幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 作:ちびっこロリ将軍
世の中には天才と呼ばれる者達が居る。反董卓連合の三十数年ほど前に兗州の地にも天才と呼ばれる者が生まれていた。
その者は物心がつく頃にはその聡明さを示し、智謀の巡りは成人を思わせるかのような少年だったと言われる。「倉頡篇」を四歳で学び、算術や地理志も瞬く間に治めた。六歳の頃には「孝経」や「論語」、「尚書」を暗譜し、八歳になる頃には「五経」、「七略」すらも学び終える。
現代で例えるのであれば同世代の者が小学校に行き始める前に、国家公務員試験に受かるだけの勉強を終えてしまったようなものだ。わずか八歳でそれを成した少年の風評は県を越え、郡を越え、州を越えるまでにその声望は広まり、やがて宮中にも届くようになるまで時間はかからなかった。
青年と呼ばれる年齢になる頃には自身の研究の成果を献上し、その成果を認められると最高学府である太学に特例で入る事を許可された。その後も才覚を発揮し、十指に入る成績を上げ、郎中となり、議郎へ至ることになる。
寒門出でありながらも次代の朝廷を取り仕切る事を期待された青年は近衛の任をこなしつつ、士大夫としての英才教育を受け、瞬く間に宮中剣術を修め、武人としても高い能力を持つようになる。
「出でては将、入りては相」という士大夫の理想的人物として名を轟かし、名声に見合うだけの実績を積み、次代の宰相、次代の将軍として期待された青年。
その名を劉表と言った。
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「劉表! その頸貰った!!」
楽進が劉表の陣に切り込むと、劉表の頸を取らんと単騎で突き進み、劉表目掛けて蹴りを放つ。
当たれば人間を肉塊に変える一撃。そして劉表は逃げられない。手に持った剣で身を守ろうが、剣を砕き折り、そのまま蹴り殺すだけ。楽進は一秒後の未来に、肉塊となった劉表の姿を見る。
当たれば、そうなっていただろう。
だが……
「っ!!!」
楽進の前には劉表の剣が迫っていた。
劉表は楽進が蹴りを放つ瞬間、劉表もまた、楽進の頸を取らんと、剣を抜き、突きを放つ。狙いは首の中央部にある廉泉。
廉泉に向かって放たれた突きは楽進の命を断たんと迫っていた。
(くっ! このままでは相討ちになる……)
このまま蹴りを放てば、劉表は殺せるかもしれないが、自分も死ぬ事を確信した楽進は、蹴りを当てることよりも避けることを優先し、体勢が崩れる事を構いもせず、その突きを躱した。
予備動作が無く繰り出されていた突きは、来る時を掴ませず、いつの間にか命を狙っていた。
楽進は包囲、殲滅の可能性から一撃での決着を望んだ。その結果、真っ直ぐ、劉表に向かい、大振りとなった蹴りが読まれていた。そして、来ると思わなかった反撃に虚を突かれる形となってしまった。
楽進は首から痛みを感じる。
首からは剣が掠った傷から僅かにだが血が零れていた。
(危なかった……っ!!!)
紙一重で躱せた事への安堵と痛みに気をとられていると、追撃が迫る。
無理やり体を捻り蹴りの向きを変えた為に倒れ伏した楽進。
心臓を目掛けて来た剣を両腕に装着した手甲【閻王】で弾くと、金属と金属がぶつかり合う重厚な音が戦場に鳴り響いた。
手甲と剣で競り合いになると、体勢が悪いにも関わらず、楽進が腕力のみで剣を押し返し、わずかに出来た空間を利用して蹴りを放つ。
力の乗らない姿勢だ。倒れた時の蹴りなど威力は大したことはない。鎧で受けて、そのまま命を取る。普通であればそれで決着はつく。劉表はそう確信し、剣を振り下ろす。
しかし、楽進は普通ではなかった。
「ぐぅ!!」
力の乗らないはずの蹴りは着込んでいた鎧に罅を入れた。蹴りの勢いで劉表の体が流れ、鈍い痛みが後から襲い、劉表の気が一瞬逸れる。その隙をついて楽進は距離を取った。
はぁはぁと息を乱しながらも、絶対絶命の窮地を乗り越えた楽進は劉表を睨み付け、拳を振るう。
閻王と百錬鋼の剣がぶつかり合った。
劉表が楽進の拳を躱し斬り付ければ、楽進は剣を手甲で受け、蹴りを放つ。蹴りを剣で受け流すと、その勢いのままに胴を切り裂こうと剣を振るう。
その様は一進一退に見えた。
武具の質は楽進の物が圧倒的に勝り、身体能力、反応速度でも楽進の方が劉表の遥か上をいく。劉表は楽進に勝負の駆け引きと剣の技術で勝っているが、それでも補いきれないほどの力の差がある。
天性の才能。
その一点において、楽進と劉表の間には比べる事すらも烏滸がましいほどの差がある。本来なら勝ち目などない。
それにも拘わらず、劉表は今、現在、生きている。その理由を計ろうと楽進は斬りつけようと迫る劉表を観察する。
打ち付けられる剣は変幻自在で、速く、無駄が無い。予備動作が極限にまで減らされ、襲い来る剣は急所を確実に狙ってくる。駆け引きでは相手にならず、何度も虚実に引っ掛かり、優位な状況を作られる。
斬る動作の隙を突こうと思えば、剣に身を隠す様にして構え、その構えのまま突きを放ってくるようになる。
弾かれないように突きを主体とした攻撃に移行し、円を描くように立ち位置を何度も変え、剣と拳のリーチの差を生かして一方的に攻撃を仕掛けてくる。
まるで剣術の教本と戦っているかのようだと思った。
だが、それだけだ。
本当の意味で選ばれた人間である楽進にとって、駆け引きも、技の練度も関係ない。それほどまでに二人の生まれ持った才能の差は隔絶していた。
その動体視力は、劉表の動きを捉えきり、隔絶する腕力により、渾身の力を込めた一撃を簡単に受け止め、直感は読み合いに負けても致命的に不利な状態から逃れる事を容易にした。持っているものが違う。才能が違う。装備が違う。劉表が勝っているのは剣の技術のみ。
それでも……
(勝ちきれない)
圧倒的に性能で勝っているにも関わらず勝てない。その答えを見出さずして勝機は無い。
そう思った楽進は落ち着く為に、距離を置き、思考を整理する。
(強くはない。だが、常に相討ちしそうな場面で躊躇をせず迫って来る。いや、あれは相討ちを狙っているのか。大将なのに平気で捨て身の攻撃を仕掛けてくることに驚き、つい、後手に回ってしまった。苦戦しているのは相手を舐めていたせいだ。無傷での勝利を求めたからだ。ならば……)
楽進は大きく息を吸い込み、吐き、目を見据える。その目には覚悟が宿った。
刻々と時間は過ぎ、劉表の戦っている間、指揮を執っていた少女が築いた楽進の部隊に対する包囲は完成しつつある。
(私の突撃をこらえ、その内に包囲、殲滅する気か……時間はかけられない。ある程度の傷は覚悟しよう……だが、対価に命を貰う)
その気概を示す言葉があるとするならば、「肉を切らせて骨を断つ」という言葉がふさわしい。包囲殲滅される前に目の前の大将を討ち取らなければならないと判断した。
楽進は劉表の懐に飛び込んだ。