或美島北街区と南部地域を隔てる森林を、すさまじい烈風が薙ぎ払っていく。
―その嵐の原因が、二人の少女による大喧嘩によるものと誰が想像できるだろうか?
「―――前ッから思っていたのよ!あんたは何でも自分一人で抱え込んで処理しようとして!」
叫びながら耶倶矢が巨大な槍を突き出すと、槍の先端がドリルのように高速回転し、竜巻を生み出す。
その竜巻で撫で切り出すように、夕弦に向かって槍を薙ぐ。
「反論。その言葉、熨斗とリボンで過剰包装して耶倶矢に突き返します………!」
しかし夕弦は、破壊的な暴風が迫ってきているにも関わらず、至極冷静に言葉を返すと左手を複雑に動かした。
すると夕弦のてにあるペンデュラムが意志をもつように蠢き、夕弦の前に方陣を組む。
それは耶倶矢の起こした竜巻の一撃を難なく防ぎ、再び元の紐状に戻り夕弦の周囲に螺旋状に渦巻いた。
「あんたは優し過ぎんのよ! せっかく私が主人格の座を譲ってあげようってんだから大人しく受け取っとけばいいの!」
「拒否。夕弦は最初から、主人格になる気はありませんでした」
「……ッ、今までの勝負で私が上手く負けるのにどれだけ苦労してきたと思ってんの!」
「反論。それは夕弦も同じです。
せっかく黒星を稼ごうとさても、耶倶矢が攻めてこないのでじれたのは一度や二度ではありません」
「八舞は万象を薙ぎ伏せるぐ風の王!
それに相応しいのはあんたしかないじゃない!」
「否定。それは違います。
真の八舞の名は、耶倶矢こそがえるべきです」
「っ、私より飛ぶの早いくせに!」
「夕弦より耶倶矢の方が力が強いです」
「耶倶矢の方が肌が綺麗です」
「わたしより可愛いいくせに!」
「反論。それは譲れません。夕弦よりも耶倶矢の方が可愛いに決まっています」
口喧嘩しなががら高速回転する耶倶矢の槍と、剣のように複雑に編まれた夕弦の紐が打ち合わされる。
威力は全くの互角。
インパクトの瞬間、周囲に風が荒れ狂い、士道に襲いかかる。
「く…!」
身体を丸めて足に魔力を集中。
十香を支えながら、それをどうにかして耐える。
魔法の力と精霊の加護がなければ、今頃士道もこの風に吹き飛ばされていただろう。
そう確信できるほどに、二人の戦いは―正しく言えば、それによって巻き起こされる副産物的な被害は凄まじかった。
二人が天使を打ち合わされる度に、周囲に突風がまき散らされて、周りにあるものを根こそぎ吹き飛ばしていく。
「なんで……」
耶倶矢は夕弦に、夕弦は耶倶矢に生き残って欲しい。
二人とも、互いを思いやっている。
それこそ―互いのためなら、自分の命すら惜しくないという程に。
それなに、なぜ。
「なんで―こんな事になる!! お前らは互いのことが大好きなんじゃねぇか!」
叫ぶも二人ともに反応しない。
風鳴りの音に声がかき消されているのか、それとも互いの攻防に夢中になってきこえていないのか、それとも―あえて無視しているのか。
その判別はつかないが耶倶矢と夕弦が未だに激戦を繰り広げているのは確かだった。
「くそ!」
士道は疑似霊装を展開させ二人の間に割って入ろうとする。
―だが
「シドー! 気をつけろ! 何かがいるぞ!」
隣の十香の声に士道は眉を潜める。
「な……」
士道と十香を取り囲むように十体ほどのCRユニットのようなパーツを装着した異型が立ち並んでいたのだ。
フルフェイスヘルメットのように滑らかな頭部に細身のボディが連なり、人間とは逆向きの関節をした脚部が地面を踏みしめている。
それらを構成するのは全てが鏡面のように滑らかに磨き上げられた金属の装甲である。
耶倶矢と夕弦に気を取られている数秒の間に接近されていたらしい。
『申し訳ありませんマスター、この距離になるまで全く気づきませんでした』
とオーディンの申し訳なさそうな声が脳内に響く。
『いいさ…気にしてない…しかし…』
「なっ、なんなのだこいつらは!」
猫背気味の姿勢で距離を詰めてくる人形の一団に十香が叫ぶ。
「DD‐007〈バンダースナッチ〉…といってもわからないでしょう」
すると、その声に呼応するように人形の陰から一人の少女が歩み出てきた。
―随行カメラマンの、エレン・メイザースだ。
「エレン……さん?」
「ぬ、お前は………」
士道と十香がほぼ同時に声を発すると、エレンは大仰に趣向した。
「ようやく人気の無いところに来てくれましたね、十香さん、それに魔法使い-五河士道さん」
「!!!」
エレンの言葉に士道は目を見開く。
士道が魔法使いであることを知っているのは協会のメンバーとフラクシナス関係者、時崎狂三…それ以外では鳶一折紙と嵩宮真那ぐらいだ。
そうなってくるとエレンの所属する組織も大方予想のつく。
「てめぇ何者だ?ASTか!? それともDEMか!?」
士道が睨みながらエレンに言うと彼女は唇を釣り上げる。
「よくご存じですね…流石に協会の情報収集能力といったところでしょうか!」
そう言ってエレンが手を掲げると、それに合わせて、〈バンダースナッチ〉と呼ばれた人形たちが一斉に姿勢を低くして士道と十香へと飛びかかる。
「く―」
士道は身体に魔力を纏い、十香もまた浴衣の周囲に限定霊装を顕現させ、その手に《塵殺公》を握り《バンダースナッチ》を迎撃する。
そんな十香と士道の姿を見て、エレンが少し興奮気味に目を見開いた。
「良いですね!素晴らしいです!!」
『あー、クソ!! こっちは一刻一秒を争うってのに!!』
『マスター、落ち着いてください』
焦る士道の気持ちなどまるでお構いなしとばかりに、十香に手を伸ばしてくる。
「十香さん、士道さん。私とともに来ては下さいませんか。
最高の待遇をお約束します」
「―寝言は寝てから言え!!」
「――ほざけっ!」
士道と十香が殆ど同時に叫ぶ。
そして十香は叫ぶと同時にエレンに向かって《塵殺公》の切っ先を向けて言葉を続ける。
「こうして向かい合ってみて初めて気づいた。
―あの女、もの凄く嫌な感じがする。
そう………ASTの気配を極限まで濃くした感じだ」
と、十香の言葉に合わせるようにエレンが再び唇に笑みを浮かべる。
「面白い表現をしますね」
言いながら、エレンが十香を挑発するように悠然と両手を広げる。
同時にエレンの体が淡い輝きに包まれて、次の瞬間にはその身にワイヤリングスーツとCR‐ユニットが装着されていた。
ARTのものとは形状が違うスーツに、各所を覆う甲冑のようなパーツ。
そして背に装着された剣のような装備が目を引いた。
「―《バンダースナッチ》隊、しばらく手を出さないでください。
音に聞こえた《プリンセス》がどれほどのものか、少し試させてもらいます」
言って、右手で背中の剣を抜き、その刀身に光の刃を出現させる。
そして十香を誘うように右手ね指を曲げる。
「舐めるな………ッ!」
叫び、十香が地を蹴りエレンへと向かっていく。
同時に《塵殺公》を振りかぶり、高速でエレンの脳天に叩きつける。
だが、エレンはそれを片手で握った剣で簡単に受け止める。
「おや、こんなものですか?」
「く………ッ」
苦悶じみた声を上げながら十香は続けざまに《塵殺公》を振るう。
だが、それら全てはことごとく防がれ、エレンのユニットには傷一つついていない。
「はぁッ!」
「………」
何度目かの攻撃を受け止め、エレンが小さくため息を吐く。
「………こんなものですか、《プリンセス》」
「な―なんだと!?」
「せっかく《ペンドラゴン》まで装備してきたのですが―必要なかったようですね。
期待外れです。
終わりにしましょう」
言って、エレンが巨大なレーザーブレードを十香に向けて振り下ろす。
「く―」
十香がその一撃を受け止めようと《塵殺公》を構える。
たが―。
「え……?」
「なっ!?」
次の瞬間、十香の呆然とした声と士道の驚愕の声が同時に漏れる。
それも当然といえる。
なぜならばエレンの剣を受け止めた瞬間に《塵殺公》の刀身が砕く散ったのだから。
「馬鹿…なっ―」
驚いた表情をする十香の小さな体をエレンの次の攻撃が後方へ吹き飛ばす。
「十香!!」
士道は魔力瞬間換装を発動すると十香が地面に叩きつけられるより早く受け止める。
それから一拍遅れて、砕かれ、弾かれた《塵殺公》が光の粒子となって空気に溶け消える。
「興醒めです。早く昏倒させて《アルパテル》に運び込んでしまってください」
「残念だけどそんなことそうはさせないよ」
エレンの言葉に《バンダースナッチ》が士道達を取り囲んだ刹那、どこからともなく聞こえてきた声と共に矢のようものがいくつも降り注ぎ《バンダースナッチ》を刺し貫く。
「「なっ!?」」
十香とエレンが驚きの声を上げ目を見開く。
「……」
だが士道は冷静にバンダースナッチの身体を地面に縫い止めたものを見る。
矢のように思われたそれは大小様々な形をした刀剣だ。
「走るぞ十香!!」
それが何か知っていた士道は十香の手を取り、走り出す。
「逃がすと思いま………きゃあぁぁぁぁ!!」
走り出した士道と十香に何かを言おうとしたエレンだがその言葉は途中で遮られる。
《バンダースナッチ》を刺し貫いていた刀剣が突然爆発し地面を崩落させたからだ。
顕現領域が働いているだろうから死にはしないだらうと士道が考えていると―。
「士道くーん、十香ちゃーん」
っと声を上げながら桜がこちらに向かって走ってくる。
「桜!!どうしてここに?」
「二人がホテルから出るのを見つけて跡をつけてきたんだけど、急に風が強まってきて吹き飛ばされそうになった所を親切な人が助けてくれたんだよー」
その親切な人が誰なのか非常に気になるところであるが今は八舞姉妹の喧嘩を止める方が優先だ。
三人は頷き合うと二人の喧嘩を止めるために嵐の中を走り出した。
気づけば八舞編も七話目シリーズの中で一番長いです
てすが次回はいよいよクライマックス予定です