幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話   作:ちびっこロリ将軍

33 / 34
31話 越えられない壁

 指揮を任せ、朱里が遠ざかるのを見ると、ため息が漏れる。

 

 「この世界は優しくなんてない。そして不公平だ」

 

 子供の三分の一が八歳未満で死ぬ。農民なら三十半ばまで生きられれば御の字。もし強欲な役人が任に付けば、土地を奪われ流民となり餓死するか、異民族と戦って死ぬかの二択。

 

 分けるほどの農地を持たない家では土地を巡って兄弟姉妹の殺し合い。勝ち取っても、原始的な農業技術は土地の維持するための労力は馬鹿にならなず、天災で全てを失う事もある。そんな中、次代に備えて開拓出来なければ次の世代でも兄弟姉妹の殺し合いが起き、暗殺稼業が流行る始末だった。

 

 商人は難癖をつけられ、財産を没収されることもあれば、強盗に押し入られ、命すらも奪われることも多い。

 

 そんな生活から抜け出す為に特権階級である役人になる必要がある。だが、役人になる為には一定の財産が必要で、その額は下級役人の初任給十年分。農民が簡単に稼げる額では無く、努力だけでは抜け出せない壁がある。

 

 下級役人、つまり寒門出の人間は、役人でいる為の最低保有資産を維持する為に横領をしたりする。財産が牛や羊なら死ぬのだから当然目減りする。それを補う為に、疲れた体に鞭を打ち、草鞋を編んだりする日々。

 

 俺の家は役人の家だったが、最低保有資産ギリギリしかなく、毎日、疲れ果てた身体を無理やり動かし、死んだ目で草鞋を編む両親の姿が当たり前のようにあった。

 

 あそこに行きたくない。…そう思ってしまった。役人である父は生涯、上級職に上がれない事が決まっている。名門と呼ばれる子弟がまず任官する郎官にすらなることが出来ない。そういう仕組みをしている。特定の一族が繁栄する為に作り上げられた官僚機構。

 

 かつての自分の姿をそこに見た。新しい世界、新しい人生は、普通に暮らしていたら、前世と同じことを繰り返すだけになる。そう確信した。そしてそれだけはあってはならない。そうありたくないと思った俺は必死で努力をした。

 

 そうだ。出来る事は全てやった。それでも辿りつけない壁があった。

 

 郎官となった俺は宮中では十指にはいる武人と言われていた。

 

 当時、大陸最強と言われていた孫堅は死に、高名な武人として黄蓋や黄忠、厳顔などが居たが、皆、遠距離武器の使い手であり、武術の大会や手合せには参加していなかったから実力を知る事が出来なかったのも大きいだろう。他の十指に入る武人は知っていて、勝ったこともある。

 

 家柄の優れない俺は、伝手も無ければ金も無く、文官としては出世出来ないだろうと思い、武官としての出世を願っていた。自信もあった。幼い事から真剣に学び、現代の訓練などを取り込みながら鍛えてきたし、才能もあるとも思っていた。経験を積めばまだまだ強くなれるとも確信していた。

 

だが、そんな自信は一蹴された。

 

 実績を積んで、宮中剣術を学び、宮中最強なんて呼ばれるようになった頃、皇帝が新しい玩具を手に入れたと大はしゃぎをしていた。その玩具の名前は呂布。幼いながら、圧倒的な武を持つ少女だった。皇帝はそれを確かめようと近衛を集めて、戦わせた。

 

 俺を含め、近衛はまったく相手にならずに、齢一桁の少女に惨敗した。持ったのは五合。 

 

 百人を超える人数を相手にしても息も乱さずに勝利する。紙を引き千切るかのように容易に近衛兵を蹂躙する。

 

 その姿を見て生涯をかけてもその境地に至れない事を悟ってしまった。努力なんてものが意味を成さない圧倒的な才能を見てしまった。

 

 皇帝は、新しく手に入れた玩具に頬擦りし、古くなった玩具を棄てた。

 

 俺を含めて、呂布の当て馬になった近衛兵は中央に居られなくなり、地方に飛ばされた。寒門出の人間も出世は出来るが、失敗したら破滅は早い。

 

 運よく、蝗の発生した地域で、蝗駆除の方法を現代知識で知っていた為、その実績で県令の地位に落ち着けたが、そうでなければ責任を取らされて死んでいただろう。

 

 皇帝の徳によって、天候不順や飢饉が起きると信じられている国家で、蝗対策や穀物の育成方法の知識で収穫量を増やす方法を知っていた俺は重用されていく事になるのはある意味皮肉だろう。俺は、身分が低いからと諦めた道に無理矢理行かされ、自分が選んだ道を追い出した皇帝の不徳の尻拭い役として出世していった。

 

 俺を追い出した事など皇帝は覚えていないし、興味も無かった。

 

 呂布の武名が広がるごとに、宮中での敗北は失態ではなくなっていき、周りは呂布を別格だと認識されていき、手のひらを返すように俺を文武両道の天才だと持て囃した。だが、武は才能ある少女に敗れる程度でしかなく、知は現代知識でなんとかしている凡人にすぎない事は自分がよく分っている。

 

 あれから呂布は伝説を幾つも作っている。俺には到底出来ない事を易々とこなす。それと比べて、自分が才人と思える事なんてできない。

 

 曹操、諸葛亮、鳳統という少女達の成長をみる度に自信は失われていった。地位も金も手に入ったが、本当に欲しかったものは……自分に自信を持てるだけの力は手に入らない。

 

 後方で指揮を執る少女を見る。この世界に来て、あの年齢の頃に俺は何ができた?朱里のように、出来たか?出来るわけがない。二度目で効率よく生きて行っても本当の天才には敵わない。

 

「貴方は巨人の肩の上に乗った小人ね」

 

 かつて、上司の娘であった阿瞞……いや、曹操の家庭教師をしていた頃にかけられた言葉だ。それは的を射ている。俺は現代の積み重なった知識の上から物事を見ている。だから、普通の人は俺を賢者と見る。だが、それは俺自身が賢人になれたわけではないのだ。

 

 それを完全に見抜かれていた。本来であれば曹操に付くのが知識の使い方として正しいのだろうが、俺は曹操に重用されない。されたとしても一瞬だ。情報を吐かされてお終い。彼女の下に集う天才たちに知識を渡してそれ以上の成果を出す。それで役割は終わりだ。

 

 幾らやり直そうが、本当の天才には勝てない。現代知識というメッキが剥がれれば、ただの凡人が立っているだろう。あと数年でそれは現実となる。俺に残った知識は数少ない。それを教えれば、俺だけの武器は全て失われ、地力での差が顕著になる。

 

 袁紹のような名門の家に生まれたわけでもなく、朱里や雛里のように圧倒的才能を持つわけでもない。曹操のように名門出であり、才能にも恵まれた存在でもない。ただの秀才でしかない俺の限界だったのかもしれない。

 

 朱里も雛里もその才能を見込まれて曹操に重用されるだろう。拡大期にある曹操が地元豪族を粛清するなんてこともないだろうから、現状維持を望むはずだ。組織を再編する余裕なんて曹操にはない。

 

 ならば、妥当なのが俺を殺して、夏侯淵辺りを南郡の太守にし、物資の補給をさせつつ華中統一に向かう。ここで負けることで天下の統一が早まり、平和になるのが早まるならここで負けてもいい。

 

 朱里や雛里が重用されれば、俺の閥も悪いようにはならない。何と言っても天下統一に貢献する参謀の配下だ。数人程度なら太守の地位も貰えるだろう。

 

 最低限の義理は果たせた。今まで迷惑をかけた分を補えたとは言えないが、俺ではここが限界のようだ。

 

 朱里と雛里なら最低限の犠牲にとどめる事も可能だろう。ならばいい。ここが俺の死に場所だ。あとは時間を出来るだけ稼ぐだけに専念すればいい。

 

 目を瞑り、耳を澄ますと馬蹄の音が近づいてくる。

 

 機だと思った。馬上戦では技量がものを言う。身体能力の差を埋める事が出来る。

 

 鉄が肉や骨を切り裂く音がする。

 

 楽進軍を切り裂く音だ。味方を殺す事に慣れている者は少ない。味方殺しという異常事態で、それを指揮していた将が倒れれば、容易に混乱するだろう。将を討てば混乱を狙える。

 

 先行してきた将の姿が見える。

 

 目の前に迫ってくる将は涙を流し、激情を隠そうともしない。

 

 ああ、やはり、仲間以上の関係だったのか……

 

 手には巨大な槍。馬上戦の槍ならランスやパイクが有名だが常識はずれの大きさと質量。その脅威は目で見ただけで分かる。形状からなにかがありそうだが、それが何かは分らない。

 

 見るからにその槍をパイクのように使ってくるようだ。騎馬の突進力に加えて、あの質量。手持ちの武器は上質でこそあるが、あれほどのものではない。下手に受ければ武器を壊されるだろう。だが、馬上戦で細かい技術を使う余裕もこちらには無い。

 

 本来ならば距離を取って戦うべきだが距離を取ろうとしても、機動力で負けている。

 

 敵将が乗っている馬は北方の良馬だろう。こちらは出来るだけいい馬を手に入れたつもりだが、それでも南部のものだ。北方のものには敵わない。

 

 逃げるどころか距離を取る事が出来なくなった俺に向けられた槍は回避不能の一撃と化す。馬上戦で馬の能力の差は大きい。ならば敵の突きの側面を弾き、そのまま攻撃するしかない。

 

 大きく息を吸い。吐く。

 

 楽進のように駆け引きを行う暇はない。ここで勝てなければ、もう一人の将が乱入してくる事は目に見えている。勝負は一瞬で片をつける。

 

 敵が馬を使い潰すかのように全速力でこちらを狙う。後の事など考えてないだろう。だが、こちらもそれは同じ事。体力温存や腕が痛いなんて事を考えている余裕はない。

 

 敵の攻撃のタイミングを計る。馬の速度および、敵の槍の突く瞬間の初動を見逃さずにいけ。

 

 敵が槍を構え、突きを突く瞬間、狙い先を見切ってその側面を剣で叩く。少しでもズレれば死ぬが、それはいつもの事。命を賭さずに格上に勝てるわけがない。

 

 敵が槍を引く……狙いは俺の腸。攻撃速度は……思ったよりも速い。間に合え、間に合え!

 

 そんな思いが通じたのかは知らないが、槍の先端部分の少し横。理想的ともいえる位置に剣が向かう。力では勝負にならないが、側面から弾き落とすことならできる。

 

 腕が壊れてもいい。激突する一瞬に全力を込める。弾き落としたら、返しの剣で敵を討ち取る。

 

 想定通りに事は進んだ。あとは全力で叩きつけるのみ。そして、俺の剣が槍を側面から弾きだそうとした事に気が付いたのか、敵将が吠えた。

 

「でりゃぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 力比べ。だが、側面から弾く場面だ。俺の方が優位……と思った。その轟音が鳴り響くまでは。

 

 轟音と共に敵の槍が回転し始めた。

 

「なっ?!」

 

 槍はまるで前世の電動ドライバーの音を数十倍にしたかのような轟音とともに回転を始めた。あれはまずい……だが、今からでは剣を止められないし、止めれば貫かれるのみ。振り切るしかない。

 

 激突

 

 その瞬間、金属が削れる音と火花が肌を焦がし、一瞬の間にも関わらず、俺の剣は弾かれた。とはいえ、衝撃を殺しきる事は出来なかったのか、槍……いや、螺旋は俺を討ち取ることは出来ずに外れた。

 

 しかし、打ち付けた槍は俺の馬の肉を抉り取る。馬は暴れて、俺は地面に叩きつけられる。

 

 距離を取ろうとするも、敵は迫ってくる。叩きつけられた際、足を痛めたせいか、痺れが残り、動けない。馬の脚を斬り落として、機動力を奪うことに成功するも、その隙を付かれた。

 

 避け切れない状況から受けに入るも、完全に受けながすは出来ない。金属が削れる音とともに剣が折られ、その衝撃で身体が吹き飛ぶ。

 

「くそっ……」

 

 まるで勝負にならなかった。時間稼ぎにもなっていない。技術の差を武器で埋められ、強制的に力勝負に持って行かれた。距離を取ろうとしても足の痺れで動けない。

 

 足音が近づいてくる。

 

 止まっていた轟音が再び鳴り出す。あらゆる手を模索するが、現実には足が動かず、片腕は使いものにならない。残った片腕には武器が無い。

 

「凪の仇や……死ね」

 

 螺旋する槍が放たれた。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。