幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 作:ちびっこロリ将軍
楽進が飛び込むと同時に劉表は構えを変える。
剣先を楽進に向けながら腕を引き、軸足に力が籠る。劉表の選択は迎撃。渾身の突きをカウンターで放ち、楽進を討ち取ろうという意志がありありと見える。何よりもその構えは、この一騎打ちで始めに放った突きと同じものだった。
(突きで迎撃するつもりか!ならば急所を避けることのみに専念し、劉表を討つ!)
だが、それに臆する楽進ではない。始めに放たれた突きは通常のものよりも速く鋭いものだ。それを完全に躱すことは難しい。だが、急所から外れて受け、返しに攻撃を仕掛ければ劉表は躱せない。
楽進は速度を弱める事なく、さらに加速し、劉表を討ちとろうとする。今までの様子見とは違う。全力疾走での特攻。
躊躇の無い楽進の突撃に対して焦ったのか劉表は早すぎるタイミングで突きを放つ動作が始まる。動き出せば大きく狙いを変えられない。それどころか、楽進が劉表の下に辿り着く前に腕が伸び切り、無防備な姿を晒すだろう。
(焦ったか!甘い!)
楽進はこれならば突きを受けずとも完全に躱す事が出来ると確信できるほど、その突きのタイミングは悪かった。
勝負は一瞬で片が付くことは間違いなかっただろう。
……ただ、それは本当に突きであったらの話。
楽進を目掛けて剣が飛んで来た
(なっ!!??剣が飛んで!!?)
楽進が早すぎるタイミングの突きだと思ったものは投剣。突きと同じ動作で行われた投剣に対して取った楽進の反応はあまりに遅い。
楽進の反応は遅く、そして驚愕した事によって身体が硬直し、遅れた反応に加え、硬直した思考はさらに事態を悪化させた。始めに見せつけられた突きの動作と違わぬもの。ゆえに、そこから剣を飛ばしてくるなどという想像はつかない。
初期動作で出してくる攻撃が分かる突きを意識させてからの投剣術。
硬直した身体と思考は動きを鈍らせ、目の前に迫った剣に対して躱すという行動を封じられた。
楽進に残された手は自らの手甲で剣を受けることだった。
顔を目掛けて投げつけられた剣を楽進は手甲で受けることを選択した。それは自然と顔を守るように顔の前に腕を置く事になり、目の前に迫る剣と自らの腕で目の前が覆われた。
(ぐぅ!!!!)
投剣を手甲で受けた楽進は、腕の痺れを感じながらも、その剣を受け切った。
(だが……)
仕込んだ布石を利用した技を防ぎ切った。あとは武器を失った劉表を討ち取ればいいだけ……と、勝利を確信した楽進だったが、目の間に劉表の姿が無い。
ぞくり
己の右側に殺気を感じた楽進は、とっさに殺気の向く方向を見る。
そこには己の命を絶たんと短剣を振り切った劉表の姿があった。
「なっ!!」
瞬きに合わせて死角に潜り込むことによって敵に消えたと思わせる技術。劉表はそこに手を加え、投剣によって敵の視界を塞ぎ、死角に入った。
楽進の動体視力及び、反応速度はずば抜けているが、それも見えなければ意味をなさない。死角に入り、隠し持っていた短剣で襲い掛かる。
鮮血が舞うと楽進の絶叫が響く。
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!」
殺気に反応した為に致命傷こそ避けた楽進であったが、短剣は楽進の腹を裂き、血が滲み出した。
尋常ではない事態を感じ取った楽進の身体はとっさにこの窮地から脱しようと、背後へ大きく跳んだ。だが、着地する前に劉表が迫り、楽進の命を狙う。
楽進は剣を手甲で受けるも、着地の瞬間を狙われた身体は容易に吹き飛んだ。
近距離での殺し合い
本来であれば楽進に分がある勝負。体勢を崩されていたとしても。
だが、今の楽進は目の前の恐怖に逃げ惑う獲物でしかない。勝てると思い込んだ瞬間からの死地の連続。逃げ切ったと思った瞬間には既に追撃が成されている。そんな事が何度も何度も繰り返される。
隙を見つけて攻撃するも、それは罠であり、窮地に追い込まれ、それに逃げるも、逃げきれず追撃され、その合間の隙を付こうとするとそれもまた罠で……
そこまで追い込まれてしまったのは、自らの拳や蹴りが単調になってしまったからなのだが、それに気づくこともできない。
流れ出る血、そして激痛に苦しみながら蹴りを放つも当たらない。
(くそっ、何で当たらない。なんで終わらない。 ……なんで逃げ切れない)
思考を立て直す暇も与えられない連撃に楽進は余裕を失っていた。相討ちの覚悟が溶け、海中を沈み、呼吸をしようともがき、苦しんでいる子供を思わせる必死さを感じさせる。
(劉表は数年前に華琳様の家庭教師をしていた際、春蘭様や秋蘭様に惨敗したはず……なのになんでこんな……)
まだ、武を鍛え始めて数年程度の未熟な時期であった夏候惇や夏侯淵にも勝てなかったという話を聞き、劉表の力量を計っていた楽進にとって、こうも一方的に攻められているのは想定外だ。
動揺し、心が乱れる。
攻撃は単調で思考のままならない状態であるにも関わらず、勝利できないほどの力量の差があることにも気づくことが動揺によって出来なくなった。
動揺すればするほど、動きは読まれ、単調になる。
劉表は今が好機と確信し、勝負手を打つ。
劉表は短剣にて斬りかかり、楽進はそれを躱した。だが、避けきったと思った剣は突如として剣筋を変える。
(なんで……剣が追って……)
避けようとするも、その動きを嘲笑うかのように楽進の右腕の手甲で守られていない部分を狙い斬った。
「ぐう゛……あ゛ぁぁ……っ」
楽進は痛烈な痛みに声を上げる
劉表が繰り出したのは敵の避ける方向を誘導して、予め剣筋を変える動きを仕込む技。その予測した方向に誘導された敵は、追尾してくるように感じるものである。
強力だが、無理矢理剣筋を変える為、一撃でも放てば手首を痛め、症状が悪化すれば数日は腕が使い物にならなくなる欠陥技。
互いに片腕を奪われた形でどちらが優位に立てたわけでもないのだが、楽進にそれは分らない。劉表の攻撃がこれから追尾型の剣技に切り替えたと思い込んだ楽進はこれまで以上に劉表の攻撃を警戒し、大きく避け、隙を広げていく。
それを躱さずに受ければ、劉表は剣を落とすことにも気が付かない。気が付かせない。
もはや剣の動き以外に目を配れなくなった楽進は、足元への警戒を怠っていた。
剣による攻撃を仕掛ける最中、劉表は足を払う事で楽進を転ばせ、さらに剣を突き刺そうとする動作をしたところに
傷口を目掛けて蹴りが放たれた
「あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁ!!!!……あ゛ぁぁぁ……ぁぁ……」
激痛が走ると、楽進は声にならない悲鳴を上げ……そして、気絶した。
はぁはぁと、息は乱れ、滝のように流れる汗が余裕の無さを示している。息をつく暇も無く攻めていたのか顔は青白く、死人のような色をしている。利き腕の手首は紫色になり、力を入れるこそさえも億劫な有様。とても勝者には見えない。
だが、それでも立っていたのは劉表だった。劉表は大声で叫ぶ。
「敵将討ち取った!!!!」
****
「敵将討ち取った!!!!」
俺が大声で叫ぶと、自軍が呼応するように歓喜の叫びを発した。これで自軍の士気が上がれば儲けもの。これで突撃を躊躇するようになってくれれば撤退する時間が稼げる。
勝てた安堵のせいか痛めた腕から短剣が落ちる。もう剣を握る握力もないか。まったく、命の取り合いの経験が少ない奴で助かった。強くなる前に叩けた点では運がいい。あと数年したらどれだけ強くなったんだか……これだから天才って奴は怖い。
武官なんぞ止めて文官に転身してよかったと改めて思う。このレベルの将と張り合うなんて命が幾つあっても足りない。
大きく息を吸い込むとようやく落ち着いてきた。
阿瞞……いや、曹操の奴。俺の事よほど侮っていたと見える。慢心癖は相変わらずだな。才能がずば抜けている本人は良いが、部下にその慢心をもたせちゃ駄目だろ。上司が侮れば部下もまた侮るものだ。
まあ、そのおかげで助かったわけだが。
「さすが劉表さん!!やりましたね!!」
朱里が駆け寄ってくる。楽進の率いていた部隊を壊滅状態にもっていった手腕はさすがとしか言いようがない。楽進の居ない部隊は一瞬で士気が崩壊し、逃げ惑う。
……しかし、格上を倒したのにあんまり驚いてくれない。俺ってどんだけ化け物に見られているのだろうか?
「劉表さん、包囲に穴を作り、楽進部隊を後方に逃がしたいと思います」
「曹操軍とて自軍の兵士を討つ事には戸惑うだろう。楽進隊を盾に撤退するか……」
「はい、これで時間を稼げば、引き分けという形に持ち込めます」
戦後の事を考えれば痛み分けの方がやりやすい。幸いだが、まともに戦闘したのは右翼部隊のみで全体の被害は少ない。敵将の一人を討ち取ったが、犠牲になった兵士の数は多かったという形に収められれば、豪族の一斉離反は防げるか……まだ、勢力としてやり直せる。
「よし、一度のみ、楽進隊を攻撃し、その後、全力で撤退をする。撤退の鼓の鳴らす機は任せる」
軽く追撃して、このまま反撃……と見せかけて撤退した方がいいだろう。敵も迎え撃つ形の方を望むだろうし、その望む方向に動けば受け身になるだろう。このまま逃げれば追撃を受ける。
腕の事を考えると三羽烏の一人と戦う事も難しい。
多分、肋骨も折れているか罅が入っている。アドレナリンで傷み自体は軽いがあと少ししたら地獄みたいな傷みに襲われるだろう。その時点で楽進級が来たら詰みかねない。
「はい!!」
ここで敵将を討ち取った大将が攻める事で士気が上がる。攻勢を強めれば敵は攻め込もうとしていると感じるだろう。息を大きく吸い、大声で激を飛ばす。
「総員突撃! 一気に敵軍を押し込める!私に続け!!」
何人か斬りつけるとそれに続くように自軍が攻勢を強めていく。
片腕は使えないが、将軍級であれば問題ない。雄叫びと共に突き進む様は、楽進の突撃で崩壊寸前にまで追い込まれたとは思えないほど頼りになる。
しかし、いまだに戦場の流れが読めない事だけが気になる。
楽進隊に対して後方を除いて包囲しているとはいえ、敵両部隊はそれをさらに包み込む形で軍を展開している。残りの二人にとって、望む展開のはず……なのになぜ、それに対する対策がない。包囲殲滅の絶好の機会を与えているはずだ。
それなのに包囲の機会に対して両方共に動きが無い。
こちらの攻勢が虚だと分かっていたとしても楽進隊を押しつぶさずに攻めるのに囲うようにするはず。
戸惑っている?何に?それとも何か別の手があるのか……分らない。分らない以上、敵軍が思った以上に混乱していると見るのが妥当だ。だが、なにかがおかしい。
「朱里」
「はい、明らかにおかしいです」
「……下手に欲張らない方がいいな。嫌な予感がする」
「では」
「撤退する。虚偽の攻勢はこれまでだ」
「わかりました。撤退の合図を鳴らします」
ドンドンドンと撤退の合図を鳴らす。その太鼓が鳴ると共に波を引くように撤退してく。
散々痛めつけた事で楽進の部隊は追撃が出来ない。肉壁にしつつ、撤退する。
これでいいはず……これで逃げ切れる。
安堵のため息とともにそう思った瞬間だった。
于禁、李典の隊が楽進の隊を押しつぶす様に攻めてきたのは……
「は、はわわ!なんで今になって……」
朱里が疑問を口にする。
やるならば楽進が倒れた瞬間にやるべきだ。そうすれば楽進隊を肉壁にして、自分の隊の損害を最小限にしてこちらを攻めることが出来た。その方がこっちもよほど嫌だった。
なぜ、このタイミングで……しかも、時間が過ぎた事で楽進軍の大半は戦意喪失状態にある。それでは、自軍温存の為の肉壁にすることもできない。おかしい。
「くそっ、まさかこいつら」
楽進が討たれたというのが誤報かなにかだと思って、俺の激を楽進隊のものだと勘違いしていたのか?それで後から気が付いて攻めてきた?
……いや、楽進が俺を侮っていた事は戦闘で分かる。警戒なんて全然せずに大振りな蹴りを放ってきたから。それを三人共、持っていたってことか。
そして、このタイミングで楽進隊を潰して攻めてくるって事は明らかに理で動いていない。ならば情か……
軍の動きをみると敵将が感情のままに攻めてきていると言った感じだ。軍が歪んでいる。
恐らく、敵将が先陣きって攻めてきているんだろう。あっちの左翼部隊の最強の武人は楽進だった。その楽進がやられたとなれば警戒して、単騎駆けなんて真似は出来ないと思ったのだが、おそらく敵討ちをしようと頭に血が上ってそんな事を考えていない。
それか楽進なら少なくともけがを負わせているだろうという信頼か。俺はもう正直、あのクラスと戦える体力なんてない。この手は、俺が本当に楽進より強い武人であれば最悪な手なのに、今の状況なら最善手になっている。連携してくるのであれば、合流するまでにかかる時間をついて撤退できていたというのに。
……詰んだな
動きを見ても俺を狙ってきているのが分かる。二つの隊が俺を目掛けてきている。鎧を棄てて、兵士に紛れて逃げようものなら軍の士気が崩壊してしまう。
打開する手が無い。戦略でも、戦術でもない。戦闘レベルにまで落ちてしまえば、朱里といえどどうしようもない。
やっぱり、こんな展開になったか。天才複数人のスペックによるごり押し。だが、それに対する手立てはない。俺の知る現代知識で、こんな天才に対する策は無い。政治と違って自分で対策を考えなければいけない軍事は現代知識が役に立たないから等身大の実力しか出せない。
ならば……出来る事は一つだな。
「朱里」
「は、はわわ、なんで……どうすれば……」
「朱里!!」
「はっ、はい!」
「敵将がほぼ単騎で攻めてきている。これは好機だ」
朱里がえっ?という顔をする。俺が朱里の立場だったら「何言ってんだ?このキチガイ」と言ってしまう所だ。
だが、朱里は武人の力量を知らないし、俺の事をおそらく夏侯淵達くらい強いと思っている。なら、もし彼女達級の実力を持つ者なら正解の答えを言う。
「先に来た方を速攻で殺して、次の奴も殺すだけだ。敵は感情に任せて攻撃をしてきている。ならば連携は取れない。各個撃破の好機を逃す手はない」
各個撃破……出来たらいいな。出来る気がしないけど。
「楽進以下ならば問題ない。一撃で片をつけるだけで済む」
できればカッコいいだろうな。出来ないけど。
「三人の将を討ち取ることはできる。しかし、問題は曹操軍本隊の動きだ。これ以上残れば追撃戦で地獄を見る事になる。朱里に撤退の指示を任せ、私は親衛隊のみを残し、三羽烏の残りを討ち取り、その後、撤退する。騎馬部隊のみならば追撃の手を躱す事は難しくない」
そう言って、軍配団扇を渡す。本来であれば剣でも渡した方がいいのだろうが、この後の事を考えると渡せないからこんな時が起こりそうだと予測し、代わりのものを用意していた。
「難しい任務だ。だが、これは敵将を討ち取る好機。逃がすわけにはいかない。信じているぞ!朱里!」
「はい!!お任せください!」
渡した扇を誇らしげに受け取る朱里をみて、安堵する。この子が武人の目利きが出来なくてよかった。出来ているのであれば、残ると言い始めかねない。
「本当に……」
「んっ?」
「本当に大丈夫ですよね?」
心配そうに覗きこむ瞳に対して、俺は自信満々に答える。
「勿論だ。君の叔母から聞かなかったのか?私はかつて大陸最強と呼ばれていた時期もある。呂布の台頭でその名は無くなったが、名の無い将に負けるほど落ちぶれた覚えはないな。私が嘘を言ったことはないだろう?」
その言葉を聞くと朱里は安心したように軍配団扇を握りしめて、撤退の指揮を執った。
あとは、俺が時間を稼ぐだけで終わる。