夏休みが明けた九月八日。
来禅高校の体育館は今、異様な雰囲気に満ちていた。
『今から一年前……我らは多くのことを学ぶこととなった』
拳を握りしめ、壇上でマイクに向けて言ったのはクラスメートである山吹亜衣だ。
その両脇には彼女の親友の葉桜麻衣と藤袴美衣がとこぞの親衛隊のごとく『休め』の姿勢で立っており、ついでに左右に来禅高校の校旗まで立てかけてあった。
亜衣の姿はまるで開戦を宣言する一国の元首のようにすら見える。
『苦汁の味を、敗北の屈辱を……這いつくばらされた地の冷たさを』
拳を震わせ言っていた亜衣が顔を上げて演説を続ける。
『さあ諸君。見るも哀れな敗残兵諸君。私は君たちに問おう。我々は苦汁を舐めたまま
なのか?
這いつくばったままなのか? 敗北に沈んだままなのか……?』
亜衣が拳を演台に設置されたマイクのハウリング音が周囲に響き渡る。
『否!断じて 否だ!奴ららは重大な失敗を犯した! それは我らに復讐の牙を研ぐ時間を与 えてしまったことである! 悲願成就の時は来た! 来禅に栄えあれ!来禅に誉れあれ! 我らが渾身の一撃を以て、貴奴らののどを噛み千切らん!!!』
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおツー!!!!!』
独裁者の演説の如く亜衣が拳を振り上げると同時、それに呼応するように、体育館にひしめいていた生徒たちが喝采の声を上げた。
体育館の窓ガラスが微かに揺れ、幾重にも反響した凄まじい声量が鼓膜を痛いほどに震わせてくる。
「……気合い入ってんな」
士道は苦笑を浮かべながら、壇上で弁をふるうるクラスメートを眺る。
だが、彼女らが熱狂する理由もわからないわけではない。
なぜならば―
「シドー、亜衣は一体何を言っているのだ? どこかと戦争でも始めるのか…?」
と、右方からそんな声が響いてくる。
目をやると、士道の隣の十香が困惑したように言ってきた。
まあ、それも無理からぬ事だと言えた。
事情を知ない人間がこの演説を目にしたら、混乱するのも解る。
今の亜衣はどう見ても共産国の独裁者だからだ。
「今月は天央祭があるんだよ」
っと十香の質問に答えたのは彼女の後ろに並んでいた桜だ。
「天央祭? なんだそれは」
「んー。まあ簡単に言うと超でっかい文化祭のことだな」
桜の言葉士道が引き継いで言うと、十香が目を輝かせた。
「文化祭……おお、テレビで見たことがあるぞ。
学校に食べ物屋が並ぶ夢のような祭だ!」
「まあ間違っちゃいないが……」
「おお……そうか、文化祭をやるのか! それはあれだ、うん、いいと思うぞ!」
言って恍惚とした表情を浮かべたのち、再度、首を捻る。
「ぬ………? だが、なぜその文化祭をやるのに、このような決起集会が必要なのだ?」
「ああ、天央祭ってのはちょっと他の文化祭とは違ってな。―天宮市内の高校一〇校が
合同でやる文化祭なんだよ」
「一〇校で……合同?」
士道の言葉に十香が目を丸くする。
士道は頷くと話を続ける。
士道たちの住む天宮市は、三〇年前の南関東大空災で壊滅的な被害を受けた東京都南部から神奈川県北部の一帯が再開発された地域である…。
今でこそ最新技術のテスト都市として相応の人口が生活しているが、再開発が始まったのだ。
だが当時は、空間震の脅威が抜けきっていなかったのも手伝ってか、地域面積や施設の充実度に比べて住民数が非常に少ないというアンバランスな時期があった。
そしてそのとき行われたのが、天央祭と呼ばれる合同文化祭なのである。
「要するに、当時は学校数も生徒数も少なかったもんだから、一緒にやって盛り上がりましょうってことだったらしい。
それが、住民数が増えた今も続いてるんだよ」
士道は苦笑しながら肩をすくめた。
当初、過疎地域の高校同士が肩を寄せ集まって行っていた祭典が、今や天宮スクエア大展示場を借り切って三日に亘り行われる大イベントである。
天宮市としても、今や大きなイベントとして成長してしまった天央祭を終わらせることもできず、容認しているのが現状らしい。
何しろ毎年テレビ局の取材が入り、市外からの観光客も多いうえ、天央祭を見て志望校を決める中学生が少なからず存在するというのだ。
天央祭が高校の文化祭に収まりきらない経済効果を生み出してしまっているのも事実なのである。
だが、最初は各校手を取り合って文化祭を盛り上げましょうという理念のもと始まったイベントは、参加校が増えるにつれ、別の意味も持つようになっていった。
『今年こそ! 今年こそは、我が来禅が王者の栄冠を手にするのだ!』
壇上の亜衣が高らかに叫び生徒たちが呼応する。
そう。天央祭は、模擬店部門、展示部門、ステージ部門などの優秀校を投票により決し、最優秀賞に選ばれた学校は、以後一年王者として君臨することになるのである。
と、士道が十香にそんな説明をしていると、背後から何やら声が聞こえてきた。「くく……なるほどな。亜衣たちが奮起している理由がようやく知れたわ」
「納得。そういうことであれば負けるわけにはいきません」
見ると隣のクラスにいるはずの耶倶矢と夕弦がそこにはいた。
「耶倶矢、夕弦……なんでこんなところに」
令音曰わく、彼女らも士道と同じ四組に転入する予定だったのだが、士道と一緒にいなければ不安がる十香と異なり、二人揃っていれば十分に精神状態が安定するとのことで、隣のクラスへの編入が決められたのだという。
無論今は集会中であり、クラスごとに分かれて整列しているはずである。
八舞姉妹も列を隔てた三組の方にいるはずだった。
だが、その理由はすぐに解った。
興奮状態の生徒たちは来禅コールを繰り返しており、クラスごとの列など意味をなしていなかったのである。
「ふ、とはいえまあ、我ら八舞姉妹がいる以上、来禅の勝ちは揺らぐまいて」
「同意。夕弦と耶倶矢のコンビは最強です。どんな相手が来ようと無敵です」
「くく、そういうことだ。何しろ夕弦ときたら何をしても完壁にこなしてしまうからな」
「同意。しかも夕弦以上にパーフェクトな耶倶矢もいるのです。負ける道理がありません」
「いやふふ……このー、なんだー、むず痒いぞ夕弦ー。つんつん」
「微笑。耶倶矢こそ。つんつん」
なんて楽しげに微笑みながら互の腕をつつき合う。
「……はは」
そんな二人を見て土道は力無い笑みを浮かべた。
付き合っ三週間目くらいの激甘カップル並みの仲良さを披露するこの姉妹が、ふた月前に周辺一帯を巻き込む大喧嘩をしていただなんて、一体誰が信じるだろうか。
出てきて早々に自分達の世界を作り始めた八舞姉妹から十香に視線を戻…。
「いやぁ…本当に楽しそうな事になったねー」
そうとして士道の隣に立ってそう言ったのは金髪碧眼の青年である。
「おい…」
その青年を士道は半眼になり、尋ねる。
「ドニ、何でお前がここにいる?」
青年の名はサルバトーレ・ドニ、士道と同じ魔法使いである。
「別に、僕も精霊に興味があったからねー」
笑みを浮かべてそう宣うドニをそれ以上、追求しようとはせずに十香を見る。
すると十香は、何やら難しげにうめいたあと、ふうむとうなずいた。
「なるほど……つまり食べ物屋もたくさんあるということだな?」
「……ああ、うん、まあ、そうだよ」
士道が力なく言うと、十香はフンフンと鼻息を荒くしながらあごを撫でた。
「そうか、ふむ、そうか……ふふ、楽しみだなシドー。
一体何屋があるのだ?」
「んー、それは…」
「説明しようー」
士道が答えるよりも早く、その声は前方から響いてくる。
見やるとそこには、クラスメートの殿町がどこぞの特撮ヒーローのようなポーズを取りながら立っていた。
「殿町。なんだよ急に」
「助けを求めるレディの声に俺参上。
天央祭でどんな出店が出るか知りたいんだろ?」
殿町が言うと、十香が目を丸くした。
「おお、知っているのか?」
「もちろんさ! 十香ちゃんのために調べてきたぜ!」
言って殿町が懐からメモ帳を取り出し、パラパラと捲る。
「この中に、天央祭参加全一〇校の模擬店情報、約九〇ブースの全てが詰まっている!」
「おお!」
「教えて欲しいかい、十香ちゃん」
「うむ、教えて欲しいぞ!」
「じゃあおねだりしてみて!」
「お願いだ、シドーの友人よ!」
屈託のない顔でそう言う十香。
その表情からは悪意らしきものは微塵も見受けられない。
殿町もそれを察したのだろう。
なんだか複雑そうな顔をしたのち、士道の方に睨むような視線を向けてきた。
士道はため息を吐くと、十香に『殿町宏人』の名前を耳打ちしてやる。
「おお…なるほど。お願いだ、殿町!」
十香が元気よく言うと、殿町がパァっと表 情を明るくした。
「も、もう一回!」
「お願いだ、殿町!」
「下の名前で!」
「お願いだ、宏人!」
「親しみを込めた愛称で!」
「お願いだ、ヒロポン!」
なんだか危ない薬みたいな名前になっていたが、殿町としては満足らしかった。
感極まったように身を涙り、メモ帳に視線を落とす。
「そうまで言われちゃ断れねえな!
そうだな……摸擬店部門でいうと、栄部西高校が毎年優秀な成績を残してるな。
なんつっても家政科があるのが強い。
調理部のクオリティが段違いだ。
去年のドネルケバブ屋は文化祭クラスとは思えない出来だった…」
「ああ……そういえばあったなそんなの」
「今都市の主力は、『肉の南北戦争・こだわりのブラックメンチカツ』だそうだ。
北海道産黒毛、和牛と鹿児島産黒豚を費沢に使った、ソースのいらない逸品だとか」
「な、なんと……」
十香が両手を戦慄せながら声を発する。
目を輝かせ、ロからは涎が垂れていた。
「あとは……まあ仙城大付属かな。あいつら付属校だけあって進学エスカレーターだから三年生まで出張ってきやがんだ」
「ふうん……じゃあその辺が本命なわけだ」
言うと、殿町がチッチッと指を振った。
「何言ってやがる。忘れたのか? 王者・竜胆寺女学院をよ」
「あー…」
士道は頬をかいた。そういえば忘れていた。
一昨年の優勝校を。
「あそこは今年もガチガチに仕上げてきてるぜ…市内最高と謳われれる美少女偏差値を自覚しているところがクチ悪い。
味や内容も二級品だが、それ以上に丁寧な接客で客数と得票数を稼いでるからな。
去年の模擬店なんかよう、マジ握手会レベルの密着度でお釣りを手渡してくれるんだもんよう。
もう何回並んだか覚えてねえよ」
「並んでんじゃねえよ」
と士道がジトッとした視線で睨むと、殿町はコホンと咳払いした。
「ま、まあとにかく、なんとも恐ろしいお嬢様方だ。
それに 今年の竜胆寺にはもう一つ、きな臭い噂がある」
「噂?」
士道尋ねると、殿町が頷き返してきた。
「ほら、四月の頭にニュースにならなかったか? 竜胆寺に編入生が入ったって」
「四月……ねえ」
士道は記憶を探ろうと眉をひそめたが……何も思い出せない。
それ以前に四月は十香の件で頭がいっぱいで、他のことに構っている余裕がなかった。
「マジかよ。覚えてないのか? 美九たんだよ美九たん」
「……誰だよ?」
全く記憶にない。
だが、その答えは殿町にとってよほど信じがたいものだったらしい。
顔を愕然としたものに変貌させ、いきなり士道の頬を殴る。
「いてっ、何しやがんだよてめぇ!」
「それはこっちの台詞じゃー!
ミステリアスアイドル誘宵美九たんを知らねえとは言わせねーぞ!
アレですかー?
みんながキャーキャ一言ってるアイドルとか俺興味ありませんけど何か? 的なクールキャラアピールですかー?」
「んなこと言ったって仕方ねえだろっ!
別に知らねえ奴だって普通にー」
「いませーん! いーませーん!!!少なくとも掩らの年代の中には、超国民的アイドル美九たんを知らないような馬鹿は五河士道くん以外に存在しーまーせーんー!」
「言ったな!? じゃあもしその美九たんを知らない奴が同年代の中にいたらどうする?」
「はッ! そんときゃ土下座しながら尻でスパゲッティ食うてやんよ!!
「本当だな?」
「おうともよ!」
「なあ十香、誘宵美九って知ってるか」
「卑怯だぞ五河テメェ!?」
士道が十香に問いかけた瞬間、殿町が士道の肩にすがりついてきた。
だが、その必要はないようだった。
十香はその口論をまるで聞いておらず
「うむう……」
ぼうっとした顔を作りながら、何かを掴むように両手を掲げていたのである。
そして口を大きく開けてパクッと虚空を食むと、んぐんぐと咀嚼して恍惚とした表情を浮かべた。
まさかのエアメンチカツである。
そのあまりにリアルな仕草に、士道たちまで肉汁滴るメンチカツの幻が見えたのだ。
「……おーい、十香?」
言いながら 肩をつついてやると、十香が憑き物が落ちたような様子で身を震わせ、涎を拭った。
「ぬ、どうしたのだシドー」
「ん、いや……」
そう屈託のない目で言われてしまうと、なんだか言葉を継ぐ気もなくなってしまった。
視界の端に、殿町がほっと胸をなで下ろす姿が見える。
「しかし……そうか、それはとてもいいな。なあシドー、当日は一緒に食べに行こう!」
十香が満面の笑みを浮かべながら、右手の小指をピンと立ててきた。
「ん?」
「令音に教えてもらったのだ! 指切りというらしいい」
「ああ……なるほど」
士道はと頭をかいてから、同じように小指を立ててやった。
そんな二人に殿町をはじめとする周囲数名の男子達からの視線が全身にと突き刺さる。
「よし、では―」
と、十香が士道の方に右手を近づけてきた瞬間。
誰かが人混みの中から素早く飛び出してくると思うと、士道の小指に自分の小指を優しく絡ませる。
同時に十香の小指をと掴んで指取りの要領で捻った。
「ぐぎゃっー!」
十香が飛び上がり、慌てて右手を引く。
「折紙!?」
士道は目を丸くして、二人の間に現れた閲入者の名を呼んだ。
その人物は間違いなく、鳶一折紙だった。
「指切りげんまん、うそついたら私の部屋で睡眠薬飲ーます」
抑揚もリズムもない声でそう言って、折紙が小指で繋がれた手を振ってくる。
「針千本じゃなくて睡眠薬って何をするつもりですか鳶一さん!?」
「男の子なら貴士、女の子なら千代紙」
「ホントに何するつもり!?」
士道が叫ぶと同時、十香が顔を上げ、鋭い視線で以て折紙を睨み付けた。
「きッ、貴様! 何をするのだ!」
「あなたには関係ない。
私と士道が天央祭当日、一緒に模擬店を回るのを約束したことは」
「な、なんだとっ!??ふざけるな!
その約束は私のものだ!」
十香が叫ぶと、折紙は勝ち誇ったように鼻から息を吐き、士道の小指と自分の小指の接合部を示すようにあごをしゃくった。
ちなみに、折紙の小指は万力のような力でホールドされており容易には外せそうになかった。
「ぐッ、は、離さんか貴様ッ!」
十香が顔をしかめ、士道と折紙の手を引き離そうと二人の手首を掴む。
だが…
「今この指を離すということは、『指切った』一つまり約束の完成を示すことになる」
「な……っ! は、離すな! 離しては駄目だ!」
「そう。あなたにそこまで言われては仕方ない。
もうずっと離さない」折紙は無表情のままそ
言うと、小さくうなずいた。
「う、うむ。そうすれば約束は完成しないぞ。これで……」
十香は安心したように息を吐いて胸をなで下ろす。
だが数瞬後、眉の間にしわを作った。
「ちょっと待て!
それではシドーが貴様と離れられないではないか!」
「それは不可抗力。仕方のないこと」
「き、貴様、謀ったな!?」
愕然とした様子で十香が憎々しげに言う。
「おい、おまえら……」
士道は小指と手首から段々と感覚がなくなっていくのを感じながら頬をぴくつかせた。
『魔法を使って離脱するべきか…?』
現在、オーディンは定期メンテナンスの為にフラクシナスに預けてある。
そんな状態であっても魔法を使ってこの状態からの離脱は可能だ。
などと士道が考えていると体育館を包んでいた熱狂に微かな変化が現れた。
『静粛に、諸君。諸君らの思いはしかと受け取った。
そこで、一つ願いがある』
言って亜衣がマイクを手に取り、続ける。
『親愛なる同胞、桐崎生徒会長以下数名が、志 半ばで英霊となられた。
そこで、会の理念を継いでくれる同志を募りたい。
我こそはという者があらば名乗りを上げてくれ!』
『おいおい…何かきな臭い事になってきてないか?』
亜衣のセリフに士道は眉を潜める。
同時に生徒たちがざわつきだす。
たぶん皆、言っている意味がよくわからなかったのだろう。
ほどなくして、前の方に立っていた生徒が手を挙げる。
「えーと、つまりどういうことですか?」
亜衣はぼりぼりと頭をかくと、今までの芝居がかった調子を忘れたように続けた。
『うーん……まあぶっちゃけると、会長たちがみんなストレスと過労でぶっ倒れちゃったもんだから、代役を決めないといけないのよ。
誰か天央祭の実行委員やってくんない?』
『やっぱりかい!?』
士道が心の中で突っ込みを入れる。
そして数瞬前まで地鳴りのような声を響かせていた生徒たちが、一斉に静まりかえった。
これはまずいと思ったのだろう、亜衣が身振りをしながらフォローを入れてくる。
『いや、っていってももう大体の仕事は終わってるのよ? ホントホント。
会議のとき座っててくれるだけでいいからさ、 マジもう超アットホームな委員会だから!
スキルアップに繋がるから!』
後半はどこぞのブラック企業のアルバイト募集みたいな誘い文句になっていた。
先ほどあそこまで熱狂していた生徒たちの熱が、急激に冷めていくのがわかる。
皆壇上の亜衣たちと目を合わせないよう、視線を逸らし始めた。
だが、士道の両脇の少女達はそんな会場の雰囲気など気にしていない様子であった。
「そうか!」
十香が何かを思いついたように目を見開くと、折紙の反対側ー士道の左手の小指に自分の小指を絡ませてきたのである。
「どうだ!これであいこだ!」
「左手で行う指切りは絶縁を意味し、もう二度とその人と関わらないことを示す」
「な、何・…っ!?」
十香は戦慄に染まった声を発し、士道の顔と結んだ指を交互に見てから、今にも泣き出してしまいそうな顔を作った。
「し、シドー!
ち、違うのだ、私はそんなつもりでは……」
「……いや、聞いたことないぞ、そんなの」
士道が言うと、十香は目を丸くしー
「お、おのれ貴様っ! 一度ならず二度までも!」
そう叫んで、士道の小指をぐいと引っ張ってきた。
折紙も負けじと、小指のみを支点に士道を引っ張ってくる。
「あたたたたたたたっ! や、やめろって!」
これが大岡越前の子争いならばどちらかが手を離してくれるところなのだろうが、現実は甘くなく。
二人ともさらに力を込めてくる。
「くく……御主ら、我らを差し置いて何を勝手なことをしている? 斯様に愉快な祭よ、士道は我らとともに享楽に耽りたいに決まっておろうが」
「警告。士道は夕弦と耶倶矢の共有財産です。
マスター折紙とて例外ではありません。
使用したい場合は最低一週間前に書面にて申請してください」
二人でいちゃついていた八舞姉妹が騒ぎを聞きつけ、話に乱入してきた。
士道が動けないのをいいことに、前後からぴたりと寄り添うようにしてくる。
「う、うぬっ!
耶倶矢に夕弦、おまえらもか!」
「......死にたくなければ今すぐ離れるべき」
さらにぎりぎりと、両手が引っ張られる。
「ぐぁあぁぁッ!」
「シドーが痛がっているではないか!離さんか!」
「それはこちらの台詞。
一刻も早く彼を解放すべき」
「くく、ぬしらは不毛な争いを続けているがいい」
「同意。その間に夕弦と耶倶矢がいただいていきます」
しかも最悪なことに、先ほどとは異なり周囲が静まりかえっていたものだから生徒たちから注目を集めてしまよっていた。
殿町を含む男子生徒たちがギリギリと歯ぎしりをしながら鋭い視線を向け、女子生徒たちがひそひそ話を始める。
と、士道を恨めしそうに見ていた殿町ががぐるりと体のの方向を変えたかと思うと、不意に大声を上げて手を上げた。
「議長!」
『はい、殿町くん』
「天央祭の実行委員に、五河士道くんを推薦しますッ!」
「な…っ!」
急な友人の裏切りに目を見開く。
「て、てめえ殿町っ! 何言って…あたたたたたッ!?」
抗議の声は、しかし左右からの強力なウインチによって遮られた。そうこうしている間にも、殿町に賛同した男子たちが次々と声を上げる。
「賛成!! 頼んだよ、五河くん!」
「賛成!俺たちの意思を託せるのは五河しかいない!」
「賛成!せいぜいこき使われて病院送りになってくれドチクショウ!」
「おい最後本音出やがったな!?」
叫ぶも、同調を示す男子生徒は後を絶たなかった。
ついでにそれに乗っかるように、女子も一緒に五河コールを送ってくる。
『静粛に!』
と、それを制するように亜衣が壇上から声を響かせた。
一瞬、亜衣が皆をなだめてくれるのかと思ったが……さすがにその思考は甘すぎた。
『諸君らの声、しかと受け取ったぁッ! 二年四組五河士道くんを、他薦・賛成多数により、天央祭実行委員に任命しまッす!』
「ちょ……」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
士道の声は、体育館を揺るがす大歓声に飲みこまれた。
久しぶりの最新話ーです
短編を入れるために一話分空いてますー