人吉善吉の奇妙な旅路執行。   作:雪屋

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3箱目「鈍ったというよりも」

ゴバキン、と何かがへし折れた音が鳴った。

頭に来るはずの衝撃が来ないため、不良は恐る恐る目を開けると、男は手元から上が折れて無くなったバットをぼんやりと見ていた。

「バッ…バットを蹴り砕いただぁ〜〜!!?」

不良は腰を抜かしている不良(なかま)の声で、片足を上げた状態で佇む後輩に気がついた。

善吉は不良の顔に釘バッドが叩き込まれるよりも早く、蹴りでバットを粉砕したのだ。

男は矛先を善吉に変更し、折れたバットをナイフのように突きつける。連続で繰り出される攻撃は苛烈そのもので、見切った攻撃がすれすれで通過するごとに身が切られるのではないかと思うような風圧を感じた。

(たっく……このおっさん正気どころか普通じゃねえ!)

「クソ……!アンタたちは早く逃げて、っていねーし!!」

とっくに姿を消していた不良に対し思わずノリツッコミをする。

その間も男の攻撃の威力は凄まじく、勢い余った攻撃は壁や地面をえぐっていく。バットを振り回すたびに木片が飛び散り、男の体がミシミシと音を立てる音に、善吉は冷や汗を流した。

(どうする……このままじゃあこの人の身が持たねぇぞ!)

本来の肉体の限界を超えた動きをしていることに気がついても、下手に攻撃をして男を傷つけるわけにもいかず、善吉は攻撃をかわし続ける。ついには壁際まで追い込まれ、ドン、と背中に壁がついてしまった。

「!しまった、俺としたことが……」

追いつめた。そう確信した男は渾身の突きを善吉に向かって繰り出した。

しかし、それは善吉の計算だった。

勝利を確信した人間は、ここぞというところで大振りになる。

それこそが隙だ。

「うおらぁッ!!」

善吉は素早く制服を脱ぐと、向かってくる男に向けて、その制服を投げつける。

男の一撃は視界が遮られたことで善吉には当たらず壁へと突き刺さった。

男は顔にかかった制服を投げ捨てると、慌てて見失った善吉の姿を探す。

「遅えよ。」

後ろからかけられた声に直ぐさま振り向こうとしたが、それよりも早く首に鋭い衝撃が走り男は意識を失った。

 

+++

 

「あー…クソ。やっぱ鈍ったのか?」

投げ捨てられた制服についた汚れを叩き落としながら、善吉は気絶している男を見下ろした。

善吉が立てた作戦は単純なものだった。わざと大きな隙を見せ、大振りな攻撃を出した時に制服で目隠し(ブラインド)する。それに相手が気を取られている隙に後ろへ回り込み、当身で気絶させる。

相手が、男が戦闘の心得が無かったからこそ可能となった戦法だ。

正直のところ善吉は平均以上には強い、と自負している。……実際は一年生の最初の頃に全国クラスの実力を持った剣道部員をワンパンで倒したあたり、平均どころの話ではないが。

その後の丸一年、波乱万丈かつ紆余曲折な日々を乗り越え、当時より一回りふた回りも強くなっている。今も、過去に来ても変わらずトレーニングも続けていた。

いつもならこの程度の男なら余裕で無力化できているはずなのに、現実は先ほどの一撃が腕にかすり、シャツに血が少しだけ滲んでいた。

(……いや、でもこれは鈍ったというよりも。)

何度も拳を握ったり開いたりを繰り返した後、善吉は静かに目を閉じて集中する。

自分の内側を。内面を『覗く』ように—————

 

「………カッ、やっぱりか……!」

数えたとしても、たった数秒。目を開いた善吉は歯嚙みをする。

善吉が生徒会長になるにあたって手に入れた能力に『改神モード・善吉モデル』というものがある。

通称『全吉モード』とも言われるそれは、自分の限界を『覗く』ことで自身の実力を最大限に発揮する、スポーツでいう『ゾーン状態』に自由に入ることができる才能(スキル)である。

それが使えなくなっている。

それだけではない。全体的に身体能力が落ちているようにも感じられた。

(一体何でだ?スランプ?……いや、つーよりも力を押さえ込まれているような——)

過去(ここ)に来てから分からないことが多すぎる。

脳に糖分が欲しくなり、頭をガシガシと掻きまわす。

「はあ……マックにでも寄って帰るか……」

男を出来るだけ分かりやすいように通りの近くに引きずった後、善吉はマックのある方向の通りの方へ足を運んだ。

(……ん?そういえばさっきの男もこっち側へ行こうとしていた)

「ぐあッ、てッまらぁッ!」

「っけか……?」

そう思い出した次の瞬間、塊が目の前をすごい速さで転がっていった。ドンガラガシャン、と派手な音がした方を見てみると俗に言うチンピラが近くの店の立て看板に突っ込んだように倒れていた。善吉は目の前を通過していった塊がチンピラだったんだと理解する。

「……うわぁ、人が跳ね石のように飛んでいくのを久しぶりに見た、じゃなくてッ!!」

善吉は現実逃避しかけたが、慌ててチンピラが吹っ飛んできた方向を振り向く。

そこには数件離れた店の前で学生服の男と、それを取り囲む三人のチンピラ達がいた。

善吉は学生服の男に見覚えがあった。

(確かJOJOとか呼ばれてたっけか?)

身長は2メートル近く、整った顔立ちをしていて、制服は襟元には鎖を付いていて、腰にはかなり派手なベルトを二つしている。

噂で聞くあたり一匹狼、そして酒やタバコに手を出し、数々の暴力事件や無断飲食を引き起こしたという筋金入りの不良らしい。しかしモテるため、女子に囲まれているところを見て東郷が「スケコマシが……」と普通生徒(いっぱんじん)とはいえない顔で歯ぎしりしていたのを覚えている。

善吉も噂を聞いた時はどん引いたが、どうしてもその男が最低(マイナス)な奴だとは思えなかった。

(今思えば似てんだよなぁ……、めだかちゃんや雲仙先輩に。)

箱庭学園での生活を思い出しながら見ていると、ふと周りにいる男たちの手にそれぞれ思い思いの武器を持っていることに気がついた。

(おいおい……鉄パイプにヌンチャクにナイフって、明らかにやる気満々じゃねーか!)

いくら名の知れた不良でもかなりの腕を持っていない限りは武器を持った複数人相手だとただでは済まない。

そう考えた善吉は加勢に出ることにした。いつもなら関わらず傍観に徹していたのかもしれない。なのに動いたのは学生服の男——JOJOの姿に箱庭学園の仲間たちを重ねて見てしまったからなのか。

後方にいた鉄パイプの男、奴がJOJOに意識が向いているうちに

人ごみから走り寄り、手ごと鉄パイプを蹴り飛ばした。

「あ”、ッツ!?」

「何だこのガキィ!!?」

急な激痛に鉄パイプ(だった)の男は顔をしかめ、他の男たちも突然乱入してきた善吉に驚きを隠せない。

目を見開いているJOJOに対して、善吉は悠然と問いかけた。

「……一応同じ学校の縁ってことで、助太刀必要ですか?」

ふざけるな。いらねえよ。それが善吉が予想した答えだ。普通なら見知らぬ生徒に助けられるのは男としての矜持(プライド)もあるだろうし、善吉が予想する人柄ならばなおさらだ。

しかし返答は善吉の予想を大きく反したものだった。

「馬鹿か離れろッ!俺にッ!『俺のそばに近寄るな』ッ!!」

 

 

「……え?」

 

ここで善吉が至らなかった点は3つ。

一つは、路地からJOJOたちがいた場所まで少なくとも十数メートルあるのに何故男は跳ね石のように吹っ飛んできたのか。

一つは、唯でさえ異常な幼馴染とセットで十四年間過ごし、多くの良くも悪くも非凡な人たちに出会い、一年以上箱庭学園で過ごしてきた所為でその違和感に気がつくことができなかった事。

そして一つ、それを誰がどのようにそうすることが出来たのか。

 

JOJOの焦った声と、その姿が『ブレた』のはほぼ同時だった。

まるで幽体離脱のようにJOJOから人の姿をした『何か』が浮かび上がってきたのだ。

『何か』は雄叫びをあげながら、信じられない拳速で男たちを次々と殴りつけていく。

『オオオラオラオラオラオラオラァッ!!!』

「はっがぁ、ガッ、グペエエエェェェェ!!!」

「ごっはあ、ぎゃああああああ!!」

「ああ!?一体何がああ”アアァァァァァ!!!?」

「やめろ!!止まれと言ってんだ!!」

JOJOは必死に止めようとしていたが、『何か』が止まる気配はない。『何か』はローマ神話に出てきそうな、屈強な戦士の姿をしていた。それはまるでJOJOの精神のあり方を表しているようで、善吉は思わず見惚れそうになる。

「何だアレ……亡霊か何かか?」

そう呟いた善吉の声が聞こえたのかJOJOは驚いたように善吉の方を振り返る。同時に『何か』も善吉へと拳を構えた。

「ッ!!?逃げろッ!!」

(ヤッベ、速……ッ)

JOJOが叫んだ声よりも『何か』の拳の方が速く、

衝撃、鈍痛。

 

 

 

 

 

 

 

そして善吉の視界は暗転した。

 

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