現在・2021年4月中旬
千葉県館山市相模灘沖合。
IS学園・食堂
「…ふぅ…。」
麗しいとさえ思わされる黒い髪を若草色のリボンを用いて後ろでくくった髪を持つ、 ” 大和撫子 ” という表現するにふさわしい凛とした雰囲気を持つ少女––––––【篠ノ之箒】はそこの一角に座り、溜息を吐いていた。
「元気無いわね〜箒。」
ふと、妙に爽やかで透かした、それでいて何処か気品さを持つ声音が箒の鼓膜を刺激する––––––と、同時に。
「冷たっ⁉︎」
冷んやりとした、冷めたいモノが頬を触れる感覚が脳を刺激して思わず箒は反射的に顔を顰めて声を上げてしまう。
一瞬後、コトリ、とその冷えたモノが自分の手前に置かれる。
緑茶のペットボトルだった。
思わず、ばっ、と振り返る。
「やっほ〜。」
そこには楽しそうな笑みを浮かべながら手をひらひらと振る少女––––––【四十院神楽】がいた。
「か、神楽か…驚かすな。心臓が止まるかと思ったぞ。」
「あはは、ごめんごめん。でもそれくらいでショック死する程か弱いハートの持ち主じゃないでしょう、貴女。」
箒は抗議するが、神楽はやはり楽しそうに、しかし気品を纏った声音で返す。
「…で?牙を抜かれた狼みたいに溜息ついてる原因は…アレかしら?」
神楽は顎をしゃくりながら言う。
その先にいたのは。
「一夏!今日はアタシが酢豚作ってやったんだから食べてよね‼︎」
そう叫んだのは1年2組のクラス代表にして中国国家代表候補生の凰鈴音。
「何言ってらっしゃるんですか鈴さん!今日はわたくしと一緒にお食事をする約束で––––––」
そして鈴に対抗するように声を上げたのはイギリス代表候補生のセシリア・オルコット。
「ああもう分かったよ!二人共一緒に食べようぜ‼︎」
そして二人が取り合いしているのが女性に動かせないはずの世界最強の兵器、ISを世界で唯一動かした男性、織斑一夏。
「「きゃー!織斑くん優しい〜‼︎」」
二人としては不本意だが、周りにそう言われては一緒に食べるしか無い。
だから、不本意ではあるが、一緒に座って朝食を食べ始める。
「いやはや、幼馴染で転校してしまってからたも織斑くんに憧れて、織斑くんの為に頑張って来たのに中学の時に既に2人目の彼女を作ってて、さらにはタッグトーナメント後に3人目を作っちゃうし、挙句、貴女が憧れて純愛の想いを向けていた織斑くんは貴女を放ったらかしであの2人とつるんでたらそりゃ……貴女も別れたくなるわよね。」
神楽は楽しそうに、しかし何処か織斑を醒めて見下すような視線で見て、箒に同情するような声音で言う。
そう、箒は小学校時代から恋慕を向けていた織斑一夏に出会う為にIS学園に入学すべく努力してたった1ヶ月で地方の公立高校を狙うレベルから国公立の高校を狙えるレベルにまで達するほど努力を積み重ねて来た。
そして学園に入ってから、クラス代表を決めるクラス代表決定戦までの間に精一杯、自分にできるなりの事を一夏に向けて、訓練に付き合い、必死で応援したのだ。
だが、タッグトーナメントが終われば刃を交えたセシリアと恋愛関係になり、さらに転校して来た鈴とは中学時代から交際関係があると分かり、自分は一気に蚊帳の外に放り出されてしまった。
––––––何の為にココに来たのか、もう分からなくなる。これ以上一夏を想って何になるのか。
その感情は、箒が一夏に対して別れさせるキッカケとなった。
––––––一夏に別れを申し上げた時の会話が脳内で再生される。
『…すまない、勝手だが別れてくれ。一夏。もう私はお前に好意は向けないから…これからは只の幼馴染、只の友人として、よろしく頼む。』
『え?最初からそういう関係だろ?俺たち。』
––––––最後の、その言葉は箒の胸を貫いた。
一夏は箒を恋人的には見ておらず、只の友人として、只の幼馴染としか、見ていなかった。
それは、箒に一夏との決別をより確固たるものにさせた。
––––––そして、今に至る。
「…ま、直ぐにとは言わないけど、新しい恋でも見つけたら如何かしら?」
「なっ…⁈」
神楽が急にそういうものだから箒は思わず顔を赤らめてしまう。
「い、いや…さ、流石に早過ぎだろう…!そ、それに私は……‼︎」
「顔赤くしちゃって可愛いわねぇ……ま、早めに見つけた方が良いわよ?この御時世、理想的な男性なんてなかなかいないし…なんなら、良いお方を紹介しようかしら?」
神楽は、「良い人」ではなく、「お方」と言った。
神楽がそんな風に呼ぶ男性と言えば––––––一人しかいない。
「ちょうど、【宮内庁】勤務の私の母が侍女を勤めさせて頂いている、皇太子殿下とか––––––」
「な、ななななな、何を言っているんだお前は⁈」
(やはり、とんでも無い人を出して来た––––––。)
箒は内心毒付く。
「あ、あのだな、私みたいな庶民がそんな…天皇家の方となんてそんな滅相も無いこと……‼︎」
酷く焦燥を孕んだ声音で混乱した思考で箒は神楽に返す。
「あら、皇族のお方と庶民が婚約したという事例は過去にあるわよ?……ま、流石にこれは冗談が過ぎたけど。とにかく、箒が気になる人とか見つけて、縁を結んでみたら?」
「気になる人……か。」
ふと、箒の脳裏に浮かぶ。
関東大水害で死にかけた時に、自分を救ってくれた人。
彼に、興味を抱かなかった事は無かった。
むしろ会いたいと思っていた。
あの時の礼を返せていないから。
確かに興味を抱いたし、また会いたい。だが、恋慕を抱く程では––––––。
箒が思考の海に浸っていると、神楽はふと思い出したように呟いた。
「そーだ。今度、新しく転校してくる子が居るんだって。」
■■■■■■
神奈川県足柄下郡旧箱根町
新東京箱根市・仙石原区
白騎士事件後の大戦で壊滅ないし荒廃した日本で「地方自治体再編計画」および「政府機関分散配置計画」に基づき統合された神奈川県旧箱根町、旧小田原市、旧南足柄市、旧湯河原町、静岡県旧御殿場市から成る新興自治体。
そこにある、新築だが廃墟にしか見えないような昭和の雰囲気を持つマンション…というか、雑居ビル。
辺りとは周りとは違う異質な空気が防衛本能や危機回避本能を刺激して人を寄せ付けない12階建の建築物––––––コンフォート箱根ビル。
––––––そこに、【伽藍の堂(がらんのどう)】という名の事務所は有った。
ここに住む少年は朝やるべき自分の日課を熟す。
まずはビルの中の居住スペースと事務スペースを箒で埃やゴミを掃いて袋に詰めてこの地区で決められたゴミ捨場に持って行って捨てる。
次に窓を開けて中の空気と外の空気を入れ換える。
それらのノルマが終われば居住スペースのキッチンへ。
そこには夕飯の残りがテーブルの上にあり、それを電子レンジにかける。
電気や水道、ガスは、ちゃんとこの伽藍の堂の主が区役所や電気・水道会社に申請して流して貰っているから困ることはない。
廃墟みたいなビルでも人は住んでるし事務所を設けてるしちゃんと所有権もあるから問題ない。
むしろ、昔あった内神田の廃ビルと比べれば、幾分かマシである。
––––––しかし、このビル所有者にして伽藍の堂社長の彼女だが、普段は昨日から作業部屋に篭ったまま。
少し気になるから少年は彼女が篭っている作業部屋に向かう。
––––––作業部屋は地下にある。
高圧ナトリウムランプの放つ暖色の光が照らす地下は薄気味悪く、本当に幽霊か何かが出そうな雰囲気を醸し出していた。
だがしかし、6年前から住んでいる少年にはもう慣れた事だ。
迷いもなく平然と地下にアクセスする為の階段を降りて、地下1階の廊下の先にある作業部屋の前まで行く。
そして作業部屋の扉に手をかける。
作業部屋は厚さ30センチもの金属製の気密扉で出来ており、かなり重い。
おまけに少年の腕はお世辞にもしっかりしているようには見えない平均以下の貧弱っぷりであるから中々開いてくれない。
いや、確かに重い金属の唸る音を上げながら開いてくれてはいるのだ。
力を込めて引っ張るたびに3センチ程。
(––––––もうちょっと…。)
が、しかし。
「ふぎゅ‼︎」
急に扉の向こう側から力が加わりそのまま少年は扉に叩き付けられる。
ゴォォオォン…という、まるで除夜の鐘が打ち鳴らされた時のような音が地下の廊下に響く。
「…あれ、なんだ千尋?」
ふと、開け放たれた扉の向こうから世界最強のパワードスーツ《インフィニット・ストラトス》のひとつである日本の純国産第2世代IS【17式打鉄】を部分展開した傷んだ赤色…いや、少し茶色に濁った赤い長髪を後ろでくくった女性––––––【蒼崎橙子】が顔を覗かせる。
先程一気に千尋の方にドアが開いたのは女性が部分展開した打鉄でドアの取っ手を開け放ったからだった。
「…橙子、痛い。」
それに黒色に何処か赤黒い毛が混じった髪に火傷のような痣を持つ少年––––––【黒坂千尋】が ” 顔をしかめず笑みを孕んだ顔で ” 言う。
「悪かった…というかその顔で言うのやめろ。怖いから。」
「そうかな?こんなにも…えーと、フレンドリー?な顔なのに。」
「お前の場合は ” 何を考えてるか分からない ” から不気味で怖いんだよ…。」
何やら作業台の上に置かれたISを弄りながら、呆れるように橙子は言う。
千尋は常日頃からニヤニヤした顔をしている。
その癖心の底からは喜んでいない。
瞳はまるで世界を見ているような醒めた目をしていて。
そもそも心すらあるのか疑問だった。
まぁ、有ったとしても、多分それは––––––。
「伽藍堂(がらんどう)ってヤツ?」
「ああ。」
伽藍堂––––––「からっぽ」、「空虚」などの意味を持つ言葉。
千尋の中身はまさにそれだった。
––––––良く言えば生存本能に忠実。
––––––悪く言えばただ生きてるだけ。
へらへらと笑うのは、「笑うことは人生を効率化する。」と聞いて少し興味があったから。
「だが、お前は幸せ者だな。」
ふと、橙子はからかうように、笑いながら言う。
「……伽藍堂なのに?変なの。」
思わず千尋は疑問符を浮かべるかのように首を傾げて言う。
それを見て橙子はさらに笑いながら続ける。
「伽藍堂、だからだよ。…伽藍堂…からっぽって事は、そこに詰め込めば色々なものが芽生える事になる。そしてそれは、あらかじめ性格が決まってしまった人間と違い、無限の方向に変異するものだ。良くも悪くも––––––。だから伽藍堂であるお前は普通の子供みたいにもなれるならイエス・キリストみたいなお偉いさんにもなれるしスターリンみたいなクソ野郎にもなれる––––––そういうもんだよ。」
「…橙子の話は難しくてよく分からない。」
「ははは…まぁ、分からなくてもいいさ。いつか分かるから。…だが、お前は空虚だからいいのかも知れんがな。」
橙子が言う––––––が、ふと、手を止める。
「そういや千尋、お前何の用で此処に来たんだ?」
「…朝御飯。レンジでチンして来たから持って来た。」
そう言って、先ほどレンジにかけていた1人前の朝食の乗った皿を橙子の前に差し出す。
「ああ、もう朝か。ありがとう。…って、お前は食べないのか?」
皿の上に乗っているのは1人前。
千尋の分が無く、橙子の分しか無い。
だがやはり、千尋はニヤニヤした顔をしたまま口を開く。
「水と空気があれば充分だから、コーヒーだけもらうね。」
「さすが…、霞を食ってる奴は違うな。」
千尋のそのデタラメっぷりに呆れ、朝食を口に頬張りながら橙子は再び作業台のISを弄る。
––––––そのISは橙子が先程部分展開した打鉄がベースの機体だった。
しかし機体のボディは黒を基調とし、関節やセンサー部は鮮血色に彩られた全身装甲型。
武装も近接長刀もあるものの、固定主武装として手のクロー機構を備えており、さらに尻尾を連想させる形のワイヤー機構が腰部から生えており、頭部ユニットは何処か東洋の龍に見えなくも無い姿をしている。
「…さて、千尋。これが防衛省傘下にある防衛共同組合のIS研究機関、アンノ技研がお前に試験を要請して渡してきた機体––––––試製20式【紫龍(しりゅう)】だ。」
「ふ〜ん、そう。」
「……いや、こう…もっと他に反応はないのか?」
「別に?俺がこの体になるまでに脱ぎ捨てた皮とか肉片を使っただけでしょ?だったら、そんなに気にすることないじゃない。自分の体は自分がよく知ってるし。」
コーヒーカップにいれたホットを飲みながら、やはり笑みを孕んだ顔で言う。
相変わらず、何を考えているか腹の中が見えない。
そんな感情を孕んだ中で、千尋は口を開く。
「…––––––『私は好きにした。君らも好きにしろ。』」
「ん?」
橙子は千尋の放ったその意味深な言葉に対して、怪訝な顔をする。
「…ある人が言ってた言葉。俺は、それに従って『好きにしている』。【紫龍】に然程興味を示さなかったのも、『好きにした』から。」
やはり、千尋は笑みを孕んだ顔のまま、言った。
今回はここまでです。
…シン・ゴジラのネタバレに触れないようにしているけど、千尋の元がアレだからどうしてもシン・ゴジラの中身に触れちゃうなぁ…。
さて、箒はすでに一夏と別れちゃってます。
…正味、箒が絡んでもらえたのってタッグトーナメント以降は福音事件までないし…その間に次から次へと彼女を作っていったら、普通は離れるモンだと思うんですよね…。
そして空の境界でお馴染みの橙子さん登場(平行世界の別人です。)。
ただしこちらではアンノ技研所属の技術者です。
シン千尋はゴジラISのミレ千尋とは違うと、多分伝わったとは思うんですが…どうでしょうか?
そしてシン千尋は伽藍堂=「からっぽ」。これは彼という存在を構成するキーワードになります。
あと紫龍ですが、装甲が黒色で関節が鮮血色の3式機龍とIS打鉄を足したようなモンです。外見は。
次回も不定期ですがよろしくお願い致します。