ふた士道は生徒たちから注がれる痛いほどの視線を浴びながら数分前の出来事を思い返す。
その視線の原因となっているのは士道が負ぶっている十香ではなく彼の両脇いる来禅高校の夏服を着た二人の精霊―耶倶矢と夕弦の存在であった。
暴風雨に包まれた領域の中、耶倶矢が士道を虜にしたほうが真の八舞となるなどと言い出したからである。
あの場で令音と協議した結果、無理に要求を突っぱねるのも危険とのことで二人を連れてきたのであるがやはり学友たちの視線が痛いのだ。
「い、五河くん? その左右の女の子たちはどちら様?見たことないけど…」
「え?現地の子をナンパしてコスプレイ?
五河くん女子の制服持ち歩いてるの?」
「いいバイトを考えついたぞ五河。
『一分間一〇〇〇円で殴り放題』って看板を掲げて学校中を練り歩くんだ。直ぐに家が建つ。」
ざわざわと生徒たちがどよめく。
はぐれた士道が見知らぬ女の子を二人侍らせたてきたのだからそれも当たり前の結果である。
「士道、その人たちは誰?」
止めとばかりにクラスの面々の先頭に立った折紙が、耶倶矢と夕弦に目を這わせて静かに口を開く。
「親戚の子だよ偶然、沖縄に遊びに来ていたらしくてな…」
っと耶倶矢と夕弦にアイコンタクトしながら士道は口を開く。
「ああ、それで彼女達が是非とも学校の修学旅行に同行したいとの事で一緒に来てもらった訳だ」
っと令音が士道のフォーローに入る。
「くく…その通りだ。颶風の御子たる我を迎えられることを名誉に思えよ、人間」
「肯定。彼の言っていることは間違いありません」
一応、ここに来るまでの間に、士道が二人の決闘の裁定に協力する条件として話を合わせるように言ってあったのだ。
「………」
折紙は未だ腑に落ちない様子だったが、教諭と当人たちに肯定されては何を言っても仕方ないと判断したのだろう。
小さく息を吐いて席に戻ろうとする。
だが、再び折紙が視線を鋭くさせて口を開いてくる。
「……では、何故あなたたちは士道にくっついているの?」
「久しぶりに会ったんだ、これぐらいは許してやってくれ」
再び、折紙の質問に士道は間髪入れず答える。
折紙は未だ何かを言いたそうにしていたが、それを許す士道では無い。
「それよりも、先生、十香がゴミ箱に頭をぶつけて伸びちまってるんでどこか寝かせられような所は無いですか?」
「ん…それは大変だ。こちらへ来たまえ。
転校生の二人も、いろんなと注意事項をせつめいしておこう。
一緒に来てくれ」
令音が棒読みしたように言うと士道は彼女について行きながら資料館の奥へと歩いていった。
令音に案内され、資料館奥の事務室に入った士道は、十香をソファに横たえて令音に向き直る。
「しかし…」
そう言って、令音は士道の両腕に絡みついた二人の少女に目を向ける。
士道が十香を下ろす際に一度離れ、再び引っ付いてきたのだ。
そして自分たちを取り巻く環境の変化など気にもしていない様子で士道に囁く。
「さあ士道。貴様はただ、我を選べばよい。そしてこの長きにわたる決闘に終止符をつかつけるのだ」
「否定。耶倶矢を選んでも何も良いこはありません。
是非とも夕弦に清き一票を…」
令音や十香など眼中にないように、二人して士道の耳元に息を吹きかける。
「…厄介な事になったようだね」
「…まぁ…大分慣れましたけど…
っと言うか二人とも、何で戦ってるんだ?」
令音が頬を掻きながら言った言葉に士道は肩を竦めて答える。
それと同時にふと疑問に思った事を夕弦と耶倶矢に尋ねる。
「言ってなかったか。
我らは、もともと八舞という一人の精霊だったのだ」
「首肯。ですが幾度目かの現界のときか、八舞は二つに分かれてしまったのです」
二つに別れたという夕弦の言葉に眉をひそめながら二人の顔を交互に見る。
髪型や表情こそ異なるものの二人は非常によく似た顔立ちをしていた。
それこそクローンと言われても信じてしまいかねない程である。
「なんでそんなことになったんだ?」
「それを知るのは天に座する運命の女神のみよ」
「要約。よくわからないと、耶倶矢は言ってます」
「情緒がないぞ」
士道の質問に耶倶矢が答えて、夕弦が補足する。
そんな夕弦の補足に耶倶矢が不満げに声を上げた。
調子を取り戻すように小さく咳払いをして後を続けてくる。
「そして二つに分かたれた我らは、お互いの顔を見るなり、その身に、血に刻まれた運命と使命に気づいたのだ。
そう―真なる精霊・八舞は、この世に一人のみであると!」
「説明。二つに分かたれた夕弦たちですが、やがて一つに戻る方法がわかったのです。」
そこまで聞いて指導は頷き、夕弦に先を促す。
「補足。『知っていた』という方が正しいでしょうか。
夕弦たちは、存在が分かたれた瞬間から、自分たちの身体がどうなるかを理解していたのです」
夕弦が頭を指さしから、続ける。
「解説。しかしもう、本来の八舞の人格は失われてしまっています。
つまりその際、八舞の主人格となれるのはどちらか片方のみです」
それを決めるために今まで喧嘩のみならずかけっこ、けん玉、大食いなど、今まで九十九回に渡って勝負をしてきたらしい。
「ちなみに戦績は二十五勝二十五敗四十九分け。
ちょうど百戦目にあたるこの決闘の勝者が、真の八舞となるはずだったのだ。―それなのに」
耶倶矢に睨まれて士道は言葉を詰まらせる。
どうやら士道がその大事な決闘に水を差してしまったらしい。
だが、あの時に二人を止めていなければ十香がどうなっていたかわからなかったのだ。
「だが、別にもう気になどしておらん。
むしろ今は感謝さえしておるわ。
貴様のおかげで今までにない戦いをする事ができるのだからな」
「肯定。確かに最後の決着が今までに何度も引き分けてきた殴り合いというのもどうかと思っていました。
この勝負であれば依存はありません」
言って、二人は誘惑するように士道の腕に絡みついてくる。
士道が困ったような表情を浮かべながら令音に助けを求めるべく視線を送る。
だが頼みの令音は椅子に腰掛けて小型端末を弄りながら難しげに唸っているだけだった。
「やはりか…駄目か?」
「〈フラクシナス〉と連絡が取れないんですか?」
士道は令音が弄っていた小型端末が〈フラクシナス〉と通信する際に使用していたものであることを気づき尋ねる。
「ああ…原因は不明だがな。
少し調べてみるとしよう。」
そう言ってから令音は端末を閉じて椅子から立ち上がる。
そして士道に迫る耶倶矢と夕弦を見つめた後、静かに口を開く。
「………耶倶矢と夕弦、と言ったね。
君たちは、己が真の精霊・八舞となるべく、シンを取り合って勝負をしている。…間違いないかね?」
令音にがそう言うと、耶倶矢と夕弦が初めて令音に目を向ける。
「ああ、その通りだ。見物は構わぬが、邪魔立てををしようならば容赦はせぬぞ?」
「質問。あなたは?」
「…学校の先生さ」
令音は適当に誤魔化すように言うと踵を返す。
「…シン、君は十香を。
―耶倶矢、夕弦。君たちに少し話がある。ついてきてくれ」
「くく…何を言うかと思えば。
なぜこの我が、人間風情の言葉に従わなければならぬのだ」
「拒否。夕弦は士道と共にいます」
だが、二人は頑なに動こうともしない。
令音はそれも予想していたように肩をすくめ思わせぶりな態度で口を開く。
「…シンは見かけ以上の難物だ。
話を聞いておいても損はないと思うがね」
「何…?」
「彼の反応を見ればわかるだろう?
私の目から見ても、君たちは可愛らしく魅力的な少女だ。
だというのに彼は、未だにどちらも選ぼうとはしない」
『…………』
耶倶矢と夕弦が目を丸くして顔を見合わせる。
「…どうするかね?
私としてはどちらか片方でもってかまわないのだが」
言って、事務室の扉を開く。
二人は再び顔を見合わせると名残惜しそうに士道から手を離して令音のあとをついていった。
大分間が空きましたが第17話をupさせていただきますー