今回はゴーレム戦前編と…箒とイリスの絡みになります。
2021年4月24日
IS学園地下格納庫
––––––耳鳴りがする。
––––––全身が軋む。
––––––視界が混濁する。
「か、は––––––」
背中を強打したらしく、上手く呼吸が出来ない。
「ぁ、うぁ––––––」
––––––まともに機能しない頭で状況を整理する。
先程、無人ISが侵入してきたのを、一瞬とはいえ
そしてISが突入してきた際のコンクリート片が落ちて来て––––––…そうだ、千尋は?
思わず箒は辺りを見回す。
––––––まるで焦点の合っていないカメラのレンズを覗いているように、視界はぼやけている。
「ああ、くそ。しっかりしろ。」
それに苛立ち、思わず掌底をこめかみに三度打ち付けて、脳を揺さぶる。
そうして少し思考と視界をクリアにして、顔を上げると––––––
「あ、起きた?」
紫龍を纏った千尋が、朝に会う時と何ら変わらない口調で––––––敵ISの腕を掴んで取っ組み合いをしながら箒に話しかける。
「––––––な」
思わず箒は呆気に取られる。
それは自分が眠っていた布団の隣に包丁を持った殺人鬼が座っていたのと同じくらいの衝撃だ。
「起きるの遅いよ…大変だったんだよ?気絶してる箒を守り続けるの。」
やはり何処と無く笑っているような、余裕しか感じられない口調で言う。
「でも……ちょっと、手伝ってくれたら嬉しいかな。そろそろキツい。」
しかし顔には若干の汗が流れている。
––––––それで箒は事実なのだと理解する。
「ぐっ…‼︎」
故に、駆け出した。
––––––走る先は朱雀のコンテナ。
抗う力を与えられたのならそれを使役しない道理などない。
それに何より––––––いい加減、千尋に借りた貸しを返さないと、
––––––手を、伸ばす。
か細い少女のものでありながら、力強い意思を示すように、腕を突き出しながら駆け抜けて––––––装甲に、触れる。
『––––––生体認証。篠ノ之箒、確認。
朱雀––––––拘束解除。』
ふと、指向性音声が箒の鼓膜を震わせて。
バキバキと装甲を砕きながら、舞い散る桜の花弁のように量子変換された朱雀が箒を包ま込み––––––、
『偽装解除完了。装着確認。
––––––朱雀、起動––––––』
その機体の胎動を、指向性音声が告げた。
––––––箒のISが起動した。
それを告げるように、ハイパーセンサーに新たな
「…もういいかな。」
ふと、呟く。
ISを纏えば多分大丈夫だろう。
すぐに壊れてしまう身体を補強する鎧を身に纏うワケだから、少なくとも即死ないし致命傷は回避できるハズだ。
––––––だから、千尋は紫龍のマニピュレーターで取っ組み合いをしていた無人ISの手を一瞬離す。
––––––即座に、敵ISは殴りつけようとその巨大な腕を振るう。
それを––––––
「よっこら、」
躱さずに、雰囲気に合わない間抜けな…あるいは陽気な声音の掛け声と共に、突き出された腕を掴む。
そして、右肩を支点に背負いこむようにして––––––
「––––––せェ‼︎」
––––––投げ飛ばす。
時速175キロで投擲された敵ISはそのまま壁に叩きつけられ、埃を撒き散らす。
––––––なれど健在。
まるで痛覚がなく、戦闘を継続するという思考に揺らぎを見られないまでに平然と立ち上がる。
それを見た千尋は分かりきっていたように、
「うん、まぁあの程度じゃ壊れないよね。」
などと口にする。
もとよりアレは
ならば、通常の機体よりアレが頑丈であるのは当然の道理。
「千尋!」
ふと、そこに朱色に純白の2色を宿したカラーリングの朱雀を纏った箒が駆け付ける。
––––––だが合流を阻止せんと、敵ISはレーザーを箒に、千尋に目掛けて乱射する。
「くっ、この…ッ!?」
その、閃光の雨を掻い潜ろうとして。
––––––眼前に左腕らしき部位を後ろに引いた状態で迫る、敵ISが。
「あ––––––」
––––––思わず、箒は間抜けな声を上げるしまう。
直後––––––ずん。と、その拳が腹に叩きつけられる。
そしてそのまま。
1秒も経たぬ内に、箒は吹き飛ばされ–––––––コンクリートに叩きつけらた。
「が–––––––ッ!!」
衝撃が全身を襲う。
腹はもちろん背に頭にも、常人の多くが一生涯で経験しないであろう衝撃と激痛が身体に刺さり、狂い犯す––––––。
「か、ふっ…げふッ!!」
––––––箒は吐血する。
壁に直径1メートル、奥行き40センチメートルのクレーターを形成してしまうだけの力で殴られたのだ。
内臓や骨格を損傷してもおかしくない。
––––––そんな箒に、敵ISは迫ろうとして。
「––––––おい。」
低い、声––––––同時に、突如として振るわれた黒い旋風によって敵ISは吹き飛ばされる。
言うまでもなく、それは千尋の玄龍円谷による斬撃。
それで敵ISの腹部フレームは歪に変形する。
「–––!–––––––!!」
すぐさま敵ISは攻撃対象を千尋に移す。
しかし遅い。
––––––千尋は玄龍円谷を握るその手に力を込めて。
「––––––ふんッ!!」
––––––豪速球のような速さで振るわれる、千尋の大剣。
バギィン‼︎と。
敵ISの腹部フレームを粉砕する––––––!!
「⁈–––!–––––––!!」
そのまま––––––敵ISは50メートル程飛翔し、コンクリートの壁に激突。崩壊させる。
「な……」
箒は呆気に取られる。
千尋と敵ISの打ち合いは、あまりに現実離れし過ぎている異景であったから。
「––––––無事?」
箒に背を向けたまま、千尋は問う。
「無事…では、あるみたいだな。……それよりなんだアレは…。」
箒の視線の先––––––あれ程の打撃を受けてもなお、起き上がる敵ISが映る。
「さぁ。アレを作ったのは橙子じゃないし、俺はそもそもあんなの作れないから知らない。」
––––––息切れも焦りもなく、やはり何処と無く笑っているような顔で言う。
そしてふと、「うーん」と考えて千尋は思い至った事を口にする。
「ねぇ箒。アレ、まるで生きてるように見えないんだけど。」
玄龍円谷を構えながら、千尋は言う。
その言葉に箒はニヒルな笑みを浮かべながら、口を開く。
「…奇遇だな。私もフォーマットとフィッティングをやりながら見ていたが、アレを人が操作している気配は感じられない。」
––––––人間特有の、無駄な動きや思考の迷いが感じ取れなかったからな。と、付け足して箒はそう告げる。
人間が動かしている気配がなく、そのくせ無駄がない、加えて全身装甲。
––––––それらの因子から推測されるモノは。
「さしずめ––––––
試製20式長刀を背部兵装担架より抜刀しながら箒は呟く。
そして––––––ちらり、と千尋を見やる。
「––––––…あは。」
––––––それは笑いだったのだろうか。
––––––あるいは怒りの余波だったのか。
千尋は相変わらず何処と無く笑っているのは変わりない。
故に彼の心は分からない。
––––––しかして今はどうか。
相変わらず感情は分からない、だが明らかにその瞳には––––––敵意を、示していて。
「…ち、ひろ?」
––––––ゾクリと、箒の背筋に悪寒が走る。
今、隣にいるのは少年ではない。
コレは獣の類だ。
眼前に映る、明確な敵対者を殺し尽くすまで止まらない殺戮機械。
––––––少年は
故に虚無であり伽藍堂である。
今に至るまでその意思に感情は無く、空虚な容れ物が動いているに等しい存在。
故に感情など知らず、意思の扱い方も知らず、興味さえ抱かず。
無気力なのではなく、それらを知らずに生きている。
それは無知と片付けるには余りにも無理と問題があるモノだった。
––––––それが、初めて感情を昂らせ、意思を見せたとすれば、
––––––それを証明するように。
「––––––じゃあ、殺すね。」
◼️◼️◼️◼️◼️◼️
????・2025年11月5日
これは夢。
––––––赤い。
視界に映る景色は赤く、世界そのものが充血しているよう。
––––––緩い。
肌に纏わりつく空気は生暖かく、身体にへばり付くように。
––––––まるで、人間の胎内にでもいる錯覚を生み出す。
その中央に座り込む少女のカタチをした、怪物が一人。
近寄るべきではない存在だと、脳は警鐘を鳴らす。
…だが、まぁ、アレとの付き合いは長い。
それこそ、生まれ落ちてから数年後には体内にいた。
2021年には身体を取り込まれもした。
しかし私はここにいる。
だから、もう一人の少女––––––東雲箒は脚を踏み出す。
「イリス。」
箒が口を開く。
それに気付いた怪物は腰を上げ、くるりと振り返ると、
《ああ、会いに来てくれたんだ、箒。》
若干の笑みを浮かべながら––––––イリスは口を開く。
「––––––千尋がユーラシアに出張中だからな。ヒマ潰しを兼ねて来てやった。」
対する箒は冷めた瞳を浮かべながら、努めて冷静に言葉を発する。
––––––それに対してイリスはクスリと笑って言う。
《ヒマ潰し?それは嘘でしょ。箒の立場的にヒマなんてないじゃない。》
そう言ってから、ふと思い付いたように、
《ああそっか、コレ接触実験なのね。》
「…ああ。原理としてはISコアネットワークと同じだ。私の体内(なか)にあるお前の核はISコアに酷似していたから…いや、逆か。」
《うん、逆だよ。正確には
まぁ、私の核そのものに近しいモノでISコアを作った…という意味では天才なんじゃない?》
––––––あ、でも無から事象を生成しても所詮はパクリだから、天才じゃなくて
「著作権は大元が生まれてから50年が経過すれば違反しても許される事になっている。
お前は多分、何千年も昔に造られた存在だから当然…」
そこまで箒が口にして、
「うー…せっかく訴訟しようと思ったのにダメじゃない…。」
––––––酷くガッカリした様子でイリスは残念無念…と口にする。
それを見た箒は呆れ、失笑を浮かべながら口を開く。
「国が認めないぞ、そんなの。ISはISコアの原典である
…だいたい死人相手に訴訟してどうする。
そう、2025年現在ではISコアの原典であるイリスがコアネットワークを介してブラックボックスを全て解除したために、マトモに運用可能な存在となっていた。
実際には通常兵器と同じ扱いではあるが、既存の強化外骨格よりも機動性と多機能性、運輸性に長けていたために前線で重宝されていた。
…さらにいえば、『女性にしか扱えない』という欠点を改善し、『男性でも使用可能となった』事が大きいだろう。
なにしろ、ISに国防を依存していた中国やインド、ロシア、ギリシャ、イタリア、北欧諸国はユーラシア陥落の際に女性人口の4割が死亡するという惨事に見舞われており、将来子孫を残す人材が不足している…という有様だ。
女性利権団体はISに男性が乗る事に発狂していたが、国家の将来を考えれば、政府はそれを無視するのは必然といえる。
––––––そうでなくても、前述の国家群は既に
そしてISをばら撒いた篠ノ之束は…まぁ、死んだし別に語ることはないだろう。
遺体は見つかっていないが、それも当然である。
––––––なにしろ、放射線流で
《あら、肉親の話なのにちょっと他人事過ぎない?》
「腹違いの女だ。私にとっての肉親といえば、…雪子
少し、歯痒さを表しながら言葉にする。
––––––雪子叔母さん。実の母であり、会いたいと言えば酷く会いたい唯一の肉親。
…だがそれは叶わない。
篠ノ之箒は死亡ないし消息不明という事になっているが故に、私は篠ノ之雪子となんの接点も無い東雲箒として生きていかねばならないから。
そんな箒を弄るように、意地悪な声音でイリスは話しかける。
《あら、会いたいの?寂しいの?》
「––––––お前を身体から引き千切ったら会いに行けるんだがな。」
《え〜それじゃ貴女半身不随になっちゃうわよ〜?》
「…知っていたか?イリス、今では脊髄移植や人工神経回路による半身不随を克服出来る再生治療が出来るんだぞ?」
《なん…だと……⁉︎》
––––––なんて、箒の問いにイリスは少し時代の古い返しを放つ。
だが箒の言ったことは虚偽ではなく事実である。
ユーラシアが半年で陥落してしまった際、多くの傷痍軍人を生み出してしまった。
手足を喪ったのはもちろん、脊髄を損傷して半身不随となった兵士も少なくなく、また不足する兵力を前に、そうした傷痍軍人を再生した兵士を前線に投入する必要を迫られ、その過程で産まれたのが前述の技術である。
その他にもナノマシンによる臓器や筋繊維の強化手術、興奮剤・鎮静剤などの薬物投与による精神操作、遺伝子治療など…キレイゴトではない代物が蔓延ったのも事実であり––––––箒もその手術を受けていた。
もっとも、これは軍用であり、民間には解放されていないモノだったりする。
––––––そんなボケからイリスは立ち直ると、再び口を開く。
《凄いわねぇ…もう文明科学で武装した貴女達なんて
その言葉に箒はムッとなるが、自覚がないわけでは無い。
事実、四年前まで人類は文明科学で武装して地上を街で侵食し、海から化石燃料を吸引し、空を航空機で蹂躙して、この
––––––今となっては怪獣…正確には巨大不明生物や激変した地球環境によって支配者から被支配者へと引き摺り降ろされたが、今の世界が
––––––さらに付け加えるなら、その巨大不明生物という怪獣の大半をユーラシアに押し留めようと、常に背水の陣とはいえ互角に対峙できるだけの文明科学を未だに有している人類は、怪獣とどう違おうか。
––––––しかし努めて箒は冷静に言い放つ。
「仮に
《んー謙遜的ねぇ……まぁ、四年前にゴジラにコテンパンにされたしね。》
「ああ。アレに対抗できないから、どこも静観を決め込んでるよ––––––誰だって、
––––––ふと、ゴジラ戦を思い出し、箒の背筋に悪寒が走る。
––––––アレは死だ。死そのものだ。
8分間に12億人以上を殺しただけではない、二次、三次災害などの間接的なモノも含めれば先の数字に30億人以上が加算され––––––42億人近くを殺戮している事になる。
かつての世界人口は80億人。
ゴジラ以外の巨大不明生物に殺戮されたのは26億人。
ゴジラはその倍以上であり、人類の過半数を殺戮しているのだ。
そんなバケモノを、手に負える国があるワケが無い。
…そもそも、現時点で生き残っている人類総人口11億7800万人が束になったところで、アレに勝てるのかさえ分からない。
––––––確実な事は、手を出せば人類は確実に死に絶えるくらいだろうか。
そうでなくても世界最大の火山・イエローストーンの噴火や核の冬による地球環境激変と新型伝染病ウイルスの蔓延、他の巨大不明生物侵攻、食糧不足––––––数多の問題によって人類は確実に死滅しつつある。
…宇宙にコロニーを作って地球を脱出する…なんて計画もあったが、衛星軌道上に地球外生物…つまるところ【
––––––人類に残された選択肢は、このまま安全な場所など何処にも存在しないこの
––––––ふと、そろそろ接触実験の制限時間が差し迫っている事に気付き、箒はイリスとの会話を切り上げようとする。
だがしかし、イリスは最後の問いを放つ。
「もしもだけどさ…こんな世界じゃなくて、平和な世界に生きてたら箒はどうしてる?」
––––––ぐさり、と。その問いは箒の身体を貫く。
思わず、箒は塩を入れたコーヒーを飲んでしまったような顔をする。
そして少し、思案して、
「…そうだな、少しは…千尋を支えてやりたいかな…。」
そう、呟いた。
そして箒との接触が閉じられると––––––
《…だってさ、こっちの箒。》
何も無い空間に視線を向けながら、イリスは呟く。
––––––否。そこから先にあるのは、今いる世界のコアネットワークのひとつである。
《あっちの箒の願いは叶えられないけど…こっちの箒で叶えてあげようかしらね––––––私も、しばらくヒマだしね。》
ヒマを持て余すように、それでいて憐れむように、
次回はアリーナの電源設備破壊とゴーレム戦後編になります。
次回も不定期ですが…よろしくお願い致します。