幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話   作:ちびっこロリ将軍

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5話 理屈と感情の狭間

(単身で荊州奪還とか……もう無理だ。重用どころか、殺しに来てる。逃げるしかない)

 

 荊州奪還及び、長安への物資輸送の任を受け、荊州刺史に命じられた劉表は逃げる事を決意する。

 

 劉表の董卓への忠誠心の99%は与えてくれた地位と給与に向けられている。

 

 劉表は董卓政権における大臣。一万石の給与を貰える高給取りな待遇にある。劉表の初めて付いた郎の給与、つまり初任給が三百石な事を考えれば、十数年前の年収の三十倍以上を稼いでいる。そう思えばこそ、ブラックな環境、ブラックな上司にもなんとか耐えられただけだった。別に漢王朝に忠誠心があるわけではない。むしろ自分を指名手配した漢王朝は嫌いだった。

 

 数年前まで劉表は国家から指名手配を受け、身一つで各地を転々とし、友達の所に居候をしていた。追っ手があると聞けば飛び出し、懇願し、将来的に報いるからと、将来にまったく見通しが立たないのに、そんな嘘を吐き続けて逃げてきた。だから、かつての恩を返す為に、高い地位が欲しかったし、お金も欲しかった。

 

 このまま、漢王朝が復興し、三公の地位を守れれば、世話になった家の子弟を自分の府に呼び、将来の面倒を見ることもできたし、かつて、匿う為に使った金銭を返すこともできる。

 

 泥船と分かっていながらも、結局残ってしまったのも、群雄割拠の中の勝者。つまり、曹操の下でやっていけないのを知っているから。だからせめて、かつて世話になった者への恩を返すまでは、地位を守ろうとし、懸命に働いた。

 

 そんな中、漢王朝の裏の支配者といえる賈駆に逆らわねばならないほど、董卓銭は恐ろしかった。下手に、文化、経済が発達しているだけに、その影響力がどれほど酷くなるかまったく試算が出来ないならばなおさら。

 

(やっぱり、俺には未来を変えるなんて無理だった。これからどうなるんだっけ? そもそも荊州って誰が治めてたんだっけ? 劉備はまだ、どこに居るのか分からないし)

 

 劉表は三国志の知識が乏しい。劉備や曹操、孫権、袁紹、袁術、董卓などの有名な人物しか把握していない。知識の空白が激しく、次の行動指針が正しいのかの判断がつかなくなっていた。

 

(そうだ。袁術に刺史の印を売ればいいんじゃないか? あっちは、正式な官位を持たないから、武力支配をしている荊州での統治に苦心しているはず。孫策に南陽太守、南郡太守を殺させているから二郡は特に不安定なはずだ。正式な刺史から地位を譲り受けた。そういう名目があれば統治をしやすいだろう。そうすれば……)

 

 そんな事を考えながら、執務室に戻ると小さな影が飛び込んできた。

 

「どうだったですか! あのカンシャク玉のやつをビシッと論破してやりましたか!?」

 

 来ると同時に抱き着いてきた少女の名は陳宮という。元々は呂布付きの軍師だったが、激戦が予想される戦場に連れて行く事を嫌がった呂布が後方に置いておこうとし、そして賈駆が、劉表付の丞(副官)にした少女だった。

 

 最初は対立が酷かったが、今では子犬のように懐いていた。劉表はその様子に苦笑する。

 

「駄目だったよ。やはり、朱儁征伐と、その後の豫州奪還は早期に行わなければ、拡大した袁紹もしくは袁術への対抗が出来なくなると考えているみたいだ」

 

 劉表からみれば、袁術は曹操に敗れて、揚州の一群雄に落ちぶれる事を知っているし、袁紹は華中争奪戦どころでは無くなるが、その証拠が無いし、その通りに進むかも分からない。

 

 今、まともな兵力のない曹操が数年で二大勢力の一つを散々に打ち破るなんて事は妄想の類であるほどに常識的にはあり得ないのだ。

 

「まったくあのメガネのいう事も分からなくはないです。ですが! それは全ての軍事行動が成功する事を前提に置いた作戦であって、さすがに恋殿でも少数で多数を打ち破る事を永遠に続ける事は不可能なのです。今は、長安周辺の安定化と外交によって時間を稼ぐことを優先すべきって事を分かってないのです!」

 

 作戦は、奪った物資で軍隊を動かし、軍隊を動かして物資を奪うという自転車操業のような策。もし、成功すれば……たしかに形勢は覆るかもしれない。しかし、それは賭けだった。

 

「まったく、しょうがないですね。おまえはしばらく大人しくしているです。ねねがビシッとあのメガネを論破してやるです。酷い顔してうろつかれたら、こっちの方が迷惑です!」

 

 いつもの事、こうして賈駆が癇癪を起した時、陳宮が乗り込んでいく。親しい者と喧嘩して、落ち着いて、そうして妥協案を出す。いつもの事。

 

 そう、いつもの事だった。

 

「もう無理だよ。音々音」

 

「えっ?」

 

「私は司空を解任される事になった。理由は、凶作が続いたから……になるようだ。後任は王允になる」

 

 天人相関説というものがこの当時、中国で流行っていた。皇帝の徳によって凶作、豊作、河の氾濫や、蝗害や反乱の有無。全てが皇帝の徳によって決まるとされる。そして、皇帝が反省をし、真に徳を積めば治まるという考えだ。

 

 そして、この時代において、臣下に悪徳の者が居るから……と言って皇帝の側近を追い落とすための道具に使われるようになった。皇帝に徳が無いとするよりも、その方が都合がよかったのだ。それを名目に劉表は排除された。

 

「これだけの長期の反乱に加え、長安遷都にまで陥ったからには現首脳陣の内の誰かが責任を取らないといけない。形だけだとしてもね。私はそれに選ばれたようだ」

 

「なっ! ありえないです! そんな事をしたら……」

 

「問題ない。恐らく、前々から準備をしていたんだろう。あまりに手が早すぎる。それか、元々、私が裏切ることを想定して、その対策をしてから私をこの地位に居させたのか……おそらく後者かな」

 

 劉表の言葉に陳宮は沈黙する。元々、陳宮が劉表の下に居たのは、監視の為。クーデターを企てていないかを調べることだった。

 

 反董卓連合は、外部と内部の同時決起により、混乱した洛陽を落とすというのが袁紹等が描いていた作戦だった。賈駆も自分が洛陽を落とすとするなら内外からの揺さぶりを利用するように動くだろう。と連合の策を見破り、対策を立てた。しかし、誰がそれを主導するのか分からない。残った旧何進派で、最も知名度が高い劉表を警戒するのも当然の事だった。

 

 結局、洛陽での決起を主導するはずだった者は別人であり、賈駆はその人物を突き止めて一網打尽にしている。しかし、董卓が洛陽を武力制圧してから高い地位につけた人物のほぼすべての裏切りに、董卓は心が折れてしまう。

 

 自分の屋敷に引きこもりがちになり、全ての仕事、責任が賈駆に集中する形となる。皇帝は幼く、宰相は引き籠る最悪の事態。さらに宦官の死によって崩壊した官僚機構の立て直しを図り奮闘してきたが、洛陽決起に関わった官僚を粛清した結果、全てが無駄になった。

 

 幸いというべきか、治める地域が司隷のみの為、州統治のシステムに近い形に切り替え、負担を減らしたが、それでも全軍の指揮をしながら、司隷を統治するなどできない。董卓の代わりに政治方面でのリーダーを決める必要があり、それは劉表しか候補が居なかった。

 

 だが、それは諸刃の剣。劉表が裏切れば統治機構が再度、機能しなくなる。その為、裏切れば排除できるように、陳宮に、劉表の行っている仕事の代用が出来る様になれと伝えている。

 

 劉表は陳宮に出来る限りのことを教えている。それは未来の知識もだ。それもあり、陳宮の能力は向上し、今まで劉表しか出来なかった仕事を、そこそこ優秀な官吏に陳宮という補佐を付ければ排除しても問題のないレベルにまでなっている。

 

 今までは排除する理由が無かった。しかし、排除するだけの理由が見つかった。形は違えど、思惑通りに進んでいる。もう限界だった。劉表は元々、董卓の派閥ではない。どちらも董卓の派閥で占める。これが本来の形であり、あくまでも劉表は代役に過ぎない。

 それが本来の形に戻った今、元宰相という影響力だけある人物を中央に残しておく利は無く、中途半端に高い官位につけておけば、害になる。外に出すのが適当だ。

 

 董卓閥の本来の形に戻った。それだけ。理屈だけなら正しいし、そうすべきであると思う。劉表の説明を受けて陳宮はそう思った。しかし、それでも陳宮は納得できなかった。

 

「ですが! 奴らは、連合は勲功に飢えているです! 官位だけ持つなんて事をすれば、董卓の元宰相なんて格好の餌になってしまうです! ねねが……ねねが、余計な事をしなければ」

 

 陳宮は、褒めて欲しさに、周りに自分が出来る事を正直に伝えた。それが、劉表切り捨ての判断に使われる事になるとも知らずに。

 

 ポロポロと涙を流しながら自責の念に駆られる陳宮をそっと抱きしめる。

 

「音々音、これは私が中途半端な事をしていた時のツケが来ただけの事だ。君が気にする事ではないよ」

 

「でも……」

 

「私は命を狙われるだろう。だが、簡単に死ぬつもりはない。袁術は孫策に南陽、南郡太守を殺害させ、兵士、物資を集めた。そこまではいい。しかし、荊州からは物資を奪うばかりでまともに統治していない。税は取って統治をしない袁術に対して不満を抱く豪族は多い。荊州刺史という官位を利用し、彼らを扇動して袁術と戦い、そして勝ってみせる」

 

「そんな事せずに、交州か益州に逃げればいいです。そんな命令に従う理由はないはずです」

 

 陳宮はポツリと呟く。

 

「決起までは上手くいっても孫策が出てくるに決まってるです。華雄は馬鹿ですが将としての実力は上位でした。それがまったく歯が立たないほどの相手です。おまえでは……」

 

「確かに、私では孫策に勝てないよ。逃げてしまった方が賢い。でも、そうしたくなくなったよ」

 

 劉表は陳宮の頭を撫でる。

 

「私には子が居ない。若い頃は学業に追われ、官吏となってからは仕事に傾倒し、逃亡者の頃は生き延びる事に必死だった。何進の下に居た頃は政戦に明け暮れていた。だから、それに憧れを抱きつつも手が届かないと諦めていた」

 

 でも……と続ける。

 

「今、思えば私は音々音の事を自分の子供みたいに思っていたのかもしれない。監視相手として警戒していた頃もあった。でも、それ以上に音々音の事が愛おしいと思うようになったんだ。私の勝手な思いだが、私は音々音が辛い思いをしているのを見たくない」

 

 劉表は陳宮の涙を拭う。

 

「おそらく、董卓軍は内部分裂で崩壊するだろう。そうなれば董卓閥の者は命を狙われる。音々音もその対象になる。その時、逃げられる場所を作っておこうと思う。もし、事が上手くいくのであれば、そこから漢王朝を復興させるのもいい」

 

「死なないですか?」

 

「私を誰だと思っているんだ? 国から指名手配を受けながら唯一生き残るほどの逃げ上手だぞ」

 

 その言葉に陳宮は苦笑する。

 

「逃げ上手ってそれは褒められる事でもないような気がするです」

 

「まあ、失敗して蜻蛉返りするかもしれないからその時はよろしく頼む」

 

「しょうがないやつです。どうせ、失敗して、ねねに泣いて乞う事になると思いますが、まあ、応援してやります。せいぜい、ねねの為に頑張りやがれです」

 

 そうして、二人は笑顔で別れ、劉表は単身、荊州へ飛び立った。

 

 陳宮は、心を新たにし、劉表が最後に纏めておいた対策案等を持ち、新たな司空である王允に、今までやってきたことなどをまとめ上げ、補佐役として引き継ぎをしようとした。だが……

 

「はっ! あのような孺子がやってきた政策など引き継ぐものかよ。私を誰だと思っているのだ。王佐の才を持つと謳われた王允だぞ。それを幼子の子守役なんぞできるか。去れ」

 

 王允は幼い陳宮の補佐など受ける気はなく、その助言の全てを無視し、みずから考えた政策を実行する。それは董卓銭の発行も含まれる。

 

 長安は地獄と化した。

 


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