幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話   作:ちびっこロリ将軍

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27話 深紅の牙門旗

 重装騎兵は前漢に生まれたとされている。

 

 前漢の文帝より信任を得て、匈奴対策を立案していた晁錯は「匈奴の武具よりも漢の武具の方が遥かに高い」と述べており、実際、漢人の兵士一人で五人の胡兵と戦えるほどの差があったとされている。

 

 当時、漢では既に高炉が発明されていた。欧州で1300年後に生まれる発明によって大量の良質な鉄を手にしていた漢王朝は鉄の武器、鉄の防具を量産することを可能にしており、世界最高の装備をした軍団が誕生していた。

 

 当時の匈奴は独自に鉄を作っていた記録こそあるが普及していなかった。もしくは、作れる数は少なかったのかもしれない。武器に動物の骨を使っていたという事もあったという。

 

 そんな装備では鉄製の武器、防具を持った漢の兵士に正面で勝つことができず、平原では漢軍が優位であると断言されるほどの差ができるのも必然であった。

 

 ゆえに当時の騎馬民族は軽騎による攪乱戦法を取り、漢軍との正面での決戦を避け、敵の側面や背後を取る戦術に長けるようになっていった。武帝によって騎兵の練度が飛躍的に上がり、さらに鉄製武具を手にした事によって一大軍事国家となったのが前漢という国であった。

 

 そんな時である。精強な騎兵と質の高い武具を組み合わせれば……と考えついた者が現れたのは。騎馬民族の貿易地である上谷郡と、華北最大の鉄生産地であった漁陽郡が近くにあった事は運命だったのかもしれない。

 

 こうして、漢王朝に鉄製装備を纏った精強な騎兵が生まれた。その騎兵部隊は預言書にて、天下を治める者と書かれた青年と出会う。その青年の名を劉秀。

 

 その部隊は、漢王朝を再興し、後漢という国家を作り上げる男の覇道を支えていく事になる。

 

 異民族の部隊でありながら漢王朝の武具を持つ異色の部隊の名を烏桓突騎といった。

 

▽▲▽▲▽▲

 

「光武帝を天下統一に導いた烏桓突騎。その天下の精鋭を率いた公孫賛も袁紹に、いや、貴女の計略に敗れた。かつての栄光を掻き消すような無様な姿で。将は一流、指揮が悪かったわけでもない。その理由はわかるかしら?」

 

 曹操は荀彧に問うと、荀彧は答えた。

 

「弩の技術の向上ですね」

 

「ええ。かつて、烏桓突騎が最強と言われた時代の弩兵の標準装備は三石弩。鉤牙・懸刀・牛の部分が弩本体に取り付けられていたのを銅郭に組み込んだ事によって高い強度を持つようになり、六石弩へと変化した」

 

 後漢では、烏桓突騎のように騎馬民族が突騎によって攻撃することが珍しくなくなっていく。その原因として、騎馬民族は漢民族と手を組み、鉄の装備を自らも手に入れる事が出来る様になった為というのがある。

 

 騎馬は弱い弩の矢では怯まず突っ込む事ができた。そして後漢は一部を除いては常備軍を解体し、募兵を主にしていた。その為、戦いなれていない者は迫りくる馬というものに恐怖し、逃げてしまい、突騎が大きな効果を生むようになる。これは桓帝の時代まで続く。

 

「桓帝の時代に強弩による突騎対策が作られると、漢王朝は拡大政策に入る。半農の文化を持つ羌族は居住地域を他の部族と違って動かせないから狙われたわ。記録では十万の死体をつくりだすまで効力を発揮したそうよ」

 

 桓帝の桓は領土を拡大した皇帝に与えられるものであり、それを成す原動力になったのが強弩兵であった。公孫賛の敗北は、その強弩兵対策と警戒が甘かった事にある。それはある意味仕方のないことでもあった。味方である漢民族の戦術と戦う事など、公孫賛は想定していなかったし、したくもなかった。

 

 それゆえに負けた。だからこそ曹操は考えなければならなかった。次の手を。

 

「だから、馬鎧を付けた部隊の運用を考えたのよ。新たな技術には新たな技術で対抗しなければならない。同じ手を打っていれば、国力で劣る勢力が負けるだけ」

 

 後漢初期にある人物がいた。南陽県の県令に任命された杜詩。杜詩は爆風炉を発明した。これは簡単に言えば、水力を動力とした自動のふいご装置。彼を皮切りに後漢の鍛鉄技術は大きく向上していく。

 

 欧州の産業革命前に匹敵する製鉄技術、発明もあって武器にも変化が表れていく。鉄の精度が低く細身の武器が作れなかった為、重さで叩き斬るような戟や刀などの武器が主流だったが、細身の武器が武器足りえる様になるほど、鍛鉄技術はさらに上がっていた。

 

 正確には、高温によって炭素を焼き切り、炭素濃度が極端に低くなると鋼と呼ばれる物質になる為、鋼の装備と言っていい。この頃になってようやく、槍が戦場で直ぐに壊れないような武器に変化した結果、三国志で諸葛亮の槍部隊の創設に繋がっていく事になる。後漢はそれほど大きな変化が起こった時代でもあった。

 

 高い強度を誇るようになった鋼の武器や防具を活用すれば、強弩兵に対抗できる。その結果は目の前に効力を発揮した。

 

 しかし、この戦いで多くの弱点を見つけたのも事実だった。

 

「やはり、相当の練度がなければ突撃という点でしか使えないのは痛いわね。いや、あれは張遼の指揮がさすがというべきかしら」

 

 あんなに簡単に殲滅されそうになっては厳しいと曹操は思う。そこに捕捉するように荀彧が言葉を発した。

 

「あとは、軍事費の問題です。今回は黒山賊から奪った馬を運用していますが、華中地域では、馬を集めるには買うしかなく、現在、維持は袁紹からの支援に依存しています。并州は石炭が豊富で、鉄の生産地である漁陽郡に近い事から作り上げる事ができましたが、数を増やすには相当な資金を投入しなくてはいけません」

 

「……そうね。これから独立すれば、いえ、力が増すようになればこちらの軍事力を削ぐ為に支援なんて無くなる。運用は難しく、維持費は膨大。それでも、袁紹と戦う為には必要になる」

 

 鉄を多く手に入れられたのは公孫賛の状況によるものが大きい。曹操は、袁紹に敗れた後の公孫賛に接触し、「時期が来たら袁紹に対して蜂起する」と言い、支援を望んだ。公孫賛としては袁紹が背後に敵を作ってくれれば、その隙に軍を立て直す事が出来ると踏み、承諾した。

 

 曹操は、袁紹の金と軍で黒山賊を討伐し、その戦利品である馬や武器で騎兵を組織し、それを公孫賛から受け取った鉄の武器で武装化し、それを袁紹の金で維持していた。騎兵に拘ったのは、歩兵は張三姉妹を使えば、上質の歩兵を手に入れることができるという打算から。

 

 実際に、それは現実となった。漢王朝の武具を奪い、経験を積んだ大陸でも五指に入る精鋭軍団を手に入れた曹操は一大勢力だ。足りない国力に目を瞑ればだが。

 

 だが、これから独立するのであれば、鉄資源に加えて馬の調達、飼葉なども自分で手に入れる必要がある。そう考えると頭痛がするのを感じていた。黄巾残党である青州黄巾ですら手に余っている。ならば軍事力を生かして領土を拡大していくしかない。

 

 まるで自転車操業のようなやり方。止まれば自分の軍隊の大きさにつぶされる。反董卓連合での敗北によって曹操は軍事力の基盤を失った。軍は離散し、袁紹から与えられた官位によってようやく拠点を手に入れられた。

 

 このまま袁紹に従っていれば天下統一は目の前だろう。乱世も早期に終わる。こんな不安定な状況を心配する必要もなくなる。それでも、曹操は満足出来なかった。袁紹の天下を認められなかった。自分が頂点に立ちたかった。

 

「さて、欲しかった騎兵指揮官も手に入りそうだし、南陽を得れば足りなかった国力も補える。さあ、天下の趨勢はこの一戦にあると知りなさい!天下取りに行くわよ!」

 

 曹操は戦場で吠えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな時だった。

 

 

 

 

「曹操様!」

 

 曹操の陣に雪崩れ込むように指揮官の一人が駆け込んできた。ひゅーひゅーと息を漏らしている。曹操は水を渡すように部下に指示をだし、指揮官はその水を駆けこむように流し込むと、顔を青くしながら、報告をあげた。

 

「我が軍の後方に万の敵影あり!こちらに向けて進撃してきています。宛の曹仁様が妨害の為に兵を向かわせましたが一蹴されました」

 

 その報告を聞くと荀彧が怒鳴る。

 

「なっ!そんな軍、どこから来たのよ!北は袁紹が居るはずよ。そこを抜けてきたっていうの?まさか袁紹がこっちを裏切ったっていうの!?」

 

 まだ、袁紹は味方だ。袁術は倒し、後方に敵は居ない。だからこそ、劉表征伐に力を注ぎ、宛の防衛は最小限で済ませた。そんな万の軍を率いた軍などどこから沸いて出てきたというのか。

 

 いきなり、敵が現れたという報に混乱する。そんな中、曹操は駆け込んできた指揮官に問う。

 

「旗は?」

 

「真紅の呂旗……おそらくは呂布軍かと思われます。そして、先行する部隊とは別に、北部から宛に向けて接近する軍もあります」

 

 その言葉に曹操の周辺は唖然とし、曹操は先ほどまでの余裕の表情を崩した。

 

「……まさか、読まれていたというの?ならばこの戦いそのものが囮!?」

 

 問いかけに答える者は居ない。分っているのは、こちらに向けて呂布軍が迫ってきており、宛にも大軍が迫ってきているという情報がある。それだけだった。

 

 

▽▲▽▲▽▲

 

 

 

「ったく、相変わらずあいつは放っておくと勝手に死にそうで困るです」

 

 緑色の髪の少女はため息をつきながら呟いた。その少女の頭を赤い髪をした少女が撫でる。その様子はまるで仲の良い姉妹のようだ。

 

 しかし、眼前に見える曹操軍を見ると共に、目から温かみが消える。

 

「……ねね。みんなを助けにいく。策を」

 

「はいですぞ!狙いは敵軍左翼部隊!左翼を蹂躙し、霞と合流、連携し曹操軍を包囲するです!」

 

 

 

 深紅の呂旗が戦場ではためき、方天画戟が曹操軍へ向けられた。

 

 

 







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