表軍の右翼の弩兵部隊に向かって突撃してくる。

 

 雨のように降り注ぐ中を突進し、そして駆け抜けてくる騎馬部隊がある。そんな報告を受けた鳳統はある部隊の斉射準備をさせる。

 

「連弩隊に伝達!一斉射にて敵騎兵の前に弾幕を!」

 

 連弩は約60メートルと射程こそ短いものの、一度に十の矢を射る事が出来る。矢の雨を降らし、それでもなお接近する部隊を突き放す為に組織された連弩兵。

 

 だが、それは悪手だった。

 

「えっ!」

 

 金属が金属を弾く音が戦場に鳴る。

 

 連弩の弱点は、その威力が低い事。鉄の鎧を貫通する威力は無い。中世ヨーロッパで弩の運用が少ないのも、この重装騎兵の存在が大きい。鎧を貫くような威力にすると、矢を射るまでの時間が比例して上がり、その部隊は騎兵に特化させた常備兵にならざるを得ない。そして、この時代にはそれだけの威力を持つ弩が作れない。

 

 前漢では騎兵相手に使っても効果がないと言われた弩を、対騎兵部隊に必須の武器に押し上げた六石弩すら、三十年前に生まれたばかりなのだ。

 

 対騎馬民族なら過剰火力になるようなものを漢王朝が作る理由すらもなかった。曹操の部隊は漢民族の部隊に特化した戦力である。それに対する部隊など存在しない。

 

 馬鎧を纏った虎彪騎に対応する策は鳳統の率いる部隊に存在しない。馬鎧を貫くような弩を開発するか、パイクのような対重装騎兵用の槍を作るか、重装騎兵を運用させない地形で戦うなどが重装騎兵の代表的な対策として上がるが、それを戦場で行うことなど出来ない。

 

 虎彪騎は瞬く間に、劉表軍の右翼にて猛威を振るっていた弩兵部隊を崩した。武名高い武将が居ない劉表軍の弩兵は立て直しを図る事も出来ず、ばらばらに潰走していく。

 

 劉表軍の戦略が破綻した瞬間だった。

 

▽▲▽▲▽▲

 

 前方の弩兵部隊が潰走していくのを見て、張遼はその支援に向かう。

 

「ちぃ!なんや、あの部隊は!」

 

 重装騎兵は、皇帝の近衛のごくわずかに控えるだけだった。あくまでも式典用のものであり、部隊で運用することなどなかった。騎馬民族に、そんなものをぶつけても無駄で、華南の異民族には使えない。

 

 対漢民族特化の部隊を用意してきた曹操に、張遼は戦慄を隠せないでいた。

 

「華中であれだけの重装騎兵が集められる……何か種があるんやろな!くそっ」

 

 愚痴を溢しつつも張遼は、曹操の重装騎兵の弱点を見抜き、軍に正面から受け止めないように指揮をした。あの重装備では突撃以外では留まっての防御は不得手だろうという事。もし包囲されれば下馬戦闘に徹するしかなくなることを見抜いた。

 

 突撃をいなして側面から崩せば勝機はある。

 

 曹操は重装騎兵を用意した。しかし、兵士たちの練度はそれほど高い様に見えない。騎兵の兵士は熟練の専門職である。それを北方の者以外が運用しているのは驚嘆に値するが、張遼からしてみればまだまだ未熟な面がみえる。

 

 張遼は自ら指揮する騎兵をV字に部隊を受け止める態勢を築こうとすると、劉表本軍から、精鋭の槍兵がフォローに周ってくるのを見て、とっさにV字の先端部分を任せた。

 

「さっすが!動きがはやいな!」

 

 騎馬は先が尖っているものをみると怯える習性がある。曹操が馬に対して調教する時間も技術もないとみた。ならば槍部隊を揃え、槍を突きだす事によって突撃を食い止められる。

 

 その思惑は当たる。虎彪騎の部隊は、槍兵が前面に出て、槍を突きだしているとみると足が止まった。それを側面から崩していく。

 

 対騎馬民族の経験に長けた張遼の指揮で戦況を立て直したものの、曹操軍の後方部隊も黙っていない。

 

 精鋭の歩兵部隊が迫ってくると、V字の形を崩されてしまい、虎彪騎をその隙に逃がしてしまう。弱点も多い虎の子部隊だったが、これから練度を積まれればどんな凶悪な部隊になるのか分らない為、討ち取っておきたかった張遼は舌打ちをする。

 

 右翼は完全な混戦に陥っていた。

 

 曹操軍の左翼の弩部隊はつい先程まで崩壊寸前までいっていた。それを立て直す為に、夏侯淵は動けない、しかし、立て直されれば一気に持って行かれる。鳳統も立て直そうとしているが、あそこまで崩されれば難しいだろう。これは将としての経験が生きるものだ。出来たとしても夏侯淵の方が早いだろう。その前に、左翼の指揮官を殺して敵の士気を削らなければならないと張遼は踏んだ。

 

「ったく、敵の指揮官はどこや!ウチはここに居るで!!怯えとらんで出て来い!」

 

 華雄のような馬鹿なら出てくるだろうが、それはないだろうと思った張遼だったが、試しとばかりに声を張り上げる。

 

 すると、大声を張り上げる者が居た。

 

「張遼!!!!!」

 

 夏候惇だった。反董卓連合で片目を潰したことによって、眼帯を付けていたが、その姿には見覚えがある。

 

 かつての強敵が安い挑発に乗ってしまった残念さと、機に喜ぶ気持ちが合わさり、張遼は微妙な気持ちになる。

 

「おったわ。馬鹿」

 

 しかし、夏候惇が相手ならば、他の将の相手は出来ない。他の将は止められないだろうとも同時に思う。騎兵は突破力や機動力はあっても防衛には向いていないのだ。

 

「ウチが夏候惇を討ち取るのが早いか、敵さんが劉表を討ち取るのが早いか……勝負やな」

 

 張遼は飛龍偃月刀を強く握りしめた。

 







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