多少書き方を変えてみました。
一話も後で書き変えておきます。
怖い魔女、恐ろしい魔女。その名前を呼ぶことすら恐ろしい。誰もが彼女をこう呼んだ。『嫉妬の魔女』と…
曰く、自分の為に世界を敵にまわした大罪人
─曰く、『剣聖』と『賢者』、『龍王』ですら倒すまでには至らない
──曰く、彼女は銀髪のハーフエルフだった
─────
「よーうねえちゃん、悪いことしねぇから有り金全部だしてくれよ」
「───は?」
筋骨粒々の無駄に態度のデカイ大男にそう言われ、反射的にイラついた声音で返事をしまう。
こちらの対応に大男は少し眉をひそめ、最初から威圧感ある顔に更に凄みがました、相変わらず不遜な態度である、
「おいおいどうした?びびって変な声がでちまったか?さっさと金だしゃ痛くしねぇから早くだせや」
大男はこれまた大きなナタをキニスに向け、いつでも攻撃出来るような体制になった、
普段のキニスであれば、こういった輩は無視せず金目の物を巻き上げるのだが今は状態が状態だった、
「あいにくだが、貴様の相手をしてる暇はないのでな!」
足裏から下に向かって魔術で小さな爆発を起こし、反動で近くの屋根まで飛び上がって逃げる。
下でなにやらわちゃわちゃ聞こえるが気にしない。
空は先ほどまで夕方だったはずだが今は何故か日差しが高い、この事にキニスは強い違和感を感じる、がそれだけではない。
さっきのチンピラ、彼女は彼らに見覚えがあった。
朝方(今も何故か朝だが)に出くわしたチンピラと姿形が全く同じなのだ、しかも相手は彼女に一度いたぶられた筈なのに躊躇なく、軽薄に話しかけてきた。
──まるで朝の事を忘れてしまったかのように。
さらに、だ
「右腕が…あるな」
先ほど切り飛ばされた右腕がちゃんと肘から伸びている
右腕を目の前でぷらぷら振ろうとしてみると彼女の意思通りの動きをしっかりとこなしてくれる。
当然、傷痕も服に血も残っていない。
それどころか、もう数年は着ているお気に入りの服は
血痕や汚れが消え、今朝のままの小綺麗なものになっている。
そもそもキニスが負った筈の最大の致命傷である首すら、今もしっかり頭と体を繋いでいる。
現在最高峰の水の魔術師ですら腕を生やす程度がやっとな筈なのに、何故か死んだ筈のキニスは生きている。
明らかに今の魔術の限界を越えている。
──今の状況が全く把握できなかった。
手掛かりを求めて死に際の状態を思い出す。
眼下に広がる血の海
急激に冷えていく体温
女性の狂気を感じる笑い声
目の前の血溜まりでもがくスバル
銀髪を赤く染めて倒れてくる──
「…スバルとサテラはどうなったんだ?」
訳が分からない状態ではあるが、首を切り裂かれたキニスですら生きているという事はあの二人も生きている可能性が高い、というか死んでほしくはない。
「…二人を探すか」
人を探すなら大通りの方が良いだろう、キニスは屋根から屋根に飛び移り、高速で大通りにむかう。
「まずお前からだ! 命を大切にしない奴は大嫌いだ! 死ね!!」
…普通にスバルがいた。
大通りの横の細い路地でチンピラ三人にタンカをきっている。
あのままだとどちらが勝ってもおかしく無いし、時間がかかりそうなのでキニスは屋根から飛び降りスバルが向かって行く男とスバルの間に着地する
「ちょっとまて、スバふごっ!?」
スバル渾身の掌底が顎を捕らえ、キニスは変な声を上げた。
「誰だこの姉ちゃん…ってキニスさんじゃねえか!?」
チンピラの一人が顎を弱々しくさするキニスを見ておどろき、スバルに向き直した。
「兄ちゃんもしかしてキニスさんの知り合いなのか?」
さっきまで強気だったチンピラどもが急に及び腰になった事をスバルは訝しげに思いつつ、小さく頷く。
「畜生、相手が悪い!逃げんぞ!」
「あっ待ちやがれ!」
突然逃げ出したチンピラ達を呆けた顔でスバルは見送った。
「…キニスってもしかしてわりと裏ボス的なあれだったりするのか?」
「いや、違うぞ?ただここら辺じゃ少し生き汚さで有名なだけだ。いや、そんなことよりスバル、生きていてよかった。さっき斬られた腹はどうなっている?あれは致命傷レベルだと思うのだが」
言うとスバルはそうなんだよと見慣れない服の裾をめくる。そこにあった筈の傷は、私の右腕と同様に傷痕すら残っていなかった。
「それにこの服もおかしくてな、血の跡どころかさっきまでついてた汚れまでとれてんだよ」
みれば確かに、盗品蔵についた時に比べて相当綺麗になっている。
「妙だな、私の首もそうなんだが魔術で治せないような部位が治ってるんだ、それも傷痕すら残さずにな。さらに言うと朝にいた場所にいたんだ、」
これが分からない。記憶が混濁してる間に通りすがりの
超高位の魔術師が助けてくれたにしても、わざわざ朝の位置にもどした意味が分からない。しかも朝会った筈の奴はこちらとのやり取りを覚えてすらいない。
「あーいや、今は悩んでる場合じゃねえや。キニス、俺はサテラを探しに盗品蔵に行くんだが、一緒に来ねえか?」
ほんの少し前の意識の終着点ならば、行動のヒントはあそこにあるとスバルは考えていた。
キニスの意識の終着もそこであり、サテラの安否を調べるという目的まで一致している。
なら行かない道理も無いだろう。
「ふむ、同行させてもらおう」
「よっしゃ!てことで改めて自己紹介だ、俺は天衣無縫の無一文に加えて戦闘能力も皆無、コミュ力もそんな無いしここの常識すら知らないスバルくんだ!トラブルがあった時はよろしく頼むぜ!キニスさん!」
スバルが胸を張って堂々と宣言する。
少々の間があったあと、キニスは小さく吹き出した。
「果たしてそれは胸を張って言うことかは甚だ疑問だなんだがな?まあいい。私はキニスだ、加護もある、適正属性は火、よろしく頼む」
「ちょっとまて、色々と知らない言葉が出てきたんだがまず加護ってなんだ?」
目の前の男がなにを言っているのか一瞬キニスには分からなかった。
まさか本当に常識すら知らないとは思っていなかったのだ。
「…サテラの言っていた通り物知らずだな、スバル。加護と言うのはな、人々が生まれつき持っている特別な能力の事だ、人によって効果は違うし持ってない奴もいるがな」
「なるほど、特殊能力か。で、キニスのはどんな加護なんだ?」
「すまないが、私達の様に汚い事で生きている奴らには加護ってのは最後まで秘匿するべき切り札なんた。今は暗い所が見えるくらいの物と思っていてくれてかまわない。」
「はーいいなぁ、俺にはないのか?あとで才能が開花する的な胸熱展開とか起きないか?」
「加護がある場合は生まれつき効果は小さくともあるはずだ。それがない場合はむねあつてんかいとやらは起きないだろう、残念ながらな。それよりも早く盗品蔵に向かおう。」
「そうか…ないかぁ…。まあ、魔術もあるみたいだし良いか!よしっ盗品蔵に全速力でレッツゴーだ!」
スバルは肩を落としたと思えば直ぐに無駄に高いテンションに戻り、盗品蔵へと走り出した。
…スバルは一体何者なんだろうか。
キニスの考える一般人の像とはかけ離れている。
加護なんてものは、5~6才の時には既に理解をしているはずだ。もしも加護を知ることすら不可能なほどの家庭に生まれたとしても、恐れを知らなすぎるし血色が良すぎる。
普通3対1になった時点でどんな事をしても逃げるはずだ。
この異変が解決したら、少し調べてみるか。
キニスは先に行ったスバルを追いかける。
「ヒィ、ヒィ、ちょっと待ってくれ!いくらアグレッシボウな引きこもりのスバルくんでもちょっとこの速度はちょっときついかなぁなんて思っちゃうんだけど!?」
まだ貧民街に入ってすらいないのに、スバルがばて始めた、何故最初から全力で走った。
「しょうがないな、ほれ」
キニスは両手を前に出してかがんだ。
スバルの速度に合わせて走るより担いだ方が早いことに気づいたのだ。
「えっキニスさん?これはどうゆう事で?」
「決まってるだろう、早く乗れ」
「いや、でも他の人に見られると恥ずいよ、やるのは普通男だろ?」
多少周りの目を気にしながらスバルが嫌がる。
「気にするな。周りに見えないようにするし、何よりこっちの方が早い、さっさと乗れ」
「見られないようにってどうすんだよ。まあ早いならそれでも良いけどさぁ…」
スバルはおずおずと腕の間に入り、キニスに抱き抱えられた。所謂お姫様だっこである。
「よし、じゃあ登るぞ!しっかり捕まっておけよ!」
例の如く足裏で小爆発、屋根の上に飛び乗る
「いや、まてまてまてまて。軽く8メートルは飛んだぞ!?」
「初歩的な魔術でも、この程度なら余裕だぞ。私は教えられないが、機会があればサテラかパックにでも教えてもらえばいい。それよりまた加速するから口は閉じといた方が良いぞ」
「おっおう、そうするわ」
スバルが口をしっかり結ぶのを確認してから全速力で走る。
このペースで行けば20分ほどで着くだろう。
スバルが風でもの凄い事になっていたが気にしない。
ああ、風を切る感覚、最高だ。
盗品蔵に着く頃にはスバルは完全に酔っていた。
スバルの酔いがさめるまで盗品蔵の前で居座るのもアレなので、盗品蔵の近くにあるキニスの家(屋根無し)に移動した。
「……すまん」
「気にすんな、うぇ。俺は大丈夫だから。むしろ早くこれたのはキニスのおかげだぜ。俺一人なら2時間位迷ってる自信があるくらいだ」
スバルは到着直後よりは幾分かましな顔色になっていたが、まだもう少しかかりそうだった。
「そういえば、スバルは何処の出身なんだ?自分の適正属性はともかく加護すら知らないって事は相当な田舎だったりするのか?」
「ああ、うぷ。たぶんテンプレ的な答えだと、多分東の果ての小さい島だな!」
「……この国の名前は分かるか?」
「知らん!なんつうんだ?」
「…ここはルグニカ王国という国だ、付け加えて言うと大陸図の東の端に位置している」
「うっそまじか!ここが東の果て!?じゃあここが憧れのジパンク!?」
「今の場所も分からず無一文とか…お前大丈夫か?」
「…サテラがまだ何処にいるか分からないから頼みの綱はあんただけだぜ、生きる為に依存してやるぜぇ…へっへっへっ」
「お前はとんでもないな、普通本人の前で言う事じゃないぞ?…そろそろ酔いもさめたか?」
「お気遣いどうも、おかげ様で結構回復したぜ」
「よし、じゃあ行くか。ってなんだ?その透明な袋は」
「ああ、秘密道具だよ。ミーティアとか色々と入ってる」
キニスとスバルはテントから出て隣の盗品蔵の前に立った。キニスが前に出て戸の確認をすると、先ほどとは違い、しっかりと鍵がかかっている。
さっきはじじいの死体があった。あのあとどうなったのかは知らないが、自分が生きてるならじじいは生きているだろうと考える。そうであってくれと願っていると言った方が正しいかもしれない。
後ろを振り返るとスバルも震えていた。
大方自分のさっきの体験を思い出してしまったのだろう。
「大丈夫だ、ここには確認しにきただけだ。私達が無事な事を考えれば、サテラも無事だろう」
そうであってくれないと嫌だ。
「ああ、そうだな。よし、ノックしてくれ」
キニスは無言でうなずき、戸をノックする。
少しの間があったのち、待望の声が聞こえる。
「大ネズミに」
「毒」
「スケルトンに」
「落とし穴」
「我らが貴きドラゴン様に」
「クソったれ」
短い合図に短い合い言葉で返す。
すぐに戸の鍵が開いた音がする。
「なんじゃ、キニスと…だれじゃお前」
「私の連れだ、スバルという。スバル、この巨人族のじじいはロム爺だ」
「キニスもわしの事はロム爺と呼ぶがいいぞ?」
「いまさら変えるかよ、じじい」
スバルとキニスは盗品蔵の中に招き入れられていた。
入口から入ってすぐのカウンター、そこに備えつけられた来客用の固定椅子にスバルは座り、居心地悪く尻の位置を直す。
キニスはいつもの定位置と言わんばかりにカウンターの一番壁際の席に座る
「なんじゃさっきからもじもじしおって……キンタマの位置がそんなに気になるか」
「別にチンポジ気にしてるわけじゃねぇよ。」
カウンターの向こうには見慣れた筋骨粒々なじじいが座っている。
「キニス、と小僧は何をしにきた?」
「聞きたい事が3つほどあってな」
「ほうほう?」
じじいは後ろの食器棚からなにかを用意しながら聞いている。
「まず一つ目だが…じじい最近死んだ覚えはあるか?」
キニスの問いと視線を受け、ロム爺はしばしその灰色がかった双眸を見開き、それからふと時間が動き出したように笑いだした。
「がははは、キニスも面白い冗談を言うようになったな。確かに死にかけだがな、あいにくと死んだ経験はまだないのう。この歳になればもう遠い話じゃないと思うがの」
ひいひい笑いながら、じじいはミルクの注がれたグラスをキニスとスバルに勧める。
「いや、それなら良いんだがな」
間違いなく先ほどみたじじいは死んでいた。
この場所で腕と首を飛ばされて死んでいた。
しかし、目の前で一人だけ酒のはいったグラスを傾けてるじじいの顔は、死相とは明確な差異があった。
じじいは間違いなくいま生きているし、それと同じ事がキニスとスバルにも言える
「あの感覚の全部が、夢だってのか……? だったらどっからどこまでが夢で、俺はどうしてこんな世界にいるんだよ」
横でスバルが小さく呟いた。
スバルはスバルで、色々と悩みがあるのだろう。
スバルは常識の無さも大概だが、意味不明な言葉を多用している。もしかすると本当に東の果ての小さい島とやらから来ているのかもしれない。
「ロム爺さん、ここで銀髪の女の子を見てないか?」
スバルが神妙な面持ちでロム爺に聞く
「銀髪……? いや、見とらんな。そんな目立つ見た目ならいくら儂の頭にガタがきてたって忘れんしの。」
最初こそ豪気に笑いだしたが、スバルの真剣な顔になにか感じるものがあったらしい。ロム爺はぴったりと笑いをやめ、
「飲め」
ずい、とスバルの前にグラスが突き出されていた。
空のグラスに酒瓶を傾け、なみなみと琥珀色の液体が注ぎ込まれる。それを黙って見守るスバルに対し、ロム爺はもう一度「飲め」と短く言った。
キニスとしては驚きの一言に尽きた。
じじいが他人、しかもその日に会ったばかりの奴に酒を奢るなんて事はめったにない。
「心遣いはうれしいがそんな気分じゃねえよ、それに酒で全部流せるほどさっぱりしたもんじゃねえ」
「阿呆が。そもそも全部流す必要なんてねえ。グイッと飲んで、体の中で巡らしてみろ、必要なもんは勝手に流れ出てくるわ」
「だから飲め」とロム爺は三度、グラスをスバルの方に押しやる。
スバルはしばらくその琥珀色のグラスを眺めていた、が
やがて意を決したように、一気にグラスを傾けて、喉に向かって流し込んだ。
「っぷはぁ! があ! マズイ! 熱い! クソマズイ! んああ、マズイ!」
まあそりゃあそうなるよな。
「何回も言うな、罰当たりが! 酒の味がわからん奴は人生の楽しみ方の半分がわからん愚か者じゃぞ!?」
じじいは怒鳴りながら同じ酒を瓶で一気に飲み干し、荒っぽいげっぷをして笑った。
酒特有の匂いが漂ってくる。
「じゃが良い飲みっぷりじゃった。どうじゃ?少しは流れてきたか?」
「ああ!うっぷ、ちっとだけな!」
笑いかけてくるじじいから顔を背け、スバルはふらつく足で立ち上がり、蔵の奥の方に目を向けた。そちらには適当に飾られている粗悪品と違い、上質な盗品蔵が置かれていたところだ。
じじいの顔からも赤みが薄れ、顔に真剣味を帯びる。それを見届け、スバルもまたはっきりと、
「宝石が埋め込まれた徽章を探してる。――それを買い取らせてもらいたい」
己の目的をカタチにして告げた。