幼女を愛でつつ敵をくっころし天下を統一するだけの話 作:ちびっこロリ将軍
宜城
かつて侯国楚の鄢邑を改めて名付けられた地であり、州都である新野の遥か南、南岸都市である襄陽の南東に位置する城である。さして重要な場所ではなく、本来、州の長官として命じられた劉表が居るべき場所ではない。
その場所は地理的に重要な場所ではない。とするならば、ここに来たのは自分たちを求めてきてくれたからという事。
自分たちは頼りにされている。
そう理解すると二人は嬉しさがこみあげてきた。
「大きくなったな。朱里、雛里。荊州の様子はこちらに伝わってこなかったから心配したよ。よかった。無事でいてくれて。大変だったろう? 目に隈がある。眠れていないのではないか?」
劉表が心配そうに見つめながら声をかける。その質問に諸葛亮が答えた。
「劉表さんもご無事で何よりです。手紙の方も何進さんがお亡くなりになってから無く、連合が開かれ、洛陽の情勢は中々、耳に入らなかったので心配しました。目の隈は……少し、今後の方針について議論が熱くなってしまいまして」
「それなら良いのだが……」
同盟を断られた事に対しての口惜しさで眠れなかったと言えない鳳統は話題を変える。
「そ、そうだ。なんで劉表さんが刺史に? 司空に昇られたときいていましたけれど……」
「近年の凶作、それに加えて反乱の多発の責を受け、解任された。あくまで建前だがな」
その言葉を聞くと二人はピクリと眉をひそめ、諸葛亮が劉表に己の憶測を述べた。
「もしや、政策等での対立が有られて、それが原因で責任をかぶせられたのではありませんか?」
「……朱里には嘘はつけないな。ああ、政策において董卓の利害を優先せずに意見を述べた。その結果、荊州の刺史として赴任する事になった」
苦笑いをする劉表だったが、二人は董卓に対しての好意、同情が一切消えた。二人は劉表の性格を知っていた。劉表は積極的に行動するタイプではない。補佐を命じられれば、補佐に徹するだろう。
劉表が進退を無視して直言して止めようとする事態ということは、相当な問題がある政策を強行しようとしたのだろうと当たりをつけた。
そして、これはただの左遷ではなく、上手くいけば良し、失敗しても良しという扱いで荊州に行かせた。断るような性格でない事を利用して捨て駒にしたのだ。
頭が沸騰しそうになった二人だったが、それを抑え、本題に入る為の言葉を吐いた。
「劉表さんはなぜ此方へ?」
自分たちをただ心配してきてくれたわけではないのでしょう? という意味合いを込めて。
世話になった所の子供を心配したのではなく、自分たちの智謀を求めてきてくれたのだと言ってほしくて。
その意図が伝わったのか、劉表は頭を下げ、二人の幼い少女に懇願した。
「君達を古来の名軍師、名参謀に劣らぬ知恵者であることを見込んで頼みがある。荊州は宗賊が盛んで、残った兵士は私に味方しないだろう。むやみやたらに行動し、失敗すれば、袁術は私を殺しに来る。しかし、私は刺史として荊州を治めなければならない。どうすればいいのかを教えてほしい」
二人は相槌をし、先に諸葛亮が策を述べた。
「民が付き従わぬのは、仁愛が、付き従いながらも収まらぬのは信義が不足していたからです。劉表さんが仁義の道を示されれば、人民は水が川下に流れていくかの如く、身を寄せるでしょう。多くの豪族を招き、兵を整え、南の江陵を占拠し、北は襄陽を守れば、荊州を掌握する事が出来るでしょう」
諸葛亮の策は王道である。反袁術の者を集めて、洛水を沿う形で江陵から襄陽を占拠してしまえば孫策は持久戦にて撤退せざるを得ない。そうなれば南陽も維持できなくなり、荊州を掌握する事ができる。
対して鳳統の意見は真逆だった。
「戦とは、兵力の多寡によって決まるものではありません。人物を配下に収める事が出来るかにかかっています。袁術さんは軍を持ちながらも仲間割れに苦心し、長沙郡の蘇代さんと南郡の貝羽さんは単なる武人に過ぎず、他の城を占拠している宗部の指導者達は貪欲で乱暴な者が多い。ならば、道に外れた者を処刑し、その者の兵を奪い、その兵力をもって孫策さんと戦う事を進言いたします」
豪族達を集めるまでは一緒。だが、その場で豪族を皆殺しにしてしまい、その兵力を奪ってしまえばいいという意見だった。豪族単位での徴兵では部隊単位の統率が出来ない。千の私兵を持つ豪族も居れば数十人しかいない所もある。部隊の人数が違う状態の豪族連合では、陣形も何もない固まっての出撃しかできなくなってしまう。それでは孫策に勝てないと見込んだ結果だ。
二人の意見は割れた。鳳統は言葉を続ける。
「戦争に勝てばこそ、国家は安泰で君主の身に危険が及ばなくなり、戦いは兵士を強くし、国威を輝かせるでしょう。信頼を失う事による害も今後出てくるでしょう。しかし、不確実な未来を心配するよりも目の前の戦いに勝つことこそ重要。万世の利は眼前の戦いにこそあるのです」
劉表は諸葛亮に目を向ける。補足すべき所はあるかと。諸葛亮はその視線に答えるように言葉を発した。
「もし、獣を取りたいと思い、森に火をかけて狩りをすれば、その時は多くの獣が取れるでしょう。しかし、後は必ず獣が居なくなります。騙しごとで人を扱えば一時は上手くいくかもしれません。しかし、あとは必ず二度と繰り返すことは出来ないでしょう」
意見が割れた。つまり、劉表がそれを決断しなくてはならないのだ。
劉表は目を瞑り、深呼吸をした後に、言葉を発した。
「古は仁をもって政治を成し、義をもって国を治めた。これを正といい、正で治めきれない時に権を用いたそうだ」
「乱世では多くの英雄達がこのような事を言う。人を殺す事で万人の命を守る事が出来るのであれば人を殺してもいいと。他国を攻めてその国の民を慈しむ事が出来るのであれば攻めても良いと。戦う事で戦いを治められるのであれば戦いを起こしてよい。……全て権の行いだ。全てを仁義によるやり方で貫き通すのは不可能かもしれない。しかし、正の道を捨て、権に固執してしまえば、それはただの権力に囚われる者に成り果てる」
「袁術や孫策は権に生き、権を求める者だろう。そして、私は彼女等のように権を求めることが出来ないし、出来たとしてもそれは劣るものだろう。だから正道にて戦いたいと思う」
劉表は諸葛亮の策を取った。それは策の優劣ではなく、信義にもとるものであり、鳳統は軍の編成に苦労するだろうことを予測しつつも納得した様子で頭を下げる。
結論が出た。宜城に豪族を集めなければならない。
最後に諸葛亮と鳳統は最も疑問であった事を聞くことにした。
「劉表さん」
「なんだい?」
「少し南へ行けば南郡の大豪族で、多くの私兵を持つ蔡瑁さんに加えて、二人揃えば天下が取れるとまで言われた蒯越・蒯良姉妹もいます。得ている城も兵力も名声も全てが彼女達に劣ります。劉表さんも蒯越・蒯良姉妹とお知り合いと聞いています。それでもなぜ、この宜城に……私達の所へ来てくれたんですか?」
諸葛亮と鳳統は、もし自分たちに遠慮をしてくれたのであれば、すぐさま、ここに居たという事を隠ぺいし、直ぐにも蔡瑁の下に行かせようと考えていた。
それが劉表の為になるのであれば、そちらの方が良いから。頼ってきてくれた。それだけで心は満たされるのだから。軍師としてこれ以上ないほどに嬉しい事は緊急時に頼ってきてくれる。最後の最後に頼りにしてもらえることだから。
それに対して劉表は当たり前のように答えた。
「例え、蔡瑁が十万の兵力を持っていようとも彼らの下に私は行かないよ。私は君達がどれほど優秀なのか、どれほどの信念を持っているのか、どれほど信頼できるのかを知っているから。名声も財産も兵力も無くていい。朱里と雛里が味方であるほうがよっぽど助けになる」
だから、共に戦ってくれないか? と、手を差し伸べられた二人はその言葉を聞いて感動で震えが止まらなかった。
その何気ない一言がどんな金銀財宝を貰うよりもうれしかったから。
「「はい!!」」
二人は思った。この人の下でこの乱世を生きようと。そして、天下をこの人に捧げたいと。